RIETI-IWEP-CESSA Joint Workshop

Exchange Rates and International Currency: Perspective from China and Japan(開催報告)

イベント概要

    • 日時:2016年11月19日(土)9:30-17:30
    • 場所:Beijing Landmark Towers
    • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、中国社会科学院 世界経済・政治研究所(CASS/IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)

報告書

吉見太洋(南山大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治FF)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年は2016年11月19日、Beijing Landmark Tower(北京)において第5回目のワークショップが開催された。これまでのワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場、また中国側で研究されている産業別実効為替相場のデータを用いた研究の成果をはじめ、為替相場のパススルー、金融政策の波及、人民元の国際化、更にはより広い視点から、日本経済や中国経済、日中関係等に関する研究成果が報告されてきた。「Exchange Rates and International Currency: Perspective from China and Japan」と銘打った本年のワークショップでは、為替レートと国際通貨に関連する8つの研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。

以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔にまとめる。

1. "Exchange Rate Volatility, Exports and Global Value Chains"

報告者:Shajuan ZHANG(Center for Economic Growth Strategy, Yokohama National University)
討論者:Qingyi SU(Research Fellow, Department of International Trade, Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

近年、企業の国際的な事業活動が活発化するなか、国際的な生産ネットワークの構築と工程間分業が大きく進展している。本論文は、この国際的生産ネットワークの構築や工程間分業に見られるような国際価値連鎖(Global Value Chain, GVC)が、為替レート変動と貿易の関係においてどのような役割を持っているかを分析したものである。理論的には、生産ネットワークに参加している国の輸出において、当該国で生産された付加価値の割合が小さければ、為替レートの変動がその国の輸出に与える影響は小さいと考えられる。したがって、生産ネットワークへの参加は、為替レート変動が輸出に与える影響を軽減すると予想される。本論文では、為替レートの変動は貿易に対して有意なマイナスの影響を持つことが示される。また、GVCの深化に伴い為替レート変動が輸出に与えるマイナスの影響が小さくなること、GVCへの参加度が高い国においては、為替レートの変動が貿易にプラスの影響を与えることも示唆される。

本論文ではこれらの仮説を検証するため、Koopman et al. (2014) と Wang et al. (2013)の方法に基づき、YNU Global Input-Output (YNU-GIO) TableからGVC への参加度を測る2つの指標を作成している。この点に対して討論者からは、GVCの定義および、現状の指標が適切なものであるかをより慎重に考慮すべき点が指摘された。また、異なる指標を用いた場合の分析の頑健性についても検討すべきとの指摘がなされた。更に、GVCが為替変動と貿易の関係に与える影響はGVCへの参加度だけではなく、GVCにおけるその国のポジション(川上産業か川下産業か)にも依存するのではないかという問題提起および、そうした観点を加えることの重要性について議論が行われた。

2. "One RMB, One External Competitiveness? Evidence from China's Provincial Effective Exchange Rates"

報告者:Panpan YANG(Research Fellow, Department of Global Macroeconomy, Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)
討論者:Kiyotaka SATO(Professor, Department of Economics, Yokohama National University/RIETI Project Member)

本論文は、中国の輸出競争力を測る新たな指標の構築を提案している。具体的には、中国の31の省(Province)レベルの名目実効為替レートを構築し、各省の輸出競争力の比較を行っている。これに対して討論者からは、一般に輸出価格競争力の指標として用いられるのが実質実効為替レートであることを踏まえ、実質実効為替レートを構築することの必要性が指摘された。名目実効為替レートを用いた場合、省ごとの名目実効為替レートの違いを説明するのは貿易ウェイトのみである。実際に、本論文が構築した省レベルの名目実効為替レートの動きは、2つの省を例外として、ほとんど違いがみられない。競争力指標としてデータを活用するためには、各省の物価データと貿易相手国の物価データを収集して、省レベルの実質実効為替レートを構築することが不可欠であるとの提案がなされた。また、本論文では輸出と輸入の合計額で貿易ウェイトを計算しているが、輸出競争力を測るためには輸出ウェイトを用いる方が適切である旨の指摘もなされた。

また、省レベルの実効為替レートを構築することの政策的な意味と必要性についても、より明確な説明と深い議論がされるべきとの意見も示された。例えば、省レベルで輸出価格競争力が異なる理由の一つとして、主要産業が省ごとに異なることが考えられる。各省間の産業の分布は企業の立地選択とも深く関わっており、政策当局にとって重要なのは産業レベルの輸出価格競争力の違いかもしれない。したがって政策的な観点から言えば、省レベルの実効為替レートを産業レベルの実効為替レートへと拡張することも有意義と考えられる。ただし、産業レベルの名目・実質実効為替レートについては、すでにRIETIが中国を含むアジア各国について対外的に公表していることから、省別かつ産業別の実質実効為替レートを構築するなどの試みが重要との意見が示された。

3. "Currencies in Safe Haven Status: Renminbi, Yen, Euro, and Dollar"

報告者:Yuki MASUJIMA(Senior Japan Economist, Bloomberg Intelligence/RIETI Project Member)
討論者:Lisheng XIAO(Senior Research Fellow, Deputy Director of Department of International Finance, Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)

本論文は、市場における不確実性が高まった際の為替レートの変化について、アジア通貨を中心に分析を行っている。戦争や金融危機などの際には、流動性が高い経常収支黒字国の通貨が一時的な「避難通貨」として買われる傾向がある一方、ショックに脆弱と見られる新興国通貨は「脆弱通貨」として売られやすい傾向がある。こうした為替変動の度合いを長期と短期に分けて測定し、当該通貨が対ドルで「避難通貨」か「脆弱通貨」であるかを評価している。本論文の理論モデルは、為替相場圧迫指数(長期)とカバーなし金利平価条件(短期)に基づいている。市場不確実性を計測する指数としては米国S&P500株式指数のボラティリティ指数であるVIXを用いつつ、長期については外貨準備、短期については二国間金利差の変化に伴う為替変動を調整した上で推計を行っている。一時的な資金の避難であれば、中長期的に均衡為替レートの水準に与える影響は軽微である一方、短期的には均衡為替レートからの乖離が生じる。こうした違いが判別されることによって、政策当局は金融危機時の対応や実体経済への影響の見通しをより適切に行うことが可能となる。

上記の分析の結果、円は短期についても長期についても避難通貨の性質を持つことが明らかにされた。また、オフショア市場の人民元は、対米ドルや対円では脆弱通貨であるとの結果が得られた。一方、対ユーロでは、かつては「避難通貨」であったが、2014年半ば以降は「脆弱通貨」に転じた。これらの結果に対して討論者からは、こうした変化は銀行の対顧客における米ドル/人民元為替レート規制の撤廃など、人民元の自由化や制度変更の影響を反映しているはずであるため、こうした要因の影響や歴史的背景についてより詳細に分析を行うべきとの指摘がされた。また、避難通貨とキャリートレード通貨の違いや安全資産の一つとして金も評価対象に入れるべきではないかなどの意見も示された。

4. "Potential Assessment of RMB Trade Settlement: Evidence from China's Export Enterprises"

報告者:Hongshan AI(Assistant Professor, School of Economics and Trade, Hunan University)
討論者:Junko SHIMIZU(Professor, Department of Economics, Gakushuin University /RIETI Project Member)

本論文は、企業情報と税関データを結合させた中国のデータセットを用いて、企業情報を調整した上で製品レベルの為替レートパススルー・PTMを推計している。本論文の貢献は、通常の貿易(Ordinary Trade)と、輸入中間財を加工・輸出するという加工貿易(Processing trade)に分けてパススルー・市場別価格設定(Pricing-to-Market, PTM)の程度を推計し、その違いについて明らかにしている点にある。また、こうした実証分析の結果をもとに、人民元建て貿易決済の可能性についても模索している。本論文の分析では、一般貿易は比較的PTMの傾向が強いのに対して、加工貿易ではPTMの傾向は弱く、為替相場の変動をパススルーしていることが確認された。この結果から、もしパススルーができる理由が競争力の強さによるものと考えるならば、アジア圏に拡大する国際価値連鎖(Global Value Chain, GVC)により加工貿易が増加することで、人民元建て取引が拡大する可能性があることが議論されている。

これに対して討論者からは、Manova and Yu (2016)の、企業収益は通常貿易の方が加工貿易よりも高くなるという結論との整合性について指摘がなされた。また、RITEIで行われた日本企業の海外現地法人のアンケート調査結果に基づくSato and Shimizu (2015)の分析によると、特に中国在住の現地法人では企業内貿易において近年人民元建て取引が増えていること、さらに企業内取引では為替相場の変動に対してパススルーを行うというルールが存在していることが紹介された。これを踏まえ、もし加工貿易の多くが企業内貿易である場合には本論文のパススルーが行われることと整合的だが、それは企業内貿易という理由であり、必ずしも競争力の有無ではない可能性が指摘された。また、本論文で分析期間のほぼ半分がドルペッグ期である点についても、慎重な検討が必要であるとの意見が示された。

5. "Exchange Rate Pass-through at the Individual Product Level: Evidence from Japan and Thailand"

報告者:Taiyo YOSHIMI(Associate Professor, Department of Economics, Nanzan University /RIETI Project Member)
討論者:Junbing WANG(Associate Professor, School of Public Finance and Taxation, Southwestern University of Finance and Economics)

本論文は、日本からタイに輸出された中古建機の価格データを用いて、個別製品レベルの為替レートパススルーを計測している。多くの日系メーカーの建機が、日本国内で一定期間使用された後、主にアジアの新興国に対して輸出され、現地の建設現場で利用されている。本研究ではまず、日本とタイのそれぞれにおける中古建機オークションで取引された個別機械の情報を収集し、個体番号と取引月の情報をもとに両国のデータを結合する。両国の一次データに含まれる情報としては、個体番号と取引月に加え、取引価格、個別機械の稼働時間、オークション開催主体、その他詳細スペックが含まれる。これら両国のデータを結合することで、日本において購入された個別の中古建機がタイで再販されるという貿易フローについて把握することが出来る。本研究の試みは、日本における購入月からタイにおける再販月の間の為替変動が、両時点における価格差にどの程度反映されているかを計測することで、個別製品レベルの為替レートパススルーを分析するものである。

本論文では主に以下の三点が明らかになった。第一に、日本円のタイバーツに対する減価が生じたとき、タイバーツ建ての輸出価格は低下することが明らかになった。第二に、日本円のタイバーツに対する減価がタイバーツ建て輸出価格に反映される一方、日本円のタイバーツに対する増価は輸出価格に反映されないという非対称パススルーが観察された。第三に、日本における購入からタイにおける再販までの期間が長くなるほど、タイバーツ建て輸出価格に対する為替レートパススルーの程度は小さくなることが示された。これらの分析結果に対して討論者と参加者からは、輸送費用等が時変的である可能性や、一次データがオークション価格であるため、分析結果がオークションを通じた価格決定要素の影響を受けている可能性がある点、また非対称パススルーに関する理論的解釈を深める必要性などが指摘された。

6. "Firm-specific Exchange Rate Shocks and Employment Adjustment: Evidence from China"

報告者:Mi DAI(Assistant Professor, Business School, Beijing Normal University)
討論者:Taiyo YOSHIMI(Associate Professor, Department of Economics, Nanzan University /RIETI Project Member)

本論文は、為替レートの変動が企業の雇用に与える影響について、中国の企業レベルデータを用いて分析している。為替レートの変動は企業の収益の変化を通じて雇用に影響を与えると考えられる。しかしながら、一国においても企業の特性によって、為替が雇用に与える影響にはバラつきが存在するはずである。本研究の貢献はこうした為替レートの雇用に対する影響が、企業のどういった特性に関わっているかについて、理論と実証の両面から分析を加えたことにある。また、本論文では企業特性のデータを用いて、企業レベルの実効為替相場を作成している。企業レベルの実効為替相場は、企業ごとの国際競争力を考える上でも重要な指標と考えることが出来る。企業特性が為替と雇用の関係に与える役割を明らかにしたことだけでなく、企業レベルの実効為替相場を中国のデータを用いて作成したこと自体も、本論文の貢献の一つとして挙げることが出来る。

本論文の主たる発見は以下三点にまとめることが出来る。第一に、自国通貨の増価(減価)は輸入中間財価格の下落(上昇)を通じて企業ごとの雇用に影響を与えるが、輸入価格に対する為替パススルーの程度が低い企業ほど雇用が増大(減少)しやすい。第二に、自国通貨の増価(減価)は輸出価格の上昇と収益の減少を通じて雇用を減少(増加)させるが、この影響は輸出集約度が大きい企業ほど大きい。第三に、自国通貨の増価(減価)は輸入物価の低下(上昇)と企業の競争力低下(上昇)を通じて雇用を減少(増加)させるが、この影響は輸入浸透度が高い企業ほど大きくなる。これに対して討論者と参加者からは、理論モデルにおいて二国間の為替相場が互いに独立と仮定されている点に関する指摘、アジア域内の貿易決済が主にドル建てで行われていることが分析結果に与える可能性、地域ごとの固定効果を調整することの必要性などが指摘された。

7. "Firm's Predicted Exchange Rate and Nonlinearities in Pricing-to-Market"

報告者:Thi Ngoc Anh NGUYEN(Research Fellow of Japan Society for the Promotion of Science (JSPS), Graduate School of International Social Sciences, Yokohama National University)
討論者:Yaqi WANG(Assistant Professor,School of Finance, Central University of Finance and Economics)

本論文は、非線形自己回帰分布ラグモデルを用いて、日本の産業別輸出に関する市場別価格設定(Pricing-to-Market, PTM)行動が円高局面と円安局面でどのように異なるかを検証している。先行研究の多くは為替レートの変化率を用いて増価局面と減価局面を区別しているが、本論文は企業の予想為替レートを用いて予測誤差を計算し、閾値(Threshold)モデルを用いて円高局面と円安局面をより厳密に区別している。本論文の主たる発見は以下の三点にまとめることが出来る。第一に、短期で完全なPTM行動に近い推定結果と、円高・円安局面における対称的なPTM行動が確認された。第二に、長期のPTM行動は2007-2015年の期間だけ有意に観察され、円高・円安局面で非対称性が存在していた。第三に、2007-2015年の期間では、円高局面において全産業で強いPTM行動が見られ、輸出価格と為替レートの連動性は60〜70%程度であった。一方、円安局面では、「汎用・生産用・業務用機器」や「輸送用機器」において完全なPTM行動がとられていたが、その他の産業で推計されたPTMの水準は有意に低かった。

こうした分析結果は、2012年末から円安が急速に進んだにもかかわらず、日本の輸出数量が伸びない理由に対して解釈を与えるものである。したがって、本研究は分析面のみならず、政策的示唆の面でも大きな貢献を持っている。こうしたことを踏まえて、討論者からは為替レートの変動がある水準を超えるまで輸出価格設定行動が変わらないことを考慮して閾値を設定すべきとの意見が示された。また、分析結果の解釈に際して、インボイス通貨選択や価格粘着性との関連も考慮すべきとの指摘があった。また、参加者からは予想為替レートに関する多くの質問が寄せられた。具体的には、予想為替レートは実際の為替レートから遅れて反応しているだけでないかという疑問や、予想為替レートと実際為替レートの乖離幅(予想誤差の程度)に注目すべきという意見が示された。

8. "Why do Chinese Firms Borrow Foreign Currency Debt?"

報告者:Shuyu CHANG(Research Fellow, Department of Global Macroeconomy, Institute of World Economics and Politics (IWEP), CASS)
討論者:Eiji OGAWA(Professor, Graduate School of Commerce and Management, Hitotsubashi University /RIETI Faculty Fellow)

本論文は、中国の上場企業が海外子会社を通じて米ドル建て債券を発行しているという事実に着目し、その要因は何かについて実証的に分析を行っている。とりわけ、国有企業と民間企業の比較に焦点を当てて実証分析を行っている。本論文の主たる発見は以下二点にまとめることが出来る。第一に、国有企業について、現金(+流動性資産)保有がドル建て債券発行に対して負の効果をもたらす。これは、ペッキング・オーダー仮説(企業は最初に内部資金を利用し、現金制約がある場合に債券を発行して外部資金を利用する)と整合的であると指摘している。第二に、民間企業について、キャリートレード指数が有意な効果をもたらす。このことから、民間企業による米ドル建て債券の発行は、キャリートレード仮説(米ドル建て金利が低いことから、金利が相対的に低い米ドル資金を調達し、収益率が相対的に高い人民元建て資産に投資する)と整合的であると指摘している。

討論者からはまず、ペッキング・オーダー仮説を検証する際に使用する変数について様々な経済変数が存在することから、分析の頑健性を検証する必要があることが指摘された。また、国有企業と異なり、民間企業が米ドル建て現金制約を受けないという結果が得られた理由について議論すべきであるとの意見が示された。更に、キャリートレード仮説の対立仮説は、内外金利差ではなく内外金利差+予想為替相場変化率に反応するかどうかであることが指摘された。最後に、1997年のアジア通貨危機の経験を踏まえ、自国通貨建て借入れができないという「原罪」仮説の検証についても提案がされた。発展途上国が通貨危機に直面する背景として資産・負債の通貨と満期のダブルミスマッチが指摘されている。発展途上国において発展途上国の理由からドル建て債務で資金調達せざるを得ないという「原罪」仮説の検証は、政策的示唆の観点から重要であることが議論された。