産学連携の制度設計:広島大学の試み

開催日 2002年3月27日
スピーカー 安藤 忠男 (広島大学教授/学長補佐)

議事録

広島大学の新体制

広島大学では、昨年5月に学長が変わりました。それにともなって、新学長による新しい体制が発足しました。まず、学長、副学長以外に学長補佐が3人配置され、それぞれがリスクマネージメント(危機管理)、社会貢献、そして大学評価を担当しています。また、それぞれの担当者が任務に対して企画・立案の責任を負っています。

さらに、今年の3月26日には大学運営戦略会議が設置されました。この会議は、文部科学省発表の国立大学法人化の最終答申の中で唱われている運営協議会に相当するものです。会議メンバーは、学長、副学長2名、学長補佐3名、事務局長、そして事務部部長4名の合わせて11名から構成されており、週1回の頻度で会議が行われています。形式的には、大学の重要な案件について対等な立場で話し合うフリーディスカッションとなっています。

大学改革と経済

昨年の6月から唱えられている国立大学の行政法人化ですが、その2カ月後の8月に遠山文科大臣と岸田副大臣が広島大学を視察されました。その際、大臣が最初にされた質問は「小泉内閣は総力を挙げて日本経済の再生に取り組んでいる。その主要な柱が大学の知的財産を活用することにある。広島大学ではどういう取り組みが行われているか」というものでした。私は、文部科学大臣が経済の質問をしてくるほど日本の経済は低迷しているのかと驚き、また日本の経済政策担当者は一体何をやっているのか、と疑問を抱きました。

近年の日本経済の落ち込みの責任の一端は、文部科学省および大学にあるという声もあります。その根底には、文部科学省が大学を活用していないから、という意識があると思われます。しかしながら、これまで国立大学は日本の経済の役に立ってこなかったわけではありません。大学の教官は日常的に地域または産業界とコンタクトを取っているのは事実です。問題は、こうした活動を組織的なものにしていかなければならないことです。

産学連携の3機関

広島大学には産学官連携機関として、地域共同研究センター、ベンチャービジネスラボラトリー、大学情報サービス室の3つがあります。外部の人間や団体からの声は、大学情報サービス室を通じて関係の教官に伝えられます。また、大学情報サービス室はTLO(技術移転機関)の計画にも関わっています。このような組織が中心となって産学連携は進んでおり、共同研究の数、相手先、そして受託研究は年々増加しています。共同研究のテーマには、バイオテクノロジー、エレクトロニクスが選ばれることが多いようです。広島大学が出した国有の特許数も右肩上がりで、平成11年には47件、大学の中で全国7位となりました。

<特許について>
広島大学ではいわゆるTLOという外部の組織ではなく、JST(科学事業振興事業団)のサポートによって特許の申請を行っています。これは、平成15年まで、つまり国立大学が独立行政法人化される前年まで実施されますので、それまでは活用していきたいと考えています。現状では特許の帰属は個人または国のものになっていますが、行政法人化に伴い、職務発明による特許は組織の帰属になりますので、大学が特許の出願をする形になります。

<技術相談について>
大学情報サービス室等を通して非公式に届けられる技術相談等も、年々増加の一途をたどっています。これに伴い、技術相談について企業側・大学側がどのように感じているかアンケートを取りました。その結果、まず企業が大学に抱く感情としては、近寄り難い、敷居が高いというのが筆頭に挙げられます。また、必ずしも相談しやすい場所ではないというイメージを持っておられるようです。
反対に、大学の教官から企業に対しては、貴重な研究時間を費やして企業と関わっているのに、それに対しての対価が少ない、または十分に評価されていないという声があります。クライアントにもっと積極的に関わって欲しいという意見が多いようです。
このように、現状では双方に若干の不信があるわけで、多くの大学が行っているように組織を作って外部からの反応を待つような受け身的な対応では、産学連携はうまくいかないと考えられます。この点はブレークスルーする必要があり、大学側から積極的に出かけていかなければならないでしょう。

<地域貢献研究について>
広島大学の地域貢献研究の一環として、昨年は「第一回リエゾンフェア」を主催しました。これは、全学の教官が各自の成果をブースで展示し、産業界(外部)の人に説明するという試みです。この結果、いくつかの企業と大学の共同研究がスタートしました。このほか、ベンチャービジネスラボラトリーでは、現在広島大学および教官による2つのベンチャー企業がインキュベーション中です。このように、ベンチャーを立ち上げていくという役割も広島大学は担っています。
それ以外では、平成9年から理学部教授が合計20億円の予算をもらい、文部科学省と科学技術振興事業団の地域結集型共同研究事業の一環として研究を行っています。
その一例として、人間の肝細胞をマウスによって生産し再生医療に役立てようという試みもあります。しかしながら、このような研究がすぐ日本の経済の再生につながるような成果になるか、ということには疑問を感じます。
本来、大学が持つ性質とは、物事の性質を理解して地道に生産につなげるというもので、営利を目的とした研究・開発ではありません。大学の研究を企業化するためのシステムを別に作らなければ、日本経済の再生にはつながらないでしょう。
そもそも「産学連携」とは、産業界と相談して問題の解決に当たるものから、新しい産業を興すものまでさまざまです。大学が新産業を興す以上に重要なのは、産業界が解決を必要としている課題に大学の教官が力になることだと思います。これが今までの大学の姿でありますし、今後もさらに重要になると思います。この点を新しいシステムの中で活かして行きたいと考えています。

変わる大学の制度設計

平成14年2月2日、広島市のNTTクレドホールにて中国地域産学官連携サミットが開催されました。内閣府科学技術政策担当大臣、五県の知事、広島市長、商工会議所連合会会長、広島大など六国立大の学長ら約300人が参加したこのサミットにおいて、「中国地域発展のための産学官連携マスタープラン」が採択されています。その席上で、尾身科技大臣は、日本経済の低迷は産業の空洞化等に起因し、解決には産業技術力の強化・科学技術の振興が不可欠であると述べられました。その1つの形として、産学官連携の強化と地域の科学技術の振興を進めるというのが政府の認識です。

尾身科技大臣は、大学の頭脳を産業経済の発展に活かす必要があり、そのために大学は変わらなければならないと主張されました。これを背景に、国の制度が大きく変わってきています。大学側もこれに合わせた制度設計を行わざるを得ない状況です。

中国地域産学官連携サミットでは産学官連携共同研究を1000件、ベンチャー企業を200社創出という具体的な数字が目標に挙げられました。

しかし、この数字を達成することにより日本経済は本当に再生するのかと疑問が残りますし、是が非でも達成するというのであれば、大学側が納得するだけの説明が欲しいところです。

遠山プランと広島大学の提案

産学連携に向けて大学が動き出したのは、平成13年6月に発表された「遠山プラン」からです。スクラップ・アンド・ビルドによる活性化、大学の法人化、そして国公私「トップ30」を世界最高水準に育成する、を3本の柱とした非常にアグレッシブな試みです。しかし、この案が実行に移された場合、広島大学は果たして生き残れるのか、それこそ大学自体の死活問題になります。教官だけでなく学生にも危機感を興させるほど、このプランのインパクトは強いものでした。

そこで広島大学では、自らが生き残るための策を考えようということになりました。その際、私は社会貢献策を運営戦略会議に提案しました。第1の策は有用な人材を社会に供給する教育。第2に、研究成果を社会へ還元すること。そして最後に、短期的に社会に応じられるように社会と連携して大学の知的・人的・物的資源を社会で活用する仕組みを考えることです。

会議では前述の提案を元に議論を重ねていき、広島大学は地域との連携をさらに深めるための組織作りや意識改革を実践していこうという結論に達しました。

仮に、大学が生き残るための支援を政府がしてくれないならば、自分達で稼がなければなりません。やがて運営交付金は打ち切られるでしょうし、そうなった時には我々を支えてくれる基盤が必要になります。その基盤となるのは、大学を取り巻く地域社会です。大学と地域社会の関係は「情けは人の為ならず」という諺に要約されると思います。そうでなければ、地方の国立大学は生き残っていけなくなります。大学が社会に期待すること、それは、学生に対しての、または資金など、さまざまな形でのサポートです。そして研究等を進めるための刺激なのです。この具体的な組織作りとして考えたのが技術移転機関(TLO)と知的財産活用センターです。

TLO(技術移転機関)の活用

私は、TLOを産学連携を意識した機関ではなく、むしろ大学が生き残って行くために必要な組織と認識しています。そのため、従来からあるTLOとは異なった形態で捉えています。たとえば、企業との絡みがあるにしても、職務発明による特許は大学に帰属する、という前提に立っています。また、従来のTLOはとにかく多くの特許を出願するという、いわば数に頼る方式でしたが、これをアメリカの大学のように市場性のあるものだけを選りすぐっていく方式に変え、さらに地域に設置したTLOでマーケティングをしてもらう形にします。しかし、特許出願には予算問題も関わっています。そもそも特許の出願は1件につき約50万円かかります。毎年広島大学では100から150件の特許を出願しており、諸般の費用を合わせると特許出願に関係するだけで年間1億円近い金額になります。この費用は大学にとって大きな経営負担です。この費用負担を解決するために、広島大学では広島大学知的財産活用センター構想(HIPAC)を立ち上げ、域内のそれぞれの大学が地域TLOに特許を渡し、それを地域TLOが企業にマーケティングしてもらうという方法を考えました。基本的には、特許出願の段階で企業の協力を得て特許料の一部を企業に負担してもらい、そのかわり独占使用権を与えようというものです。 すでに広島県では、県内の理工系大学が保有している研究成果を企業へ技術移転する広島地域TLOの設立計画ができており、平成14年度の予算に組み込まれました。運営開始は、2003年度中に経済産業省の承認を受けて行われるスケジュールとなっています。このように、地域の他大学と一緒に特許の流通をはかり、出願の経費を節約していこうとしています。

広島大学知的財産活用センター構想(HIPAC構想)とは

HIPAC構想を具体的に述べると、次のようになります。まず地域共同研究センター、ベンチャービジネスラボラトリー、大学情報サービス室、それから研究協力課の4つの組織をまとめて1つの組織にします。この組織の中で、大学内の潜在知識をベンチャー化したり、企業と連携して研究を行います。ここで生まれたものを特許として出願、または管理します。特許に関しては出願前に地域TLOを使ってマーケティングを行います。 HIPACの立ち上げ時には産と官のサポートが必要でしょうが、見返りが大きくなって行けばサポートなしでもやっていけると思います。しかし、4つの組織をいきなり1つにまとめるのが難しいのであれば、機構という形態のメカニズムを1つ作って作業すればよいのではないかと考えています。

半導体企業との地域貢献研究

近年、大学から地域社会に積極的に出て行こうとする動きが活発化しています。当大学では、学長の発案による「地域貢献研究」をしています。これは、社会が抱えている課題を、大学の持っている知的人的物的資源を使って大学が解決に努力し、社会の役に立てるという考えのもとに行われています。ただ、そうした活動・研究のためにはファンドが必要です。広島大学の場合、クライアントには資金を求めず、大学が奨学付金として集めたものの一部を研究費に回していくシステムを採用しています。

地域貢献研究の1つとして、広島県のある半導体企業と当大学との共同研究がスタートしようとしています。この企業が共同研究に乗り出した動機は、なぜ海外の半導体工場は日本の企業より優位に立っているのかというものでした。発覚した問題点の1つは、会社丸抱えのR&Dは先端技術部門にこそ集中しているものの、実際の製造過程で必要なローテクの部分では会社主導のR&Dが全く行われていないということでした。そこで、この企業は当大学に半導体生産技術と半導体工場運営関連技術、たとえば省エネ省資源技術や産業廃棄物関連技術の2分野での共同研究を提案しました。特に、工場運営関連技術に関しては、改善の余地がまだまだあります。

座談会

<はじめに>

青木:これまでの日本の大学改革は文部科学省が中心になって行われてきたため、大きな改革にはなりえませんでした。しかし、今回の改革は産学連携が1つの引き金になったために、科学技術総合会議という、いわばしきりを取り払った形で議論が行われており、大きな改革になりうると思います。日本は変わらない国だとよくいわれますが、じつは変わりつつあるのです。この改革の過程で、経済産業省による(外部からの)積極的な議論の仕掛けがありました。これは、いい傾向だといえるでしょう。
しかしそうした議論の中には、やや疑問点も残っています。たとえば大学初ベンチャー企業をいくつ興すかという数値目標を議論するのはナンセンスです。大学はあくまで知識を生産するところであります。その知識をコマージャライズするのは産業界でなくてはなりません。この点がかなり誤解されていたのですが、最近ではだいぶ修正されてきたようです。
重要なのは、大学と企業のアイデンティティーを明確にし、それぞれのアイデンティティーを守りながら、産学連携を推進していくことです。そのためには、産と学の間にインターフェイス、つまり仲介機関が必要です。この点では、広島大学のような「地域貢献研究」を実験的に試してみるのも面白いと思いました。文部科学省と経済産業省が別々に予算を立てるのではなく、統一して取り組む必要があるでしょう。

<科学技術総合会議の役割>

安藤:科学技術総合会議について、やや疑問があります。
たとえば、産学連携という課題の基で、経済産業省と文部科学省の調整がうまくいかなかったとしましょう。その場合、科学技術総合会議が役割を担えることができるのでしょうか?
確かに財務省の予算案に対して科学技術総合会議は一定の発言力は持っていますが、会議自身はほとんど予算を持っていません。むしろ最終的な決定権は財務省にあると聞きます。科学技術総合会議は有効な組織として機能できるのでしょうか。

青木:科学技術総合会議自体が予算を取ることは不可能です。しかし、省庁間の調整機関としてどれだけ効力を発揮できるかは大臣のリーダーシップにかかっていると思います。科学技術総合会議はかなり積極的な役割を果たしたと私は認識しています。文部科学省もそこで議論されたことを無視できないであろうと思いますし、尾身大臣が非常に強力なリーダーシップを発揮されたと思います。

安藤:もし、尾身大臣がいなくなれば、科学技術総合会議は無機能になるのではないかと疑問が生じます。そうなれば、大学としては非常に不安になります。

経済産業省A:科学技術総合会議は相当の影響力を発揮していると思います。4年前TLO法案作成時、大学の産学連携に対する認識は低く、大学内で自主的に産学連携を推進するのが難しい状況でした。そのため、TLO自体は法律がなくても作ることは可能でしたが、あえてTLOを法律化しました。その当時から経済産業省は文部科学省と連携を取ってきました。現在では、経済産業省の中に大学課がありますし、文部科学省の中にも産学連携という名前がついた課もでき、当時と比べると格段に進んだという印象を持っています。
しかし、本来経済産業省と文部科学省には役割分担があり、大学行政は明らかに文部科学省の管轄であり、経済産業省はそれに意見をする立場です。経済産業省の考えとしては、日本の大学はポテンシャルが高いのにも関わらず、それを外に有効に活用していないのではないかという懸念です。
アメリカもヨーロッパも、そしてアジアでもすでにこの問題に気づいており、大学のポテンシャルを有効に使える仕組みを作っています。そこで、我々日本もその仕組みを作り大学のポテンシャルを発揮していこうと考えました。

<TLOにおける大学側の反省点>

安藤:TLO法には大学が反対したといわれましたが、むしろ文部科学省内に反対論があったと思います。大学はむしろ産学連携のための障害がなくなったと思っていました。

民間企業A:大学内の問題は、制度がまだ整っていないことです。共同研究規定等は不備なものが多く企業側としては受け入れがたいものでした。

安藤:制度の問題ですが、大学内で実際に制度を整備するのは文部科学省から派遣されている大学の事務職員です。彼らが中心となって雛形を作り、それを大学教官が判断する仕組みになっています。ですから、そこまで行政には関わってもらいたいと思っています。教授会が物事を決定するときの障害になっているとよくいわれますが、私はそうは思いません。
大学の教官は第一線で教育にあたり、自ら研究を行います。その個々の教官のエネルギー、モチベーション、アイデアが寄り集まらないと、大学として機能しません。今までの教授会はそれをくみ上げるために機能してきました。この教授会の役割をよく考えて大学の意志決定システムを考えないと、大学が組織として機能しなくなるおそれがあります。

青木:アメリカの教授会の機能は2つあります。まず、人事です。もう1つは、教育方針の決定です。ここでは、自分の学部の影響を大きくしたいと皆考えていますので、真剣勝負になります。けれども、それ以外のことに教授会は関わるべきではないと思うし、時間の無駄でしょう。

安藤:日本の大学の反省点は、課題は常に教官の好奇心によるもののみで、興味がないものはやらないというものです。たとえ好奇心をそそる課題であっても役に立たないものもありますし、一方で社会が解決を求めている課題はたくさん残っています。これからは、大学はもっと客観的に社会の課題を扱っていくべきでしょう。社会の課題を受けるということは、社会にその結果を報告する義務もあるわけで、従来の大学-社会間の流れとはちょうど逆になる形になります。

<企業家精神の育成>

民間企業B:民間の対場からコメントと質問をいわせていただきます。産学連携でベンチャービジネスが正式な言葉として入りこんでいるのは画期的だと思います。しかしながら、私も大学への数値目標は賛成できません。ベンチャービジネスとは所詮5~10名のビジネスであり、雇用人数はあまり期待できません。雇用数に期待するのではなく、経済の中での精神的効果のほうが大きいでしょう。また、ベンチャー企業の立ち上げは容易にできますが、それを維持するのは非常に難しいものです。たとえば、1000社立ち上げて950社がなくなるというネガティブな心理的効果よりも、50社だけでもいいからよい会社が立ち上がる方がよほど精神的に意義があります。おそらく日本経済はサクセスストーリーを欲しがっていると思われますので、何らかの形で大学が関与した方がいい結果になるでしょう。まず考えられるのが、企業家精神の育成です。企業家精神を養うのは非常に時間のかかる問題だと思いますが、学生や若手研究者への大学サイドの取り組みはどのようになっているのでしょうか。

安藤:広島大学では、ベンチャービジネスラボにおいて、講義と実験という形で学生を教育しています。これ以外には、実際に起業した人や企業で知的財産を扱っている人を大学に月に1、2回ほど呼びディスカッションしています。また、企業が大学院生を、大学は企業の人々を積極的に受け入れています。このように、大学や現場を使いながら人的に双方がインターラプトをしていますし、またこれをより制度化させたいと思っています。しかし、これにより企業家精神を養うことができるのかは私にはわかりません。

梅村:起業家精神はやはり教育だけでなく、家庭の問題も含んでいるでしょう。しかし、今の世の中の若者は昔と比べ少しずつ変化しているようです。今日、大手企業に入社できても退社するときには会社がないかもしれないリスクがありますし、こうしたことを実感できる出来事が多々起こっているわけです。いつ降りかかるかわからないリスクを乗り切るには、自分自身を高めなければならないという意識が芽生えているようです。当然ながら、現在の初等、中等教育もこのままでいいのかという疑問もあります。なお、大学内でもアントレプレナーシップを養成するような講座を作ろうとしている大学がでてきており、これも起業家精神の育成のためにはいい傾向だと思います。

研究機関A:民間の研究所では基本的に海外の研究者に使う費用は日本の研究者に使う金額の10倍です。それは、海外の研究者のほうが反応スピードが早く、見返りも大きいからです。これからは共同研究などを行っていく上で、実際に海外の研究者と交渉をしている人からの話を参考にしたほうがいいでしょう。また、アントレプレナーシップの育成ですが、これは決してむちゃなことをしろということではなく、大学ではむしろリスクをどうマネージするかなどを教育すべきでしょう。
私は、アメリカにも日本にも起業家精神を持った人は同等にいると思っていますが、決定的な違いは、アメリカではリスクマネージメントを教育する場があり、日本にはないということです。この問題が解決すれば大きく前進することでしょう。もう1つ、やはり産業と大学のアイデンティティーを結びつける機能は必要だと思います。

安藤:これだけ世の中が速いスピードで動いていますので、たしかに反応スピードは極めて重要なことです。従来の大学がそれだけのスピードを持てなかったことは事実でしょう。単純なレスポンスの点でいえば、大学内に制度を作っていけば、かなり解決されるはずです。
課題を受け取ってから答えを出す時間を短縮するには、これは大学教官の能力だけでなく、それを支えるスタッフや資金が重要な要素になってきます。日本とアメリカの大学を比べますと、この部分のインフラに決定的な差があります。行政にはこの点の向上をお願いしたいと思います。
もう1つ、産業と大学のインターフェイスですが、これについてはだいぶ進展しつつあります。今まで地方自治体と大学執行部が直接組織的に話し合うことはなかったのですが、近々組織的な話し合いの場を持つことになっています。
地域社会と大学の間で、一般的共通の課題を議論できることが非常に大切であるという認識の上に立ったものです。私自身は、これに加えて教官1人1人が社会とのインターフェイスになって欲しいと思っています。そしてそれぞれの情報・成果を大学が集約し社会にフィードバックできるようなシステムを確立したいと考えています。

<予算枠について>

財務省A:予算に関して、2点ほどコメントいたします。まず、財務省では産学連携に限らず、多省に跨る予算の統合化は絶対に必要だと思われます。しかし、省庁間の調整は国家的に重要な政策になればなるほど、財務省単独でまとめてしまうことは現実的には厳しくなります。
2つ目に、産学連携だけでなく、構造改革が必要な全ての分野で改革を行わなければ、日本経済の再生は実現不可能でしょう。産学連携により新しい技術が公共事業の中に活かされていけば、先程述べられた「精神面での効果」についても期待できると思います。

安藤:財政の問題ですが、小泉内閣の場合は経済財政諮問会議と科学技術総合会議が予算の枠組みの配分に関わる大きな組織といえるでしょう。しかし、これが内閣の組織だと困るのです。国の組織として、たとえ大臣が替わってもきちんと機能するようなものになってもらわないといけないのではないかと思います。

<産学連携に関わる人の交流>

私立大学A:企業と大学のアイデンティティーの違いを埋めるには単に人の交流があればよいのではないでしょうか。もっと大学の先生と企業の交流を促進すればよいと思います。

安藤:広島大学には企業から何百、官庁からは数十人いう単位で教官のポジションにお迎えしております。しかし、大学から官庁あるいは、企業に出るケースはほとんどありません。会社には会社のシステムがあるので、大学の先生を連れて来られては困るという意見も聞いたことがあります。

青木:産学連携に関わる人の交流ですが、これはそもそも仕組みの問題でしょう。国立大学が非公務員型の独立行政法人になればおのずと変わってくると思います。また、国立大の場合は教官だけでなく、職員も非公務員型になります。じつは当研究所でもITや会計はプロの方にお願いしています。

<大学への期待>

私立大学A:安藤:日本経済再生のための大学改革と唱えられていますが、本当に大学が頑張らないと、日本経済は活性されないのでしょうか? 大学では自由に研究し、その結果が活性化につながればと思うのです。

経済産業省B:日本の大学への投資は世界第2位です。何年か前には一挙に倍にまで投資を増やしました。しかし、スイスの統計によると日本の大学ランクは世界46位です。巨額の研究費が投じられてはいるが、それに見合った結果が出ていないということで、産学連携への期待は高まっているのではないでしょうか。

ベンチャーキャピタルA:教育と研究は大学の一番の使命です。日本では教育と研究のインターフェイスが出来ていなかったのではないでしょうか? 企業は今まで新卒に期待していたものはありませんでしたが、現在変わりつつあります。自分の企業が足元を見たらガタガタだということがわかって来たので、研究、教育を大学にお願いして来たというわけです。産学連携はそのちょうどよい例となったといえるでしょう。

安藤:大学側としては企業と連携してよいシステムを作っていきたいところです。企業からは卒業生のレベルが落ちてきていると盛んにいわれておりますが、現在広島大学では卒業生に品質保証を付けることを取り入れていきたいと思っています。従来は入る所までの保証でしたが、今後は出て行く所の保証です。

ベンチャーキャピタルB:卒業生の保証とは非常に面白いですが、それは大学だけの問題ではないでしょう。21世紀に必要な人材はどのような人達なのかというと、単に知識があるだけの人間ではないのです。むしろ少数精鋭でもやっていけるような人間でないとだめでしょう。上の人間から「やって」といわれてその通りにやる人間はこの世の中にはあふれています。それよりも自分でどう判断し、どのように動くか。すなわち少数精鋭の組織体の中でやっていける人材が今後は必要とされているのです。大学に入ってくる時に人間のソフトの部分はもう出来上がって来ているかもしれません。ですからこれは大学だけの問題ではなく、初等教育段階からの問題なのです。ベンチャーの仕事をしていますと、やはり経営陣に目がいきます。すると多様性に欠けた人間が目につきます。大学の必要性は絶対にあると思うのですが、教育システム全体の問題として、素晴らしい人材の保証をして欲しいと思います。

原山:これは本当に根の深い問題です。私自身、大学のシステムにばかり集中して来ましたが、実際母親として感じるのは初等、中等、そして家庭教育の重要性です。今は自立している子供達が育っていないと実感しています。自分の子供達を自立させることが親の目的だということを、世の中のお母さん達にどうやって伝えていくかということが自分のミッションだと思っています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。