就業と失業—中国の挑戦

開催日 2002年4月5日
スピーカー 孟健軍 (RIETIファカルティフェロー/清華大学公共管理学院)
コメンテータ 関志雄 (RIETI上席研究員)

議事録

中国の人口推移と老齢化

本日は、「就業と失業―中国の挑戦」というタイトルで、中国の人口労働力についてお話しします。

中国は7億1150万人の労働力を抱えています。これは、日本の11.5倍に当たる数です。まず、近年の人口推移について申しますと、1990年に1.04%であった人口の自然増加率が1999年には0.77%になりました。この数字を見ると、中国の自然増加率は先進国並になってきたと考えられます。平行して人口ピラミッドの形状も変化してきました。中国では今後20年間で老齢化社会になるだろうといわれています。このような自然増加率の変化には、通常50年以上かかりますが、中国の場合、一人っ子政策がとられてきた影響で短期間に老齢化が進むのです。ちなみに一人っ子政策導入後、男女比率は男51.1対女48.9で男性の比率が高くなりました。2000年には人口センサスが行われましたが、結果が発表されるまでに3年ほどかかります。

豊富な労働力の大規模移動

国情センターでは、中国の主要経済資源の世界に占める割合を計算しました。

1996年のデータを元に計算すると、中国は全世界の7%にあたる土地面積で全世界の21.2%にあたる人口を養い、そして全世界の26.3%にあたる労働力に対して仕事を提供しなければならないという結果になりました。

世界の中でも中国は、豊富な労働力という点で比較的優位な立場にあります。中国の人口と労働力の増加率を見ますと、1997~2007年の10年間には、雇用と労働力のバランスをとるのがもっとも大変な時期になることがわかります。それは都市部の大規模レイオフと農村部の大量余剰労働力が同時に発生することが予想されるからです。その後は一人っ子政策の影響で多少は緩和されると思われます。

経済発展と就業構造の関係を見ますと、1978年から2000年までの間、中国経済はさまざまな試練を受けたものの平均9.5%という高成長を成し遂げてきました。この間、第一次産業の労働就業比重は70.7%から50.0%と大幅に低下し、逆に第二次産業では17.6%から22.5%に上昇、第三次産業でも11.7%から27.5%までと大きく増加しました。とはいえ、第二次産業での就労者の増加は1995年の23%をピークに減少に転じました。これは、雇用の限界に達したことを意味しています。

人口移動を地域別にみますと、1995年に人口流入が多かったところは広東、上海、北京、新疆で、逆に流出の多かったところは四川、安徽、河南です。新疆は辺境貿易の増大の影響で人口流入が増加したのです。流出地域には地理的に近い中心エアリアを移動先として流出しているという特徴があり、最大の流入地域である広東エリアには湖南、広西、江西が隣接し、上海エリアには安徽と浙江が隣接し、そして北京エリアには河南と河北が隣接しています。

莫大な出稼ぎ効果が大規模移動の理由

なぜ労働者は地域をまたがって大規模に移動しているのでしょうか。これには1人当たりのGDPが大きなカギを握っています。農民と都市住民との所得格差が大きく、農民1人当たりの可処分所得が都市住民の3分の1強に過ぎない点に起因します。そのため、農村部から都市部への出稼ぎが非常に多くなり、結果として労働者の大規模な地域移動が発生します。特に四川は中国の文化、教育の中心地の1つなので地域からの流入、遷移が多い地域です。しかし、逆に四川から都市部への出稼者も増えています。ちなみに、重慶を除いた四川省から都市部への出稼ぎ労働者は2000年には推計500万人強となり、1カ月の送金額は1人当たり4700元になりました。これは、ほぼ四川省1人当たりの年収に匹敵する額です。

そもそも、中国には戸籍制度がありますが、遷移人口移動に戸籍は関係ありません。地域間で出稼ぎする場合、出省証明書、居住証明書、在職証明書という3つの証明書が必要になりますが、戸籍は移りません。そのため、出稼ぎのために地域移動した労働力の正確な数を把握することができず、推計となってしまうところにやや問題もあります。

市場メカニズムの変換に伴って生まれた「リストラ」「失業」

1994年までの中国では、「失業」という言葉自体がありませんでした。「リストラ」や「失業」という概念は、市場メカニズムへの転換に伴って生まれてきたものです。

たとえば、1990~2000年の所有形態別従業者数を見てみますと、労働者の主な就労先は国有企業となっています。地方では集団企業での就労も多かったのですが、郷鎮企業での就労者数は頭打ちの状況です。国有企業でも集団企業でもリストラを進めており、大幅な人員削減が行われています。

余剰労働力は1.2から1.5億人居るといわれていますが、過去5年間に5000万人がリストラされており、全体の3分の1のリストラが終わったことになります。そうした流れのなかで、計画経済から市場経済へと産業構造の調整が行われています。この10年間で私営・外資・個人企業就労者が4倍に増加しました。つまり、市場化が急激に進んでいるのです。

そもそも、農民には生産手段がありますが、都市では失業すると何も労働手段がありません。都市失業者には「登録失業者」「調査失業者」(サンプル調査、リストラ失業者を含む)「推計実際失業者」の3種類が居ます。登録失業者数は3.1%といわれていますが、実際にはこれよりはるかに高いと考えるのが妥当でしょう。

国情センターの推計ではありますが、地域別の都市部の推計実際失業率は全国平均で8.3%、もっとも高い黒龍江省では13.0%です。北京の失業率は低いのですが、これは北京におけるリストラが全国的なリストラから2年遅れたことに起因するものでしょう。遅れた理由は、1999年が建国50周年の年だったこともあり、「リストラを進めて何かあったら大変なことになる」ということで、意図的に遅らされたものです。

さて、2000年の業種別リストラ労働者の比重を見ますと、一番多いのは卸・小売・レストラン業で32.1%でした。これらの分野では、サンク・コストが発生しないため、大規模のリストラによってすべての人に雇用機会を与えるべきでしょう。その次に製造業、採掘業と続きます。市場化のためにはワークシェアリングではなく、雇用機会を創出するリストラが重要です。ただレイオフするだけでなく、期間限定で再就職訓練も行っています。

急がれる人口労働力問題の対応

1994~2000年の失業保険カバー率を見ますと、国有企業労働者に占めるカバー率は上昇して来ています。特に朱鎔基氏が首相になってからは失業保険に力を入れていて、2000年にはカバー率91.7%となっています。一方、都市労働者におけるカバー率は48.7%となっており、個人が支払わなければ失業保険、養老年金などはありません。また、労災保険のカバー率は1割、医療保険は3割程度となっています。

地域別の労働者の平均基本生活費を見ると、遼寧と黒龍江のようなリストラの多い省では生活費が少ないという結果が出ています。たとえば、チベットでは95%が生活費を補償されており、北京でも高い補償を与えられています。

我々は政府に「自分の稼ぎ分と家族を養うことができれば、それは就職とみなす」と提言しています。そうでないと、国内の雇用問題は到底解決できません。そこで、我々は個人事業など、ノンレギュラーな仕事を奨励しています。在宅で得られた収入でも税金が支払われれば、「就職している」とみなされます。レギュラーとノンレギュラーの就職の増加指数を見ますと、1995年をピークとしてレギュラーの伝統的仕事に就く人の割合が減って来ています。そしてそれぞれ新興のレギュラー、ノンレギュラーな仕事に就く人の割合が増加しています。

一方、中国の人口増加の推移ですが、低位推計では2030年をピークに総人口も頭打ちになると予測されています。この頃になってようやく、都市と農村の割合が半々になるでしょう。しかし、現状よりさらに都市化を迅速化させないと、雇用問題への対応が間に合わなくなります。できるだけ迅速に、新規の50万人都市、100万人都市を造る必要があります。また、2007年以降は一人っ子政策の効果が出てくる一方、急激な老齢化が起こり、転換点になることが予想されます。65歳以上の高齢者人口の比率が急激に増加し、老齢化社会の到来となるでしょう。将来的には一人っ子政策が修正されて、一人っ子同士が結婚する場合、「2人の子供を産む」ことを認める時が来るでしょう。農村ではすでに、初産で男の子ならばそこで終わりですが、もし第一子が女の子であれば6年間隔後にもう一人出産することが許されることになり、2人の子供を産めることになっています。今後も中国は人口労働力問題という、果てしない挑戦をしていかなければなりません。

補足:中国のリストラとワークシェアリング

関志雄:中国の国有企業における改革のお話しを聞いていますと「ワークシェアリングの解消」が有効ではないかと思います。以前は5人分の仕事を10人で分けていたような状況であり、もはや「ワークシェアリングの解消」の先延ばしはできないというのが指導部の認識なのでしょうか。日本ではワークシェアリングの導入がいわれており、中国とは対照的に社会主義的色彩を増していっています。短期的なワークシェアリングはやむを得ないでしょうでしょうが、長期的にはますます市場経済から遠のくことになります。つまり同業者のうち1社だけがワークシェアリングを導入すると競争力が低下しますので、同業他社も導入するようにと政府が介入してくることも予想されます。 また、中国の一人っ子政策のつけは必ずくるでしょうし、それと連動して貯蓄率の低下にもつながるでしょう。経済発展の上でも、2020年前後から労働力人口の伸び率がマイナスになることが予想され、今後20年は中国の経済発展のラストチャンスになるでしょう。短期的に見ると失業問題は大変なことのように捉えられますが、生産性が上昇しても賃金が上がらないというのは、雇用者側からすればプラスでもあります。

さて、上海、沿海地域に人の流入が一極集中しており、上海の1人当たりのGDPは4500ドルと発表されていましたが、このデータについては戸籍上人口が実体を反映しておらず、過大評価されています。戸籍上だと1300万人といわれる人口も、非公式なセンサスベースだと1700万人となります。GDPをこの数字で割り直すと、一人当たりのGDPは3500ドルになります。またこれまでは非熟練労働者の話でしたが、40万人居るといわれている高学歴の海外留学組や高い技術を持った人がどのタイミングで帰国するのかも重要なファクターです。台湾の場合でも、内外の所得格差が縮小すると帰国のインセンティブが上がります。彼らは10年後、中国経済のみならず幅広い分野で活躍すると思います。

質疑応答

Q:

資源のシェアの問題で、中国のパワーの源は労働力というお話でした。日本では北海道の人が鹿児島で働くのにまったく支障はないのですが、中国では方言などの問題で、支障になることはありますか?

孟:

移動はほとんど自由です。実際、過去50年における略字の普及教育のおかげもあり、ほとんどの人が北京語を習得しています。特に若い世代で中卒、高卒の人は北京語を自由に話すことができます。

Q:

労働力人口は国勢調査の際の数とおっしゃいましたが、労働力調査はどれほど行われているのでしょうか。OECDの発表に合わせているのでしょうか。労働力調査はどれほど広範囲で行われているのですか?

孟:

調査失業率は100万人都市で行われていますので、母集団以外の調査となります。上海では内陸のある村に集団契約の方式を採っているために秩序ある移動が見られます。個人的に親戚を頼って出稼ぎに行く人もいます。しかし、中国人は旧正月には家に帰る傾向があります。出口サンプルで、15%が家に戻りしばらく外に出ないことがわかりました。統一的な失業率データはありません。

Q:

移動に関してですが、証明書には期限があるのですか。8000万人の就職先はどんなところですか?

孟:

期限は1年か3年です。もしある場所で働くとすれば、最も期限の長い証明書が元になります。熟練工になるとそのまま住みつく人もいます。たとえば深セン市では5000元で高卒の熟練工に戸籍を売っています。また、8000万人をハイテク産業だけでは吸い上げることはできません。1996年に政府は大学生の募集を増やす提案をしました。1998年に96万人で2002年には250万人、2010年には350万人という計画です。私立大学も200校開校しました。100ぐらいの大きい国立大学だけ残して3分の2は民営大学にする動きがあります。それでも年間700万人が受験しています。大学に行かせることによって労働市場への労働者の放出を先延ばしにする狙いがあるほか、再教育の意味もあります。今年は中国で修士課程への入学枠19万人に対し、63万人が殺到しました。国の教育構造をこれで変えていくという考えの表れだと思います。また、内陸地域での義務教育に対する投資も増えました。

関:

良い大学は北京に集中しています。北京出身者には甘いという訴えもあります。青島の女子が訴えましたが、北京は地方の人より経験があるということで、100点の「ゲタ」がはかされます。

孟:

また、北京出身者が400点で合格のところ、少数民族には350点と、少数民族出身者も優遇されています。中国が現在「裸で戦える産業」は労働集約型です。

Q:

中国では50歳で定年ということですが、企業の中で効率が低い人を辞めさせるなど、労働力人口が将来ぐっと減ってきた時、退職年や就業年齢を延ばしていかなければならないのではないでしょうか。

孟:

60歳定年が一般的です。国有企業ではこの3、4年の政策として50歳定年、45歳定年制を採っています。1つの会社での勤続30年で定年という場合もあります。隠れ就業は北京、上海、天津で多く見られます。労働市場に押し出すという意味もあります。長期的には男性60歳、女性は55歳ですが、これは憲法に書いてあるからです。WTOに加入したので国際的なスタンダードと同じにして、65歳定年にする、という議論もすでに起こっています。

Q:

第二次産業の比重は増えていないとおっしゃったのですが、就業構造の変化の解釈について教えてください。

孟:

今後日本から雇用が移転していくといわれていますが、中国の雇用問題は解決しないと思います。なぜなら、日本の6000万の雇用人口に対して、中国の労働人口は7億人も居るからです。香港の失業率は7%で、多くの仕事が大陸に移ったといわれていますが、「焼け石に水」です。国有企業は5年間で3分の1の労働者をカットしました。短期間で第二次産業ではそれだけ雇用を創出するのは難しいのです。

Q:

ASEANと中国の関係を見ていますと、農産物に関しては譲歩していますが、製造業ではどうですか。

孟:

労働集約型の産業では譲らないでしょう。政府は元気な国有企業あるいは民営企業が積極的にASEAN諸国に出ていくように奨励しています。

Q:

新規の雇用はどれだけ増えているのですか? 新規の雇用創出のデータはありますか?

孟:

以前、大卒者は国によって仕事を割り当てられていました。私達の頃と違って北京の労働力市場はブルーカラー向けの「労働市場」、ホワイトカラー向けの「人材市場」、経営者向けの「経営者市場」に分かれており、学生は働く先を選ぶようになりました。

Q:

一人っ子政策はまだあるのですか? 農村部は男と女の割合はほっとくと3:1くらいになると思うのですが、一人っ子政策は辞めないのでしょうか?

孟:

そうですね、3:1になりそうです(笑、ただし2番目には女の子が生まれる確率も5割ある)。生涯独身の男性は2000万人いて、女性売買の問題も起こっています。中国とベトナムの緊張緩和の結果、年間2~3万人のベトナム人女性が国境を越えてお嫁に来ます。一人っ子政策をやめるというほど単純でなく、やり方を変えていくことが求められています。

Q:

最近中国でエイズの問題があると聞いていますが、本当ですか?

孟:

事実です。献血問題および麻薬問題も深刻化しています。

Q:

就業を作り出すという意味で、人口をシフトさせるような米国型「西部大開発」のような政策を目指しているのでしょうか?

孟:

そうではありません。どちらかというとインフラ整備であって、人口政策のための移民ではありません。三峡ダムのプロジェクトでは150万人のうち、沿海地域に30万人を移しましたが、他にはもともと山に住んでいる人々をもっと山の上に移しただけです。

関:

「西部大開発」の意図は資金の移動です。

Q:

第一次産業への従事者が5割とは多いなぁと思いました。中国はWTOに加盟しましたが、米国は米国産の農産物が売れることを期待しています。中国では穀物の輸入が増えざるを得なくなるでしょう。5割にものぼる農村就業人口は相当減るのではないでしょうか。

孟:

急激に減ると思います。自然に大規模な都市化が起こり、都市型分業を進めようとしています。現在、年間1000万人のペースですが、年間3000万人を都市化させなければなりません。浙江省では各県政府によって50万人規模の都市を作りました。農村はだんだん荒廃する可能性があります。二毛作でなく、自給自足できる分量の野菜など、50ヘクタール程度を3人で耕しているところもあります。残りの水田はさらに貧しい地域の出身者に委託しています。

Q:

階層別の中国共産党員数のデータを見ました。それによりますと、農村では党員が多く、製造業では少ない、と示されていました。経済学ではない分野での質問ですが、都市化によって党の統率力に影響はありませんか?

孟:

私の学生は全員共産党員でした。あまり関係ないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。