International Workshop

Uncertainty, Trade and Firms(議事概要)

イベント概要

  • 日時:日時:2018年4月18日(水)
  • 会場:独立行政法人経済産業研究所

議事概要

"Business Level Expectations and Uncertainty"

Nicholas BLOOM (Stanford University)

  • 2015年にUSセンサスで実施されたManagement and Organizational Practices Survey (MOPS) に基づいて、米国製造業事業所による将来予測、期待形成および不確実性について、最先端の研究結果を発表する。本調査は、事業所に売り上げ、設備投資、雇用、原材料等コストについて、5つの将来シナリオを主観的な確率と共に尋ね、事業所の直面する不確実性を計測しようという試みで、調査方法の妥当性、結果の頑健性および計測誤差について、事業レベルのデータ分析から横断的に発表する。特に、直近の売上成長率と今後の将来売上予測の間での正の相関や、過去の売上ボラティリティと将来売上予測の分散との間での正の相関が示され、同調査に採用された調査方法の妥当性、有用性が議論された。
  • フロアからは、事業所における回答担当者の職種についての質問の他、経済に占める割合が大きいサービスセクターへの同調査の応用の可能性など、活発な質疑応答、ディスカッションがなされた。

"Policy Uncertainty in Japan"

Steven DAVIS (University of Chicago)

  • 消費税率引き上げの再延期や米国でのトランプ政権の発足などを背景に政策に関する不確実性に大きな関心が寄せられている。新聞報道からわが国における政策の不確実性を定量化する研究について報告する。政策不確実性指数は、日経新聞や読売新聞など主要4紙に掲載された記事、具体的には経済、景気、不透明、不確実、不安、不確定そして政策関係の用語(たとえば、政府債務、日本銀行、規制)を含む記事を用いて作成した。この指数から明らかになったこととして主に次の3点を挙げる。第1に、その指数と世論調査の政党支持率を活用して作られた政治不安定性指数を比較すると、政策の不確実性は政治が安定しているときに低い傾向がみられる。第2に、政策の不確実性の大半は財政政策と金融政策に関連することが原因で生じている。第3に、政策不確実性指数を含むVARモデルの推定により、プラスの不確実性ショックが起こるとマクロ経済のパフォーマンスが悪化する。ただし、この結果についてはいくつかの解釈がある。
  • 発表に対して、政策の不確実性を定量化するのに新聞記事を使うのは妥当なのかという指摘や、為替レートをVARモデルに取り込む提案があった。研究に関連した活発な議論がおこなわれた。

"The Effects of Firm Uncertainty on Economic Activity: New Evidence from One Million Documents"

Kyle HANDLEY (University of Michigan)

  • 企業はさまざまな不確実性(政策、マクロレベルのリスク、企業特有のリスク)に直面し、それが企業の投資や雇用に影響を及ぼすが、企業レベルの不確実性を計測するのは難しい。本研究では、米国証券取引委員会(SEC)に報告する義務のある企業、1994年〜2016年約4万社のビジネス文書を利用して企業レベルの不確実性指標を構築した。同指標は不確実、不確定という用語が文書の用語総数に占める割合である。それと企業の投資行動の関係を実証分析した。分析結果によれば、企業レベルの不確実性指標が1標準偏差増大すると企業の投資率が約0.5パーセントポイント減少する。また、時系列で集計した不確実性がマクロレベル変数(投資、GDP、雇用など)と負の相関があることが分かった。
  • 発表に対しては、回帰分析では企業の固定効果を入れるべきではないか、などのコメントが寄せられた。

"Uncertainty over Working Schedules and Compensating Wage Differentials: From the Viewpoint of Labor Management"

Masayuki MORIKAWA (RIETI)

  • 長時間労働に関する研究は数多いが、予期せざる残業など労働時間の不確実性を扱った研究は乏しい。ここでは、オリジナルな個人サーベイのデータに基づき、日本における就労スケジュールの不確実性についての観察事実を提示する。その結果によれば、5割強の労働者は予期せざる急な残業を行っており、約3割の労働者は予定していた休暇を業務上の事情でとりやめることがある。こうした就労スケジュールの不確実性は、正社員・正職員、長時間労働者で顕著である。また、労働者にとって不確実性の主観的コストは大きく、不確実性な残業は予定された残業150%以上と等価である。さらに、不確実性の仕事満足度に対する負の影響は、総労働時間増加や賃金減少の影響と比較して非常に大きい。現実の労働市場において残業の不確実性に対する補償賃金の存在が観察されるものの、量的には小さい。
  • 発表に対しては、不確実な就労が「頻繁」「時々」という主観的な聞き方のほか「年に何回程度」といったobjectiveな質問の仕方もありうる、女性のglass ceilingとの関係を議論すると良い、企業に対するサーベイと組み合わせることも考えられるなど、今後のサーベイの改善にもつながる建設的なコメントが寄せられた。

"Using Newspaper Text to Quantify Geopolitical Uncertainty"

Arata ITO (RIETI)

  • 米国でのトランプ政権の発足や米国と北朝鮮のあいだの軍事的緊張の高まりなどを背景に地政学リスクに関心が寄せられている。しかしそれを捉える指標が存在しない。そのため政策実務家は地政学リスクを定量的に評価できない。ここでは、新聞報道から世界中で起こる政治的・軍事的な出来事や緊張の高まりにより生じる経済の先行き不透明性を定量化する研究について報告する。新たに作成した指数(論文ではan index of geopolitical-related economic uncertaintyと呼ぶ)は、日経新聞や読売新聞など主要4紙に掲載された記事、具体的には経済、景気、不透明、不確実、不安、不確定そして政治的・軍事的な出来事や緊張の高まりを端的に表す用語(たとえば、空爆、情勢の緊迫、大統領選)を含む記事をもとにしている。この指数にもとづき、第1に、指数は湾岸戦争、イラク戦争、2016年の米大統領選挙そして2017年の米によるシリア空爆や米朝間で緊張が高まったときに大きく上昇していること、第2に、その指数を含むVARモデルの推定により、プラスの不確実性ショックが起こるとマクロ経済のパフォーマンスが低下することが挙げられる。
  • 発表に対して、その指数が何を捉えたいのか漠然としておりコンセプトを明瞭にすべきとの指摘や、経済と不透明の両カテゴリーの用語を含む記事を無作為に抽出してそれらの精読結果をもとに政治的・軍事的な出来事や緊張の高まりを表す用語セットを作る、またVARモデルに為替レートを取り込むという提案があった。

"Business Plans and Expectations Survey: First Results"

Tatsuro SENGA (RIETI / Queen Mary University of London)

  • 2017年に経済産業研究所で実施された「企業の事業計画と予測に関する調査」の分析結果が発表された。同調査は、Bloom報告でその結果が発表されたMOPSを参考に、日本企業が直面する不確実性を計測しようと、科研費の支援を受けて実施されたもの。MOPS同様、5つの将来シナリオと各シナリオについての想起確率について主観的分布を尋ねたほか、新たな試みとして、企業が直面する不確実性を計測するためにリッカート尺度を使った質問項目、企業の楽観および悲観を尋ねる質問項目が追加された。これまでの分析結果として、リッカート尺度で計測された不確実性が、企業の設備投資および雇用計画に負の影響を示したほか、予測の中心値が等しくても、悲観的な将来予測を基に雇用計画を作成すると回答した企業は、楽観的な将来予測を基に雇用計画を作成すると回答した企業に比べて雇用計画が低いことなどが発表された。
  • フロアからは、リッカート尺度で不確実性を計測できる可能性が示されたことは、その簡便性を鑑みると、今後のサーベイデザインに有益な結果であるとの指摘があったほか、企業の悲観や楽観を計測する質問項目については、調査側で本当に計測しようとしていることと、回答企業が念頭に置いていることとの間にギャップがある可能性があり、より精緻な議論が必要だと指摘があった。

"Uncertainty, Imperfect Information and Learning in the International Market"

Cheng CHEN (University of Hong Kong)

  • 米トランプ政権の貿易政策、英国の欧州連合(EU)離脱を巡る情勢など、世界経済の先行きを巡る不確実性が高まっている。もっとも、こうした海外市場にかかる不確実性が日本企業の輸出・海外直接投資行動に与える影響についての研究は少なく、データに基づいた実証分析を土台とする政策提言も少ない。本研究では、海外子会社の売上高予測情報を含む日本の多国籍企業のデータ(経済産業省「海外事業活動基本調査」「企業活動基本調査」)を用いて、海外市場における企業の直面する不確実性に関する4つの新たな事実を提供する。第1に、海外子会社の直面している不確実性は所在国のマクロレベルの不確実性と正の相関関係を持っている。第2に、海外子会社は、操業年数を経るにつれてより正確に売上高を予測するようになる。第3に、初めて外国に直接投資を行って進出する際に、その国が所在する地域(アジア、欧州、北米など)へ輸出経験のない企業の海外子会社と比べて、その地域へ輸出経験のあった企業の海外子会社は、現地の需要をより正確に予測することができる。第4としては、今期と来期の予測誤差に正の相関関係があり、こうした相関関係は、日本からの距離に比例して強まる。これらの発見は、子会社の売上高や輸出を通じて企業が海外需要の不確実性を学習する直接なエビデンスである。さらに、本研究は、企業成長の動学モデルをベースに、企業が輸出か直接投資を選択して海外市場に財を提供するように拡張した。カリブレーションしたモデルは、上記の4つの観察事実だけでなく、輸出・直接投資のダイナミクスの特徴も再現できるほか、Counterfactual experiments(反事実的な実験)による分析結果は、海外需要の不確実性の変化や貿易自由化が国際貿易と多国籍企業の活動に与える影響を分析する際に、企業の予測と学習を考慮に入れることが重要であると示唆している。
  • 海事データはいろいろな産業(全部の製造業と一部分のサービス業)を含めているので、産業によって上記の観察事実はどのように変わるのかを調べることが面白いというコメントがあった。また、時期によって(たとえば金融危機の時と東南アジア金融危機)、企業の予測誤差の平均値と分散はどのように変わるかという質問もあった。この点に関しては、今後プロジェクトの研究テーマとして取り組む予定。

"Factor-Biased Multinational Production and the Labor Share"

Chang SUN (University of Hong Kong)

  • 本研究はグローバル企業(つまり多国籍企業)のデータセットを用いて、多国籍企業の資本集約度と賃金構造に関する2つの新たな観察事実を提供する。まず、多国籍企業は規模の大きい企業であり、資本集約的な技術を使っている。多国籍企業は非多国籍企業に比べてより資本集約的であり、賃金対資本の比率が低い。第2に、資本を豊富に持っている国に親会社を置く多国籍企業はそうではない多国籍企業に比べてもっと資本集約的な技術を使って、また親会社から子会社に技術を移転する。さらに、本研究は伝統的な多国籍企業のモデルを拡張し、多国籍企業が違う国では資本集約度の異なるテクノロジーが選べることをモデルに入れた。直接投資の自由化がどのようにグローバルな賃金配分(賃金対資本の比率)に影響するかについて議論した。カリブレーションしたモデルは、上記の2つの観察事実だけでなく、グローバルな賃金対資本の比率の減少のパターンも再現できる。Counterfactual experiments(反事実的な実験)による分析結果は、多国籍企業活動の拡大がグローバルな賃金対資本比率の低下を起こしていることを示唆している。
  • フロアからの、モデルでは多国籍企業の資本が国境を越えて動くことができるのかという質問に対して、孫氏は資本が国境を越えて動ける場合と動けない場合両方を考慮したケースを説明した。また、多国籍企業の子会社は多分ライフサイクル・ダイナミックスを持っていて、時間が経つことによって、もっと現地の資本を使うようになる可能性が高いという指摘があった。この点は将来論文のモデルに入れるべきだと孫氏は答えた。

"Production Chains, Exchange Rate Shocks and Firm Performance"

Hongyong ZHANG (RIETI)

  • 為替レートの大きな変動が輸出企業のパフォーマンスに大きな影響を与えるだけでなく、波及効果を通じてマクロ経済の変動を起こすこともあるが、為替レート変動の波及効果を扱った研究は非常に少ない。ここでは、日本企業の国内生産ネットワークのデータと国際貿易のデータを用いて、為替レートの変動が企業間のサプライチェーン・ネットワークを通じて川上産業・企業と川下産業・企業への波及効果を検証する。為替レートのショックとしては、企業レベルの輸出入情報を利用して企業ごとの実効為替レートのエクスポージャーを算出した。実証分析の結果から、輸入企業の為替レートのエクスポージャーが販売先企業(輸入を行わない間接輸入企業)の売上高や利益率に対して統計的に有意な影響が弱いが、輸出企業の為替レートのエクスポージャーが仕入れ先企業(輸出を行わない間接輸出企業)のそれらに対して非常に強い影響を与えることが分かった。円安になると、間接輸入企業の売上高や利益率はそれほど減少しないが、間接輸出企業の売上高と利益率が大きく増加する。とくに、輸出企業に財を供給する中小企業は、輸出を行っている大企業の為替レートのエクスポージャーの影響を受けやすい。我々の研究は国内サプライチェーンの視点から見ると、為替レートの安定化は日本企業のパフォーマンス、とくに間接輸出を行っている中小企業にとって非常に重要であることを示唆している。
  • 発表に対しては、川上や川下への波及効果の定義と結果の解釈、輸出額や為替レートのエクスポージャーの変数の作り方、並行輸入を行っている企業もあるではないかなど、有益なコメントが多数あった。