WTO農業交渉と農業問題の本質

開催日 2003年7月22日
スピーカー 本間 正義 (RIETIファカルティフェロー/東京大学大学院農学生命科学研究科教授)
モデレータ 荒木 一郎 (横浜国立大学大学院国際社会科学研究科助教授)
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議事録

モデレータ:
本日の講師は東京大学大学院農学生命科学研究科教授、本間正義先生です。本間先生はWTO農業交渉や日本の農業問題についての第一人者でいらっしゃいます。

スピーカー:
農業交渉は3月末日にモダリティ(大枠)を確立することになっていましたが、それが失敗に終わり、7月16、18日の非公式の特別会合でも結論が得られず、どういう形で推移していくのか見守っているというのが現在の状況です。
今日は、「WTO農業交渉と農業問題の本質」というテーマですが、どこまで本質に迫れるかはわかりませんが、現在の農業交渉、あるいは過去の農業交渉を踏まえて、農業問題とは何か、ということを私なりに解説していきたいと思います。

ウルグアイ・ラウンドの成果

1955年に日本がGATTに加盟しましたが、農業にとって大きな出来事は93年に決着しましたウルグアイ・ラウンドです。農業交渉というのは、輸出国の規律、輸入国の規律、そして輸出国・輸入国を問わず国内政策の規律、という3つの分野に分かれています。まず輸入国側の問題として、マーケットアクセスと呼んでいる分野があります。ウルグアイ・ラウンドではまず非関税障壁が関税化され、全ての関税が譲許されました。

そして6年間で平均36%、最低15%の関税削減。また関税化した品目については特別セーフガードを設定することを許され、これまでほとんど輸入がなかったようなものについてはミニマム・アクセスが設定されました。ただしその関税化の特例措置として、日本でいえば、コメを念頭において猶予される項目を作ったわけです。日本の場合には、99年に特例措置から関税化に踏み切ったわけですけれども、いずれにしても、そんな形でマーケットアクセスという約束事が決められました。

輸出国側の問題は主に輸出補助金でありこれは比較的シンプルですが、ウルグアイ・ラウンドに至るまでに特にEU、当時のECとアメリカの間の輸出補助金戦争が繰り広げられたことを背景にして、輸出補助金の削減というのが非常に大きなテーマでした。そして補助金支出額を6年間で36%、それから数量で21%の削減という取り決めが行なわれたわけです。

GATTは関税に関する一般協定ですから、国内のさまざまな政策には普通は立ち入らないわけですが、農業分野での取り決めというのは国境措置だけではなくて、国内措置に関しても、いわゆる生産刺激的あるいは貿易に影響を与えるようなものについては規律を決めました。

それは大きく3つに分けられ、削減する必要のない政策、これを緑の政策といっておりますが、これは行政費用等を含めて、インフラ整備、備蓄、それから直接支払いといわれているようなもの、あるいは災害補償、環境保護、たとえ生産刺激的であってもそれが地域対策として行なわれるものであればそれは削減の対象としない、といったようなことです。

基本的にはこの緑の政策以外の政策はすべて削減するということで初めの案は出てきたわけですが、それでは特にアメリカやEUがなかなか合意しないという状況が出てきて、そこで青の政策が生まれたわけです。これは本来ならば削減しなければならないものですが、それをなんとか削減なしですませたいということで出てきたわけです。そして緑と青を除いてその他のものがすべて削減対象(黄色の政策)、という取り決めでありました。

あと、生産額の5%以下の助成措置は、たとえ黄色の政策であっても、引き下げ対象となる項目に入れない。AMS(助成合計量)というのはそういう例外を除いて黄色の政策をすべて金額ベースで合計して、全体で20%削減する、という取り決めになったわけです。

日本の措置と農業協定第20条

日本の措置としては、小麦、大麦、乳製品、澱粉、雑豆、落花生、こんにゃくいも、繭、生糸、豚肉といった品目が、95年に関税化されました。コメは99年です。AMSは国内保護措置として削減対象になったいわゆる黄色の政策の総額です。これは1986年、88年ベースで5兆円であったものを、その20%ですから4兆円に削減するということでした。これは99年で実に7500億円というところまで下がってきております。実はこれが97年に新しいコメ政策ということで、国内の市場を自由化したということがありまして、国内の価格政策は廃止したということをWTOに報告してあります。従って、コメに関する内外価格差、国際価格と政府米価格との差というのはAMSにカウントされなくなりました。

AMSでは、国内価格というのはあくまで支持政策をとっている場合のみカウントするということで、これは違法でもなんでもないんですが、日本はコメについては国内価格支持政策をやめたということで、2兆数千億の保護措置が削減されたという形になっています。

ただこれは形でありまして、皆さん実感しておられるように、コメの値段が下がった、あるいはコメの保護措置がなくなったということでは決してないわけです。それは国境保護に守られていて、ここがAMSの問題点の1つだと思いますが、国内の行政価格で価格支持をやっていない限りはAMSにはカウントされない、ということです。

農業協定はウルグアイ・ラウンドで決められた約束事で、2000年の12月31日までに実施するという協定です。そのあとどうするかということですが、農業分野はサービス分野とともに、ビルトイン・アジェンダということで、新しいラウンドが立ち上がる、立ち上がらないにかかわらず、交渉を開始することが決められております。それを決めたのが農業協定の第20条です。

その20条で何をいっているかといいますと、サポート・アンド・プロテクション、助成と保護を実質的かつ漸進的に削減するという長期目標があり、ウルグアイ・ラウンドの実施後もその過程を継続するための交渉を行うとしています。WTO農業交渉は新しく始まったのではなく、あくまで継続であり、ウルグアイ・ラウンドの延長として、さらに2001年以降も、引き下げをどうしていくかということを議論する場である、というのが共通認識だと思います。

ただし、「次のことを考慮に入れて」という一文がありまして、その中で特に日本などが強調しているのが、「非貿易的関心事項」で、農業の多面的機能、つまり農業は食糧を生産するだけではなく、さまざまな機能を持っている。たとえば洪水を防止する、あるいは景観を保持する、等々。そうしたものを念頭に置いて交渉を行ないましょう、ということです。とすると、これを素直に読めば、今交渉はこれを考慮に入れながら関税削減をどんな形で進めるかということになるわけです。

しかし日本の提案では、農業の共存ということを基本哲学にして、多面的機能を非常に強調しています。すると、日本提案だけを読んだ印象としては、新たにその多面的機能というものを盛り込んで、それをベースに新たな哲学が、もしかしたらWTOの場で農業分野に組み込まれるかもしれない、と思ったとしても不思議ではありません。

まあそれは交渉ごとですからわかりませんが、しかし20条が謳っていることというのはあくまでもサポート・アンド・プロテクションの実質的、漸進的な削減ですから、ここはどれくらい引き下げるのかという交渉をきちんとやっていくというのがここでの約束だというのが認識されるわけです。

農業交渉の争点

交渉は2000年の3月から始まり、その中でどういうことが争点になっていたかということを、先ほど申しました3つの分野に分けて簡単に説明します。

まず輸入国側の問題として関税があります。これはスイス方式によるものですが、スイス方式というのは東京ラウンドで非農業部門に適用された関税引き下げ方式で、一定の係数を決めますと、すべての関税は最終的にその係数未満になるというものです。アメリカとケアンズはその係数を25%にするという提案をしています。つまりどんな高い関税でも最終年には25%未満の数値に帰するということです。これは非常に大胆な提案です。それに対して日本やEUはいわゆるウルグアイ・ラウンド方式による緩やかな削減を、EUはウルグアイ・ラウンド並みの、平均36%、ミニマム15%という引き下げ率を提案しています。そのどちらをとるかということは、あとでお話しますハービソン提案で問題になってくるわけです。

これは、日本などはコメの現行490%の関税を15%引き下げるだけですむのか、それとも5年間で25%まで引き下げるか、という非常に大きな違いがあるわけです。この大きな差をどう埋めていくかというのが農業交渉の課題ということになります。

関税割当は、関税化はしたけれど、二次関税として設けた関税が非常に高い。それは関税割当いう制度を用いたためにそういうことが可能になるわけです。従ってこの関税割当を何とか拡大して、輸出国側は輸出を増やしたい。できれば関税割当を廃止して、関税に一本化するということを求めているのがアメリカ、ケアンズです。

ミニマム・アクセスに関しても、アメリカ、ケアンズは拡大を要求していています。日本はとくにコメを念頭におきまして、国内消費量に合わせて見直し、としています。といいますのも、コメの消費量が年々減っていて、旧基準年の86-88年の消費量よりも直近の3年の消費量のほうがはるかに少ない。従って直近の消費量をベースにミニマムアクセスを適用したいという考えです。

それから特別セーフガードは、ウルグアイ・ラウンドで関税化したものについてのみ適用されたわけですが、それは暫定措置という認識が一般的だと思います。従ってその関税化したものの調整期間が過ぎれば廃止、という立場をとっているのがアメリカとケアンズです。

日本は2001年にネギ、生椎茸、畳表での暫定発動はしましたが、一般セーフガードがなかなか発動できなかったという経験を踏まえて、特に野菜などについて新たな品目に特別セーフガードを設ける、ということを提案しています。

輸出補助金は、廃止か存続かということで対立しているところです。アメリカ、ケアンズは5年間で廃止、EUがそれに抵抗しています。唯一日本がからんでいるところでは、輸出規律の強化、輸出税化というのがあります。輸出禁止、あるいは輸出制限というものを何とかなくしたいということで、関税化と同様の輸出税化ということを日本は提案しているわけです。

国内助成については緑の政策をどういうふうにするか、青の政策を残すのか残さないのか、あるいは黄色の政策にどの程度の引き下げをするか、という問題です。緑の政策は、ケアンズ、途上国が厳格化、その上限の設定を、アメリカ、日本が、EUは枠組みの維持を主張しています。それからデミニミスという5%未満の例外措置をどうするか。これは途上国とEUが撤廃を、アメリカ、カナダ、日本が維持を主張しています。

ハービソン・モダリティ提案

そういう対立を受けて、今年の2月、WTO非公式閣僚会議が東京で行なわれる直前、議長提案としてモダリティ第1次案が出てきました。かなり明確な数値を盛り込んだ提案が出てきたことで、輸出国側も輸入国側も反応に戸惑ったようです。マーケットアクセスでは、スイス方式、つまり一定の関税以下にするという方式か、あるいはウルグアイ・ラウンド方式で高くても何パーセントというような方式か、ということが争点になっていたわけですが、その折衷案のような形でこの案が出てきたわけです。

形の上ではウルグアイ・ラウンド方式で、平均何パーセント、最低何パーセントということですが、それを現行税率によってクラス分けをしたということが1つの特徴です。高い関税については高い引き下げ率を課すというところに、農業交渉の焦点があるわけですが、とくに途上国等から突きつけられている問題に、農産物の課税は突出して高い品目がありすぎる、それをもう少し調整しよう、というものがあります。つまり、あまりに高い関税はなるべくなくして、全体の引き下げはもちろんだけれども、突出した関税率をなくしていこう、というのが今回の1つのテーマになっています。従って非常に高い関税、たとえば現行90%を超えるものについては平均60%、最低45%の削減、90~15%のものは平均50%で最低35%、それ以下のものについては平均40%で最低25%の削減、というようなことになっています。

それからもう1つ、これはあまり重要視されていないようですが、非従価税の従価税化が提案されています。今コメとかほかの製品でも日本はかなり従量税を課しているわけです。これは非常に高い関税の場合には、海外の価格変動に対してインセンシティブといいますか、あまり影響を受けない。しかし、これを従価税に置き換えることになります。これについてはあまり議論されていなくて、日本の政府はどう考えているのか聞いてみたいところです。いずれにしても方向としては、従価税化に関しては合意が出来ているという感触を持っています。また、ミニマム・アクセスの基準消費量は最近の3カ年、正確には5カ年の最高と最低を除いて計算するという形に変更していくという提案が出されています。

加工品の関税は、要するに加工度が高いものほど関税が高いというのを直していこうというもので、加工品の関税が同じ物の非加工品よりも高い場合は、加工品の関税を非加工品の削減率の30%増しで削減しようというものです。ミニマム・アクセスに関しては、最新3年間の平均消費量の10%ですが、12%まで拡大するのものがあれば、8%にとどまるものがあってもいい、ということで緩やかな拡大ということが出来ると思います。

セーフガードについては、すぐにということではありませんが、実施期間最終年またはその2年後に廃止していくということです。

輸出補助金については、現行約束金額の2分の1までの品目については、1年目は70%に、2年目は49%に、そして6年でゼロに。残りの品目は同様に削減して10年でゼロに、ということで、いずれにしても5年ないし10年の期間をもって廃止していくということです。

国内助成については、緑の政策は維持。青の政策は、5年で50%削除、またすべての政策をAMSに算入して青の政策を廃止する、ということです。大きい改革は、黄の政策でAMSを5年間で60%削減していくということです。ウルグアイ・ラウンドは20%でしたからこれはかなりの数字であり、かつ品目ごとに変動するという形になります。デミニミスも現行5%のところを毎年0.5%削減していって2.5%まで下げるということです。

日本農業への影響

ここからがある意味で本題になるかと思いますが、日本がもしこのハービソン提案を受け入れたとするならばどういう状況になるだろうかということです。コメの現行税率がキロ341円。これは従量税です。従価税にするとだいたい490%といわれております。90%超のフォーミュラーを適用しますと平均60%、最低45%ですから45%を適用します。そうすると270%に低下するということになります。輸入米がキロ約100円として、370円、中国産ですと約80円として296円ということです。国産のコメがキロ300円ぐらいですから、中国産のコメは競争可能ということになります。

今の農業交渉が終わって数年後にまた更なる交渉があるわけですけれども、貿易の拡大を通じて経済的な繁栄を図るというWTOの主旨から考えれば、あるいは国内の消費者へのメリットを考える場合には、関税化の意図したものが初めてこのあたりからスタートするのかなという気がしております。

ハービソン提案が出てきた直後の日経新聞の朝刊ですが、2月13日、農水省首脳はこのハービソン案を見て交渉進展に期待感を持っている、ということを述べています。このコメントが嘘でないとするならば、こういう数値を見たときに、もっときつい削減を想像したのではないか、するとこの程度ならなんとかいけるのではないかという判断があったのかもしれないですね。ただこのコメントはその直後に農水省が否定しました。この数値では日本の農業は壊滅する、という公式のコメントを出しています。

日本の提案はコメを中心に動いているわけですが、コメ以外のものについてはどうかといいますと、ハービソン提案ではグループ分けをしていまして、高い関税率を持つ品目についてはその中で調整しようということです。90%超の関税を持つグループの中では、その品目の引き下げは全体で60%になるということを提案しているわけで、これはほかの品目にとっては大事件となるわけです。たとえば小麦、大麦、脱脂粉乳、バター、澱粉、落花生など、200%から500%になる関税を維持している品目が、コメが45%ということなら、75%とか。どの品目も持ちこたえられないという状況があるわけです。

従ってハービソン案をのむと、たとえば北海道なんかでは、酪農家が、コメの犠牲にされるのはかなわないということで、いわばコメ農家と酪農家の間でのつばぜり合いまで生じているわけです。

農業保護の源泉

農業はそもそも需要が停滞し、供給が増加するという産業です。従って、特に先進国では常に価格下落圧力があります。しかし、農業の労働力というのは非常にたくさんの人的資本を投入しているわけですけれども、これがなかなか転用が利かないということで、産業調整に抵抗があります。

そういうことで何とかして農業に留まろうとするときに、政治に訴えることになります。特に先進国においては、Collective Actionの考え方を適用すれば、農業はある程度小さくなっていきますと非常に強い団結力を示して、Collective Actionにおけるタダノリがなくなってきて、高い結束力が得られる。それに対して抵抗する側の農業の保護費用、これは1人当たり非常に小さい。従って農業保護が蔓延してしまうということになります。

しかしそれが今どう変わってきたかということを考えてみますと、農業の保護費用は小さいとはいえ、これだけ長期の不況の中で、農業は失業がないという状況、それからいろいろな形で保護されているということの情報開示、というようなことがあり、国民の寛容性がだんだん喪失してきているということがあります。

また、デフレ経済の中で農業は豊作・不作による価格変動があるわけですが、いわゆる構造改革というものは進められていないわけです。そういうことが一般の消費者や納税者にも見えてくるようになってきた。

もう1つは農民の結束の乱れということですが、農協が一枚岩ではなくなってきていて、今の農協の体質に反撥するような農民、あるいは新しい農協を作るといった動きが出てきています。言い換えれば、多様な農民の出現ということで、農政には頼らないといった農家が出てきている。そうすると農業個々に対応できる政治的な均衡というのは崩れやすい状況になっています。

そして新たな問題として外圧があります。1980年代の中頃に牛肉、オレンジの開放要求、それからまったく聖域だと思われていたコメについて全米精米者業界がUSTR(米国通商代表部)に訴えて日本の閉鎖市場をなんとかしたい、という動きが出てきました。そのあと農産物の12品目について米国がGATTに提訴し、10品目についてクロと判決され、日本は約8品目について自由化措置を取らされたということがあります。そういういわば国内保護が安定していると見られていたものが、外圧によってかなり雪崩現象を起してウルグアイ・ラウンド決着に向かったということです。従って、そのあとのWTO、FTAの推進ということを考えますと、農業分野の抵抗も限界が見えてきます。

農業保護というのは農産物の価格が高いことだけが問題なのではない、ということが非常に意識されつつあります。特にFTA、セーフガード問題で農業が抵抗しているために先に進まない。そうではないという見方もあるかもしれませんが、一般的な見方ではそういう印象があります。あるいは農業の保護をしたらとばっちりをくらって、当時まだWTOに入っていなかった中国に報復関税を受けて自動車だけでも2001年度は500億強の損失があって、それが翌年には4200億もの損害になっていたであろう、といった話になってきています。

新しい農業を求めて

そういうことがありますと、農業というのはどうしても変わっていかなくちゃいけない。ではどういう変わり方があるのだろうか。あるいはある方向にもっていかないと日本の農業はなし崩し的に本当の意味での衰退産業になっていくのではないか、という危機感があります。そこで何が出来るかということを少し述べてみたいと思います。

まずは農地法改革ですが、株式会社の農地取得問題ということでいろいろマスコミを賑わしているところですけれども、参入規制の問題があります。農業の側から株式会社を作ることは出来るけれども、現行の農業外の株式会社は農地を取得することは出来ない。参入の方法は多々あるのですが、農地を取得、あるいは賃借する形での参入は未だに規制されています。この参入規制を撤廃することと、もう1つは転用期待を排除することによって、多様な農業経営形態が導入出来ます。

それからこれは多様な農業経営形態とかかわってくるのですが、日本の農業が生き残る道というのは、これはほかの産業でも同じことでしょうけれども、大規模化と技術集約化ということです。農地をあまり使わない部門での技術集約化は、あまり規制のないところですから、どんどん進んでいます。

従って土地利用型で大規模化のために農地の集積をいかに進めていくかということが最大のポイントです。そのために株式会社の参入と同時に加工部門、流通部門とのインテグレーションを視野に置いた農業の展開がないと、農業というものが儲かる産業になりません。農業に参入すると儲かる、というシステムを作り上げていくことが活性化の条件になるわけです。

もう1つは、国内向けのものだけ作るのではなくて、JETROなんかも海外で日本食フェアなんかをやっていますが、そういうところでマーケティングをやって、何が売れるのかということをもっと研究すれば、輸出型の農業を作り出すことは不可能ではないわけです。

ジャポニカ米の需要は、特に中国なんかでどんどん高まっています。そういうことを見越した場合に、日本米を輸出するか、あるいは日本農業の海外進出かということ。それには先ほど申しました農地の規制、あるいは高賃金、さまざまなしがらみ、というようなもののないところで生産をすることです。そういうことが農業部門でもいずれ行なわれるようになると思います。

メイド・イン・ジャパンじゃなくてメイド・バイ・ジャパニーズという言葉を使いながら、特にオーストラリアに行ってみませんかというようなことを、西オーストラリア政府のプロモーションといっしょになって話をしたりしていますが、これはオーストラリアに限らず、中国でも東南アジアでも、拠点を海外に求めて農業の展開をしていくということ、つまりボーダレスの農業ということです。これは非常に重要なことで、遅ればせながら農業も非農業部門と同様の展開をするということが今求められているのではないかと思います。

質疑応答

Q:

小麦が210%とか、ほかにも大麦とか落花生とか、高い関税がかかっているわけですが、小麦の自給率なんてこの関税からは多分1割にも満たないと思うんですが、その論理が基本的によくわかりません。関税収入のためなのか、市場産業のためなのか。

A:

格差が非常に大きくなった背景には内外価格差をとる基準年である86、88年頃、農産物一般に国際市況が非常に悪くて安い価格で推移していました。それで内外価格差が非常に高くなったということです。高関税を設定すること自体は決して違反でもなんでもないんですが、問題はそれを引き下げないというところにありまして、もっというと、なぜこういうものが長い間数量制限品目として残っていたのかということがあります。
政治的に強いところの生産者が守られてきたということもあります。たとえばコンニャクイモ、今900%の関税がかかってますが、これなどは主産地が群馬で、一度獲得した権利はなかなか捨てられない、という背景がありますね。そういうタリフピークをなくしていくことが今回の交渉の目的の1つであるわけです。

Q:

今回の交渉における途上国の役割、そして途上国に対して日本がどういう対応をし得るキャパシティを持っているのでしょうか。

A:

途上国をいかに取り込んでいくかということが、WTOの交渉を成功させる鍵といわれていますが、一方、途上国に配慮しすぎるためにWTOが本来の市場開放につながらないという恐れがあります。途上国の意見を聞くことは大事だけれども、そこに何らかのボーダーラインを引く必要がある。それと今後の問題としてグラデュエーション・クローズを設けて、途上国が途上国でなくなる日を想定してのWTOの枠組みを決めていかないといけないと思っています。

Q:

「新しい農業を求めて」というところでお話になったのは結局のところ、儲かる農業、といいますか、産業の視点から考えておられるのではないかと思うのですが、それとWTOの農業の自由化とは両立するのか、どう折り合いをつけるのかということがちょっと気になります。

A:

例のBSE以降、農水省は消費者にも顔を向ける政策ということを打ち出していますので、農家だけのための政策ということではないと思います。ただ現実問題としましてはやはり生産者主体の政策であることは否めないところです。しかしここでいっている新しい農業というのは、決してWTOと矛盾する話ではないんですね。WTOのいうことはともかく関税を引き下げて、という消費者優先の話が中心になりそうですが、しかし、その中で日本の農業の構造改革も進めていくということもあるわけです。つまり農業者優先か消費者優先かということではなくて、選択肢の増大によって農業者も消費者も利するという考え方です。

Q:

先生のおっしゃるような新しい波が、今後農業の内部の人たちにどれぐらい浸透していくのか、あるいは農業政策を変えていく上で、こういうことが出来るとか、やろうとか、そういうお気持ちがあるかどうか。

A:

今、農村が変わりつつあります。ただ、そういった変化は畜産農家などには多くてもコメ農家には少ないということがあります。そこでコメ農家、特に兼業農家に対する政策を根本的に見直す必要があると思っております。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。