生き残れるか多角化企業

開催日 2002年3月28日
スピーカー 山本 一元 (旭化成(株)代表取締役社長)
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議事録

時代の変化にどう対応するかが課題

旭化成は1961年以降、急速に多角化は進めてきましたが、時代が変われば状況が変わります。今は、それを整理しながら未来に向けて旭化成をどうするか、ということで苦慮をしているところです。

戦後の日本経済は急速に進歩しました。20世紀を振り返ると、それは科学の時代だったということができます。エジソン、ライト兄弟の時代、G型フォードがまだ走ってなかった時代から隔世の感がありますが、100年前といえば、自動車のスピードがようやく自転車のスピードを抜いた時代です。

戦後日本がなぜこれだけ発展したかというと、マクロ面では、農業から工業に切り替えて、それが非常にうまく機能したということ、そして円安と低賃金を武器にして戦ってきたということがあります。それが90年代に入って「失われた10年」といわれるように惨憺たる状況になりました。その原因は、ひとことでいえば日本型経営の破綻です。

破綻の原因はいろいろありますが、高度成長時代に良かったことを世の中が変わったのに引きずっている、これは我々経営者の責任だと思っています。たとえば、競争を避けて勝者・敗者を出さないということを教育もやってきたし、我々の経営においてもあったのではないかと反省しています。経営者が自分で決定することを避け、その結果について責任をとらないということも問題だったと思います。

明治・大正の時代、企業・工業化集団をつくろうとすると何もない。学校も病院もつくらなければならないということで、村長的な経営者に価値がありました。しかし今は、社内で研究するよりはるかにいいサービスを他から受けられるのに、まだこういったところから抜け出しきれていません。

かつては旧通産省の強力な指導のもと、外国から技術を導入し、それを日本型に仕立て直し、年功序列型賃金で規格大量生産して、どんどん世界市場をとっていきました。それがオイルショックの頃から相当変質してきていることに気付かなかったかな、と思っています。

今後生きていくためにどうしていくべきかが大きな問題になっています。1つは消費の拡大ですが、今、消費者はほとんどのものを欲しがっていない、消費者が欲しがるものを提示できていない、ということがあります。消費の嗜好というものが相当、変わってきています。ディズニー・シーのチケットを買うのに長蛇の列をつくるのに、私どもが作っている繊維に振り向く人はいない。みなさん「いらない」といっているわけです。しかし、GDPの60%が消費である以上、何か需要を創造するようなものを作っていかないといけない。世界で同じようなものを作っていたのでは中国には勝てない、と思います。

もう1つの景気浮揚手段として設備投資がありますが、これについても設備があらゆるところで過剰になっています。私どもが持っている設備も相当過剰になっています。先日、アジア化繊会議というのがインドで行われましたが、世界のポリエステルのオーバー・キャパシティは800万トンということです。これをどう片付けていくか、問題になってきます。

3番目には財政出動ですが、小泉首相は国債30兆円枠を守るといっていますし、大きく期待できません。国民1人あたり500万円くらい借金ができている、財投を含めれば900万円ぐらいになるという学者もいます。

輸出で石化原料関連の需要と価格が上がってきていますが、結局、今日本が浮揚するのは輸出しかないわけで、この構造がなかなか変わっていません。これをどうやって転換していくのか、というのが悩みの種です。

米国大手企業の2つの生き方

米国大手の生き方として、デュポンとダウケミカルについて紹介したいと思いますが、この2社は若干違った生き方をしています。

ダウケミカルは、一時期いろんなことをやろうとして手を出した後、やはりベースケミカルに戻ると宣言、ハイテク部門などを売却しました。その過程でアフリカのバイオアグリ企業を2千数百億円(1ドル130円で換算すれば3千億円近く)の金を投じて買収していますが、基本的にはベースケミカルに回帰ということでここ数年、一貫してやってきています。その1つの典型がユニオンカーバイド(UCC)を116億ドルかけて買収したことです。その理由を聞いたところ、石油化学をやる以上、メインはポリオレフィン、コスト・リーダーシップをとるには、この分野で圧倒的なシェアをとらなければならないとのことでした。旭化成はダウケミカルとアジアでポリスチレンの合弁会社を立ち上げましたが、そのときもコスト・リーダーシップをとるためには世界生産量の10%以上の確保が必要とのことでした。主要な製品については、ダウケミカルは、汎用品であろうが何であろうが10%以上はとっていくという姿勢です。ポリスチレンの世界需要はだいたい1700万トンですが、ダウケミカルが200万トン超の数量を持っています。

世界で約60社がポリスチレンを生産しているうち40社がアジアに集中しています。日本のポリスチレンは中国から農産品セーフガードの見返りにアンチ・ダンピングの対象にされましたが、実際日本に調べに来てみると日本の国内価格のほうが安いことがわかり、この問題はクリアしました。これは喜んでいいのかどうか……。いずれにしても、巨大化の動きというのがあるわけです。

ポリエチレンではUCCとダウ合わせて約800万トンという数量になります。日本では住友化学工業と三井化学が相当思い切った合併をしますが、日本のポリエチレンの生産量は330万トン程度。日本の内需はどんどん減っているし、2004年で保護されていた関税も下がってくるということで、これからさらに動きが活発になってくると思われます。

デュポンは、基礎原料をあまりやっていません。5~6年前にコノコという石油会社をいとも簡単に売却、バイオアグリに特化すると宣言しました。デュポンが儲けているのはバイオアグリではなくオールドケミカルだというような論評もされましたが、デュポンとしては2007年頃までに相当儲かるビジネスになると考えているようです。バイオをあらゆるものの解決手段として使っていく、たとえばプロセスに適用する、新しいものをつくりだす、これから出てくるだろう廃棄物の処理に使うなど、多方面の研究をし、その中から何に特化するか絞込みの段階に入ったというのが昨今の状況です。デュポンはポリエスタールなど多くのエンジニアリング樹脂を持っています。隠れた高収益製品としてデュポンがここ3、4年ぐらい前まで儲けていたのがスパンデックスという伸縮性のある繊維ですが、だいたい世界の生産量約11万トンに対してデュポンは5万5千トンから6万トンです。5年程前は、約8億円の純利益を上げていました。ナイロンも原料から支配して実質的には世界の20%ぐらいのシェアを占めています。コポリマーは持っていませんでしたが、我々と中国で2万トンのコポリマーを補充できるような会社を作ろうということで合意し、2004年のはじめから生産開始する予定です。ポリアセタール業界では、ポリプラスチックス、チコナ、三菱ガス化学が大同団結して、30万トン強という圧倒的な生産規模を誇り、デュポン-旭連合が20万トンぐらいで2番目となります。

旭化成にとっていわば生き残りをかけたアライアンスで、ポリスチレンはダウケミカルの傘下に入り、ポリアセタールはデュポングループの傘のなかでやっていくということです。重要なのは、やはり巨大な連中と組むには何かうちのプレゼンスがないといけないということです。世界における日本のマーケットシェアというのは非常に小さい、したがって、何かユニークな技術を持っていないと相手にしてくれません。技術が生きている間に国内はもちろんですが、国境を越えたアライアンスを構築していかなければなりません。

R&Dのあり方というのが、デュポンでもダウケミカルでも相当変わって来ています。デュポンは外部リソースを使う戦略で、バイオでもベンチャーを積極的に探しています。アメリカの場合、クリントン政権下で相当カットされた軍事費がブッシュ政権になって復活、R&Dの費用というのも、産軍共同で大幅に出てきそうですが、こういう状況にどう対応していくかということがポイントになってきます。いろんな大学とコラボレーションしていくことも大事です。ねらいは、デュポンがスペシャルティ化、グローバル化、それから整理統合(コンソリデーション)を進めていくというふうに動いています。

旭化成の多角経営と不採算事業の整理(ISHIN2000計画)

そこで旭化成の問題ですが、今日の旭化成があるのは宮崎社長が進めた多角化拡充路線に負うところが非常に大きいと思います。あの政策をとっていなかったら、旭化成は非常に惨めな状態になっていたと思います。私が入社した当時は旭化成の売上に占める繊維の比率が73%、利益のほとんどを繊維が出していました。それが2000年度では、繊維の売上比率が11%&ということで、石化を中心とするケミカル、住宅、その他という大きく分類すると3つぐらいになっています。

時代が変わって今は、手を広げすぎたので不採算事業を整理しなければならない、強いものに資源を集中していかなければならない、ということで1999年からISHIN2000という計画を始めました。ISHIN2000が目指す経営は、安定性、収益性、成長性ある企業集団に変えていく、そして、国際的ルールで勝てる経営を目指す、ということです。その際、情報開示や企業価値の増大、市場からの評価という3つの要素を忘れるわけにはいきません。選択と集中、自己責任による自立経営、それから顧客価値を新たに創り出すということをやっていかないと生き残れないという危機感を持ってこの計画を始めたわけです。同時に最適な組織を作って経営制度改革をやっていかなければ、古いままの体制では勝ち残れません。こうした努力の結果を毎年検証していこうということです。

ISHIN2000でまず実施したことは、事業を選択し競争優位なものにしようということです。世界のマーケットを押さえているものは現状、非常に少ない。さらに選択と集中を進めていかなければ、デュポンやダウケミカルのように桁違いに大きく、桁違いに大きな買収資金を投入していくところに勝ち目がありません。

石化部門のポリオレフィンについては、ポリプロピレンを7万トン作っていましたが、儲からないので昭和電工を売却しました。ポリエチレンは30万トンという吹けば飛ぶような量です。われわれが石化のくくりで考えているのは、アクリロニトリルとスチレン系です。さらにシクロヘキサノール、アジピン酸の系統で、これはナイロンの原料になるものですが海外からアライアンスの要望が多く、遅ればせながらもう一度見直そうということになっています。この分野については、これから国内でも提携や撤退が出てくると思いますが、旭化成としては、この辺は残していきたいという選択です。もう1つは高付加価値といえるかどうかわかりませんがスパンデックス、ロイカ、ハイコアなどを伸ばしていきたいと思っています。

国際的に競争力のある事業としては、シンガポールで夏ぐらいから動き始めるザイロン。これはGEが30数万トン持つ圧倒的なガリバーで、旭化成がNo.2といっていばっていたのですが、数量はわずか3万数千トン、話にならないわけです。今度シンガポールが立ち上がると、何とか8万トンぐらいになります。これでGEに対抗するまでは行かなくても、皆セカンドソースを求められるので何とかやっていけると思います。その他のものは世界といわず、成長性の高いアジアでアライアンスを組んでどうやって出て行くか、模索しているところです。

こまごまとしたものでは、血液フィルターがかなり高く評価され、世界のマーケットにも浸透しつつあります。これまで積極的に出していかなかったので小規模にとどまっていますが、白血球除去フィルターや人口腎臓を一挙に5倍ぐらいにしようとしています。

整理統合ということでは、大小合わせて60ぐらい整理してきています。まだ積み残したものもあるので、早く整理をすすめて収益の出るような形に組替えていかなければならないと思っています。

ISHIN2000の成果ですが、99年からスタートしてから、ほぼ順調に来ています。2000年度の営業利益は、880億円程度だろうと予想していたのが環境に恵まれて960億円になりました。しかしなかなか右肩上がりにはいかず2001年度は相当激しく落ち込みそうです。ケミカル、住建、繊維、多角化という分類で見ると、繊維の営業利益がほとんどなくなっています。いいところだけを集めれば70~80億円程度の利益が出るのですが、レーヨンなど悪い部分を整理してどうやって生き残れる繊維にしていくかが課題です。多角化という部分を見てみると、売上ではだいたい20%前後ですが、営業利益は今年度若干下がりますが、40%前後となっています。これに対しケミカル、住建は売上が伸びてもそれに比例して営業利益が伸びない。とくにケミカルは国内事業をどうやっていくかという大きな問題を突きつけられています。

ISHIN2000以後に目指すものは何か

かつて日米繊維摩擦というのがありましたが、1959年から1960年始めにかけての日本の状況と直近の中国の状況が極めて似ています。平均寿命でいうと女性が72歳、男性が68歳で、1965年の日本とほぼ同じ。中国の乳幼児死亡率が1999年で31%、日本が1960年で30.7%なのでほぼイコール。中国の一次産業GDP比率が2000年で約16%、日本が1959年で16.7%。都市部のエンゲル係数は、中国が今39~40%、日本が60年で40%となっています。

1955年当時、日本の大卒初任給は1万1千円で1ドルは360円でした。これが2000年度は約21万円で、1ドル100円で計算すると、約70倍になっています。この間、アメリカでは5~6倍ぐらいにしかなっていません。日米繊維摩擦の1番大きな原因となったのは、1ドル・ブラウスがあるということで日本勢が一気に出て行ったことでしたが、これはユニクロの1980円のフリースに相当するわけです。

1955年から「失われた10年」の前、1990年までの日本の平均的な経済成長は8%で、経済規模は35倍になりました。今は2%成長をどうするかという状況ですが、仮に2%成長を35年続けても経済規模は2倍ぐらいにしかなりません。日本経済の巡航速度はどれぐらいがいいのかわかりませんが、昔の8%の夢に戻ることはありえないと思います。かつて日本がそうだったように、中国がしばらくの間、世界の生産工場になるのは間違いありません。先日中国に行ったら、男女別、年功序列賃金というものはなく同じ仕事をしている限り、年齢・性別にかかわらず同じ給料で働いている。日本よりかなり進んでいます。日本も年功序列だ何だといっていないで、やはり21世紀型のモデルというものを作っていかなければなりません。

3年間ISHIN2000をやってきて、今、ポストISHIN2000というのをやっているわけですが、企業としてはやはり、利益を重視していかなければいけません。資本生産性、人的効率性、キャッシュフロー経営という3つが基本になると思います。これまでは間接金融でやってきましたが、直接金融になると市場から見捨てられると怖いことになります。お金がなければ優秀な従業員を雇うこともできないし、夢を実現することもできません。マネジメント改革も、もう一段、踏み込んでいかなければならないと思っています。株価についてアナリストがコングロマリット・ディスカウントということをいいますが、コングロマリット・プレミアムの経営はないのか。あと、持続的な利益成長と多角化ですが、多角化といっても何をやってもいいというわけではありません。生き残れるのか、戦えるのか、どこで戦えるのか、アジアか日本か世界か、選別してやっていく必要があります。

今までは材料・製品のウェイトが大きく、製造はプロセス重視の開発をやってきました。大量生産で50万トンつくればキロあたり5円コストダウンすると大変大きな効果が出たわけです。しかしこれからは、プロセスからプロダクトの方に変えなければなりません。プロダクトを作るにしても、「モノにサービスをつけなければ絶対売れない」といわれるように、サービスを付与したモノを作っていかなければならないと思います。その中の柱としてケミカルはやはり、捨てられません。そして住宅を中心とする生活関連。もう1つはハイテクといっていいのかどうかわかりませんが、医薬・医療。中国にしても他のところにしても、ある程度満ち足りていったら自分の健康、快適さを維持するように変わっていくと思うので、今のうちからリードしておきたいと思います。医薬については現状、極めて小さい。その中からどういったものに取り組んでいけばいいのか模索していく必要があると思います。

農業から工業に転換し、日本が高度成長期を果たしたのなら、これから行くべき先はモノづくりではなく、それを使って生活を豊かにし、文化的な生活を営めるようにしていく形への事業転換をここ数年間で果たさないと、中国に押しつぶされることになると思います。

地球環境問題が取り沙汰されていますが、環境7法案の中で今年の5月からスタートする建設資材リサイクル法というのがあります。これは中長期的にはどうしても避けて通れないと思うので、短期、中期、長期に分けてどうやって対処していくかが重要になってくると思います。私どもはへーベルハウスというのをやっていますが、日本の住宅というのは大体26年ぐらいで建て直してきている。が、これはもう絶対できません。廃棄物処理で膨大なお金がかかってしまいます。それでロングライフ住宅というのを打ち出しています。長持ちさせましょうということを提唱しているわけです。長期的にはやはり、ひとつのコミュニティを省エネ型、またはコストがかからない形で老人の介護から子供の世話までするような、NPOも導入しながらコミュニティで面倒を見ていくような形に切り替えていかないとこれからの住宅産業、生活産業はないのかな、という気がしています。

質疑応答

Q:

選び抜かれた多角化というところに興味を持ちましたが、ライバルを見ると、デュポンなんかがバイオでどんなベンチャーが出てきているのか、専門チームで探している。医薬の方でも、自分で一貫して開発するよりもベンチャーやいろんなところからとってくる、そのための専門部隊というのも出てきている。その辺の体制、考え方をお伺いしたいのですが。

A:

一番重要になってくるのは人材だと思います。それから1社ですべてをやろうという時代はもう過ぎている。我々も全部自前でやることを尊重する時期もあったが、それを変えようと努力してきた結果、今は比較的やりやすい環境になりつつあります。

どういうふうな事業を買ってきたらいいかという目利やですが、これがまだいない。今までやってきた中でこれがいいという人の提言を受けるのが1つ。あと海外のユニバーサルバンク、証券会社からいろんな情報が入ってくるので、大まかな選別はそういう情報を基に特徴のあるもの、シナジーの出そうなものを探す。それと今は残念ながらプロはいないので、そのときどき社内で一番知識を持っている人たちの意見を聞きながらやっています。

医薬については、好むと好まざるに関らずアライアンスをやっていかなければならない。ここで1つ問題なのは、日本は許認可が非常に遅いということです。アメリカではある程度までいったら人間に打つが日本ではマウスを改良して持っていく、その間の違いというのが4~5年入ってくる。だから日本の製薬会社はどんどんアメリカに出て行って、しかもアメリカで儲けています。

Q:

高機能な基礎材料そのものの開発が産業になっていく傾向にありますが、その辺はどう対処していくつもりですか。

A:

ハイテクといってもITだ、バイオだと単品でやっていける時代ではなくなりました。必ず複合しなければいけません。たとえばパイメルというパラコートのような材料ですが、世界で圧倒的なシェアを持っているので、相当値段は下げられているが数量は伸びている。これなんかはエレクトロニクスとケミカルと、おっしゃるところの素材開発が結びついているわけです。ほかに一番典型的な例で、今、次世代の血液フィルターをつくらせていますが、これは、ポリマーと中空糸を作る技術が結合して新たなプラットフォームを作って、そこにバイオが加わってたまたまああいう形になった。これからは、これを意識してやっていかなければならない。

もう1つ再生医療というのがありますが、これはどこかと組まないとやっていけないと思います。この分野は2010年にまだお金にならないかもしれません。すでに東大、九州大学などと協力しながらやっているところです。自力だけでどうなる時代じゃないと思います。

これからIT、バイオ、ナノテクというのが重要になってくると思われますが、ナノテクはあらゆる分野に応用できるものです。ナノだけを取り出していくというのでなく、これをどうアプリケーションに取り上げていくかの問題だと思います。これも何人かの大学の先生たちと共同研究をやっています。

ITというのはセミだといっているのですが、だいたい我々が基礎的に5年ぐらい研究して、それからお客さんのところへ持っていって「これがいいですね」といってから2年ぐらいかかりますから、全部で7年。それから生きている間が1年か1年半で、その間の歩留まりがものすごく悪いですから、経営者としてこういうものにお金をつぎこむのは忸怩たる思い、という面もあります。

Q:

ベンチャーが日本に限っていないというのは、日本にそれだけ揃っていないということでしょうか。

A:

日本で大学にそういうお金が出ていないかというとそうではなく、ここ何年かのあいだに2兆円ぐらいバイオ関連の研究予算が出ているのですが、すみずみまで行き渡っていて、分散してしまっているわけです。

Q:

企業活性化のため何が一番重要なのでしょうか。

A:

やはり民間が活性化しなければよくならないと思うので、それに対する政策はとっていただければという考えは持っています。
たとえば、自然科学の領域で処理できる問題というのがかなりあると思います。この分野では、強いものは強い、長持ちするものは長持ちする、同じものであれば安いものが勝ちます。そうするとグローバリゼーションが進んで経済的な国境がある程度なくなっているとすれば、やはり規制緩和と減税だと思います。

住宅なんかはソーシャルサイエンスの領域で、コンセンサスが前提になってきます。空洞化した商店街の再開発をするということで相談に乗りましたが、まとめるのに10年かかりました。そういうふうなものはやはり、ちょっと分けて考えなければいけないと思います。都市開発となると、国なのか地方なのかわかりませんが、緊密な連携が必要になります。インフラなんかは財政でやってもらわないと、なかなか進まないと思います。

医薬で再生医療の領域に入ってくると、倫理・宗教の問題が絡んできます。イランやインドはどうするのかと思っているのですが、そう簡単にナチュラルサイエンスのように世界に広がっていくということはないのでは、と思います。

Q:

法人税はかなり下がってきているはずですが。

A:

確かに法人税はドイツなんかより安くなっていると思います。ただ、海外では地方ベースの投資減税があります。日本も海外から投資してくれるような手立てを少し考えなければいけないと思います。これが地方自治になるのかどうかわかりませんが、独自の政策を出せるようにすることが必要だと思います。

Q:

事業にかかる時間が異なるものを1社でマネジメントしようとすることがコングロマリット・ディスカウントにつながっているのではないかと思うのですが。

A:

コーポレートガバナンス全体の問題になってくると思います。今、人間の寿命の方が事業の寿命より長くなっているので、労働・雇用を変えていかなければいけないと思います。

Q:

組織を分ければ可能なのではないでしょうか。

A:

労働組合の問題もあって、すぐにはいきません。カンパニー制を入れて見ましたが、なかなか独立した意識というのは出てきません。非組合員については、少し変わってきていると思います。

Q:

安全・環境面の問題は将来の経営戦略を考える上でどの程度考慮されているのでしょうか。

A:

化学物質というのはある意味ですべてハザードを内包しています。我々の仕事で極めて重要なのはハザードをリスクに変えないことです。かなりの注意を払っているわけですが、それでも先日も、工場で事故を起こしました。事故を起こさないということと、起こしたときにどうやって被害を最小限にとどめるか、という両面から考える必要があります。情報開示も大変重要です。

そういう体制を整えた上でいろいろやっていかなければならない問題もあります。1つは、プロセスのなかでウェイスト(廃棄物)、有害な物質を出さないということです。この辺の研究はかなり前からやっていて、いくつか成果も出ています。たとえばアクリロニトリルの触媒はウェイストが出ません。アメリカはまだ、これを土の中に穴を掘って捨てていますが、アジアなんかで新しく作っているところは捨てない方向でいっているので、この触媒は商売になるのではないかと思っています。スパンデックスの原料となるPTMCもまったくウェイストが出ない、そして、これは皆ほしがっているので出すつもりです。

出てきたものをどう処理するかという問題がありますが、エンドクリン(内分泌性物質)のようなものになると、結果が出るのに何十年もかかるので、疑わしきは罰するという姿勢を徹底しています。

どうしても捨てなければならない物についてひとまとめにやったほうが上手くいくということがあります。このへんは企業同士もう少しフランクにコミュニケーションをとっていけばいいと思います。

Q:

化学の品目は極めて多いが、その中で選択と集中の意思決定はどうやっていくのでしょうか。

A:

持続的成長というのが大命題としてあるので、ある程度はルールがあります。事業をやっている現場が「自分で止めます」と手を挙げることは望めないので、事業にもよりますが3年間赤字のものは見直す、5年間赤字になったら結論を出すというルールがあります。縮小すればやっていけるのか、よそさまにあげたほうがいいのか、それとも自分で首くくって死ぬしかないのか・・・。これはやはり、上が止めろといわないといけません。事業によってはしばらく赤字を耐え忍ばなければならないものもありますが、従来と違ってスピードが速くなっているのであまり悠長なことはいっていられません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。