2002年版中小企業白書について

開催日 2002年5月14日
スピーカー 安田 武彦 (RIETI客員研究員/経済産業省中小企業庁事業環境部調査室長)

議事録

「2002年版中小企業白書」において、本来とは別の観点からのアプローチをいくつか提示したい。
例年、中小企業白書では前半部分に景気を含めた中小企業動向の構造的な問題を取り上げている。今回は、2002年版白書の後半部分にある、中小企業の誕生期、発展成長期、廃業・倒産といったライフステージごとの課題を分析した。特に廃業、倒産など、会社経営における「失敗」を白書として初めて分析、再起の条件を模索している。また、中小企業金融の業態ごとの違いを分析し、いかに不良債権が中小企業向け貸出に影響するかを検証した。

最近の中小企業をめぐる動向

まず、中小企業の倒産について。平成13年は史上3番目という不景気の影響で、老舗企業の倒産の増加が目立った。企業・産業の空洞化問題があちこちで論じられる中、さらに事業所が減っているのが現状だ。中小企業の販売価格の低下と共に販売数量も下落、収益の悪化しているのが見てとれる。

さらに、下請企業の実態を調査していくと、親企業の海外進出に際し下請け企業はリストラ・経営革新などで対応している。また、製品の低コスト化、付加価値の高い製品へとシフトしている。ここでいえるのは、経営革新型のほうがリストラ型に比べて売り上げが高いということ。つまり、景気が悪くとも中小企業も前向きの対応をとっていったほうがいい結果になる。リストラによって事業規模を縮小してまた復活するというのは厳しいようだ。

誕生、発展・成長する存在としての中小企業

<中小企業の誕生>

日本では開業が盛んでないといわれるが、1977年以降、転職希望者のうち創業を希望した者は毎年100万人を超えてきている。全体的な割合としては100人に2人程度なので決して多いとはいえないかもしれない。また、希望者は増えてきているものの、創業実現率は低下している。そこで、創業者と創業希望者を比較してみた。たとえば、学歴では、創業希望者のほうが大卒の割合が高く、年齢的には、創業希望者のほうが比較的若い人が多い。性別では創業希望者は男性の方が高いが、実際の創業者は女性の方が多い。これは個人で塾をやっているなど、小規模のものが多いことが理由として考えられる。ただ、「創業」と一言でいっても、その中身に気をつけて見る必要がある。個人でホームページを開設してバナー広告で収入を得ていても創業は創業である。

「創業に際しての問題は何か? 」という創業当時の問題点を調査したところ、自己資金、人材調達、経営全体のノウハウ、販売の開拓、開業に伴う手続きなどが挙げられた。その中で最も多かったのは資金の問題。年齢別に見ると、若い人のほうが資金不足が深刻であるようだ。年齢を重ねた人はそれなりに蓄財や動産不動産があると思われる。創業時に自己資金以外に親兄弟や友人、元の勤務先など実際に顔がわかる人達から少しずつお金を集めているケースが多いようだ。年齢が若い場合は、資金提供を頼れるコネクションが少なく、結果的に資金集めが困難となる。このように、日本では創業時における問題点として「資金集めの困難性」がよく取り沙汰される。しかし、欧米ではやや事情が異なり、資金よりむしろ人材不足のほうが問題とされている。このあたりは、今後調べていく必要があるだろう。

山積の問題をクリアして無事に開業までこぎつけたとしても、生き延びることは難しいようだ。開業1年以内の退出は約3割という「乳児死亡率」の高さがそれを物語る。しかし、3~5年目となるとだんだん落ちついてきて、次第に安定していく。開業から5年くらいは安定性が低いといわれるが、最初から順調に稼動していく企業もある。たとえば、創業時における創業者の年齢が若く、すでに同一方面の事業経験がある場合は、より成功率が高くなる。もともと資金がない中で困難を乗り越えてきた、ということもあってか年齢が若い人のほうが成功率が高いといえる。

開業率が低下した原因としては、GDP成長率や金利、失業率などが挙げられている。こうした原因のうち、重要なパラメータとして割り出されたのが、事業者の年収を雇用者の年収で割った比率(事業者対雇用者収入比率)の低下である。かつて人々が持っていた「中小企業を経営するおじさん=お金持ち」というイメージが変化して、中小企業をやっているほうが利益率も低く、労働の割には報われないということになったためだろう。

とはいえ、開業の活性化がもたらす意義は大きい。開業はイノベーションを生み、参入した市場の競争圧力を高め、さらにマイノリティの雇用につながる。

中小企業の発展成長と経営革新

イノベーションに取り組んでいる企業と取り組んでいない企業を比較すると、取り組んでいるほうが成長率が高い。取り組み内容は、「商品開発」「新しい販売・顧客管理・社内管理等の手法の導入」など多岐にわたっている。ここで、イノベーションに関連した研究開発比率で比較して見ると、大企業に比べて中小企業のほうが低い結果になる。ただし、兼務者を活用し、且つ限られた資源のなかでイノベーションに取り組み、さらに見込み成長率が50%未満の開発活動に取り組む企業割合を見た場合、中小企業は大企業では取り組みにくい、ハイリスクの研究開発を積極的に実施していることがわかる。

問題は、中小企業の研究開発には資金および人材の壁があり、克服するためには産学連携が必要となる点。はたして産学連携は企業パフォーマンスに効果があるかどうかだが、産学連携を行ったところと行っていないところを比較すると、成長率は行ったほうが高くなっている。ところが中小企業の場合、「産学連携の方法がわからない」という、そもそも情報不足という部分が現れてくる。

話はそれるが、全国の商店街を対象にした調査によると、大規模な店が出店をしたか否かで商店街を訪れる人の数に変化があるという結果が出ている。出店ありとなしを比べた場合、出店なしの商店街では集客数が減少したというケースが大半を占める。

ただ、そうした商店街においても、開店時間を延長したり休日も営業していたり、組合同士の連携が上手くいっているところでは集客数の増加傾向がみられる。これは、大規模小売店舗が退店した場合も同様であるという結果が出ている。非常に厳しい昨今であるが、全体としてイノベーションに取り組んでいくことが大切である。

廃業・倒産とのその教訓

廃業のメカニズムはどう決まるのだろうか。廃業についてもマクロ経済との関係から分析を行うと実質GDP成長率との間には因果関係が見受けられる。しかし、事業者対雇用者収入比率など、GDP以外のものを廃業・倒産の要因として考えるのはやや難しい。そもそも、廃業と開業はメカニズムがまったく違うと考えられるため、両者を切り離して考える必要がある。たとえば、廃業の場合は経済外的要因、すなわち単なる経済合理性以外の要素が重要であると推測できる。

さて、マクロ経済指標と倒産件数の関係を見ると、景気がよいときは倒産件数は少ない。こうしたなかでの廃業・倒産は「衰弱死」と「突然死」とに分けて考えられる。「衰弱」して廃業する事業所の場合、以前から製造業全体の数字を下回るパフォーマンスしかなく、さらに廃業1年前の最後の年にがくっと落ちる傾向にある。

それでは、廃業後の経営者について考えてみよう。たとえばアメリカの場合、廃業後に経営者として復帰しているのは全体の約47%もいるのに対し、日本の場合は約13%と低い数字となっている。

このデータについてはもともとのサンプル数が少ないうえ、日米における「就業(work)」という言葉に対する意識の違いがあるため、一概に比較するのもどうかとは思うが、いずれにしても大きな違いがあるのは確かである。なお、日米を問わず廃業後に復帰したケースでは、わずかではあるが最初の失敗の経験を活かして企業パフォーマンスを改善している事実がある。

中小企業金融の課題

中小企業の多くは自己資本比率が低く、自己資本以外の負債の多くを借入金に依存している。これが中小企業の金融課題の根本原因だ。借入金の金利は大企業に比べて中小企業のほうが高い傾向にある。ただ、この金利にしてもバラつきが非常に多く、企業の自己資本比率が高いほど借入金利は低くなる傾向が見られる。また、いわゆる「貸し渋り」、つまり金利の高い・低いだけでなく、融資を申し込んだ全額が借りられているかどうかも重要なポイントになる。手元の調査によると、企業規模が大きいほうが貸し渋りは少なくなる傾向がある。企業規模以外には、主に自己資本比率の大きさが金融機関の対応に影響を与えている。

一方、融資する側、つまりメインバンクの業態によっても、金利の高低や貸す・貸さないという対応の違いがでることもわかっている。調査によると、従業員規模が小さくなるにつれて地銀・第二地銀や信金・信組と取引をしている企業の割合が増加していく。なかでも、信用金庫は非常に金利のばらつきが大きい傾向がある。また、貸し渋りの状況を見ていくと、同じ規模では大手銀行メインのほうが金利は安いが、反面貸し渋りが大きくなる傾向がある。直接金融については、2割の企業が関心を持っているが、中小企業のうち株式を公開している企業は1万社に7社程度という、非常に少ない割合になってしまう。

中小企業の状況を金融機関側から見る場合、参考になるのは貸出残高と不良債権比率の対比グラフだ。

縦軸に中小企業向け貸出残高伸び率を、横軸に不良債権比率をとったグラフを見ると、どの金融機関も不良債権比率が上がったときは貸出残高の伸び率が低下している。特に都銀にその傾向が顕著に見られる。不良債権の影響が大きくあるのは予想通りだが、不良債権比率が高い金融機関は中小企業向け貸出伸び率が低い。一方、大企業向け貸出にはあまり影響が見られなかった。土地の価格と中小企業向けの貸し出し残高の推移も同じような傾向がある。

蛇足だが、1990年代の初めから頻繁に銀行合併が発生している。過去のアメリカの事例から、金融機関が倒産すると貸し出し関係が壊れて中小企業向けの融資が行われなくなるか、縮小されるのではないか、と危惧する声がでてきた。米国とは傾向が違うだろうが、今後の動静には注意する必要がある。

中小業の雇用創出・喪失

新設事業所の場合、その上位10%に当たる事業所が、新設事業所全体の半分の雇用を創出しているというデータがある。GDP成長率を縦軸に、横軸に雇用純増減をとると、雇用調整は景気変動の影響を受けやすいことが見てとれる。しかし、新規の雇用創出は安定しておりさほど景気とは関係がない。また、廃業事業所による雇用喪失についても、雇用創出と同様の傾向が見られる。

「まちの起業家」と経済活性化(欧米の教訓)

最後に自営業者の数について、1980年の数字を100として日本とG7各国とを比較した結果が出ている。たとえば、イギリスでは80年代に非常に自営業者の数が増加しているが、これはサッチャーが失業対策として助成金を出したというのが主な要因だ。ドイツでは同じように東西統一時に助成金を出しており、これによって起業が増加している。カナダが増加しているのは香港からの移民が自営しているためだ。他の国も大体増えているのだが、ただ日本とフランスだけは1980年当時から比べて減少している。これはごく最近の現象ではなく、もっと前から減少傾向にあったのが続いているだけだ。

前出の「中小企業の発展成長と経営革新」で述べたように、イノベーションを少しずつ持ち込んでいく、あるいは雇用を増やしていくということが、全体としての経済活性化に大きく寄与していくだろう。また、このような状況を創り出すことが、日本経済にとっての今後の課題だと考えれる。

質疑応答

Q:

1.開業廃業率の推移では設立登記件数を統計値として使用しているが、廃業した場合でもしばらくは会社は設立された状態にある。それをどうみればいいか。

2.創業希望者と創業実現者が出てくるが、1997年の創業者数は39万人で、オフィシャルに現在の開業数といわれているのは18万人となっている。ただ、いわゆるSOHO、自宅開業状態にある人などを加えると、すでに39万人を越えている。このように、数字の取り方によって非常にバラツキが出てしまう。どういうことを政策の目標におくのかということまでを考えた上で、創業者や創業ということを考えないとこのようなバラツキが出る。たとえば内職まがいのものはカットしてしまうとかして、きちんと定義された「開業者」のデータを取らないと意味がない。

A:

1&2.法務省の統計を見ると1980年代には異常に登記件数が増えて、開業率も上がっている。もちろんバブルの影響もあっただろう。しかし、1980年代後半は商法改正が実施され最低資本金が設定されるといったようなことがあり、その準備期間で影響が出ているのかもしれない。

Q:

1.金融機関の借入拒絶と減額対応とあるが、借入拒絶と減額対応というのはまったく違うことだと思う。この内訳はあるか。また、その従業員規模別の倒産率と借り入れの減額・借り入れ拒絶の関係のようなものをどのように見ているか。

2.再起業については、個人保証の徴求の緩和を対策として挙げている。また、再起業への障害の理由として、「破産した企業の処理が終わっていない」という点を挙げている。資金面と信用上の問題以外に何らかのネックがあって起業が妨げられているのではないか、という案や仮説があればお聞かせいただきたい。

A:

1.借り入れの拒絶と減額はアンケート上、一体で聞いているので内訳はわからない。また、アンケートは現在生きている中小企業に対して実施しているので、倒産率との連動は難しい。

2.先ほどライフサイクルといったが、この分野で重要なのは「お墓の中に入った人がどうやって地上に戻ってくるか」「あるいは生まれる前の段階」を問題にしているので難しい。たとえば、ローンなども1度ブラックリストに載ると銀行間で共有されるので融資が受けられない。もしかすると、それが再起業の障害になっている可能性もあるかもしれない。ただ、詳しくは調べてみないとよくわからない。

Q:

中小企業で対象としている中位数的なイメージは?(計常利益、業種、従業員数など)

A:

アンケートではいろいろな情報を得たいので、母集団として東京商工リサーチなどの興信所が扱っているデータなどを元にしている。あまり小さいところはアンケートに答えてくれない。観測の限界のようなものがある。利益率などは公表統計をベースにしている。業種は製造業、卸小売業。サービス業は統計がない。

Q:

現在、3500社が上場しており、1990年以降1600社程度が株式公開している。これは結構な数である。利益希望は5~10億円の経常利益(最近は赤字会社も出てきているが)、従業員数でいうと数百人規模。見ていると10億円程度の経常利益の企業が100億円になるケースは結構ある。100億円が1000億円ということになるとユニクロやセブンイレブンのように10年や20年に1社あるか、という特別な例になってしまう。しかし、5億、10億というのはありそうな話。ところが今の話しでは、公開会社が7社ということは、そこまでいかずに息詰まってしまっている起業が多いようだ。

A:

従業員規模300人というところでどうしても切れてしまう。今、日本の状況がどうなっているかというと、300~1000人はいわゆる中堅企業、経常利益や業況もそんなに悪くはない。それよりも大きいところはリストラされている。

Q:

雇用の創出効果は。米国の場合は大企業のリストラ人員を中小企業が吸収していった。日本もマクロで失業率を高めないために中小企業で雇用を吸収するしかないのではないかと思う。今後の課題として、こういうアメリカの1990年代の政策が参考になるのでは。

A:

白書には政策的提言ははっきり書かれていない。今、力を入れているのは開業をどうやって増やしていくかという点。特に金融面。無担保、無保証、個人保証なし、といった資金提供の可能性などについて中小企業金融公庫で検討されている。

Q:

中小企業に対するメッセージおよび政策志向的なメッセージがあれば。

A:

中小企業向けのメッセージとしては、悲観論でなく、経営革新をしたほうがしないよりもよいからがんばれ、ということ。政策的メッセージは、地銀、信金、都銀で行動様式が違う、そういった行動様式を踏まえて政策を取り扱わなければならないのではないかということだろうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。