ニュー・エコノミー:日本は如何にして出遅れたか

開催日 2001年4月17日
スピーカー 根津 利三郎 (RIETI理事)
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議事録

成長プロジェクトの結果によれば、G7にオーストラリアを加えた8カ国のうち、米、加、英、豪で成長率が加速し、日、独、仏、伊では低下し、成長率格差が顕著になっていることがわかる。また、インターネット元年と呼ばれた1995年以降、日本の立ち後れがより明瞭になる。一方でいわゆる勝ち組とよばれる国々では、1990年代、IT関連技術が大革新され、1995年を境に経済成長が加速した。

成長のほとんどは生産性の向上で説明できる。しかしながら元来、失業率が高水準であった国では、女性や外国人が労働市場に参入したことによる、雇用の増加による成長への寄与も大きい。逆に生産性が改善した国において雇用が80年代より90年代全体では減少した場合もある。

1992年以降、米国経済(ビジネス部門)は史上最長の持続的成長を続けた。通常では景気回復初期に生産性向上度が高くなるのと比較して今回は従来の景気変動パターンと全く異なる様相を呈した。具体的には4.3%、生産性が上昇した。ニュー・エコノミーの背後にあるものは何だろうか?

GDPにしめる設備投資の割合を見てみると、バブルの時は日本が約2割、アメリカが約1割だったのが、現在ではほとんど日米の割合が近づいている。IT時代においては、設備投資の割合が下がるという経済学者がいるが(例:ロバート・ゴートン)、実はそうではない。

IT投資のGDP実質伸び率への寄与度を見ると、米国が0.88、日本は0.33で、IT投資だけで日米間のGDP成長率格差の0.5%ポイント以上が説明される。他の国でもIT投資で後塵を拝している国は、概して経済パフォーマンスが悪い。

IT機器の価格水準を国際比較した場合、米国が世界でもっとも安く、欧州で米国の約3割高、日本で米国の3-4割高であり、このことがIT技術の普及に影響を及ぼしている可能性がある。

ロバート・ゴードン教授など、一部の専門家は、ITの生産性効果はIT機器製造部門に限定されたもので経済全体には及んでない、と論じる。しかし実際はITサービス部門への影響が大きく、特殊な部門に限定されているわけではない。アメリカでは金融、流通、ビジネス・サービスなどの分野での生産性が特に上昇しており、このことが経済パフォーマンスの好調な一因である。また日本では、製造業など、オールド・エコノミーに分類される分野での生産性向上が上昇していない。日本やドイツでも金融のようにグローバルな市場で競争が行われる分野では生産性の向上が見られる。逆に小売りのようにローカルな市場に限定されている産業の生産性向上は低調である。

マクロの生産性向上とIT利用との関連について、全要素生産性(Multi Factor Productivity) とパソコン使用頻度の関係を見てみたい。100人あたりのパソコン所有数で比較すると、パソコンの普及が進んでいる国ほどMFPの改善の度合いが高い。さらに、インターネットのアクセス・コスト(電話料金と接続業者への料金の合計額)とMFPの関係を見ても、パフォーマンスの良い国、悪い国で二分している。購買力平価(PPP)で換算しても日本のインターネット・アクセス・コストはアメリカの倍程度もする。アクセス・コストを下げることがインターネット利用を促進させ、経済全体の生産性向上につながる可能性が大きい。

アクセス・コストを下げるのに重要なのはテレコミュニケーション分野への競争の導入である。テレコミ市場は市内、長距離、国際、携帯の4分野に分類できる。80年代半ば、米、英、日において民営化、競争が導入され、長距離及び国際電話の分野で新規参入と競争が始まった。携帯電話の独占も97年を最後に終わった。欧州では民営化、自由化が98年1月にようやく実現したが、遅れをとったため、料金水準は日本並に高い。

テレコミュニケーションの使用が増加している国ではpercapita GDPも増加している。長距離、国際、携帯の分野では日本でも劇的に電話料金が低下した。しかしながら、市内電話(local loop)は競争が行われず、独占状態が続いている。カナダの例を除き、アメリカでも新規参入が見られない。新たに線を引くのは経済的に困難であり、この分野にいかに競争を導入するのかが最大の難関だと言える。これは特にB2C(企業対消費者)の分野で決定的なインパクトを持つ。

インターネットの普及をホスト・コンピュータ数で測定し、それと最近5年間のアクセス・コストの平均価格との相関度を見た場合、アメリカはインターネットのホストの数が多く、料金も安い。日本のアクセス・コストは米国の約2倍であり、日本で料金を半分にするには、相当の政策変更が必要だと思う。

市内電話網の場合、既存の電話線網を基幹線から切り離し(local loop unbundling)、競合する会社に使わせることが唯一の解決である。日本では大口ユーザーも高いライン使用コストを支払っている。競合しあう会社同士がアンバンドルに関する交渉の参考にできる原則を定めておくことが有効な手段ではないか。

インターネット・ホストの数では日本はアメリカと比較して圧倒的に少なく、その格差はこの4年間の間に拡大している。

逓増料金か一律料金かの問題について。定額制(フラット・レート)を採用している国では1か月あたりのインターネット・アクセスが大幅に伸びている。2-3年の間に3-5倍も増加しており、フラット化によるインターネット利用増加は事実であり、この影響は大きい。

また、フラット・レートの場合の電子商取引(e-commerce)への影響だが、フラット・レートを採用している諸国ではセキュア・サーバーの数が増加している。日本は米国の1/10である。

通信基盤投資に関して。米国では90年代に入って加速的に通信インフラへの投資額が増加し、97年を境に道路投資を上回っている(連邦、州政府ともに)。これとは対照的に日本では、過去3年間、IT投資が減少しており、IT投資の3-4倍の額が道路投資にあてられている。NTTの投資額でいっても、過去3年間で-8%, -16%, -17%と加速的に減速している。先進国の中でもアメリカやカナダとそれ以外の国の間で通信基盤への投資額の格差が拡大している。日米間の格差は約5兆円程度にも上がる。

また、日本ではナローバンドである、ISDNへの投資額が高く、投資回収を考えると、より高度の通信インフラへの投資へ進めない。韓国ではブロードバンド・アクセスの普及率の向上が目立っており、カナダや米国も日本に先行している。韓国では100人に1人、日本では200人に1人という状況で、DSLが全然普及していない。日本はブロードバンドの世界で出遅れているが、始まったばかりであり、半年程度の間にすっかり状況が変化する可能性もある。

ソフトウエア産業に関して。日本はソフトの分野でもGDP比率が低く、雇用者数でも全雇用に対する比率の伸びが低い。今後、政策上の一層の努力が必要な分野だと言える。そのためにはIT関連技術者の確保が重要であるが、日本では外国人IT技術者受入れが米国と比較して50年程度遅れているようだ。日本から3000-5000人程度のIT技術者が国外に流出しており、knowledge baseの観点からいって大きな問題である。特にIT技術者は他の技術者と比較して転職が頻繁である。国家戦略としていかに対応していくのか考える必要がある。

研究開発について。通信分野のR&Dは世界的に見るとほとんどが通信機器のメーカーが担っており、富士通など、日本の機器メーカーも上位に名前を連ねている。NTTはネットワーク・オペレーターの中ではR&D経費の額が突出して高い。米国では1996年にAT&T社がベル研究所を売却し、Lucent Technology として独立させ、必要な技術はアウトソーシングする方向をとった。通信会社はネットワーク管理と通信サービスの提供に特化し、必要な技術をうまく調達すればよいのではないか。

サイエンスとビジネスとの結びつきについて。米国で特許を申請し、引用された数で測定した場合、仏、独、日などでは両者の結びつきが弱いことがわかる。日本のサイエンス・コミュニティは効率性など、根本的な問題を抱えており、あまり役に立っていないように思える。米国のサイエンス・コミュニティはIT、医薬品、バイオの分野に特化しているが日本やドイツはマテリアル、化学など、いわゆる伝統的なサイエンスに特化している。世の中の動きに合わせてフレキシブルに対応できているのか疑問である。日本で鉱業や造船を行う意味があるのだろうか?今後伸びる可能性のある分野に移行すべきではないのか。

政府による研究開発費の行き先について。ナショナル・イノベーション、またサイエンス・コミュニティに対していかに支出していくべきか。アメリカではバイ・ドール法や国家研究協力法など、80年代初頭の法律により、官民研究の活性化の動きが始まった。国の資金であっても特許によって研究者個人が収益をあげることが認められ、パテント化につながるようなインセンティブが与えられた。日本は今後サイエンス、ビジネスとの関係をどうするのか考える必要がある。

米国ではバイオの分野でもR&Dと小売化の担い手は切り離されている(アンバンドル)。米国では多くの特許が大学や研究機関によって申請されている。日本では企業による特許がほとんどである。米国では製薬会社は市場で特許を買っており、大学、ビジネス、ベンチャーが三位一体となっている。日本では製薬会社が自ら、開発を行っている。

事業環境の整備に関して。古い分野から新しい分野にいかに人材を移動すればいいのかは経済全体の活性化にとって重要な問題である。ダイナミックに成長している国ではスタートアップ・レートが高い。米国では過去1年間の間に10人に1人がビジネス・スタートに関与している。一方、日本で過去3年半の間にビジネス・オペレーションに従事した人数はかなり低い。90年代の経済停滞の影響もあるのだろうか。

ベンチャーキャピタルについて。米国ではベンチャーキャピタルが元気である。イタリア、ベルギー、フランス、日本では制度上の障壁も多く、ベンチャーキャピタルの規模が小さい。ベンチャーキャピタルの意義は資金だけではない。日本に欠けているのは資金ではなく、コーポレート・ガバナンスの仕組みとそれに係わる人的資源ではないか。行政的バリアを取り除き、規制レジームを変えていく必要がある。

資本市場の改革について。米国ではNASDAQ市場が新しいハイテク企業の資金調達に一役買った。リスクのある分野にお金を投資するシステムという意味で特筆すべきである。日本では「新株式市場」は遅れをとっており、「マザーズ」はいまだ経済全体で見れば無いに等しいが、発足以来日が浅く、今後の発展が注目される。経済全体で国民の貯蓄余剰をどう回していくのかが問題である。

ストックオプションについて。理論的には企業のパフォーマンスの改善につながるはずであるが、企業のパフォーマンスとの相関はよくわからない。スタートアップ時の企業では金銭的インセンティブになるがFortunes500社などではあまり関係ないないようだ。

所得分配、デジタル・デバイドについて。儲かる人だけが儲かり、社会不安がおこるのではないか、という議論がある。しかしながら、80年代、90年代を通じ、米国ではむしろ各社会層間の所得格差が縮小している。逆にイタリアでは格差が増大している。どちらとも言えない。確かに豊かな人によるインターネット・アクセスは増加しているが、貧しい人もそれなりにキャッチアップしている。いずれ機器の値段も低下し、一般の人でも使えるようになると思う。しかし先進国と途上国間の格差は別問題である。

質疑応答

黒田昌裕(慶応義塾大学教授、RIETIファカルティフェロー):

明確に進んでいる国と遅れている国が二分している事実は興味深い。何故日本にとって90年代は失われていた時代だったのか、ITの遅れとの密接な関係にあることはとても面白い論文だと思った。全体の総論としては、私の考えは大差ない。
それでは、ITの特性をどう捉えるのか? 20世紀末のグローバライゼーションと21世紀のそれは違う。どういう違いなのか。今まで取引不可能だったものを可能(tradable)にした(金融など)。従来のテクノロジーとの違いは?

  • Labor factor productivity:資本集約度が高くなる、労働生産性を見るときと、TFPを見るときは視点を変えてなければならない。
  • Total factor productivity:外部性のようなもの
    ユーザー側のTFPがかわるわけではない。ゴードン教授は、サービスTFPは増加していないといっているが、サービス産業のLFPは上がっている、と言っている。このような構図のほうが理解しやすいのでないか。これをふまえて、日米の格差、また政策論を論じるべきだろう。
  1. すでに日本は遅れている。どうすればいいのか?
  2. 日本は結構、投資している。LFPは上がっている。どのような政策をとるべきか。
  3. ITはこれからもバラ色なのか。今後ネックになる要素はないのか。
根津:
  1. インフラ整備遅れている。制度的バリア、deregulation 必要。
  2. IT効果を実行できる政策。投資が行われていても、労働 と資本の代替がうまく行われない。労働市場の硬直性改善を考えるべき。
  3. 大学がしっかりするべきである。人的資源の有効活用が必要。また、大学資本とビジネスとの結びつき必要。サービスをtradableにしたことがITの効用。物流の分野では制約になるのではないのか。従来の公共投資がよいわけではないが、物流がネックにならないようにこの分野の投資は必要だと思う。

すべての政策が遅れている国の中に、独、イタリア、日本など、第二次世界大戦の敗戦国がある。戦後、産業政策をとり、官主導で産業育成を行った国は10年くらい遅れているのではないか?これは国民が官主導に慣れているからなのかもしれない。消費者も経営者もITに慣れていないことが最大の原因ではないか。国が考えたり、経済産業省などが考える産業政策では意味がない。どうすればよいのか。

A:

情報革命:規制、光ファイバーなど、ハード、政策に焦点が集まりすぎている。人間が情報を得るための組織のアーキテクチャーに問題がある。かなり日本の組織は不適合であり、まだアンバンドリングが始められていない。各組織が自前でワンセット行うのではなく、特化することが必要。この点がアメリカの最大の核心だと思う。過去10年、15年、米国のIBMはバンドリング方式だったが、その後、放出した。リストラではなく、核心が分散、module していく必要がある。日本では日立などに集中している。AT&TやIBMなどからでてきた人材がうまくベンチャーキャピタルなどでリバンドリングしている。規模の経済ではなく、ディスバンドリング、リバンドリングなどの組織をアーキテクトしたことがシリコンバレー勝因の理由である。日本ではNASDAQは中小が資金を得る場所と思われているが、成功者がprize を得る場所なのである。日本のように技術が遅れた国では?、マザーズなど意味がないように見える。日本ではequity marketがないからだめなのではなく、創造的破壊が必要なのである。

B:

第一グループに入っている国はすべて英語使用グループである。コンピューター言語は英語である。いくらおいかけてもアングロサクソンの後塵を拝するのではないか?

  • 所得配分:所得格差は社会保障や税制など、政策的手段を講じなくても格差が広がらないシステムできうるのか?
  • 潰れる企業はどんどん潰れ、新しい企業がうまれるといい。本当に新企業生まれるのだろうか?スタートアップ・レートが高いからパフォーマンスいいのでなく、パフォーマンスがいいからスタートアップ・レートが高いのではないのか。オールド・エコノミーを壊せばうまくいくのか?文化大革命のように何でも潰せということではないと思う。
C:

ITがマクロ経済?をドライブしているのだろうか? 20世紀の初頭のアンバンドリングは、R&Dを生産部門から切り離すことであった(エジソンなど)。しかし一体性を確保するしくみは大切なのではないか。バンドルド・フォームとアンバンドルド・フォームの兼ね合いはどうすればよいのか。

D:

人材、knowledge baseについて。99年の4月から雇用のミスマッチが増加している。IT投資の効用を実現化できないでいる原因。国内の人材を再教育することは無理か?

根津:

因果関係わからない。ITがなければアメリカの経済発展を説明できるか?
言語の問題はあきらめたほうがいい。今から日本語を公用語にするのは、無理。下の所得層までIT革命で雇用可能になったのは事実だ。新しい機会(digital opportunity) になった。なんでもつぶせというわけでないが、つぶれるやつを生きながらえせるようにするべきでない。中小企業庁の行っている融資保証などは時代遅れだと思う。構造変革に逆行する政策だと思う。教育と経済成長の関係は見られない。タイムラグがあり、教育の中身の問題であるからだ。単純に相関を見ようとすると結果は見えない。大学進学率で単純に判断できるものではない。政策でITを牽引することに関しては、経済産業省の後輩にがんばってほしいと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。