Brexit:英国とグローバル経済の行方(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2016年11月7日(月)14:00-18:00
  • 会場:全社協・灘尾ホール(東京都千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビル1F)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / Centre for Economic Policy Research(CEPR)

英国がEU離脱(Brexit)を決定したことに伴い、英国や欧州に進出している日本企業への影響が懸念されている。RIETIでは過去10年にわたって、欧州屈指のシンクタンクである欧州経済政策研究センター(Centre for Economic Policy Research: CEPR)と研究交流を続けており、今回はBrexitの影響や課題を探るため、共同でシンポジウムを開催した。前半では、CEPRのリチャード・ボールドウィン所長ら3氏が貿易投資、労働市場、国際金融の分野からそれぞれ講演した。後半のパネルディスカッションでは、3氏の他、日本の産学官から4氏が参加し、Brexitが日本そしてグローバル経済に与える影響について議論し、これからの世界経済の方向性について語り合った。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

今年6月23日に英国が国民投票でEU離脱(Brexit)を選択し、今後EUと交渉を行うことになった。世界への影響力が極めて大きく、EU内でドイツに次ぐ2番目の経済大国である英国がEUを離脱することになった結果に、世界の金融市場は大きく反応しているし、英国とEUだけでなく世界経済にも不安が高まっている。

RIETIは、過去10年にわたってCEPRと国際ワークショップを開催するなどの研究交流を行っており、今回のシンポジウム開催に至った。本日のシンポジウムは、CEPRの先生方にお話しいただいた後、パネルディスカッションを行い、Brexitに対する日本の対応などについて議論を深める。米大統領選挙の前日であり、同じように世界経済に大きなインパクトを与えるBrexit問題についてタイムリーにシンポジウムを開催できたことを大変喜ばしく思う。本シンポジウムが、Brexitについて中身の濃い知見を皆さまにお伝えできることを祈念している。

講演1:Brexitと英国の貿易・投資関係の将来

リチャード・ボールドウィン(CEPR所長 / 高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

英国が実際に欧州連合(EU)から離脱して初めて、Brexitによる混乱が生じる。EU離脱を推進した人々は何に反対するかはわかっていたが、進め方についての明確なプランを持っているわけではなかった。国民投票には選択の道筋を示す明確な義務はなく、現政権は進め方をめぐって大きく分断されている。EUが英国を必要としているよりも英国はEUを必要としているため、Brexit後の交渉において英国は弱い立場に立たされるだろう。EU加盟27カ国全体の輸出に占める英国向けの割合は16%にすぎないが、英国の輸出の47%はEU向けである。複数の国で製造の分業を行う「ファクトリー・ヨーロッパ」のシステムも影響を受け、英国の製造業分野の魅力は失われるだろう。

Brexitの実施

Brexitのプロセスは、まずEU全体からの「離婚」、そしてEU加盟各国と個別の「再婚」である。EUとの「離婚」は比較的容易だが、各加盟国との「再婚」交渉は難しい。第1の選択肢は単一市場にとどまることであり、これは経済へのダメージを最小限に抑えられるが、英国がコントロールできる余地はほとんどない。第2の選択肢は、環太平洋経済連携協定(TPP)型の協定で、英国はある程度の決定権をもつが、より大きな経済的ダメージを受けるだろう。最後の選択肢は、世界貿易機関(WTO)のルールに依存するEUから「離脱」するもので、英国がコントロールできる余地は最も大きいが、経済的なダメージも最大となる。英国は40年にわたってEUの一員だったため、WTOなどの国際協定に組み込まれており、そこでの地位を再交渉する必要が生じる。これには15年以上を要する可能性がある。

政治について

ハイポリティクス(安全保障・外交など)については、他の加盟国が英国の先例に追随したくなるような魅力的な取り決めを提示することをEUが望まないため、英国の立場は弱い。ローポリティクス(経済・社会問題など)では、全加盟国と欧州議会が拒否権をもつため、EUとの間で内容の深い合意に短期間で達するのは不可能に近い。英国内の強硬派が勢いを増せば、英国はEUから「離脱」し、現実主義派が勢力を伸ばせば、英国は混乱なくEUと長い交渉期間に入る可能性が高い。さらに、長い交渉が開始して数年後に理想主義派が交渉を妨害する可能性がある。

講演2:Brexitと英国の労働市場問題

バーバラ・ペトロンゴロ(CEPR労働経済プログラムディレクター / ロンドン大学クイーン・メアリー教授)

国民投票後の1週間でオンラインの求人広告数が50%近く落ち込むなど、Brexitは不確実性を生んでいる。中期的な影響は、英国が労働者の自由な移動と厳格な国境管理というトレードオフのバランスをどのようにしてとるかに左右されるだろう。各種モデルの予測によると、英国が欧州経済地域(EEA)にとどまれば1人あたりの国内総生産(GDP)は1.3%減少し、完全離脱の場合は2.6%減少する。しかしこれには海外直接投資(FDI)の落ち込みによるGDPの減少分は含まれていない。

移民の全面的な管理費用には価値があるのか?

移民は労働人口全体の6.3%にすぎない。EUからの移民は21歳までの学校教育を修了している比率が43%と、英国民の23%に比べて教育程度が高い。移民は英国経済に貢献しており、彼らが労働市場にとって有害というエビデンスはない。また、おそらく所得の最も低い10%の層を除き、移民が地元民の平均賃金に悪影響を及ぼしているというエビデンスもない。EUからの移住者は若く、年金を受け取るより税金を納めるほうが多いため、英国の財政にプラスの貢献をしている。全体として、英国民の失業率と移民比率には相関性はなく、英国民の実質時給と移民比率の間にも相関性はない。移民の比率が高い特定の分野をみても、英国民の失業率や賃金にはマイナスの影響は確認されなかった。

移民の一時停止による影響

低スキルの仕事は移民の占める比率が過度に高い。低スキルの業種では、移民の制限によって賃金と最終財の価格が上昇する可能性がある。しかし、地元民はこういった仕事を避けているため、影響はごく小さい。移民の一時的な停止は事務職で0.16%、熟練職では0.62%、実質賃金が上昇する可能性があるが、イングランド銀行が予想する2018年の実質賃金の2.0%減に比べると小さい。移民制限政策が英国の地元住民にプラスの影響をもたらすというエビデンスはない。

講演3:Brexit、国際金融、シティ

タルン・ラマドライ(CEPRリサーチフェロー / インペリアル・カレッジ・ロンドン教授)

金融および関連する専門サービスは、英国のGDPの12%を占め、220万人が雇用されている。英国は、外国為替、金利取引、クロスボーダー融資、オフショア資産管理、海上保険に強みを持つ。この分野は規制にきわめて敏感であり、他の分野と比べると歴然である。そうした事業はまた、決済・清算システムへの依存度も高い。

決済・清算について

ユーロ圏の共通決済システムTARGET2は、欧州中央銀行(ECB)をハブ、各国中央銀行をスポークとした体制である。イングランド銀行は参加していないが、英国の銀行はユーロ建て決済でTARGET2に参加している。Brexit後、ユーロ諸国には英国から決済ビジネスを引き揚げる誘因が生まれるだろう。TARGET2への将来的なアクセスが保証されていないため、現在、英国の金融セクターによるFDIの減衰効果が生じている。

清算については、英国ではセントラル・カウンターパーティ(CCP)の清算メカニズムが相次いで誕生している。CCPを通した貿易が拡大すると、金融機関の制度としての重要性が増す。イングランド銀行とECBはCCPの共同監督・監視に加え、CCPが複数通貨建ての流動性支援を必要とする場合に相互通貨スワップを行うことで合意している。EUにとっては継続の動機は小さく、BrexitはCCPを脅かすことになるだろう。

海外事業拡大の見通し

Brexitの支持者はインドや中国への海外進出を示唆したが、英国の銀行はこれまでむしろEUに軸をおいているため、金融セクターを海外重視に再構築するには時間を要する。金融サービスは着実にアジアにシフトしており、アジア重視を進める必要はあるが、アジアの資本市場への参入に関する交渉はきわめて難しい。実際、インド人労働者・学生の移動制限を緩和せずに、市場を英国に対して開放するよう、インドを説得するのは難しいだろう。

不確実性について

地政学的リスクは米国同時多発テロ後に倍増した。リーマンショックも英国経済の不確実性を高めたが、2013年以降、沈静化している。Brexitにより、英国の経済政策の不確実性は世界金融危機以降、最も高い状態となった。不確実性が長引けば、市場が常態に戻っても、経済主体はリスク回避的になり、長期間にわたって英国経済の足を引っ張ることになるだろう。

パネルディスカッション 「Brexitと日本そしてグローバル経済」

モデレータ

中島 厚志(RIETI理事長)

プレゼンテーション1:Views of Brexit by Hitachi

田辺 靖雄(株式会社日立製作所執行役専務)

日立の欧州戦略

日立のグループ会社は欧州全域に広がり、環境に優しいインフラ関係のビジネス、ソーシャルイノベーションを展開している。原子力、鉄道関係が中心。さらに脱炭素化を柱として、日本の新エネルギー・総合技術開発機構(NEDO)の協力も得て、さまざまな配送電関係などの実証プロジェクトを実施している。ビッグデータの新ビジネスも強化している。

日立は大きな案件で多額の投資をしているので、とりわけ英国政府とは緊密な関係があり、国民投票では政権側のEU残留(Bremain)キャンペーンに協力していた。だから、結果がBrexitになって大変残念に思っている。

Brexitの影響と展望

Brexitの日立への直接的な影響はそれほど大きくないが、長期的な英国経済の動向は懸念している。日立のビジネスは英国市場を相手にしているが、サプライチェーンはEUにもあるし、クオリティの高い労働力が必要なので、そのような労働力の確保が英国で可能かどうかに関心がある。それから、昨今のポンド安によって、英国における購買力の低下が懸念される。英国政府に対し、単一市場の継続や人の移動の自由、基準が英国とEUで異なることの回避、マクロ経済の支援、為替レートの維持について要望している。

将来の通商政策については、日本と英国は自由貿易を推進する立場として一緒に働いていくべきだと考えているし、その際にはグローバリゼーションに対するややアンチなムードがあるので、世界全体が被益するインクルーシブ・トレードの概念を広めることや、最近のデジタルトレードの流れを加味したルールづくりを主導すべきと考えている。日本政府は最近、関係業界の意見を取りまとめて英国政府に伝えていただいているので、日立は政府と一緒になって、このBrexitの危機に対応していきたい。

プレゼンテーション2:The Impact of Brexit on the Financial Sector in Japan―Our Analysis

小林 一也(みずほ銀行常務執行役員)

みずほグループの欧州ネットワーク

みずほグループは、欧州の11都市に計15の拠点を有しており、そのうち最大のネットワークを持つみずほ銀行は、現状、営業・企画・管理といった統括機能をロンドンに設置している。

日系金融機関から見たBrexitの影響

日系金融機関にとってはEUパスポート失効が最大の問題点である。例えば、みずほ銀行は支店及びオランダ現法による拠点展開であるためパスポート失効の直接的な影響は無いものの、証券及びアセットマネジメントは英国で発行されたパスポートを用いて欧州営業展開しているため、パスポート再取得等の対応が必要になる可能性がある。

また、EUパスポート失効以外にも、主に以下3つの論点を考慮する必要がある。
1つ目は就労ビザの問題であり、英国で勤務するEU国籍者・EU加盟国で勤務する英国国籍者の双方が就労ビザを取得する必要が生じうる。
2つ目に、英国を拠点にビジネスを行うお客さまの動向も重要な要素の一つである。お客さまの欧州戦略やビジネスモデルの変化を踏まえた上で、我々も拠点戦略を策定していく必要がある。
3つ目としては、Brexitによりユーロ圏内でのユーロ集中決済を求める声が強まり、英国のクリアリング機関におけるユーロ決済が不可能となる可能性についても留意する必要がある。

現状におけるみずほグループの検討状況

我々は、Hard Brexitを最も保守的なケースとして想定し、Brexit後の欧州における最適な拠点戦略の検討に着手している。

一般的な着眼点として、マーケットの魅力と地政学的な位置、労働力・専門人材の確保可能性、労働規制、税率、金融関連規制、当局対応力などを検討事項として考えているが、、みずほグループ特有の視点も考慮の上対応策の検討している。みずほグループとしては、グループ会社のEUパスポートやオフィスの利用可否・グループ会社間連携・新拠点と既存拠点の役割分担・我々のお客さまの動向も考慮すべきと考えている。

プレゼンテーション3:Japan's response to Brexit

赤石 浩一(経済産業省大臣官房審議官(通商政策局担当))

政府の対応

日本と英国の関係、日本とEUの関係は非常に密接で、Brexitの方向性次第では大きな打撃を受ける可能性がある。特に自由貿易に対する悲観的な見方が出てくると考えられ、安倍晋三首相は世界中の首脳たちと、自由貿易に対するコミットメントを強く確認している。

日本政府としては、タスクフォースを設置し、いろいろな情報を取りまとめて、英国とEU本部に要望を提出した。しかし、英国側からはほとんど明確な説明がなく、そもそも来年3月から実際に手続きが始まるかどうかも分からない状況である。

英国の対外関係のシナリオ

英国とEUの関係についてはシナリオが4つほどあると考えられる。1つ目に、単一市場へのアクセスをそのまま維持できるノルウェーのタイプである。2つ目に、トルコとEUのように関税同盟を維持する形である。3つ目に、韓国とEUのようにFTAを英国とEUの間で結ぶ形である。4つ目に、今の日本と欧州のような関係になる形である。この中で、日本政府は当然、単一市場へのアクセスを確保するシナリオを目指して働き掛けていく。

英国と第三国との関係も、おおむね4つのパターンがある。1つ目は韓国のように既にFTAが出来上がっているところは、英国が抜けた場合にどう対応するのか。2つ目に、いったん交渉がまとまって批准しているところはどう対応するのか。3つ目に、現在交渉中のところはBrexitが始まるとリソースを取られて交渉が進まなくなる恐れがある。4つ目に、全く交渉していない国は今後の対応をまっさらな状態から考えていくことになる。

手続きがどうなるか、英国とEUの関係がどうなるか、英国と第三国の関係がどうなるかが全く分からない状況なので、まずは英国政府にしっかりと対応を固めてもらい、EUとの交渉をしっかりやってもらった上で、我々のスタンスも固まっていく。我々はそれに向けて、何が起きても対応できるように準備していくことが重要である。

プレゼンテーション4:Wisdom between being in and not being in?

若杉 隆平(RIETIシニアアドバイザー・ファカルティフェロー / 京都大学名誉教授/横浜国立大学名誉教授/新潟県立大学大学院教授)

英国と大陸ヨーロッパとの関係

歴史的経緯をたどると、英国のEU離脱はそれほど驚くべきものではない。EUに留まることは経済的に利益となるが、政治的には抵抗感を持つことがしばしばであった。現在でも英国は大陸諸国ほど完全にはEUの一員となっていないことは、ユーロやシェンゲン協定を見れば分かる。加えて、2000年以降の移民問題がインパクトを与えた。僅かな差であったが離脱に賛成した歴史的背景はある。

ブリッジヘッドとしての英国

日本経済から英国とEUの関係を見ると、日本企業の現地法人がEU内で行う生産販売活動のうち、英国のシェアは依然として高い。また、日本の現地子会社はEU内で生産し、EU内に販売する割合が高い。英国は日本企業にとってEUで活動する上でのブリッジヘッドであると考えていいだろう。

そのブリッジヘッドがEUの単一市場から離れていくと、貿易や直接投資の英国からの転換が起こることは間違いない。その結果、英国に損失が生じる。EUにとっては、英国との貿易や投資が減ることで損失が生まれるが、一方で製造拠点が英国から移ってくることで利益があるかもしれない。世界全体にとっては効率性が低下することから、経済的ロスが生じると考えられ、製造業以外でも、ロンドンの国際金融センターが有している集積の利益を喪失し、ロスが生ずる。

もし英国がWTOによる最恵国待遇(MFN)を適用する形でEUを離れれば、長期的に貿易や投資に大きなシフトが生じることは間違いない。それを予測すれば英国は当然、他国との関係で新たな貿易協定を模索する。その形はいろいろある。WTO-MFNにとどまらず、たとえばEUと長期にわたる移行期間の設定もあるし、EEAのような合意を模索するかも知れない。それ以外の形があるかもしれない。

英国とEUの関係への関与

英国が環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)や環太平洋パートナーシップ協定(TPP)などによりEU以外の国との関係を発展させる動機が強まるとEU自身にとっては失うものがあるかもしれない。世界が経済的利益を得るには、英国とEUの関係をどう結び付けていくかの知恵が必要である。

ファクトリーEUの維持にどのように貢献できるかが、日本に問われている課題である。日本がEUとの間でEPAを結んだり、英国とのFTAを結ぶだけでは十分ではなく、EUと英国の関係を維持する上で日本が貢献する余地がないかを考える必要がある。

ディスカッション

中島(RIETI):
企業としてはタイムリーにビジネス判断をしなければならないが、Brexitの具体的な道筋が見えるまでには時間がかかると思う。その間にどう判断していこうと思われているのか。

田辺(日立製作所):
我々が鉄道ビジネスで英国とイタリアの2つの拠点を持っているように、想定外のことが起きてもレジリエントに対応できるように拠点を分散させて、さまざまなポートフォリオを組むことが必要である。

中島:
英国がEUを完全に離脱した場合、大陸側でロンドンに比肩できる金融センターとなりうる都市はないように見える。結果として全ての取引、本部機能をロンドンに残す可能性はあるか。東京で将来的に一部機能を肩代わりする可能性はあるか。

小林(みずほ銀行):
現状では、欧州内で金融業務を行うのに最も魅力的な都市はロンドンである。一部機能を大陸に移転することが必要になる可能性はあるが、欧州拠点間における機能分担は幅広に検討していく。なお、東京が一部機能を肩代わりするには言語の問題が非常に大きく、また日本のマーケットにおける価格発見機能もまだ十分に成熟していないので、道のりは相当長いと思われる。

中島:
英国、EUにとって、企業が抱く不透明さを減じるような現実的対応はあるか。離脱交渉が進む中で、英国がEU内の個別国と通商上の優遇協定を結ぶことはあるか。

ボールドウィン(CEPR):
英国政府次第である。不確実性の原因は英国政府にあるので、何を望んでいるのか言おうと思えば言えるが、政府内が一枚岩ではないために言えない。EU側の出方を待っている。EUは単一関税が決まっているので、個別の協定は貿易に関しては不可能である。ただ、フリートレードゾーンをつくるなどの特別な取り決めは可能である。

中島:
英国の労働市場で移民と最も競合するのが低賃金・低スキル層だとすれば、この層と競合する部分での移民を制限すれば、人・モノ・金が自由に移動するままでも問題はあまりないと見受けたが、どう考えるか。

ペトロンゴロ(CEPR):
移民の持つマイナスの影響は、実は低賃金層にあまり及んでいない。なぜなら、単純労働者はそれほど代替性がなく、移民とあまり競合しないからである。また、移民が増えれば需要も増えるので、それに応えるために労働力も生まれる。Hard Brexitで移動が制限されれば、低賃金層に好影響が出るといわれているが、思ったほどではない。

中島:
ロンドンシティの外資系金融機関がシティを離れる可能性は否定できないが、英国政府としてどのような手を打つと考えられるか。アジア関係の金融取引ではシンガポールや香港の方が国際金融センターとして優位性があるのではないか。そして、東京がそこに入ってくる可能性はあるか。

ラマドライ(CEPR):
英国政府が優先すべきことは、パスポートを維持することである。しかし、EU側はパスポートを除去することを優先に考えているので、厳しい交渉になるだろう。英国にとってアジアへの取引拡大は重要となる。東京も国際金融センターとしての優位性はあるが、足元では英国にとってシンガポールや香港の方がライバルになる。英国はもはや競争力のある提案ができなくなるかもしれないが、シンガポールや香港にはない特殊なノウハウを持っている点で比較優位がある。

中島:
米国はBrexitに対してどのような動きをしているのか。

赤石(経済産業省):
米国は英国との関係において、おおよそ3つのシナリオがあるはずで、1つは米国と英国で協定を結ぶこと、もう1つはTTIPを早く仕上げ、英国にアプライすること、もう1つはTPPや北米自由協定(NAFTA)に英国を入れておくことである。

中島:
そういう中で、日本が自由貿易協定で英国にとって優先度が高い国になり得る点はあるか。

赤石:
ポイントは2つあって、1つは日EU・EPA交渉が最終段階に差し掛かっていることである。EPAを仕上げれば、英国との関係を築くことがとても簡単になる。もう1つは、TPPのメンバーなので、英国がTPPに入れば一挙両得で英国との関係をつくることも可能である。

中島:
日本が英国とEUのシナプスとして両者をつなぐためには、どういう性格のFTAを結ぶことが望ましいか。

若杉(RIETI):
日本企業が欧州の中でも英国に非常に大きな集積を持っているのは、日欧間の貿易摩擦が深刻化した1980年代に日英間で産業協力を進めていこうとする非常にポジティブな取り組みをした蓄積があったからで、日本が英国との貿易や投資関係を維持するのは非常に重要である。英国とEUが絶縁するような最悪のシナリオの可能性はゼロではない現在、英国とEUの関係構築は日本にとっても非常に大きな意味がある。

望ましいFTAとしてTPPが1つのスタンダードになり得ると思う。TPPは、さまざまな地域貿易協定の中でも自由化度が高く、幅広い領域をカバーし、優れていると思う。幸いにも移民問題を避けている合意なので、現実的なスタンダードになり得る。

中島:
今後の世界経済の動きに対する経済全般の見方とその対応について教えていただきたい。

田辺:
英国経済のリバウンド力に期待したいと思っている。英国は開放的経済やグローバル化を指向する国だと思うので、そういう国々がアンチグローバリゼーションの心配を吹き飛ばして、世界経済をけん引するようなトレード指向のアプローチやアグリーメントをつくっていくべきである。企業のビジネス戦略もそこに沿ってつくっていきたい。

中島:
なぜ市場はBrexitに対して安定を取り戻しているのか。

小林:
市場が落ち着いているのは、流動性が十分に供給されているからではないか。現状、各国の金融緩和政策のため、市場において必要な資金調達を容易に行うことができる状況にある。

中島:
今回Brexitが起きたことによって、欧州の経済政治秩序はどうなるのか。

ボールドウィン:
Brexitが決まったとき、すぐに感じた懸念は、追随する国が出てくることである。そういった動きが始まったら、欧州にとって大変なことになったのだが、ポンド安になって、株も下落したのを見て、「離脱は良くない」と大陸の人は思ったのである。ということで、結局はEUを堅持する方向になっている。2017年3月からの交渉で、EUが絶対に移民の自由な移動を認めないとする強硬な態度を取れば、英国に追随する国は出てこないと思うが、逆にいいとこ取りでオーケーということになれば、Brexitに追随する国が出てくるだろう。

ペトロンゴロ:
Brexit後のEUはまだよく分からないが、英国は常に政治的、経済的にEU統合のブレーキの役割を果たしてきた。その英国が離脱すれば、EU統合の障害はなくなったと考えられる。ただ、Brexitの結果、欧州の他のポピュリスト的な政党の発言権が強まるので、さらに国民投票をやれという声が強くなるのではないか。

ラマドライ:
Brexitはアンチグローバル化の表現であって、いずれ出てくる問題だった。つまり、たまたま英国から出てしまったということなのではないか。教訓となったのは、グローバル化の声がやや弱かったことであり、グローバル化に賛成する者としては、グローバル化のベネフィットは大きいことをもっと声高に表明する必要があった。それから、英国の経済に今のところ何も起こっていないのは嵐の前の静けさの状態である。しかも、Brexitによって政治の不安定性はさらに増している。

中島:
世界経済のグローバル化はさらに進むと考えていいか。今後の世界の通商貿易体制はどうなるか。

若杉:
イノベーションが進展する中でグローバライゼーションが進んできたのであって、それを止める方法はないだろう。一方で、WTOは反グローバリズムに直面し、自由化がほとんど進んでいない現実がある。確かにグローバライゼーションの進展と所得格差の拡大・移民問題の深刻化とが並行して生じているように見える。しかし、こういった問題は、グローバライゼーションを止めることによって果たして解決されるであろうか。むしろグローバライゼーションは不可避であると考えた上で、1つ1つの問題をどうマネージしていくのかが非常に重要なポイントになるのではないか。

中島:
Brexit後、従来の世界貿易秩序を変える動きもある中で、政府としては今後どのように貿易自由化の動きを進めていくのか。

赤石:
1つの貿易体制をつくり上げたのが20世紀だったが、21世紀に入ってからは、メガFTAが出てきて、フラグメンテーションが進んでいる。WTOでも163カ国全てが合意することはできないので、プルリ(複数国間)協定を結ぶ動きがある。メガFTAやプルリが進展することは、全体として貿易の自由化を促すことにもなるので、私はこの動きは悪い動きではないと思っている。

中島:
ここでボールドウィン先生からCEPRを代表してクロージングリマークスを頂戴したい。

ボールドウィン:
欧州と日本はさまざまな経済的問題を共有していると思う。日米を凌ぐと思う。日米間の協力はいろいろ進んでいるが、日欧の協力はもっと進んでも良いと思っていたので、RIETIとCEPRは貴重なリンクになるのではないかと思う。今後も是非良い協力を堅持していきたいと思っている。

中島:
シンポジウムにご参加の先生方や皆様からいろいろな詳しい分析と見方を頂戴することができた。Brexit1つを取っても、欧州に限らず多様な動きがあって、それが世界経済を確実に動かしていくことがお分かりいただけたと思う。経済を多面的に見る必要性が改めて確認できたが、今後とも是非このような知見が生かされればと思う次第である。