豊かなる衰退

開催日 2002年7月29日
スピーカー 横山 禎徳 (RIETI上席研究員)

議事録

産業立国から生活大国へ

十数年前、旧通産省のセミナーで話したことがきっかけとなり、社会システム論を考えるようになりました。産業立国から生活大国への転換には産業中心の視点から「社会システム」的視点への転換が必要だという発想です。たとえば医療問題を医療産業ではなくヘルスケア・システムとして捉える考え方です。医療産業ならゼネコンも設計事務所も関係ありませんが、ヘルスケア・システムならゼネコンから銀行、保険会社まで対象が広がります。ここでいう「社会システム」とは産業横通しの「最終ユーザーへの価値提供システム」という発想です。なお、私のお話する内容はすべて仮説ですので、今後検証していきたいと思っています。

日本の住宅を例にとりますと、「住宅産業」という旧来の発想では問題に対処できません。日本の住宅は狭く、数が足りないといわれていますが、実際は、世帯数より住宅戸数は多い上、全体の7割を占める持ち家は平均140平米あり、世界的に狭くありません。住宅取得に手間隙かかる割には満足感が低いことが問題なのです。これは、「住宅供給システム」という「社会システム」のオペレーティングソフトの未整備が原因です。このためには、3つのサブシステム、すなわち、「所有価値と利用価値を分離するシステム」、「買い替えのための中古住宅性能評価システム」、「メニュー型ユニット住宅システム」の導入が考えられます。

中途半端な定期借地権ではなく、定期所有権を認め、ライフステージに合わせて住み替えをすることはどうでしょうか。ハードウェアを立て直すことは資源の無駄使いなので、車の買い替えのように住み替えを提案します。日本では10数万個ですが、米国では500万戸の中古住宅が流通しており、関連の流通ビジネスも充実しています。流通数が増えれば住宅も、自動車よりは思い入れが強いでしょうが、買ったら売るという感覚がこれまでよりは広がると思いますし、選択肢が増え、標準化され他ユニット工法が広がれば価額も下がるでしょう。

複雑に絡み合った「社会システム」の相互関係を考えると、全体感を持ってデザインするのは不可能に近いのではないかと思われるかもしれません。しかし、境界条件をあまり気にしないアプローチもありうるのではないでしょうか。たとえば、都市そのもののデザインはとても複雑で、1960年代にマスタープラン的都市計画は行き詰まり、代わって、境界条件を考えないミニプランアプローチが生まれてきています。たとえば銀座や新宿に歩行者天国を導入する際、大渋滞が心配されたにもかかわらず、人間本来の「自己調節能力」のおかげで、実際には渋滞は起こりませんでした。全体的にシステムが稼働していれば、システム自体が有機体的に持っている自己調節能力に依存した、いわゆるミニプランアプローチが有効なのではないでしょうか。

前向きな発想の基になる「豊かなる衰退」

オペレーティングソフトの設計についてお話しますと、筑波にある学園都市は古い、ハードウェア中心の都市計画に基づいて造られた結果、近隣都市よりきれいですが、研究所同士の交流はほとんどないそうです。そういう都市のアクティビティのソフトが組み込まれていないのです。6、7年前に筑波学園都市からベンチャーのスピンオフの有無を調査しましたが1件もありませんでした。また、多摩田園都市も古典的な区画整理の手法で出来上がっており、2兆円ほどの潜在GDPがあってもすべて渋谷以東に落ちています。都市はダイナミックなプロセスであり、ハードウェアだけでは機能しません。オペレーティングソフトのデザインという観点で見るべきです。「社会システム」論的発想とはオペレーティングソフトのデザインそのものといえます。

そういう観点から、日本の現状の前提として「豊かなる衰退」を提唱したいと思います。このままでは、今後、日本が衰退していくのは確実です。70~80年代にかけて米国は衰退し、その後回復したので日本も回復するのではないかという議論を耳にしますが、日本は米国とは違います。その最大の理由は人口の高齢化と人口減少です。単純な日本回復論には意味がないと思います。1960年代にA.J.トインビーがパックスアメリカーナは1935年から始まり、50年続くといっていました。1980年代の日本のピークにおいても、パックスジャポニカはきませんでしたし、ジャパン・アズ・ナンバーワンも幻想でした。無意識にある昔のよき時代に回帰したいという発想を捨て、現実を直視した上で、時代遅れになってからすでに30年経ってしまった「社会システム」の再設計を考えるべきです。そういう意味で「豊かなる衰退」は逆説的に前向きな発想の基になるはずです。

銀行を例にとりましょう。長期資金が不足している今のロシアは長期信用銀行を必要としています。対する日本は70年代にその段階は過ぎ、90年代になって長信銀は潰れてしまいました。70年代の長信銀の企画スタッフは自分達の組織の役目が終わったことを理解していました。ところがどうしても組織は延命してしまいます。世界中の商業銀行の中で投資銀行に成り得た銀行はないにもかかわらず、長信銀は投資銀行になる道を選択し、破綻してしまいました。長信銀の人は優秀でしたが、システム・デザイナーではなく、「長信銀法」によって作られた「短期・長期資金転換システム」のオペレータだったのです。役所の側から見ても、今の時代は、「長信銀法」のように、法律一本でシステムが設計できるという単純な時代ではありません。まず、システム設計をした上で、そのシステムを効率的かつ効果的に運用するのに必要な法整備を考えるという順序でしょう。従って、官の役割を果たすには、ローメーカー(立法者)だけではなく、システム・デザイナーが必要とされています。システム・デザインは技術であり、優秀なだけでは十分ではなく、知識、技能、知恵の三拍子そろった相当な訓練が必要です。

3つの要因で市場が縮み続ける日本

さて、日本の衰退の理由ですが、市場が縮むことが最大の問題です。人口が予想以上のスピードで減り続けること、中高年市場が育成されていないこと、平均賃金が下がることの3つがその要因です。

まず、このままでいくと出生率は1.2くらいになると思います。出生率が低いのは日本、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガル等、女性の社会進出を阻む土壌がある国です。子育てと職を持つことが両立しにくく、どちらかの選択が迫られるからです。また、日本は未婚の母の存在を社会通念として認めていません。スウェーデン、フランスでは未婚の母の存在を認めたら出生率も上がり、その後結婚も増えました。要するに、出生率は生物学的問題ではなく、社会・経済的問題なのに政府は有効な対策を打っていません。このままでは50年後に日本人が1億人まで減るという予測すら甘いと思います。8千万人ぐらいになってもおかしくない状況です。

現在、人口のほぼ半数は50歳以上です。中高年の消費パターンは若者とは異なっているにもかかわらず、中高年市場を積極的に作ってきていない。これまで消費のトレンドセッターであった、約1千万人の団塊の世代は50歳代後半にいますが、「ライフスタイルに合わないものはいくら安くても買わない」という消費傾向です。それに対応できないサプライ側の問題です。2006年にはこの1千万人が60歳代に入ります。従って、このままでは市場は考えられているよりも大幅に収縮すると思います。

いくつかの国際競争力のある分野を除き、就業人口の90%を占める国内向け分野の生産性は米国の3分の2程度です。その大半はサービス業です。製造業においても、従業員の70%くらいはサービス業的業務に従事し、生産性は低い。それにもかかわらず、メーカーにおいては生産性に応じた賃金体系ではなく、「どんぶり勘定」です。しかし一度失業して、再就職しようとすると、自分自身の市場価値という厳しい現実をつきつけられるのです。今後の雇用吸収はサービス業になることは確実ですが、その場合、給与水準は下がらざるを得ません。今の生活水準を維持するには、今後は夫婦共稼ぎがどうしても必要になってくるでしょう。そして、それは先に述べた理由で出生率の一層の低下に結びつく可能性があります。

3つの「社会システム」デザインと1つ発想転換を!

ではどうすればよいのか。去年の1月にあるインタビューでピーター・ドラッカーは「日本のどこが大変なの?幸せなのじゃないの?」といったそうです。つまり、彼がいいたかったのは、日本はその長い歴史上でも、敗戦直後と比較しても、今が一番豊かであり、失業率は増加したといっても、欧州の半分でしかない。豊かだからこそ踏ん張りがきかず、古くなったシステムを変えなければいけないのに、変えられないことが問題なのだ、ということです。ドラッカーの考えは正しいと思います。

日本が巨大だということには変わりはありません。日本の株式市場は低迷しつつも毎年50兆円個人金融資産が増えています。また、この霞ヶ関にある経済産業省の建物を中心に半径50km以内の個人金融資産はドイツや英国よりも大きいはずです。その上、日本には個人の保有する非金融資産が2000兆円あるといわれています。人口高齢化の意味することは、今後数十年にわたって、相続という形でこれら大量の金融および非金融資産が世代間移動をするということです。結局彼らは死ぬまでにそれらの資産を使い切らないのです。聞けば「老後のために貯蓄している」、といい、「将来の生活は不安ですか」と聞かれれば、「不安」と答えるに決まっています。ところが、実際は使い道のないお金が余っています。そこで日本がとるべき対策を仮説として申しあげます。そこでは3つの「社会システム」デザインと1つ発想転換が必要です。

1)「一人二役」になる
2)短期滞在人口を増やす
3)二次市場を育成する
4)「日本」という発想をやめる

まず、1) ですが、2カ所居住の薦めです。現在住んでいる家の「稼働率」を100%から60%に落とし、40%稼動の第二の家を保有してはどうでしょうか。たとえば、首都圏の一戸建てを売ると東京に小さなマンションと仙台市の郊外に立派な一戸建てが手に入るのではないでしょうか。そうすれば、電気冷蔵庫などの家電製品も両方の家に持つことになります。これが「一人二役」の消費の意味です。多少バランスシートを膨らませても大丈夫な家計が増えています。少しは余裕ある生活という贅沢を奨めたい。そのためには、週休3日にすることです。2カ所居住がしやすくなり、望めば、2つの職を持つことも可能になります。週休3日制になると女性が就業しやすくなります。育児と仕事の両立がかなり楽になるはずです。休みには2つの家を移動し、消費の増加も期待されます。

労働時間が減ることを懸念する方もいるでしょうが、逆説的に、生産性が向上し、労働時間の減少を補う効果があるはずです。実は、ホワイトカラーの仕事の90%が定型業務であり、これまでの5日分を4日で処理することは可能だと思いますし、そうなればホワイトカラーの生産性が20%アップします。このように、週休3日制はいろいろな良循環を作り出す可能性が大いにあるのです。

次に2) の短期滞在人口の増加が実現すると経済に貢献すると思います。大都市では毎日、昼間人口という短期滞在人口が存在しています。昼間人口は何らかの消費をします。東京23区や大阪市は世界的に見て物理的に小さな都市ですが、この昼間人口という「短期滞在人口」のおかげで経済活動規模の大きな都市になっています。特に東京は環状の山手線に各私鉄が結びつき数多くのモーダルチェンジポイントができ、それが、商業活動のセンターとなって都市のキャパシティを拡大しました。おかげで昼間人口が大幅に増え、消費が増えました。

このように、短期滞在人口を確保することは重要なことですが、観光客も短期滞在人口です。現在、日本には年間440万人しか外国人旅行者が来ません。ちなみに韓国では年間460万人の旅行者を受け入れています。フランスに7000万人、スペインに5500万人の旅行者が年間で訪れていることを考えると、中国や韓国から3000万人程度の旅行者が日本に来てもおかしくないのです。米国は5000万人の旅行者が海外から訪れ、約10兆円の消費をしています。

米国が数百年かけて作った様なきわめて複雑な要素の絡みあった「移民受け入れシステム」を一夜で真似ることは無理であり、その是非についての議論は無意味ですが、(短期滞在者を増やす)観光立国は実現できると思います。ところがこの分野は零細経営が多く、遅れている、そこで「外国人観光客受け入れシステム」のデザインが必要なのです。これまで「国土の均衡ある発展」を目指した結果、現在、日本のどこに行っても同じような風景が広がっています。これに対して、観光はその土地の文化風土を売りにするのですから、これからはそれぞれの地域の風土と伝統を活かす方向で、それぞれが特徴を出すことに努力するようになるでしょう。

観光産業が発達するということは、その土地の風土や伝統を具現できる50歳代以上の人の雇用が増えるでしょう。ITなど使いこなせなくてもいいのです。フランスや米国は農業を観光の売りにして、本来は辛い酪農の仕事を観光農場や観光牧場に仕立てています。日本もこのようにすれば、日本により長期に滞在し、不動産を持ちたい外国人も増えるかもしれません。日本に土地所有しているとステータスになる、というように経済的には見合わないエゴインベストメントという形で中国人に日本の不動産を買ってもらうのも一案かもしれません。

次に3)として、本当の意味での新市場を開発する必要があります。携帯用電話市場をここで言う意味での新市場とは私は思いません。何故なら、携帯用電話の中心となる利用者は若者であり、彼らは使用料を払うため、ほかの消費を削っているからです。それでは消費が本当に拡大したことにはなりません。

本当の新市場は二次市場であると思います。それは、中古車等の新車販売以外の自動車関連市場、株の流通市場等、一次市場よりはるかに大きいことと、成長とは違う回転市場であるため、まだまだ大きくなれること、そして、たくさんの「付随市場」を作り出す可能性が大きいことなどです。そして、付随市場を含めた二次市場がITを最も使うのです。

日本は全体的に一次市場の「追いつき追い越せ」意識でやってきたため、二次市場は未発達です。たとえば、社債など流通市場は発達していません。このことが一次市場と二次市場のアービトラージの可能性を作らず、一次市場でのミスプライシングを起こしているのです。二次市場の育成が本当の経済効果を生むことを十分理解すべきです。

最後に4)「日本」という国の枠組みでの発想から脱却するべきだと思います。国益、国家戦略などといわれますが、本来自然に国境が決まる国は日本以外数える程度で、その他の国境は人工的に決められています。経済学者のジェーン・ジェイコブスは、「都市を中心とした経済が自然で、人工的境界で経済政策を行うのは効果がない」といっています。グローバリゼーションの補完概念は国家ではなく、地域です。都市地域経済圏の自然な発展に着目すべきです。それは道州制という新たな人工的行政単位を作ることとは発想が違います。そこで最も注目すべきは首都圏であり、その存在感と潜在的影響力は巨大です。「Greater Tokyo Metropolitan Area(GTMA)」すなわち拡大首都圏をどう位置づけるかを真剣に考えるべきです。全体として、「日本」ではなく、都市経済圏を中心とする発想に変わることによってダイナミックなアイデアがわいてくると思います。

質疑応答

Q:

拡大首都圏について詳しく教えて下さい。

A:

米国の州境は河川等の自然境界線の場合が多く、都市が複数の州にまたがっていたりします。それを州別に分けると都市の発展がわかりにくいので、SMSA(Standard Metropolitan Stastical Area)というカテゴリーがセンサスにあります。その塊で都市発展の統計をとっています。そこで日本もGreater Tokyo Metropolitan Area Council(拡大首都圏協議会)を作り、加盟したい自治体の首長と知事だけが加盟すればよいと思います。「一極集中は危ない」などというヒマがあったら拡大首都圏の構造を変える議論をすべきです。拡大首都圏は4000万人程度の人口になるでしょう。政治のロジックを外し、市町村が自発的に地域の発展に積極的に参加していくことが必要となります。

Q:

なぜ、週38時間労働ではなく週休3日がよいのですか?

A:

まとめて3日休めるのがいいと思います。イトーヨーカドーが夜10時まで店舗を開けるようになって、大型商品が結構売れたそうです。団塊の世代を中心に、夕食後、夫婦で買い物に出かけるようになり、週末に買い物をしなくなった分、週末は趣味に没頭しているということが明らかになりました。団塊の世代の趣味の調査をしてみると、「趣味で食べていける」と自己判断している人も大勢いました。休みが3日あれば趣味をベースに生活できそうです。また、米国の父親が子どもと遊ぶ時間は日本の父親の三倍である、という調査があります。休日が3日あれば日本の父親も1日くらいは子供と遊ぶようになるのではないでしょうか。

Q:

官に残された役割は何でしょうか。

A:

「市場メカニズム任せる」ということが誤解されているように思います。旧大蔵省に今までどおり指示をあおいだら、「市場メカニズムに沿って自由にやってください」といわれたと聞きました。ところが、単純な野菜の朝市も皆がバラバラに集まったのでは開けません。8日ごとに集まるルールを決めるから八日市が成り立つのです。市場のルール等大枠のシステム・デザインは官の役目だと思いますし、健全な市場形成のための介入も官の役割です。価格・価値に関する情報開示なども官が強制力をもってやらせるべきではないでしょうか。また、あらゆる分野で二次市場の設計とその整備のための、法律面での制度作りは官の役割だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。