Brexit:英国とグローバル経済の行方(開催報告概略)

イベント概要

  • 日時:2016年11月7日(月)14:00-18:00
  • 会場:全社協・灘尾ホール(東京都千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビル1F)
  • 主催:独立行政法人経済産業研究所(RIETI) / Centre for Economic Policy Research(CEPR)

英国がEUからの離脱(Brexit)を決定したことに伴い、英国や欧州に進出している日本企業への影響が懸念されている。

RIETIでは過去10年にわたって、欧州屈指のシンクタンクである英国経済政策研究センター(Centre for Economic Policy Research: CEPR)と研究交流を続けており、今回はBrexit後の影響や課題を探るため、共同でシンポジウムを開催した。前半では、CEPRのRichard BALDWIN所長ら3氏が貿易投資、労働市場、国際金融の分野からそれぞれ講演した。後半のパネルディスカッションでは、3氏の他、日本の産学官から4氏が参加し、Brexitが日本そしてグローバル経済に与える影響について議論し、これからの世界経済の方向性について語り合った。

議事概要

開会挨拶

中島 厚志(RIETI理事長)

今年6月23日に英国が国民投票でEU離脱(Brexit)を選択し、今後EUと交渉を行うことになった。世界への影響力が極めて大きく、EU内でドイツに次ぐ2番目の経済大国である英国がEUを離脱することになった結果に、世界の金融市場は大きく反応しているし、英国とEUだけでなく世界経済にも不安が高まっている。

RIETIは、過去10年にわたってCEPRと国際ワークショップを開催するなどの研究交流を行っており、今回のシンポジウム開催に至った。本日のシンポジウムは、CEPRの先生方にお話しいただいた後、パネルディスカッションを行い、Brexitに対する日本の対応などについて議論を深める。米大統領選挙の前日であり、同じように世界経済に大きなインパクトを与えるBrexit問題についてタイムリーにシンポジウムを開催できたことを大変喜ばしく思う。本シンポジウムが、Brexitについて中身の濃い知見を皆さまにお伝えできることを祈念している。

講演1:Brexitと英国の貿易・投資関係の将来

リチャード・ボールドウィン(CEPR所長 / 高等国際問題・開発研究所(ジュネーブ)教授)

ポストBrexitの3つの道

Brexitは、2つのプロセスを伴う。最初はEU全体からの「離婚」であり、次に各EU加盟国との個別の「再婚」である。EU離脱は比較的容易だが、各国との交渉は困難なプロセスになる。1番目の選択肢は単一市場を維持することで、経済的ダメージは最も小さいが、英国はあまり主導権を握れない。2番目の選択肢は、TPPのような貿易協定をEUと結ぶことだ。この場合、英国は一定程度の主導権を得られるが、経済的ダメージはより大きくなる。最後はEUから強硬離脱し、特別な協定を結ばない道である。そうなると英国は、EUの一部としてFTAを結んできた多くの国々と協定の再交渉をしなければならなくなり、それには十数年という年月がかかる。この方法が最も英国が主導権を握れるが、経済的ダメージは最も大きくなる。

今後の展望

ハイポリティクス(軍事や政治問題に限った外交)においては、英国は弱い立場にある。EUは、他の加盟国が英国に追随するような先例を作りたくないからだ。ローポリティクス(通商・経済問題を主要課題とする外交)においては、全ての加盟国と欧州議会が拒否権を持っているので、英国とEUが貿易協定を結ぶことはほとんど不可能である。現在、英国では与党内も強硬離脱派と実用主義者の分裂が起きており、Brexit後にどの道を行くかは混迷を極めている。

講演2:Brexitと英国の労働市場問題

バーバラ・ペトロンゴロ(CEPR労働経済プログラムディレクター / ロンドン大学クイーン・メアリー教授)

Brexitによる経済損失

Brexitは既に英国経済に負の影響を及ぼしており、あるモデルでは、1人当たりGDP(国内総生産)は、英国がヨーロッパ経済圏に残った場合でも1.3%減、完全に離脱すればFDI(直接投資)の減少も含めて2.6%減と試算されている。移民政策のコントロールを握るということにそれだけの価値があるかどうかは疑問である。

移民抑制政策の効果

移民は労働人口の6.3%に過ぎず、移民が国内労働者の失業率や賃金に悪影響を及ぼしているという根拠はない。また、移民は主に単純労働に従事しているため、移民が規制されると、こうした分野では賃金上昇と最終製品の価格上昇が生じる。しかし、それらの職業は国内労働者からは忌避されているため、その影響はごくわずかにとどまる。移民を中止すると、一般職では0.16%、専門職では0.62%の賃金上昇が起こるが、これはイングランド銀行が2018年の予測として出している2.0%の賃金下落に比べてわずかである。従って、移民抑制政策が英国の国内労働者に良い影響を与えるとは言えない。

講演3:Brexit、国際金融、シティ

タルン・ラマドライ(CEPRリサーチフェロー / インペリアル・カレッジ・ロンドン教授)

金融サービス業の現状と展望

英国の金融サービス業は、国内ではGDPの12%を占め、世界的にも外国為替、国際融資、海外資産管理等の領域では中心的な位置付けにある。しかし、これらは規制の変化に極めて敏感な分野である。例えば、英国の銀行は、ユーロ建ての支払いは欧州中央銀行をハブとして国別の中銀がスポークとなるTARGET2システムを通じて行っているが、Brexit後もこれにアクセスできるかどうかは不透明である。Brexit支持者はアジアへの転換を主張しているが、これまでEUに重心を置いてきた英国の銀行が方針転換するには時間がかかるし、アジアのキャピタルマーケットへの参入は極めて難しい。

高まる不確実性

地政学的なリスクは9.11以来倍増しており、英国経済の不確実性はリーマンショックで上昇した。2013年以降は落ち着いていたが、Brexitによって英国の経済政策の不確実性は、グローバル金融危機以降、最も高い水準にある。長期にわたる不確実性は、市場が平常に戻ったときに経済主体をリスク回避志向にし、長期的に英国経済の足を引っ張ることになる。

パネルディスカッション 「Brexitと日本そしてグローバル経済」

Japan's response to Brexit

赤石 浩一(経済産業省大臣官房審議官(通商政策局担当))

政府の対応

日英経済関係、日EU経済関係はいずれも非常に密接で、Brexitの方向性次第では大きな打撃を受ける可能性がある。今後も自由貿易に対する悲観的な見方が出てくると考えられ、安倍首相はこれまでもG7などを通じて首脳と自由貿易に対するコミットメントを強く確認、今後もその方針に揺らぎは無い。

日本政府としては、タスクフォースを設置し、いろいろな情報を取りまとめて、英国とEU本部に要望を提出した。

準備の必要性

Brexitは貿易、金融、人の移動にとどまらず、情報共有、知的財産、各種規制等、幅広い分野に影響を及ぼす。しかし、離脱手続きがどうなるか、EUと英国の関係がどうなるか、第3国との関係がどうなるかが全く不透明な状況。

まずは英国政府にしっかりと対応を固めてもらい、EUとの交渉をしっかりやってもらった上で、我々のスタンスが固まっていく。

それに向けて、何が起きても対応できるように準備していくことが重要である。

The Impact of Brexit on the Financial Sector in Japan―Our Analysis

小林 一也(みずほ銀行常務執行役員)

金融機関における最大の問題点

みずほグループは、銀行・証券・信託・アセットマネジメントのそれぞれが、支店形態・もしくは現法形態にて欧州でビジネスを展開している。

一般論としては、英国がEUパスポートを喪失した場合でも、日本法人の支店形態で営業を行うなら直接的な影響は無いが、英国現法を基点にEU域内で営業展開している場合、パスポート再取得等の対応が必要となる可能性が高い。

諸問題への今後の対応について

日系金融機関にとっては、従業員就労ビザ・英国内顧客動向・英国におけるユーロ取引のクリアリング継続可否等も主な論点になると考えている。

みずほグループはいわゆるHard Brexitを最も保守的なケースとして想定し、市場の魅力や地政学的位置等の一般的な着眼点に加えて、グループとして勘案すべき特有の論点も考慮の上、Brexit後の欧州における最適な拠点戦略の検討に着手している。

Views of Brexit by Hitachi

田辺 靖雄(株式会社日立製作所執行役専務)

Brexitの影響

長期的に英国経済がどうなるか大変気掛かりである。懸念している問題としては、英国とEUにまたがるサプライチェーン、質の高い労働力の確保、ポンド安に伴う英国の購買力の低下等がある。英国政府に対しては、EUとの単一市場の継続や人の移動の自由、スタンダード関係、マクロ経済、為替レートの問題について要望している。

Brexitへの対応

将来的に、英国と日本は自由貿易を推進する立場として一緒に働いていくべきであり、その際にはグローバリゼーションに対するアンチなムードに対し、インクルーシブ・トレードの概念を広めることや、デジタルトレードの流れを加味したルールづくりを主導すべきと考える。

Wisdom between being in and not being in?

若杉 隆平(RIETIシニアアドバイザー・ファカルティフェロー / 京都大学名誉教授/横浜国立大学名誉教授/新潟県立大学大学院教授)

ブリッジヘッドとしての英国

日本企業にとってEUでの活動のブリッジヘッドである英国が、EUの単一市場から離れていくと、貿易や直接投資の多様化が起こる。英国には損失が生じる一方、EUにとっても英国との貿易や投資が減ることで損失が生まれる。ただし、一方で製造拠点が移ってくることの利益が生じる可能性がある。またロンドンの国際金融センターは、その位置付けを考えると、集積の利益を喪失する効果は大きいかもしれない。英国は当然、他国との関係でいろいろな動きをとり始めるだろう。

英国とEUの関係への関与

その中でファクトリーEUをどのような形で維持することに貢献できるかが、日本が主体的に問われる大きな課題となる。単にEUとの間でEPAを結んだり、英国との関係を強化するだけでなく、EUと英国の関係に日本が橋渡しとなるような関与をできる余地がないかを考える必要がある。

質疑応答

今後の世界経済の動きとその対応は。

田辺専務:英国経済のリバウンド力に期待したい。英国は開放的経済やグローバル化を指向する国だと思うので、アンチグローバリゼーションの心配を吹き飛ばして、世界経済をけん引するようなトレード指向のアプローチやアグリーメントをつくっていくべきである。

日本企業が全ての取引、本部機能をロンドンに残す可能性は。

小林常務:欧州内で金融業務を行うのに現状最も魅力的な都市はロンドンであると考える。Brexitの内容次第では「結果的にすべての取引・本部機能をロンドンに残す」という選択肢もありうるが、一部機能のEU域内へのシフトも含め、欧州拠点間における機能分担は幅広に検討されるものと考える。

Brexitが起きたことで、ヨーロッパの経済政治秩序はどうなるのか。

ボールドウィン所長:すぐに感じた懸念は、追随する国が出てくることだったが、結局はヨーロッパを堅持する方向になっている。今後の交渉で、EUが絶対に移民の移動を認めないとする強硬な態度を取れば、追随する国は出てこないと思うが、いいとこ取りでオーケーということになれば、追随する国が出てくるだろう。

ペトロンゴロディレクター:常に政治的、経済的にEU統合のブレーキの役割を果たしてきた英国がEUを離脱すれば、EU統合の障害はなくなったと考えられる。ただ、Brexitの結果、ヨーロッパの他のポピュリスト的な政党の発言権が強まる。

ラマドライリサーチフェロー:Brexitはアンチグローバル化の表現であって、いずれ出てくる問題だった。教訓となったのは、グローバル化の声がやや弱かったことであり、グローバル化のベネフィットが大きいことをもっと声高に表明する必要があった。英国の経済に今のところ何も起こっていないのは嵐の前の静けさの状態であり、Brexitによって政治の不安定性もさらに増している。

世界経済のグローバル化はさらに進むか。

若杉シニアアドバイザー・ファカルティフェロー:イノベーションによって実現するグローバリゼーションは止める方法はなく、不可避であると考えた上で、移民や所得格差など個別の問題をマネージしていくことが非常に重要なポイントになる。

今後どのように貿易自由化の動きを進めていくのか。

赤石審議官:21世紀に入ってからは、メガFTAの交渉が活発化し、フラグメンテーションが進んでいるという見方もある。しかしながら、WTO163カ国全てが合意するラウンド型交渉は今後益々困難となるなか、メガFTAやプルリ(複数国間)協定を結ぶ動きが進展することは、決して悪いことではない。

ボールドウィン所長:ヨーロッパと日本は、日米をしのぐさまざまな経済的問題を共有しているので、日欧の協力はもっと進んでもいい。RIETIとCEPRはその貴重なリンクになると思うので、協力関係を堅持していきたい。

モデレータ

中島理事長:Brexit1つを取っても、欧州に限らず多様な動きがあって、それが世界経済を確実に動かしていくことがお分かりいただけたと思う。経済を多面的に見る必要性があらためて確認できたが、今後ともぜひこのような知見が生かされればと思う次第である。