最先端ワイヤレス通信技術の話題:ソフトウェア無線(SDR)と超広帯域無線(UWB)

開催日 2002年1月24日
スピーカー 河野 隆二 (横浜国立大学 教授)
モデレータ 池田 信夫 (RIETI上席研究員)

議事録

はじめに

池田:日本のIT政策の中でも、電波の問題が特に重要である。電波を周波数で割り当てるという政策自体を根本的に考え直す時期にきているのではないか。次世代の電波政策を真剣に考えなければいけない。無線通信技術が飛躍的に進歩する中、FTTHにコミットすることが有効なのかどうかも併せて考える必要がある。

ソフトウェア無線(SDR)の重要性と法規変更の必要性

河野:ソフトウェア無線については、「電子情報通信学会論文誌」(配布資料)に詳述。まず、なぜワイヤレス技術の中でソフトウェア無線が重要であるのかを説明する。そしてその後、この技術に関する政策が電波法に合致するのか否かについて話す。結論からいえば、現段階では普及は難しい。電波法の改正や、技術の標準化の動向を察知していく必要がある。

-研究開発が盛んな無線情報システム
3Gではキャリアが最低限のQoSを提供するが、4Gはその延長上であるとは思わない。むしろ、4G時代はワイヤレスアドホックといったほうがよい。つまり、ユーザーが自分の責任の下に自由にネットワークの着脱をする。3Gとのもう1つの違いはビジネスにある。4Gではオペレータを排したネットワーク構築が可能ということに着目する必要がある。
ソフトウェア無線とは、ハードウェアのコンフィギュレーションをソフトウェア上で実現し、プログラマブルな無線機にするもの。IEEE802.11をターゲットにしたものと、3G、4G、無線LAN全体をターゲットにしたもの、という2種類に分けられる。ITSが大きなマーケットの1つとなるだろう。また、携帯を2Gと3Gのデュアルモード対応にさせられる一方、基地局のアンテナも対応させる必要がある。モバイル通信の最重要な技術として、Wireless IPv6とソフトウェア無線があげられるが、これらによって、たとえば車車間通信が可能となる。

-E-Japan実現におけるモバイルITの役割
E-Japan構想にあるように、欧米に勝てる無線技術は何かと考えると、それはソフトウェア無線である。しかし、無線工学的なところは日本は欧米に比べて強いが、レギュレーションやコンピュータサイエンスのエリア(API、リアルタイムOS)は遅れているといえる。

-ネットワークの統合化とパーソナル化
IPベースによるバックボーンネットワークの統合化と、ユーザーごとのニーズに合わせたネットワークのパーソナル化という2つの要因から、今後のネットワークはアドホックローカルネットワークへと進展していくだろう。地域やディマンドが違えば、ネットワークが違うのも当たり前。そのときに物理的なシステムスペックをコンフィギュレーションするのに必要なのが、IPとSoftware Radioである。

ソフトウェア無線を導入することにより、新しいシステムのコンフィギュレーションをダウンロードすることができ、ユーザーは機器の買い替えをする必要がなくなる。また、メーカーのビジネスモデルも、端末販売主体からメンテナンス主体などへ変わらなくてはならないという経済的影響もあるだろう。加えて無線機器以外に、CDやMD機器へも応用可能であり、スタンドアローンマシンやストレージ機器としても利用可能なため、Software Reconfigurable Radio(SDR)からSoftware Reconfigurable Networkへと発展していくだろう。

-無線通信におけるソフトウェア無線に対する需要
移動通信、無線LAN、ITSのそれぞれの中でも互換性が異なることから、マルチバンドだけではなく、マルチモードで動くものが欲しいということがソフトウェア無線の需要の背景として挙げられる。

-究極のワイヤレス通信の実現技術として
ソフトウェア無線の実現には、将来リリースされるコンフィギュレーションを記述しておくためのAPIと、それを動作させるリアルタイムOSが必要である。より具体的には、ブロードバンドマルチバンド特性、システム構成変身能力、ダウンロード能力、環境適応能力というものが必要となる。また、ソフトウェア無線の導入により発生する利点や問題点をあげると、違法改造が可能になり、現在行われている技術適合証明が意味をなさなくなる。既存の電波法にある、周波数毎に利用目的を定めているというものも無意味になる。一方、ソフトウェアパッケージ自体がユニバーサルソフトウェアプラットホームになり、製品の開発コストと期間も短くなる。電波の監視管理という観点からは、ソフトウェア無線受信機があれば違法の無線機の利用を容易に管理することができるだろう。福祉医療では遠隔管理以外に、機器の操作も可能になることを加味すると、ソフトウェア無線の導入はメーカー、行政、ユーザー、福祉医療など、どの分野にも利点が生まれるはずである。

-国内外の研究開発
1994年、米国海軍と陸軍で使われたSpeakeasyマルチモード端末がソフトウェア無線の起源である。ちなみに、ドッチーモは2つの異なるハードを抱き合わせてデュアルモードを実現している。
TRUST(Transparently Re-configurable UbiquitouS Terminal)についていえば、日本と欧州では大学における開発資金が大きく異なり、欧州では産学連携が密になされていることが分かる。3Gでも国際スタンダードを米国企業(たとえばQualcomm)が持っているため、開発に特許料を払わなければならない。また、SDRフォーラムの標準化活動において懸念すべきなのは、ソフトウェア無線でも同じような状況が起こってしまうこと。特に米国は前述のとおり、コア技術となるコンピュータサイエンスが強い。
ソフトウェア無線の応用利用として、まず携帯端末より先に基地局にソフトウェアアンテナとして導入したほうが経費削減になる。また、ソフトウェアをアップロードすることによって、ソフトウェア無線衛星も実現可能である。それにより、利用目的などの変化によって何度も衛星の打ち上げをする必要がなくなる。

-ソフトウェア無線実現のための法規変更の必要性
対策を講じなければいけない問題点として、違法ソフトウェアのダウンロード防止や、その二次利用の防止などが挙げられる。また、製造後にReconfigureする問題、国境をまたぐ問題、ハードウェアとソフトウェアの特定の組み合わせによるテストと認証をする必要(Regurationを抜けるために、ソフトウェア上ですべて実現することも可能になってしまう)から、ソフトウェア無線の実現のために法規変更の必要性がある。そのソフトウェアの問題の対策のために、FCC(連邦通信委員会)のC3PC(Class III Permissive Change)で2つの案が出された。1つはソフトウェアの変更を認定取得者にしか認めないというもので、もう1つは認定を受けたハードウェア開発メーカーと協力関係を結び、その会社にもソフトウェアを提供するというものである。

超広域無線(UWB)の可能性と問題点

UWBはソフトウェア無線に比べるとまだ草分け的であり、技術的にはImpulse Radioといったほうが近い。現在の3G技術は高品質かつ大容量。しかし、問題はマルチパス・フェージングである。その問題を解決しうるUWB-IRは非常に時間幅の小さい(1ns以下)パルスを用いて通信を行う方式であり、帯域幅は数GHzにわたる超広帯域なものとなる。UWB-IR普及の障害となっているものとして、電波法と高額なナノレベルのパルス発生器が挙げられるが、後者に関してはtime domain社が量産することによって安価になった。UWBはスペクトル拡散のタイムホッピング方式であり、安価で構築しやすいのが利点である。

質疑応答

Q:

ソフトウェア無線とIPv6の関係は? また、SDRにおける日米の基本特許の懸念は?

河野:

前者の質問に対して、その2つは直接は関係ない。物理的なコンフィギュレーションをソフトウェア無線で行おうというもので、その2つの技術は補完的な関係にある。

後者の質問に対して。わが国では、電気の専門家があと付けで情報工学を学ぶことが多い。一方、アメリカではコンピュータサイエンスというものが確立している。その意味で、ソフトウェア無線において一番重要なAPIとリアルタイムOSの部分をアメリカが握ろうとしている。アメリカ企業に潜っている特許がまだあるのではないか。たとえば、モトローラの軍用部門が持っているIPRの特許。しかし、直近1年前ぐらいからのものは把握している。日本が対抗技術を持っていれば、最悪クロスライセンスすることが可能になるはずだ。

Q:

物理層の違いは把握しなければならないのではないか? スペクトラム拡散についてもしかり。最終的には変調方式の問題になるのではないか。

河野:

対処できると考えている。

Q:

セキュリティの問題は?

河野:

2.4GSSワイヤレスLANなど、違法なSS方式を認証する技術がある。既存のワイヤレス系についても、IDがなくてもブラインドディテクションをすることが可能。

Q:

ソフトウェア無線という明るい技術が出てきたから周波数開拓はしなくていい、電波法は放置してもかまわない、などという幻想は捨てるべき。既存の電波の干渉をどうしていくかが問題。

河野:

レギュレーション間の橋渡し、ソフトウェア無線用のバンドが必要。

池田:

アナログ時代は周波数をちゃんとしておかなければならなかったが、デジタル時代では周波数がごちゃごちゃしていてもいいのでは?

河野:

必ずしもそうは思わない。インフラ系の通信網は最低限保証をする。ワーストケース保証はコストがかかる。それができるように、ソフトウェア無線の濫用を防がなくてはいけない。

池田:

周波数に対する免許行政がふさわしいのかどうか? 監視コストはかかるが、参入自由にしてはどうか?

河野:

3CCPの考えは抑止力という意味でそれに近い。今のFCCのアイデアは、違う形の許認可権になってしまっている。すべてのアクター(行政、ユーザー、インフラ会社など)が幸せになるかは技術だけの対応では難しい。

池田:

私は監視役として電波警察を作ってもよいと思っているのだが、どうか?

河野:

ワイヤレステロが容易に行えてしまうのが重大な問題である。

Q:

通信網の最低保証は必要か?

河野:

予想できない問題が起きるとメーカーはおじけづいてしまう。

池田:

経済産業省の仕事が増えてしまう(笑)。

Q:

ソフトウェア無線によるビジネスへの影響は?

河野:

会社によってビジネスモデルが違う。たとえば2Gと3Gのデュアルモードはニーズが高い。

Q:

UWBについて、実用化の目処と具体的なアプリケーションは?

河野:

会社内の技術交流会のような場ではすでに作られているものもある。ある会社では500MbpsのワイヤレスLANが作られている。あとはレギュレーションの問題。

Q:

ソフトウェア無線とMSの.net戦略などとの関連は?

河野:

ソフトウェア無線では同時に複数サービスできるものと、切り替えて使うのとは意味が違う。前者ではリアルタイムOSが重要になってくる。そういう意味では、Windowsのような既存のOSから開発した方がコストが安い。

Q:

すでに使われている周波数帯域だけセーブするUWBは実現されているのか?

河野:

研究者レベルでは実現している。特定の周波数にスペクトルを傾けて、他の機器に影響を与えないようにすることは可能。しかし、現段階では高額すぎて、ワイヤレスLANと比較したら売れないだろう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。