21世紀の笑いの商い

開催日 2002年9月6日
スピーカー 林 裕章 (吉本興業(株) 代表取締役社長)
モデレータ 岸本 周平 (RIETI客員研究員/財務省理財局国庫課長)

議事録

岸本客員研究員(以下「岸本」):本日は漫才方式で林社長のお話を引き出していきたいと思います。林社長は昭和46年に吉本興業に入社され、平成11年に代表取締役に就任されました。そしてなんと9月29日に日本テレビ社長萩原氏とコンビを組み「ザ・社長ズ」という名前で漫才デビューすることになりました。御存知の通り、タレントの年俸交渉の時は「かかってこい!」ということで有名な動く広告塔をなさっています。

吉本興業の国際性とアジア戦略

岸本:私が、前ポストであったメディアコンテンツ課長時代に、林氏にいちばんお世話になったのは吉本興業が経団連入りするときでした。吉本といえば今や、経団連に入った吉本として着目されていると思います。

そこで最初に、経団連に入った感想をお聞きしたいと思います。

林社長(以下「林」):経団連には喜んで入れていただきました。お笑いは芸能界の中ではいちばん身分が低かったので、歯がゆい思いをしました。しかし、吉本興業もテレビ等に露出させていただいて、いまや国会議員から犯罪人まで入っています(笑)。経団連入りも要素となり、吉本はかなりグレードアップされたのではないかと感じています。また岸本課長にはお笑い以外のもの、音楽やスポーツ等にビジネス展開した点にも目をつけていただきました。総合エンターテインメント企業として吉本を認めてもらった感じがします。また、業界のグレードアップとしてのリーダーになりたいと考えています。 岸本:経団連の方も喜んでいます。経団連は御存知の通り、比較的元気のない企業が多い中で、21世紀のリーディングインダストリーがエンターテインメント系のコンテンツ産業であろうと思っておられます。しかし、どこでもいいというわけではありません。国際性とブロードバンド対応がキーになりました。

その中でお聞きしたいのですが、吉本さんはアジアに対して、とても古くから取り組んでおられたようですが、このへんのアジア戦略についてお聞かせいただけますか。

林:いちばん取りかかりやすいのは、言葉の隔たりがないスポーツだと思います。また、音楽にいたっては、日本で発売された1週間後には香港、上海で売られる時勢ですから、若い人にとっては隔たりがありません。そのあたりもアジア戦略の一環として当社が狙っているところです。また、これから大きなマーケットになっていくだろうと思います。吉本は今まで音楽には弱かったのですが、御存知の通り小室哲哉が当社に所属するようになりました。彼はアジアに通じるプロデューサーでもあり、彼自身の上場会社が香港にもあります。この10月初めに当社もそこの株を持ち合いするようになりまして、吉本の配下に入ることになりました。

岸本:その他、韓国ではどのような戦略がありますか。

林:韓国は反日的な雰囲気がありましたので苦労しています。金大中大統領になって随分変わった点はあったのですが、現実にはかなり厳しいものがあります。徐々に開放的になってきたところで、やはり歌がいちばん早く浸透していくと思います。

岸本:吉本さんの所属のアーティストが韓国でライブをやったとお聞きしたのですが。

林:テイ・トウワ(Towa Tei)という者です。世界的にもディスク音楽の権威になっていて、ニューヨークでも有名になっています。彼が先月、韓国で初めてライブを行って、2500人くらいの人を集めました。

ブロードバンドを意識したエンターテインメントを目指す吉本興業

岸本:核心にせまっていきたいと思います。ブロードバンドインターネットの環境が日本も相当進んでまいりまして、昨年末300万世帯、おそらく今年の末には900万世帯は確実にいくといわれています。しかし中身、すなわちコンテンツがありません。そういう意味では、吉本さんはファンダンゴというブロードバンドコンテンツの会社をいち早く立ち上げられました。これはどちらと組まれたのですか。

林:KDDIと組みました。そのほか東京電力、松下電器とも組みました。

岸本:ブロードバンド時代にいち早く対応された理由をお聞かせ願いますか。

林:私は、20世紀前半はラジオの時代、後半はテレビ、そしてこれからの21世紀はインターネット、ブロードバンドが幅を利かせると確信しています。現在の地上波は、デジタル化によってものすごく弱くなると私は思っています。吉本興業としてお笑い以外にも手がけたのは、ブロードバンドを意識して広範囲にエンターテインメントを増やしていきたいと思ったからです。

岸本:韓国とか中国でもFundango Korea、Fundango Chinaを立ち上げられましたよね。このへんの狙いはどうでしょう?

林:御存知のように、韓国では日本以上にインターネットが進んでおりまして、商売にもなっております。現在吉本からも提携しまして、ソフトを何本か送っています。香港のFundango Chinaも併せまして戦略の1つとなると思っています。

お笑いのアジア進出と将来への可能性

岸本:お笑いのアジア進出もなさっていますが、このへんはどうでしょう?

林:まず当社が手がけましたのは、台湾を攻めるということです。3年前に吉本の古い新喜劇を台湾でオンエアーさせました。それによって台湾でファンができましたので、今年の4月には吉本の演出家が行き、吉本の台湾版コメディーを立ち上げました。これもある意味では輸出ではないかと思いました。 岸本:吉本のネタとドタバタのコンセプトを台湾に売られていて、ロイヤリティーはどうなっていますか。

林:わずかですが、取っております。

岸本:ということは、コンセプトを売っているということですね。つまり無から有を売っているわけですね。将来儲かりますね?

林:本音では、上海からもういちど中国大陸に攻めていきたいと思っています。

岸本:今年4月に、林社長自らが吉本新喜劇のライブを引き連れて4日間の興行をうたれました。延べ5000人くらい入られたそうですが、実は私もメディアコンテンツ課長として一緒についていきました。外務省も現地の領事館が後援し、外務省、経済産業省併せて旗をふりました。山田花子さんも行かれましたが、花月でやっているものをそのまま持っていってうけていましたが、社会主義の国ですよね?

林:社会主義の国でありながら、当社の新喜劇をそのままやらせてくれたのには感謝しています。ストーリーよりも動きで笑わせる芝居なものですから、お客さんにはすぐに笑っていただきました。お客さんも半分近くは中国の方でした。その劇場には解説の字幕スーパーが出る設備ができていましたが、ほぼ同時に笑ってもらったので意を強めまして、これは中国大陸にも向けて、吉本の新しい仕事ができるのではないかと自信を深めて帰ってきました。

岸本:台湾のタレントさんをわざと使っていましたが、台湾とのコラボレーションは中国大陸を攻めていくときにどのようにお考えですか。

林:現在当社は、台湾の元気のある会社と組んでおります。その企業も中国大陸で番組を作るということを意識されていて、上海に2つほど大きなスタジオを買われました。そこで当社も出資させていただいて、製作会社として、これから共同で番組を作っていこうという運びになっています。

岸本:そのような意味では、上海にも吉本さんの製作会社を作られているのですが、香港へは何か仕掛けはされているのですか。

林:今まで映画を3本くらい香港で作っています。これからも徐々に増やしていきたいと思っています。やはり日本映画よりも世界に通じる映画を、香港で作ることができるのではないかと思っています。

岸本:具体的に香港でパートナーは見つかりそうですか。

林:そうですね。有力な会社も出てきております。現在、若い人が交渉に行っております。

岸本:私は横で吉本さんの企業活動を見ておりまして感心させられたのが、アライアンスを組む相手を上手に見つけてこられた点です。たとえば、韓国ではSMエンターテインメントですね。そのようなパートナーを見つけるときの考え方、さらにどのように見つけられているのですか。

林:なかなかよいパートナーに恵まれなかったものですから、必然的に見る目もできてきました。上海では10年くらいかかりました結果、中国人はやはり華僑から入っていくのがいちばんいいと思いました。華僑の中でもしっかりとした会社と組むように心がけております。

吉本興業が国内に向けて仕掛けるブロードバンドコンテンツ

岸本:今度は国内のアライアンスですが、ブロードバンドコンテンツのファンダンゴは元々KDDIさん、最近では東京電力さん、あるいは松下電器産業さんとお組みになり、お台場でスタジオをお持ちになっていますよね。ブロードバンドコンテンツとしてどのような仕掛けをしていこうと思っておられますか。

林:インターネットは世界につながるものです。しかし、松下さんはハードの会社でソフトは持っていません。KDDIさんもハードです。ソフトをたくさんもっている会社として我々は選ばれたわけですから、それをフル活用できればと思っています。

岸本:そういう意味では、まさに今大阪から攻め上ってこられて、東京の「ルミネtheよしもと」があり、今度は東京電力とおやりになっている「Casty」、それから松下さんとお台場でスタジオを作られる。もちろんレコード会社もお持ちだし、メディアとしてはいろいろな武器を持っておられますね。

林:いちばん難しいところは、ソフトを作る際に発生する権利関係というものです。吉本の場合は1社で全部持っています。ここが吉本の強みではないかなと思います。また、よそに負けない、安く早く作るのがうちの特技です。

岸本:権利関係の話が出ましたが、映像関係になりますと日本では地上波のテレビ局が非常に強いですね。吉本さん自身はテレビと一緒に伸びてこられたと思うのですが、私が勉強しただけでもNHKはじめ民放5局は、お金は出さないし権利はとっていくで、ほとんどやり放題にやっています。独禁法の優越的地位の乱用による不正取引をやっているわけです。その中で吉本さんは比較的強い地位でやってこられていますね。

林:今業界の中でも権利関係がやかましくいわれています。その中で私は役員もさせていただいているのですが、これからはやはり権利関係について、各プロダクションがもっと勉強するべきだと思います。

岸本:そういう意味では、吉本さんはいわゆるテレビ局の下請けではなく、自分でスタジオを持ち、自分で番組を作るといったことを、随分昔からやってきておられますよね。

林:大阪に、現在吉本会館がある本社がありますが、そこに150坪の生中継ができるスタジオを15年前に持ちました。それが最初のスタジオです。ルミネにもこれから設置したいと思っています。

吉本興業がさまざまな成功を収めた秘訣、そしてポリシー

岸本:大阪から出てこられ、アジア展開、ブロードバンドデジタルインターネットへの挑戦とさまざまな成功を収めてこられましたが、その前に東京進出をして成功されましたよね。このへんの秘訣はどういうところにあったのでしょうか。

林:吉本興業は今年で90周年を迎えました。お言葉を返すようですが、戦前は吉本興業も、東京から神戸まで寄席小屋を40数件持っておりました。タレント数においても今と変わらない、むしろ今以上に持っていました。それを我々は先人から聞いておりましたから、東京を攻めるのが日本を制するということで、1980年に赤坂のマンションの一室で連絡事務所を始めました。現在活躍している明石家さんまが先陣で出てまいりまして、数年後に東京で番組を持てるようになり、その後島田紳介がまいりました。テレビ番組の変動期までは歌がバラエティーの中心だったのですが、その後はゴールデンアワーにお笑いがオンエアーされるようになったのです。現在、東京発の吉本のタレントもロンドンブーツ以下多々生まれております。

岸本:漫才ブームに火をつけたのが東京進出だったわけですか。 林:そうです。そのときに我々も本格的に動き出すことができました。

岸本:お聞きしていますと、株価は日本経済の低迷を反映して、日経平均は下がっていますが、吉本さんは順風満帆で株価はずっと安定していますよね。これまで失敗はなかったのでしょうか。

林:割合堅実な会社で、大きく投資をしないものですから損失も少ないわけです。バブル期には預金が100億ほどありましたが、我々が先代の会長に土地を買おうと言っても「ばかやろう、現金の大事さをお前ら知らんやろ!」と怒られました。やはりそれが正しかったのではないかと思います。会長は昭和の恐慌も生き延びておられ、勤続75年の人だったものですから、不動産業者が寄り付いてくることすら怒った人でした。やはり先見の明を持った人だったのでしょう。

岸本:吉本さんは変わらないポリシーをお持ちのようですけれど、林社長の考える「これがポリシーだ」というのはどのようなものでしょうか。

林:お笑いがメインですが、常に大衆を意識しまして、「大衆と共に」というのが当社のモットーです。先人から教えられているのは、「大衆を半歩リードする、1歩だと多すぎる」。これが今までの成功の秘訣だと思っております。あまり前へ進みすぎてもついてこないので、大衆がついてこられるくらいの密着度がいちばん大事ではないかと思っております。

岸本:吉本さんはこれまで成長されてきて、これからも成長され続けていかれるわけですが、マーケットを開拓していかなければならないわけですよね。成長に必要なものは何だとお考えですか。

林:人材だと思います。人材がなければ新しいことはできません。新しい部署にはプロをひっぱってくることが大事だと思います。新しく始めたスポーツ事業では、メジャーリーガーに長谷川滋利と石井一久を行かせました。人材がなければできなかった新しい仕事です。ドジャーズの球団社長が少し前に来日されたときには、「これからドジャーズの選手をおまえのところにやるから、おまえのところから日本の球団に売れ」というような話をすることができました。これからはそんなことが面白い商売になるのではないかと思います。

岸本:才能をマネージメントするということですか。

林:商品が人間なものですから。どのような会社も一緒ですが、商品価値を高めてそれなりの代金をいただくということです。

岸本:顧客には2通りあると思います。1つは新しく開拓していく顧客、もう1つは繰り返して来てくださる顧客。どちらが大切だと思いますか。

林:新規の顧客はやはり大切にします。やはりリピートのきくようなもてなしもしなければなりませんから。

岸本:新規でつかまえた顧客をすぐリピーターにするような戦略をお持ちなのですね? 具体的にはどのようなことなのですか。

林:コマーシャル1つにしましても、安くて効果があることによってスポンサーに喜んでいただき、また次につながるのでは、と私は思っております。

岸本:社長さん自らが広告塔になり、漫才師になられて日本全体をリピーターにするということですね。

林:関西では、我々子供の頃から、茶目っ気があると「お前吉本に行け」といわれるのですが、関東でも東京でも、学校の先生がそう言ってくださるようになると、これが吉本の日本全国制覇ではないかな、と私は思っております。

質疑応答

Q:

先代のお話をもう少しお聞きしたいと思います。先ほどのお話で、吉本が健全な財務体質を築いてこられた理由の一端に先代の考えがあったということがわかりました。もう1つお聞きしたいのが、とかく闇世界との接点が多い業界にまさにいらっしゃるわけですが、その世界との関係はないと理解しております。そこにも先代のポリシーというものがあったのでしょうか。

林:

確かに、私が入社する以前には闇の世界との付き合いはありましたね。興業界は全般にそのようなことがあるのですが、幸いにして父親の気が強く、立ち向かって喧嘩してから縁が切れました。戦後は吉本興業もいろいろな事業をやっておりました。焼け野原の映画館からスタートし、ボーリング場、力道山のプロレスを手がけました。それを境に闇の世界からは縁が切れました。

Q:

私は旭化成の生活製品カンパニーの社長をしている者です。全国を3年くらい回っていて感じたのですが、日本中が非常に暗いのです。なんとか店頭を明るくしたいと思いまして、エンターテインメント性というものを部下に徹底させました。それでもなかなか動きませんでした。しかし去年、吉本の研修生に来ていただいて営業マン60人くらいが、吉本さんだったらこの製品をどうやって売るのか教えてもらいました。また、シナリオライターの方に営業本部会議に来ていただきました。なかなか真似はできなかったのですが(笑)、新しい笑いを創造していくのは必要だと思います。そのような中で、たとえばお笑いのシナリオライター育成、シナリオをどういう方向に持っていくのかといった、研究部門や研究開発投資はどのようにやっているのか教えてください。

林:

我々にとっての研究開発投資は小さな劇場です。採算は全く合いません。銀座、渋谷両方で年間4億円の赤字です。しかしこれを3年間くらい続けていくことによって、ロンドンブーツなど東京発の若手のタレントが生まれました。投資は常に無駄なようですが、必要であると思っております。

Q:

成長に必要なものは人材といわれていましたが、なんでこの人が売れるのだろう? と思うときもあります。売れる人材と売れない人材は最初から区別がつくのでしょうか。

林:

東京と大阪でそれぞれ年間600人ほど生徒を入れて学校をやっていますが、私から見ますと、昔のよき芸人になってくれるような人が全然いません。りこうで常識があって面白くないのです。その中から無理やりにユニークな人間を我々が作っていくのです。学校に入ってくる人たちはテレビタレントに憧れていて、むしろ芸人にはなりたくないのです。明石家さんまみたいなカッコいいのをいきなり見ているものですから、司会も歌もといって欲張っているのがほとんどです。素材としては面白くありません。当社で売れているタレントは、そのときの上司が必ず「誰がこんなやつ入れたんや。辞めさせ!」という人たちなのです。はっきりいって「落ちこぼれ」ですね。ちょっと見る角度が違う人ですね。

岸本:

山田花子さんは高校を出て吉本に入り、「私は最初から吉本のエリートだったんです。」といっておられたのですが、それは本当ですか。

林:

彼女もいろいろやってきたみたいですね。女子プロレスもやっていたみたいです。売れてくると不思議とだんだんかわいくなるものです。今偉そうにニュースを読んでいる島田紳介は元暴走族でした。「辞めさせ!」といわれたうちの1人です。どんな躾をされてきたのかな? という人ばかりです。

Q:

今後の海外戦略についてお聞きしたいのですが。中国、台湾に進出されておりますが、それを超えて違う文化圏、ヨーロッパとか中南米などへの戦略、可能性はどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

林:

マネージメントの会社としては、べつに日本に連れてきてやらせる必要はないのです。中国は中国として売り、吉本はうしろで糸を引いていればよいわけです。これは面白いことだと思っておりますので、大いにやっていきたいと思っています。私は世界のマネージメントをできる可能性はあると思っております。

Q:

10年前までテレビ業界にいた者です。大阪のNHKに勤務しておりました時に、吉本の芸人さんたちとお付き合いがありました。その時に印象深く覚えているのは、浜村淳さんと一緒に1カ月くらい、1時間のドキュメンタリーを作成した時のことです。彼がつくづくおっしゃっていたのは「大阪のテレビ番組はラジオ番組や! 芸人が出てきてしゃべるだけで、作るほうは企画も製作も何もしてないやんか。吉本が芸人寄せてきて、局は貸しスタジオやっているだけや」。私の印象では今はもっとその状況がひどくなっていて、ジャニーズ事務所や吉本、ビートたけしの事務所が全部番組を仕切ってしまっていて局は場所を貸しているだけ。いわゆる放送業界の空洞化現象がひどくなっているような気がするのですが、どうでしょうか。

林:

タレントの露出度が増えているのは景気を反映していると思います。番組にお金を出せない、簡単にスタジオで作れる、そしてある程度視聴率が稼げる番組というと、やっぱりいちばんたやすく作れるお笑いなのです。経費もかからないし、ある程度スポンサーもつく。これが原因していると思います。バブル期にはこんなにお笑いがのさばることはなく、ドラマ、海外取材などお金のかかった番組がずいぶんありました。しかし、現在はお金のかかる番組はほとんどなく、またなくなりつつあります。これはやっぱり景気の影響だと思います。

Q:

吉本興業の売上高はこの20年で4倍にもなっていますが、利益が水準も伸び率もかなり低いようです。これはどうしてなのでしょうか。

林:

これも景気の作用で、テレビ局はタレントにはいいギャラを払うのですが、我々会社側にはあまり入ってきません。この理由でどうしても利益率は低くなっております。

Q:

海外に展開をされたりなど、事業を新しく考えていく中での意思決定メカニズムをお聞かせ願いたいのですが。中央集権的あるいは分権的なのでしょうか。

林:

最終決定は私がするのですが、私の目の届かないところで、新しい事業が記者会見で出ていたりすることもかなりあります(笑)。それくらい、若い人を信頼しています。また、事故もなくきております。テレビ番組の中身についても、私たちが口出しするとほとんどなくなってしまうのです。よその人がやったら「セクハラや!」と思われることも明石家さんま君などの人徳でやっています。

Q:

アジアでは経済統合という流れがあります。アジアは政治的な枠組みがあまりない中で、経済の交流が緊密になっているという面白い地域です。それから政治的な枠組みがついてくるのではと多くの人が見ていますが、いくら商売をやっても統合にはなりきれないと思います。ヨーロッパなどは歴史を共有する人々の集まりであるので、欧州共同体が発展しているとよくいわれます。アジアにはそのような基盤は乏しかったと思います。その中で吉本興業さんが広くアジアに文化そのもののビジネスを展開していることは、大変新しい現象でかつ心強いことだと思います。もちろん文化的帝国主義者はあまりいませんが、是非日本の文化を広めてください。
これから中国などにビジネスを展開していく中で、日本発のコンセプト、日本発の笑い、日本の風土の中で育っていったエンターテインメント、そのようなものを中国で売るのでしょうか。それとも中国発の笑い、ベトナム発のエンターテインメント、それらをそれぞれの国でプロモートして、だんだんアジア人の文化的融合みたいなものとして、ビジネスを展開していくのでしょうか。

林:

お笑い以外でも今まで歌手でスーパースターが日本には存在していますが、これはインターナショナルではないですね。国際的なギャラはとっていますが、1歩海外に出ると通用しません。そこが日本の弱さです。これからは中国のタレントは中国で育てて、現地で売りたいと私は思っています。決して日本のタレントを連れていって中国で売りたいとは思っていません。

岡松:

先ほどのお話の中に「大衆と共に、大衆より半歩先に」とありましたが、たとえば政治家、政府関係者は、大衆から遊離してはいけないと思いつつも、いつのまにか独善に陥っているということがあるわけです。「大衆と共に、大衆より半歩先に」とはどのようにしたらそれが実践できるのでしょうか。何を心がけているのでしょうか。あるいは政治家からのアプローチなどあるのでしょうか。

林:

漫才、落語のネタでも一緒だと思うのですが、やはり新しいエッセンスを少し取り入れて、前へ出ていくことなのです。あまり新しいことを入れすぎると、後ろを振り返ってみても誰もついてこないのです。常に「新ネタを継ぎ足していく」のがいちばんよいのではないのかと思います。落語におきましては、関西で所属しているタレントは古い古典落語は全然やっておりません。今風の創作落語というものを皆やっています。今は大阪の劇場で古典落語をやっても誰も笑ってくれません。自分で作った創作落語を、ほとんどの落語家はやっています。漫才においても、時代のニーズにあった、ニュース性のあるものが少し入ることがいちばん大事だと思っています。

Q:

タレントの評価はどのようにやられているのでしょうか。最終的には、大衆にうけるかうけないかということだと思いますが、社長の目から見て、この人は才能があるのに全然うけないという人がいるのでしょうか。そのような人は最終的に駄目になるでしょうか。プロの目から見て、才能はあるのだけれどもうけないという人は、手を施すすべがあるのでしょうか。企業としては、そのような人たちはマーケットにうけないということで辞めていただくことになります。能力があるのにうけないタレントがもしいたら、どのように対応されますか。

林:

これはいちばん難しいことです。現実に歌手で下手でも売れている人がいるし、実力を持ちながらもデビューできない人がたくさんいます。これはやっぱり持って生まれた運だと思うのです。当社にもたくさん予備軍がいます。1人前にやっていけて、実際に家庭を持って食べていける人はほんのひと握りです。約50~60人です。それほど厳しい世界なのです。いつもたとえるのですが、プロゴルファーも3000~4000人いて、その中でもトーナメントの予選で残れないと生活ができないわけです。他のプロはセミプロで副業をもっておられます。うちのタレントでも、50~60人の中に入っていない人はみんなアルバイトをやっています。またスターの寿命が長いのです。早く落ちて欲しいな、怪我して欲しいなと皆待っているのが現実です。我々としてもスターを増やしたいが、それがパイなのです。誰かが落ちないかぎり次が出ないのです。東京進出を吉本が実現できたのは、東京のお笑いに元気がなくなり新しい笑いが欲しいなというときに、大阪弁が新しいお笑いの言葉として認められたと私は考えています。

岸本:

運の良し悪しはタレントさんの顔を見てもわからないですか。

林:

わからないですね。結果として出てくるものです。ダウンタウンが東京に進出してきた時には、ビートたけしが事故を起こしたんですね。彼の番組は1年間なくなりました。これは吉本にとっては神風です。そこを全部攻めました。ラッキーだったのです。そのようなことがないかぎり一気に出ることはできません。常に在庫は抱えていないといけないと思いますが。

Q:

日本の文化に対する影響はどのように思っていますか。あるいは逆に、吉本さんがやられていることが文化に影響しているとお思いでしょうか。

林:

いろいろ責任問題もありますから、私は私なりに今の不景気の世の中をお笑いでぶっ飛ばしていきたいと思っております。芸に対する見方は私自身も厳しいものを持っていますが、世の中の風潮で、テレビではどこの局においても、特徴のない同じような番組を作っているのは残念だと思っております。これは私のところの責任ではないと思っています。

Q:

今日本は不景気だといわれておりますが、吉本興業さんのようなビジネスにとって不景気なことはチャンスなのでしょうか。また、よく日本人はシャイで自己主張は苦手だといわれています。さらにコンピュータが普及することによって、子供たちの間で人間同士のコミュニケーションが難しくなってきていると感じます。そのような点は感じていらっしゃるでしょうか。

林:

今の日本の教育が悪いというのは嘘だと思います。いちばん原因しているのは少子化だと思います。我々の時代では4~5人の兄弟を持っているのが普通で、いじめも兄弟間で先にやっていました。兄貴にどつかれ、痛さも知りました。今の子は1人っ子で大事にされ、また親は過保護になります。どつかれて帰っていくと、親が出て文句をいいます。学校の先生の方がかわいそうです。けんかをしても、どついたことがないものですから、自転車から引き摺り下ろして死ぬまで蹴るなんてことが起きるのです。我々の受けた終戦直後の教育は、シベリアから帰ってこられたバリバリの共産党の先生に教えられましたが、誰も影響されていません。今以上に思想的なことにおいてはきつかったと思います。日本人はもっと子どもを作って欲しいです。
不景気について申し上げますと、レジャー産業全てにおいて共通するものですが、バブル期で景気の良いときには我々の劇場や映画は見向きもされませんでした。レジャーが小型化することによって我々は潤ってきました。景気の良いときには郊外や海外に目が向きます。逆に悪いときには、国内のバス旅行で1日で帰れるようなものが多くなるのです。これは劇場に良い影響としてはね返るのです。

Q:

御社の強みを考えたときに、タレント1000人というのはよくわかるのですが、社員の280名というのは他の会社と全然違うし真似できないと思います。そのほかに、他の会社では真似のできないところを教えてください。

林:

競合会社は、プロダクションではホリプロさんくらいしか意識しておりません。他のプロダクションは、会社のポリシーというものが何もありません。スーパースターが潰れたら会社も潰れてしまうような小さな会社が多いわけです。よそに負けない秘訣はやはり少数制だと思います。さらに、吉本の社員はよく働いてくれます。この体制は昔からの慣わしです。1人のマネージャーが5、6人のタレントを管理しています。これはこれからも崩したくないと考えております。

Q:

御社が小室哲哉さんのROJAM(ロジャム)と資本提携してアジア市場の開拓を急ぐというニュースが出ましたが、その中で3年後には2001年度実績の12倍に当たる年間50億円の売上を目指すということですが、その数字達成の自信のほどはどうでしょうか。

林:

これは私が掲げた目標です。充電期間がかなり長かったので、はっぱをかける意味もございますが、音楽は1つ売れますと、とてつもない収入を得られます。5年以内にはスターを出せる自信はあります。国内だけでなく、韓国、台湾、中国も含めてこれは目指しておりますので、夢ではなく現実味を帯びていると思います。

Q:

マスコミからよく聞かれる独立騒ぎに関しては、吉本さんからはあまり聞かれませんが、どのような秘訣があるのでしょうか。

林:

べつに脅かしも何もしておりません。タレントと社員に血の通ったつながりがあり、家族的なのです。確かに2、3人の辞めたタレントもおります。東京に出てきてうちに捨てられて、また戻ってきた人もいます。現在バラエティー番組の半分以上をうちのタレントで占めています。辞めることによって、自分の出番がなくなることを暗黙のうちにわかっているのです。力のバランスもあると思います。

岸本:

2年近く吉本さんと一緒に仕事をしてきたのですが、本当によく働かれますね。取締役クラスで土日、お盆、お正月休んでいる人はいないですよね。それから、1人1人が独立しておりまして、会社とは思えない。また、学園祭をやっている人たちのような雰囲気を感じますが、その認識は正しいでしょうか。

林:

私自身も上司に「休みください」といったら、「ずっとやるわ!」といわれた覚えがあります(笑)。そういうシャレの通る会社ですから、「盆、正月に休むということは自分が戻ってきたら机がないものだと思っておれ!」というのが吉本興業です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。