埋め込まれた自由主義は21世紀の挑戦を乗り越えられるか?-マーケットが適切に機能するために何が必要か?

開催日 2002年3月13日
スピーカー John H. Jackson (ジョージタウン大学教授)
開催言語 英語

議事録

はじめに

正直いって「埋め込まれた自由主義」という表現については懐疑的です。この表現自体、誤った使われ方をすることがよくあるし、「リベラル(自由な、自由主義的な)」という言葉も曖昧です。自由貿易は市場経済に依存するものですが、これについてもまだ曖昧さが残ります。埋め込まれた自由主義という表現は、ときとして、マーケットを支持する偏向が存在するという意味で用いられ、ゆえに、政府の介入を正当化するためにも使われます。今日、「グローバル化」という言葉は濫用されています。

それでもこの言葉の意味するところについて、核心的な理解が得られています。グローバル化とは、商品その他の市場要因が互いに高度な独立性を持ちながら、交換され、移動することを意味する、と理解されているのです。今日の市場は、過去の市場とは異なる特性のもとに成り立っています。

具体的には、2つの重要な分野で技術革新がありました。運輸分野における革新は、物とサービスの移動にかかる時間とコストを軽減しました。通信分野における革新も重要です。なぜなら、国境を越えた物の移動を首尾よく行うためには、極めて効率的な情報伝達が不可欠だからです。しかしながら、グローバル化の進展は、リスクの増大をも意味します。危機があっという間に伝播するのです。

グローバル化がもたらすさまざまな問題は、国際協定によって解決が図られます。ウルグアイ・ラウンド以降、基本電気通信協定が締結されましたが、これは貿易基盤の根幹部分における問題を解決するものです。各国政府は、この協定に署名しなければ敗北することを承知していました。この協定は、キャッチ・アップ協定となりました。つまり、各国の交渉担当者は、この協定を結ぶことで技術の発展に追いつこうとしたのです。高速通信のもつ中心性が認識されたのです。

1994年に国際貿易システムとブレトン・ウッズ体制を確立するにあたり、2つの目標がありました。まず、二度と戦争を引き起こさないということが第一の、最も重要な目標に定められました。今日の貿易政策の議論では、第二の目標に集中するあまり、当初設定された第一のゴールを忘れてしまいがちです。第二の目標は、富を生産し、世界を豊かにすることです。今あるパイを切り分けるのではなく、パイを大きくしようということです。

過去10~20年程の間に、少なくとも2つの目標が加わりました。まず、世界貿易機関(WTO)およびその他の国際機関は貧困問題を解決しなければならないということです。ドーハ・ラウンドが本当の意味で途上国のためのラウンドになり得たら、この問題の解決を見ることができるでしょう。もう1つの新たな課題は、経済危機をどう処理するか、あるいは、ニューヨークタイムズ・コラムニストのトーマス・フリードマン氏が「電脳投資家集団(electronic herd)」と呼ぶ、莫大な資金を瞬時に世界規模で動かす能力を持った無数の投資家たちにどう対処するか、ということです。

マーケットには、適切な枠組みが必要

さて、背景説明はこれくらいにして、残りの時間でWTOの政策枠組み、ドーハ・ラウンドと中国加盟という2つの最大重要課題、そしてWTOの組織構造についてお話したいと思います。

冷戦終結後、私たちは理論的・実証的証拠に基づいて、1つの結論にたどり着きました。それは、市場機能を活用するマーケット・アプローチこそ、より多くの人々により多くの富をもたらし、彼らが望む人生を送れるようにするための最良のシステムであるということです。貿易は勝者と敗者を生み出しますが、ここで期待されているのは、市場のメカニズムが働くことで勝者の数が敗者の数より多くなるだろう、ということです。所得の再分配が答えなのでしょうか? 今のところ、所得の再分配はそれぞれの国の中で検討されるべき問題とされています。

私は必ずしもマーケット至上主義ではありません。マーケットに過大な重要性を与えることに懐疑をもってしかるべきです。マーケットは適切な制度的枠組みを必要とします。政府がなすべき役割もあります。仮に政府が完全に市場とかかわりを持たないということになれば、市場独占や情報の非対称といった市場の失敗が起きてしまうでしょう。最も重要な制度は規則、または法律です。規則は、企業活動の助けとなる予見性を与えるために必要です。市場システムとは、力を分散させることですから、多くの企業家がこのシステムを指示しています。その真髄は、リスクまたはリスク・プレミアムを軽減し、情報を増やすことにあります。

規則をそれぞれの国民国家に委ねることはできますが、あまり有益ではないでしょう。どうすれば国民国家の壁を乗り越えることができるでしょうか? 主権に執着するのは愚かなことです。主権は、「組織化された偽善」と称されたこともあります。この言葉は、もはやかつてウェストファーレン条約で見られるような威力を発揮することはないでしょうし、もう葬り去っていい言葉なのでしょう。とはいうものの、この主権という概念には一理あるかもしれません。今日における主権という概念は、むしろ勢力分配に関連するもの、つまり、「どこで意思決定がなされるべきか」という問いに対する答えなのです。WTOはどういう決定をしなければならないのでしょうか? WTOには、管理監督機関があるということを念頭におく必要があります。

WTOの課題は、中国の加盟とドーハ・ラウンド

WTOが直面する課題は2つあります。中国という巨大なメンバーが加わったことに伴う調整と来るべきドーハ・ラウンドです。中国はWTO加盟にあたり、他の新規加盟国より多くの義務を受け入れました。中国は、自国の経済をより市場に基づいたシステムに移行させるために必要な国内改革をすすめる上で、WTO加盟が推進力となることを望んでいるのです。加盟の条件として課された義務についても、国内改革を進めるためには、受け入れるだけの価値があると考えています。ここで問題になるのは相互主義です。中国は国営企業を改革しなければなりませんが、その他のWTO加盟国にも責任が課せられます。中国の調整に手を差し伸べなければなりません。なぜなら、中国がWTOを必要とする以上に、WTOが中国を必要としているからです。

シアトル協議の失敗があるだけに、ドーハ・ラウンドは重要です。このゲームは、ツー・ストライクでアウトなのです。いいニュースとしては、このラウンドはすでに始まっているということです。すべての議題(不明確な文言ですが、それもまたいいことです)が提示され、途上国がとくに知的所有権分野でリーダーシップを発揮しています。にもかかわらず、ドーハ・ラウンド組織に関する問題にあまり注意を注いでいません。

紛争処理システムは良好だが、意志決定プロセスは麻痺同然

WTOの組織については、現状、紛争処理のプロセスがルールに適用される一方で、WTOの別の部署がルールを作成します。境界線は不明確で、紛争処理部門の人にルールづくりを頼むのは危険です。WTOの紛争処理システムは、その構成、審判手続き、そして広範な権限を持つという点において、きわめて特殊で特異です。WTO紛争処理機関は、各国政府に変更を求める決定を下し、そうすることで、各政府が正しいと思うことを実行する手助けをするのです。このシステムは大変うまく機能しており、コンプライアンスもおおむね良好です。国内政策を進める上でテコの働きをするこのシステムを途上国は支持しています。

WTOを始めとするその他の組織、意思決定プロセスについては、大きな問題があります。この部分について、WTOは麻痺同然の状態にあります。全員一致をベースとする「コンセンサス・ルール」は問題です。いかなる政府も、異議を唱えることで、決定を阻止することができるのです。多くの政府がこのメカニズムを悪用し、自国にとって重要な案件を通すための引き換え条件として使えるように、どうでもいいような案件を留保する、という事態が生じています。電気通信協定は部分合意によって成立しましたが、これは、WTOの意思決定プロセスを改革する上でモデルになり得るものです。意思決定をうまくできない組織では、紛争処理システムがルールをつくりはじめるきっかけになるものなのです。

WTOに関する2つの神話

WTOに関する2つの神話を払拭させてください。

第一の神話は「WTOが委任される権限は、関税と貿易に関する一般協定(GATT)の中核をなす権限の範囲内(水際措置)に限られるべきだ」というものですが、これは間違いです。GATTの権限がこのような形で制限されていたことは、過去においてもありません。GATTは国内ルールに言及しています(参照:第3条内国民待遇規定)。

第二の神話は「WTOの政策決定機関は紛争処理メカニズムで下された決定に対し拒否権を発動できなければならない」というものですが、これについてもあまりいただけたアイデアではありません。こういうことを許すと、各国政府はロビー活動を始めてしまいます。紛争処理システムを引き下げるかわりに、意志決定機関を高めるべきです。問題なのは、コンセンサス・システムを変えるためにはコンセンサスが必要だということです。私たちは、WTOのルールを変えることなく、または変更の決定に必要なコンセンサスのレベルを引き下げることによって、政策を充実させるすべを考えなければなりません。 良いガバナンスは、透明性、参加、そして説得または議論のプロセスという3つの要素を必要とします。WTOは、この3点のいずれにおいても十分ではありません。秘密性を小さくし、透明性を高めることが必要です。非営利組織(NPO)からのインプットも必要です。そして最後に、意思決定プロセスをかえって引き伸ばすことになるかもしれませんが、説得のプロセスが必要です。

質疑応答

Q:

未解決になっている案件について米国のコンプライアンスが気懸かりです。何かいいアプローチはあるでしょうか。

A:

米国はバード修正条項を撤回しなければなりません。米国のコンプライアンスに関する全般的な問題については、議会が行動しなければなりません。議会はまた、貿易促進権限(TPA)を大統領に与えるかどうかについても議論します。したがって、これは大変デリケートな問題です。行政手続きだけで済んでいた頃の米国のコンプライアンスは、もっと良かったのです。では、どうするか? コンプライアンスを促すような別の手段を見てみましょう。先進国は相互利益を期待するからルールを遵守するのです。遵守しない国はWTOに提訴できないようにしようと、誰かが提案すべきなのかもしれません。報復措置をとる代わりに、金銭的な賠償を求めたい、と思う人もいるかもしれません。

Q:

WTOが議論すべきこと、議論すべきでないことについて何か基準はありますか。

A:

少なくとも水際措置かどうかということは基準ではありません。その他のことについては、ケース・バイ・ケースです。私は、競争政策はWTOで議論すべき問題だと思います。環境問題については、他の(新しい)機関で議論した方が最適の解決が得られるかもしれません。

Q:

プルリ(複数国間)方式はコンセンサス問題の答えとなり得るのでしょうか?

A:

加盟国全体の同意を必要としないような案件については、プルリ方式でやったほうがいいと、私は思います。WTOの枠から出て、たとえば多国間投資協定(MAI)の場でやることも可能ですが、投資は貿易と関連するので、少なくともWTOの傘の下におかれるべきです。途上国は投資条約をもっと学ばなければなりません。この点において、国連貿易開発会議(UNCTAD)が活用できるかも知れません。準加盟資格の創設もあり得るシナリオです。

Q:

資本主義の到来に中国のシステムは順応できるのでしょうか、崩壊するのでしょうか、あるいは、何らかの反動があるのでしょうか? 中国の将来を助けるためWTOは何ができるのでしょうか? もう1つあり得るシナリオは、中国共産党がより内包的に、日本の自民党のようになるというものです。貿易問題を処理するための日中フォーラムについて、経済専門家は透明性に欠けると批判しましたが、それは間違いです。日本の農業ロビーは保護主義です。中国はWTOに加盟し、徐々に民主化を進めていきます。日本が中国に対しWTO提訴するのは、危険です。

A:

同意します。4つめの選択肢が実行可能で、かつ最も有効だと思います。WTO加盟は中国をより強力に、より中央集権的にすると思われます。より多くの意思決定が首都においてなされるようになるからです。2国間処理もいいと思いますが、透明性を確保しなければなりません。WTOルールにのっとった形でなされるべきです。

Q:

慣習法に基づく国際的な環境制度がすでにあります。たとえば貿易ルールと環境ルールなど、異なるルールの下に課される義務と義務が衝突するとき、国際社会はどうすればいいのでしょうか?

A:

WTOの枠組みの中においてでさえ義務の衝突はあります。ウルグアイ・ラウンドは多くの曖昧さを残しました。肝心なのは誰が衝突を解決するか、ということです。ルールづくりの場でいずれ交渉されるべき事柄です。

Q:

コンプライアンスについては、文化的な問題もあります。たとえば、米国の制度は米国の政治文化の中から生まれたものです。WTOはどこまで行けるのでしょうか? 文化の問題についてどこまで対処できるのでしょうか?

A:

これはパズルのようなものです。焼酎問題のときのキー・フレーズは「類似産品」でした。上訴機関の解釈は、伸ばしたり縮めたり、まるでアコーディオンのようでした。しかし、「文化」は保護主義の言い訳として使われることもあります。私は、WTOは文化を調和させるための機関だとは思いません。経済システムにおけるある程度の差異は、許容しなければなりません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。