変わる中小企業経営

開催日 2002年5月28日
スピーカー 小宮 一慶 (小宮コンサルタンツ社長)

議事録

変わる中小企業-健全な企業体質

<増えつつあるキャッシュフロー経営>
運転資金を銀行に頼らない優良企業の多くは、キャッシュフロー経営を進めています。キャッシュフロー経営とは、自社で稼ぎ出すフリーキャッシュフローから投資を行って株主へ還元する経営方法です。キャッシュフロー経営の利点は、銀行の顔色を伺わなくても済むことにあります。

たとえば1997年の金融危機より前の話になりますが、銀行の貸し渋りのために黒字倒産した企業がありました。利益が上がらなくても会社は必ずしも潰れませんが、短期の借り換えの時期に銀行が貸し渋ると中小企業は倒産してしまいます。

このように会社の存続は銀行に振り回されてしまうのです。

かつて経済が右肩上がりの時代には、銀行から借りることは男の甲斐性ともいわれたものです。しかし、今の時代に銀行借入れをすることは企業行動を制約してしまうことになります。

銀行への対策として、数種類の決算書を作成し、銀行ごとに使い分けている中小企業もあります。中小企業は監査法人の監査を受けているわけではありませんから、複数の決算書でごまかすことは可能です。しかし、銀行もそうした手法を知っていますから、決算書に少しでもマイナス要素を見つければ貸し渋ります。さらにいえば、中小企業の方も企業のメンタリティーとして、いざというときには、できるだけ仕入れ先、従業員、仲間内には遅延なく支払いたいが、銀行への返済は最後にしたいといった風潮があります。

このような時代でも、ある一定以上の自己資本比率を維持している会社は安全といえます。自己資本比率が20~25%以上あって、利益が出ていれば銀行は融資してくれるのです。ただ、現在のようなデフレの状況で借金しているのは実質返済負担がかさんで大変なので、無借金経営で有名なトヨタやホンダのように、キャッシュフロー経営を進めているところが多くなってきました。これからは、いかにして銀行への依存度を低くするかが企業存続の要となるわけです。

<増加する社外役員、コーポレートガバナンス>
最近では、いわゆるオーナー会社でも複数の社外取締役をおく企業が出てきました。そうした意味においては、コーポレートガバナンスの意識は高いのですが、これは必ずしも株主のためだけではありません。そもそも中小企業の場合は、人員そのものが少ないですし、オーナーによる独裁経営を行った結果、判断を間違ってしまう可能性があります。そこで、できるだけ外部の人を招聘し、客観的な意見を聞きたいというのが、中小企業におけるコーポレートガバナンスの目的のようです。ちょっと前まではこういうことはあまり考えられませんでした。オーナーと数人の親族による独占経営がほとんどで、社外取締役という概念すらなかったのが実情です。このように、中小企業の意識は近年急速に変わりつつあります。

そうした中小企業の中でも、店頭公開を目指す企業と、スモールリッチカンパニーを目指す企業の2パターンがあります。製造業を除く中小企業の場合、年間における1人当たりの粗利が1千万円程度はないと企業の利益はほとんど出ないといわれています。さらに大企業の場合は、インフラに掛かる経費が大きいため、最低でも粗利で2千万円は必要です。ところが、なかには大企業並の粗利2千万円を稼ぎ出して、従業員1人当たりの給与水準を引き上げても、株式の公開はせず、小さい規模のままスモールリッチカンパニーを目指しているベンチャーや中堅中小企業もあります。また、M&Aも増えています。M&Aの市場はまだ成熟していませんが、中小企業の売買を持ちかける話は頻繁に耳にします。複数の中小企業をまとめて1つにグループ化し、そのうえで株式公開といったM&Aもあります。これは製造業に限った話ではなく、広くIT関連まで広がっています。

こうした流れは分社法制が整ったためと考えられますが、法制度の整備によってやる気のある中小企業にとってはメリットになります。

変われない中小企業

<最大の問題は過剰負債>
キャッシュフローや社外取締役を置いたコーポレートガバナンスを重視するような経営に変われない中小企業もまだまだあります。そうした企業が抱える最大の問題は、過剰債務です。

経営状態が右肩上がりのときには多少の借り入れがあっても問題なく経営できますが、経営状態が下降ぎみのときには、ある一定の自己資本比率を保っていないと経営を維持できません。多少でも利益が出たとしても、40%は税金として持っていかれるので自己資本へ回せませんし、さらに返済も苦しいということなのです。つまり、ある一定額以上の借り入れをしている企業は、よほどのヒット商品でもない限り、安定した利益を出しているとしてもバランスシートの改善はできないことになります。

こうした過剰債務に苦しむ企業が多い一方で、銀行は企業規模に見合った金利をとっていないのではないか、という議論も出ています。しかし、ここでわずかばかりの利益の出ている企業の金利を高くするようなことがあれば、ぎりぎりの利益で現状維持しているような企業をさらに倒産に追い込むという悪循環になる危険性も出て来ます。小泉首相の唱える「痛みを伴う構造改革」が実行されるとなると、慢性的に過剰負債を抱える会社は倒産していくでしょう。

<方針の欠如とリーダーシップの欠如>
右肩上がりで儲かっていた会社の事業主はたまたま運がよかっただけで、じつはリーダーシップが欠如していたというケースも多々あります。そのようなリーダーを擁している企業は、一時的には業績が良かったとしても、最終的には不幸な結果になるのは目に見えています。

時代を読む目や会社を良くしようとする意気込みに欠けるトップが経営している企業の末路は、いうまでもなく倒産、もしくは吸収されることになります。

経営と管理は異なるもので、経営は管理とは独立した「仕事」です。

そもそも「経営」とは、企業の方向付けと方向付けに合わせて適切な資源配分を行うことです。これがまず必要条件とすれば、次に十分条件として「人を動かす」ということが挙げられます。方向付けや資源配分まではできても、人を動かすことができない経営者というのが結構多いわけです。そのような経営者達が居座っている企業は大変不幸といわざるを得ません。

日本の中小企業経営の課題

日本の中小企業経営における、4つの大きな課題についてみてましょう。

<安住…ノルマリティーバイアス=危機感が乏しい>
自分だけは不幸に遭わないであろう、自分の会社だけは潰れないであろう、という甘い偏見に満ちた考えで、安住に浸っている経営者が多く見受けられます。特にこれは会社を世襲した2代目経営者に多く見られる傾向です。危機感が薄いのです。2代目経営者の大半は高学歴で、大企業に何年か勤めたあと自分の会社を継ぎます。
しかし、大企業に勤める人は「企業は潰れない」「給料は貰うもの」という感覚のもとで働いています。その感覚のまま経営にタッチしても、うまくいくはずはありません。実際には給料は貰うものではなく稼ぐものなのです。

<不安定なファイナンス>
運転資金は銀行から借りるのが一般的ですが、現在の状況では金融情勢が不安定なので銀行はあてになりません。普通なら貸してくれるような企業業績であってもダメなのです。これは、銀行の都合で企業が振り回される典型的な例といえましょう。金融情勢が不安定なために、もともと倒産しなくてもよい会社が潰されているといっても過言ではないでしょう。

<相続>
中小企業の多くは世襲によって2代目、3代目へと相続されることがあります。しかし、数百億円もの価値がある会社は相続税が高すぎて、そもそも相続すること自体が難しくなっています。相続した経営者は議決権、すなわちオーナーシップが欲しいところですが、相続を行うとどうなるかわかりません。つまりオーナーシップを手放して株式公開を行うか、株式による相続税物納を行うこともあります。ただそこで株を手放してしまうと、企業の性格を変えてしまうことにもなりかねませんが、本当にそういう状況でいいのでしょうか。

<人材>
大企業には、すぐれた人材が多くいます。しかし、大企業だけでなく、社会全体で人材のモビリティを作らなければなりません。現状では偏りすぎているのです。また、退職金、年金で老後を暮らす人が増え、退職後に新たな挑戦をしようという人が減ってしまっているのも問題でしょう。
ここで政府が考えなければならないのは、リスクマネーをいかにつけるかだけではなく、リスク人材です。失敗しても受け皿がある、という仕組みや考え方が作られない限り、ハイエンドの人材流動はほとんどないでしょう。
そういう状態ですから、日本では「上の方」から人材は降ってきません。上にいったら行ったきりなのです。下の方だけで流動していることになります。
韓国では財閥がつぶれて、人材が「上の方」から中小企業に降ってきたということがあります。日本でも、韓国のような雰囲気や仕組みがあってもよいのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

日本の中小企業経営の問題として挙げられますが、自分あるいは親族が保証人になっているケースが実際にありますか?

A:

個人保証はあります。借り入れはほとんどすべて個人保証付きで、会社の土地建物、自宅の土地建物が担保というのも普通です。したがって、倒産に伴う個人リスクが非常に大きいのです。自分が倒産すると手形を入れていた先が連鎖倒産しますので、どんなことがあっても倒産したくないという気持ちが働き、かえって被害を大きくしてしまうこともあります。

Q:

銀行の中小企業金融はどうなるでしょうか? キャッシュフローの範囲内で投資をすると、企業はあまり大きくなれないのでは?

A:

稼げれば企業が小さくなることはありません。銀行がよくなかったのは、事業に貸すのではなく担保や信用保証協会の保証をベースに貸す、といった発想があったからです。そういう発想のままでいる銀行の方が大きくなれないのではないでしょうか。担保優先主義では、企業の稼ごうという意欲をそいでしまうのです。銀行にとって厳しいのは、優良な中小企業に融資したいという気持ちはあっても、優良な中小企業の方は金を借りたくないという状況です。つまり、貸したい相手は借りてくれない、貸すためには金利を低くするしかないわけです。
ただ、まったくのベンチャーに銀行は融資してくれません。銀行よりリスクの取れるベンチャーキャピタルが貸してくれるのです。また、プライベートエクイティファンドが成長しているので、会社をリストラしてマネジメントを刷新し、MBO―MBI(Management Buy In)が出てきています。今後、銀行への依存度が減って直接金融に変わっていくのではないでしょうか。

Q:

2代目、3代目の育て方、つまりキャリア形成のためにどうするのがよいのでしょうか。

A:

他社を知るために、違う業種の会社で働いた方がいいでしょう。私は「親に就職を探してもらうな、自分で就職を探してこい」といっています。親がかりだと楽なポジションになったり、社内でお客さん扱いされるのであまりよくない側面があります。大企業には大企業なりのよい面もあるのでそのよいところは吸収して欲しいと思います。

Q:

会社公開の動機を聞くと、直接的な資金へのアクセスに加えて、優秀な人材の確保、知名度の向上を挙げる人が多いのです。公開して人材を集めるというのはプラスなのでしょうが、コントロールの問題はどうでしょうか。制度的なコーポレートガバナンスの枠組みや、新陳代謝を促すような中小企業の経営が必要なのではないでしょうか。パブリックポリシーの必要性はいかがでしょう。

A:

公開によって知名度が下がることはありませんが、経営者がイメージするほど知名度が上がる企業は少ないと思います。コントロールに関しては、今の企業は潰れそうで潰れない。それで経営している人はなんとかなるだろうと思ってしまうようです。債務超過であっても、会社はお金の都合さえつけば潰れません。しかし、債務超過が何年も続いたら会社を潰す、といったルールを作っていくこともこれからは必要なのかもしれません。ただ、決算書が一般には公開されていないので、その公開の問題もあります。たとえばイタリアでは上場していなくても、決算報告を登記しなければならない、というルールがあります。

Q:

国の中小企業政策について教えてください。

A:

中小企業経営者が「国」を意識するのは、税金を払うときと信用保証協会が保証してくれるときだけでしょう。まれに中小企業庁が、新しいことに取り組むときにお金を出してくれるという制度がありますが、実際にそれを利用しよう、または利用できる、と思っている人は少ないのではないでしょうか。そもそも、経済産業省の政策に関心がある中小企業経営者はさほどいないのではないでしょうか。

Q:

コーポレートガバナンスとして、どうやって自分を表現したらよいのでしょうか。自分の能力などに気が付いていない人がいます。そこで、客観的に見てもらうために、ウェブサイトなどで表示すると皆がアクセスでき、比較の対象になります。かなり変わってきているという印象はあります。救われない人にどのように意識変革を促せばよいのでしょう? また、主に相談される事項はどんなことでしょう?

A:

アドバイスのポイントは、「キャッシュフロー経営のすすめ」(お金を稼がなくてはならない)と「お客様を大切にする」(お客様からもらった利益でしか企業は生き残れないということを忘れてしまう)という2点です。また、資金繰りの相談がもっとも多かったですね。一般的に多いのは、相続の話と相続絡みの事業継承、会社の売却、どうやって儲けるか、人材教育についてです。それ以外は種々雑多です。会社がよいときは、従業員は給料についていきます。でも会社がしんどくなったときはビジョンについて行くものです。人望や志が人を動かすのではないでしょうか。

Q:

中小企業が抱えている通商や貿易の問題はどのようなものでしょう?

A:

中国に進出する企業は現地事情がよくわかっていないので、商社などからノウハウを得ているようです。もっとも、通商問題にはあまり興味がないのではないでしょうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。