総選挙結果の意味をどう見るべきか

開催日 2003年11月11日
スピーカー CURTIS, Gerald (RIETIファカルティフェロー/コロンビア大学政治学部教授)
モデレータ 中林 美恵子 (RIETI研究員)

議事録

政権選択選挙といえるのか

一昨日選挙が終わったばかりで、分析するにはあまりにも時間がないので、今日は選挙の関する私の印象を申し上げます。

まず、選挙キャンペーンについてですが、「政権選択の選挙」だと日本のマスコミがさかんに取り上げていることに対して非常に疑問を持ちました。実際、この選挙では各党政策の特徴があまり見られない印象を持ちました。私が日本の選挙を初めて見てから30年経ちましたが、昔は、憲法を守る、改正する、日米安保条約の是非などの明らかに大きな政策の違いが社会党と自民党の間であり、きちんと政策を争うものだったと記憶しています。それが選挙にも表れていました。今回の選挙のそれぞれの政党のマニフェストを見ますと、高速道路を民営化するのか、そうではなく高速料金を無料にするのかなどの各論の違いはありますが、国をリードする時にこれは一番大事な問題でしょうか? ですから、基本的な政策の違いはないのではないかという印象を持ちました。この選挙は各論すなわち、小さな問題については違いがあっても、「日本の将来像」といった総論はどちらの政党も打ち出していないのが特徴です。

日本が2大政党制に向かって行けば、"catch-all party"(包括政党)同士の戦いになって、政策の違いがますますあいまいになるでしょう。所謂中道であり、違いはニュアンスだけで、よほど問題がない限り違いが出てこないのです。日本とイギリスのマニフェストを比べると日本のものは個々の問題についてどうするか書かれていますが、全体的な見通しがありません。それが如実に表れているのが年金制度改革です。有権者はみなそれが必要だと賛成しますが、ほとんどの人が各党の提案の違いがわかりません。この例からわかるように今回の選挙は政策を選択する選挙ではないと考えます。

この選挙では誰が勝ったか、ということについてはマスコミ毎に180度違う視点があります。読売新聞には自民安定多数確保、一方朝日新聞には自民伸びず、民主躍進とあります。しかし、選挙は躍進や後退ではなく、勝ち負けなのです。今回は自民党の勝ちです。事実、連立与党が安定過半数を確保しています。民主党は「よくやった」とほめる人たちは古い発想の持ち主であろうと思います。野党が躍進する、議席を増すということはすなわち自民党に対してブレーキをかける力が増すということです。しかし事実、民主党の議席は200に届かなかったではないですか。10年もの間、不景気が続き国民が不満に感じているのに、政権がとれなかったのは反省しなければならないと考えます。更にこの選挙は自民党が勝ったばかりではなく、民主党と自民党の議席の差が70以上あります。次の選挙で民主党がもっと躍進しても過半数をとるのは難しいと考えます。おそらく、政権交代の可能性が出てくるのは6~7年後でしょう。民主党は今回の選挙は政権交代へのワンステップだと主張していますが、それはないと思います。政治はワンステップではなく、そのとき限りの勝敗なのです。よって今回はむしろ"One step away from政権交代"になったのではないでしょうか。私は今回の選挙の勝敗はもっと厳しく見るべきだと思います。

2大政党体制への疑問

日本が2大政党体制に確実にむかっているということに対しても違和感を覚えました。その中には2つの疑問があります。1つは2大政党が巻き起こったのはこれが初めてではないということです。戦前にも保守2党制がありました。戦後、社会党の統一と保守政党の合併で50年代の自民党と社会党の投票率の合計が実に90%以上でした。しかし、日本社会が多元化し、60年代に公明党、民社党が出現し、中選挙区制度という要因もあり多党制が許されるようになったのです。2大政党政治は日本にとっていいものなのでしょうか? そこを考える必要があります。

また、選挙制度が変わらない限り、2+システムになることはほぼ確実です。まず、小選挙区制度では自民党も民主党も分裂することはないはずです。更に、比例区が採用されている結果で、そこを基盤にしている公明党が生き残れるということです。共産党も消えないでしょう。これが2+システムです。いずれにしても、2大政党政治は勝つために国民全部の層の支持を得ないといけません。かつて田中角栄氏は「自民党は総合デパートである」と言いました。いまや民主党も総合デパートになり、有権者はあまり違いのないデパートのどちらで買い物するかということを選ぶだけというわけです。

自民党、民主党ははっきりとした原則原理の違いがないので、何か重大な危機が起きた際には、どちらも同じ方向に進む可能性があります。日本は、世界がこのようになると望ましい方向に日本が牽引する外交ではなく、世界が動いているから時代の流れにのるといった対応型外交になっています。それはブレーキをかける力がないなら、問題が起きた時に一気に同じ方向に行ってしまう危険があります。また、2大政党政治になると、政策の違いによる争いでない限り、リーダーのカリスマ性が注目されやすくなります。必ずしも悪いことではありませんが、日本では緩やかな多党性がいいのか、2大政党制がいいのか議論があってもいいと思います。日本の社会の特徴は人種や宗教による深い亀裂がないことです。そのような基本的な相違がない日本は、政策の違いを代表とするいくつかの政党があっていいと思います。しかし、日本の選挙制度が当分変わることはないと考えられるので、2大政党制に向かっているのは確かです。

公明党がどう動くのかは注目すべき点です。小渕元総理が公明党と連立を組んだときには、自民党がまさかこれほど創価学会に依存するとは思わなかったでしょう。その要因には自民党の伝統的な集票マシンが弱くなってきていることがあげられます。2~30年前ですと票読みするのは容易でした。田舎では医師会、歯科医師会、村の農協などが中心となった固定票が多く、逆に浮動票が少なかったので票が読めたのです。しかし、最近の政治家と話しをすると、票をまとめてくれる組織が少なくなってきた、また以前からあった組織では力がなくなってきていると言います。そこで、絶対に頼りにできるのは創価学会がまとめてくれる票なのです。接戦の場合、自民党にとっての創価学会の票は非常に大きいものになります。しかし、公明党は絶えず政権政党でなくてはならないという考え方があるならば、この選挙結果を踏まえ-今のように自民党にコミットしないで、キャスティングボートを握るように立場を変えるようにせざるをえないと日本政治のダイナミクスから見て思います。現在の公明党にとってオプションは2つです。1つは自民党と完全に組むことです。もしかしたら公明党を解散して創価学会を自民党の中の支持部隊として合併し、あくまでも民主党が政権をとらないように頑張るということです。他方、その道を選ばず、キャスティングボートを握るより自由な立場を選ぶかです。民主党が自民党を上回る議席を獲得し政権をとる可能性が出てきたときに与党政権党と組めるような姿勢をとる可能性が私は多いと思います。公明党にとって注目すべき政策は2つあり、それらに対して同党は自民党と少し違う主張をするのではないかと思います。つまり、年金問題と防衛問題については立場を自民党から距離をおくのではないかということです。これはこの選挙結果から出てきた重要なポイントの1つです。

この選挙で何が変わるのか

この選挙の結果は長期的と短期的、両方見る必要があります。長期的に見ると2大政党制になる方向にこの選挙は進みました。もしも民主党が議席を減らしたりこれほど伸びなかったとしたら、民主党はがたがたになる可能性が高かったです。まず、党の幹部は皆辞任します。また旧民主党党員と旧社会党党員そして小沢さんで喧嘩が始まったでしょう。しかし民主党がこれほど議席を増やしたということは、自分たちが政権政党になりうる政党としての連帯感が生まれ、その立場を高めました。長期的に見れば日本の政治発展について良いことだと評価します。しかし、政治を長期的に見るのは過去を振り返ることと同様に意味がありません。むしろ、政治は短期的に見なければいけません。この選挙を短期的に見れば、日本政治の流れにとって大きな影響はありません。自民党は考えていたよりも議席を獲得できませんでした。小泉総理の立場は弱くなったと言う人はいますが、2000年の米大統領選挙のことを振り返ってみるとそれは否定できます。ブッシュ氏とゴア氏の票差はわずかでした。その結果、ブッシュ大統領は思い切った発言を出来ないと言われていましたが、9.11の前でさえ、大型減税を実現させたりして、大統領の権力を見せつけました。わずかな差で勝利を収めても大勝しても権力者によってそれは意味があまりありません。小泉首相はブッシュ大統領と性格が似ているので、安定過半数を獲得した結果、総理大臣である限り政治を何が何でも動かすでしょう。民主党はそれに対し抵抗しますが、とめられないと思います。この選挙の結果では、日本の経済改革について何も変化はないと思います。

この選挙結果で今までと論争が変わる可能性があるのは憲法9条改正の問題です。自民党ができた1955年、その当時の公約には憲法を改正するという点が織り込まれていました。当時の改憲の主張は、次の4つの問題をその理由としてあげていました。

  1. 現在の憲法は当時のGHQが英語で書いたものであり、それを日本語に訳したものなので、憲法は日本国民が日本語で書き直すべき。
  2. 天皇を国家元首とする。
  3. 国民の権利については書かれてあるが、義務については少なすぎるのでそれを増やす。
  4. 憲法第9条は主権国家としてあるべきものではない。他国と同じように軍事力も使えるようにする。

これに対し、当時の社会党は全てに反論しました。しかし、現在は憲法改正について絶対反対という勢力が極端に弱くなっています。最初の3点については今では議論になりませんが、最後のポイント、第4点目が問題です。以前は第9条がある国は他にいないので、他国と同じようにすべきだという主張でしたが、今は時代遅れになったからだという意見が多々聞かれます。リベラルな学者たちの間でも、憲法を改正すべきだという意見が増えてきています。今の憲法によると自衛隊ができることとできないことの区別がはっきりしていません。むしろ小泉首相が解釈を変えれば何でもできてしまうのです。現状維持するためにも、憲法を改正するべきだというのがリベラル派の議論です。自衛隊の機能の透明性と自由に軍事力を使うべきという2つの観点からの論争が増えるでしょう。これは日本の外交、防衛問題が本格的に増えていく中、良いことだと思います。

この選挙を通して、有権者がどのようなメッセージを与えようとしたのでしょうか? まず、何もメッセージを与えようとしなかったともいえます。それは投票した多くの人が、立候補者と何らかのつながりがあった結果としての投票行動だったにすぎない、ということです。

あえてメッセージといえるのは、ラディカルな変化を求めていないということではないでしょうか。日本の将来に対して、漠然とした不安感はあるけれども、まだ危機意識がないことがこの選挙で明らかになりました。

「小泉さんというリーダーは好きだけれども、小泉さんが総裁している政党は好きではない」という人は案外多いです。管氏と小泉氏、どちらが総理にふさわしいか世論調査をすると50%以上が小泉氏を指し、管氏は20%にとどまります。しかし、自民党には投票したくないという区別をする人が大勢いました。

民主党に対しても、まだ政権を取らせるような安心感はないという印象を与えました。民主党はより国民にアピールし、投票率が戦後2番目に低いものではなくむしろ10%位アップするような熱意を与えないと野党が政権をとるのは難しいでしょう。今回は民主党の頑張りが少なかったので、投票率が低かったといえます。

小泉政権がより思い切った改革を早く進める可能性はないでしょう。また逆戻りすることもないでしょう。この選挙は、日本の政治、政策において強い影響を与えなかったと考えます。

質疑応答

モデレータ:

来年の夏、参議院選挙が控えていますが、今回の選挙がどのような影響を与えるでしょうか?

スピーカー:

想像しにくいですが、今のトレンドが将来にもある可能性が高いと見ている意見が多いので、似たような結果になるのではないでしょうか。民主党が議席を増やすが、与党が依然として過半数を持つ可能性が高いです。有権者は今までとは違った投票行動をしないと思います。

Q:

2大政党制とは、何を対立軸にしているのでしょうか? 基本的な哲学の対立があるのでしょうか? また将来何らかの形で機軸になるものが生まれてくるのでしょうか?

A:

ご質問には近代政党政治を振り返って考える必要があります。まず、21世紀の政党と20世紀の政党組織では全然違います。ドイツの社民党、イギリスの保守党、労働党、フランスの社会党が生まれてきた時の事を分析すると、それらの政党はある社会の層をベースとしたものでした。それは資本家や労働者や宗教であり、社会の層を代表するのが政党政治の始まりでした。しかし、第2次世界大戦後に特徴的な"catch-all party"政党(包括政党)は社会のグループを代表するものではなく、国民と国家の中間にあるものでした。アメリカにおいても民主党と共和党の違いは20世紀の政党政治の遺産であり、今もしもアメリカで2大政党を作るとしたら、全く理念の違いがわからないものになるでしょう。アメリカではどこの家に生まれてきたかにより、どちらの政党を指示するか決まっています。一方、日本の場合はそのような伝統はありません。50年前にあった政党は自民党と共産党だけです。戦前に遡ると、共産党だけにいまだに生きています。そこでアメリカやヨーロッパのような理念の違いをさぐるのは難しいことです。唯一安全保障についての大きな違いが現れる可能性があるので、それが機軸になるかもしれません。

Q:

2010年頃まで政権交代はないだろうとおっしゃっていましたが、一方自民党の組織基盤が弱ってきたことも述べられました。連立で過半数は獲得していましたが、公明党に対する依存度も高まってきていることは確かです。そのような観点から考えてもなぜ2010年までに政権交代がないとみているのでしょうか?

A:

政権交代はありえる話しですが、今回の選挙が民主党にとって政権交代への"one step"だったと言う限り、交代はないでしょう。次の選挙で過半数とらなければならないという意気込みが無い限り政権はとれないのです。今回の選挙でも可能性はあり得ました。しかし、国民に政権交代する必要性や、自民党以外への信頼感を訴えきれていなかったと考えます。また、一票の格差が政権交代への弊害になっている事実もあります。比例区では民主党が自民党を上回っています。しかし、農村地区の票は絶対数でみると非常に少ないです。1人の票はどこに住んでいてもウエイトが同じになるように制度を変えるべきです。その制度を採用していれば政権交代はもっと早い時期に起こったかもしれません。

Q:

小泉総理に人気があっても自民党には人気がないのはどうしてでしょうか? 改革を強調しているが、自民党には抵抗勢力がいるからという点からでしょうか?

A:

これについては世論調査で調べるべきですが、私の印象を述べます。マニフェストをよく読み投票する人はまれです。殆どの有権者はリーダーと党のイメージと候補者とのつながりによってで投票します。大都市に住んでいる人にとって、自民党のイメージは古くてスキャンダルが多いし、サラリーマンの価値観と違う人たちの集まりというイメージが強いです。だから小泉総理は立派だと思っても、自民党は我々と何か違うと大都市の有権者は考えています。皮肉なことに、自民党を支持している有権者は小泉総理の改革に反対している地方に住んでいる人たちが多いです。

Q:

40議席を増やした民主党は野党の役割をきちんと果たすことができるかどうかお考えをお聞かせください。

A:

2大政党の違いがはっきりわからない点を踏まえて、民主党は小泉総理にほぼ全面的に協力すると考えられます。加えて、民主党の議席は増えましたが、自民党が安定過半数をとっているので、民主党の政策力が高まるとは思いません。野党というのは権力がないので、大きな成果を出せるとは思いません。同時にこの選挙により抵抗勢力が力を増すことや、小泉総理がより思い切ったことを行うとも思えません。次の選挙時にこの3年間民主党は何をやったのかと国民はがっかりするでしょう。また、野党政党が権力をもたないで次の選挙に勝つことは非常に難しいと思います。

Q:

自衛隊のイラク派遣について小泉総理は国民はこれを支持したという発言をしました。たくさんのイシューがあるのに、これだけをピックアップしたのはフェアでしょうか? 選挙中は言及しなかったはずです。更に、国会で議論しないまま自衛隊を派遣することには不安が募ります。社民党と共産党は議席を減らしましたが、護憲勢力はこのまま続くでしょうか?

A:

小泉総理はイラクに自衛隊を派遣するという約束をしてから選挙に出ました。選挙結果で民主党が躍進したかどうかは関係なく、権力の座にある人は何が何でもやるのです。つまり、小泉首相は自衛隊派遣を実施するかどうかはイラクの事情によって決まるでしょうが、その決断はこの選挙結果と何の関係はないと思います。護憲勢力は全くなくなるわけではありません。加えて憲法改正については、結論が出るまでに時間がかかります。私は2010年までに憲法改正が実現するとは思えません。憲法改正は制度上そう簡単にはできないようになっているわけです。自民党に加え民主党も合意しないとできません。その上、国民投票もあります。憲法改正はないでしょうが、憲法改正論議は活発化するでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。