Hitotsubashi-RIETI International Workshop on Real Estate Market, Productivity, and Prices(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2016年10月13日(木)10:00〜17:15
       2016年10月14日(金)9:45〜16:15
  • 会場:経済産業研究所セミナー室1121号室(〒100-8901 東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階)

議事概要

不動産市場、生産性、価格というテーマで、2016年10月13日、14日の2日間、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)においてワークショップを開催した。これら3つのテーマはそれぞれ経済学や経済活動において重要というだけでなく、お互いに関係しあうという点でも興味深い研究対象である。2日間で合計14本の発表があり、13日は価格や生産性、14日は不動産市場と経済との関係に焦点を当てた研究が多く発表された。内外から多くの研究者の参加があり、活発な議論が展開された。各セッションの報告内容と議論は下記の通りである。

10月13日(木)

第1セッション

座長:ABE Naohito (Hitotsubashi U.)

"Has the Labour Share Declined?"

発表者:Paul SCHREYER (OECD)

討論者:MORIKAWA Masayuki (RIETI)

報告:近年、OECD諸国の労働分配率が低下傾向にあることが各界で注目を集めている。本報告は、経済厚生を考える際には、分配率を計算する際に分母にくる所得から減価償却を控除するほうが望ましいと論じた上で新たに減価償却控除後の労働分配率を計算した。すると、日本を含むOECD諸国において、労働分配率の低下は観察されないという結果を得た。また、韓国経済を例にした詳細な分析結果の報告もあった。

討論:批判的なコメントはほとんど行われず、経済理論との整合性についての議論が行われた。さらに、労働分配率の計算において、計測されない要素、たとえば無形固定資産といった要素の潜在的影響や産業構造の変化等を考慮するといった点からの議論も展開された。

"Aging, Inflation and Property Prices"

発表者:INOUE Tomoo (Seikei University)

討論者:Marshall REINSDORF (IMF)

報告:出生率の低下や高齢化の進展が財・サービス市場および資産市場に及ぼす影響について、主要先進国23カ国のパネルデータを用いて検証した。その結果、年少従属人口指数は一般物価と住宅価格両方に有意に正の影響を有しているという結果を得た。高齢化と住宅価格との関係に焦点を当てることの多かった従来の研究に比して、本研究では、高齢化が一般物価と資産価格両方に及ぼす影響を同時に検証し、有意な結果を得ている点が特徴である。

討論:1970年代と1980年代にかけては高インフレとその後の低インフレは人口動態とは関係ない理由で起きている可能性があり、本研究の結果はそうした時間効果をとらえたものではないかという指摘、貿易財・非貿易財に分けて一般物価への影響を考慮すべきではないかという指摘がされた。

Luncheon Speech "Residential Property Price Indexes for Tokyo Condominium Market"

Erwin DIEWERT (UBC)

(Presentation by SHIMIZU Chihiro (Nihon University))

報告:ヘドニック回帰モデルを用いて、2000年から2015年にかけての東京におけるマンション取引価格に関する分析の報告があった。住戸の売却価格を建物部分と土地部分に分離するbuilder's modelを用いた分析では、マンション価格を説明する諸要因が議論されるとともに、マンションの減価償却率が年間3.6%程度であるとの結果が示された。

第2セッション

座長:IWAISAKO Tokuo (Hitotsubashi University)

"Can Mismeasurement of the Digital Economy Explain the U.S. Productivity Slowdown?"

発表者:Marshall REINSDORF (IMF)

討論者:TAKIZAWA Miho (Toyo University)

報告:観察される米国の生産性低下が、推計の際にICT(Information and Communication Technology)やソフトウェア等のデジタル経済の影響を十分に考慮されていないことに起因するかどうかを検証した。分析の結果、無形資産、ICT製品の価格低下、グローバル化、インターネット利用サービス等を考慮しないことにより、確かに生産性は過小評価される傾向はあるものの、その影響の程度は2004年以後の10年間では変化しておらず、近年の生産性低下の原因ではないことが判明した。

討論:ICTが生産性低下の主要因でない場合は、何が原因である可能性があるのか疑問が提示され、サービス産業における低い生産性との関係が議論された。また、平均的な生産性の伸びに注目するのではなく産業あるいは企業間での異質性の重要性、さらには現在の生産性の伸び率低下をこの10年の動きではなく、より長期的な、歴史的な文脈で捉えることの重要性も指摘された。

"Estimation of Aggregate Demand and Supply Shocks Using Commodity Transaction Data"

発表者:ABE Naohito (Hitotsubashi University)

討論者:MIYAGAWA Tsutomu (Gakushuin University)

報告:最近9年間の日本における非耐久財のPOSデータを用いて経済全体に影響を及ぼすマクロの需要・供給ショックを推計し、近年の日本においてどちらの影響が強いかを論じた。個別の商品に関する需要と供給関数を、マクロショックなどをコントロールした後の残渣である需要ショックと供給ショックが直交しているという仮定の下で推計した上で、それら曲線のシフトを経済全体で集計することで総需要・総供給ショックを推計している。その結果、消費税増税後の日本にあてはめると、供給曲線と需要曲線が共に上方にシフトしており、この時期の日本では、負の供給ショックと正の需要ショックが生じていたという結果を得た。

討論:(1)消費税率の変更の影響をみるためには耐久財を分析に含める必要性、(2)SRIデータに基づく価格と消費者物価指数との差異を明示的に考慮する必要性、(3)製品回転率が内生的に決まることを考慮する必要性についての指摘がされた。

第3セッション

座長:NISHIYAMA Yoshihiko (Kyoto University)

"Satisfaction, Loyalty and Productivity: A Case of Beauty Salon"

発表者:KONISHI Yoko (RIETI)

討論者:NEMOTO Jiro (Nagoya University)

報告:近年サービス産業のGDPは7割を超え、日本経済の中で重要な位置を占める。サービスは消失性、同時性、無形性などの特徴からその質や技術を可視化し定量的に分析することが困難である。そこで本分析では、全業種の中で最も事業所数が多い美容業において、特定の美容室の長期にわたる顧客データに基づき顧客の再来店確率および顧客満足度の決定要因に係る分析結果を報告した。その際新たな試みとして、顧客が経験した美容室での環境を再現すべく、美容師のスキルに加えて、混雑状況や美容師の疲労度などの変数を加えた。結果、事前予約する顧客や推奨された整髪関連商品を購入する顧客は再来店する可能性が高くなることや、店舗の混雑は初回来店客には悪い印象を与える一方で常連客には良い印象を与えること等が示され、美容師のスキル以外の環境要因が顧客の支出行動に影響を与えることを示した。

討論:美容師の技術力を表す変数については抱える最大顧客数となっているものの果たして美容師の真の技術力を表象するものとなっているかという質問の他、データ観測期間の最終年である2010年以降でも顧客が再来店する可能性がある点を推計上で考慮するといった質問があった。また、パネルデータを用いている利点を活かし、顧客と美容師の個別リレーションシップにも焦点を当て、どのようなペアであると長期的な関係性を維持できるのかについて分析を試みてはという提案がされた。

"Effects of New Goods and Product Turnover on Price Indexes"

発表者:TONOGI Akiyuki (Hitotsubashi University)

討論者:Paul SCHREYER (OECD)

報告:市場の商品の入れ替わりが無視できない程度に発生しているにもかかわらず公式な消費者物価指数の計測においては少数の特定の商品価格のみを用いており、消費や売り上げデータとデフレーターの間に乖離が生じている可能性がある。本研究では、POSデータに記録される全商品の情報を用い、単価指数と消費者物価指数を構築し、新商品の登場、旧商品の退出が消費者物価指数に与える影響について分析している。具体的には、単価指数の変動を価格変更効果、代替効果、商品の入れ替え効果の3つに要因分解し、実証分析を行った。その結果、単価指数と公式消費者物価指数との差異が大きくなった2007年、2008年および2014年には商品入れ替え効果がその乖離のほとんどを作り出しており、より割高な新商品投入がその時期にあったという結果を得た。

討論:研究結果を踏まえてCPI作成方法にどのような提言ができるのかという質問に加えて、ICT製品、健康関連サービスおよび耐久消費財の価格計測への応用可能性についての質問があった。また、品質調整と実質的な価格調整を識別する手法についても議論された。

10月14日(金)

第4セッション

座長:XU Peng (Hosei University)

"Quantile Regression and the Decomposition of House Price Distribution"

発表者:Dan MCMILLEN (NUS & University of Illinois at Urbana Champaign)

討論者:Robert HILL (University of Graz)

報告:不動産価格指数に関して、分位点回帰を応用した不動産価格分布の要因分解(Machado-Mato decomposition)に加えて、時間に関して可変的な回帰係数(rolling time dummy method)を導入した不動産価格指数を提案した。具体的には1986年から2015年における日本の6都市(東京、横浜、川崎、京都、大阪、神戸)を対象に、バブル発生期および崩壊期の不動産価格分布の動向を計測、都市ごとに比較を行った。(1)バブル発生期において東京は関西よりも先んじて不動産価格の高騰が発生していたこと、(2)バブル崩壊期において東京よりも関西において不動産価格の急落が発生していたことが示された。

討論:不動産市場における不動産属性に関した評価が可変的であることや、不動産価格指数に関した都市間比較の意義を強調した上で、不動産の立地に関して緯度経度情報を考慮した感度分析が必要ではないか、等の指摘がなされた。

"Geography and Realty Prices: Evidence from International Transaction-Level Data"

発表者:MIYAKAWA Daisuke (Hitotsubashi University)

討論者:NAKAJIMA Kentaro (Tohoku University)

報告:資本の国際移動が不動産価格に与える影響に注目し、ミクロの観点から、日本、米国、豪州、カナダなど8カ国の都市における詳細な不動産取引情報を用い、外国人投資家による不動産購入が不動産価格に与えた影響を検証した。(1)外国人投資家が購入した不動産は、国内投資家が支払うであろう金額よりも高い価格で成約していること、(2)外国人投資家の取引経験が蓄積するとその価格差は縮小する傾向があり、その要因として「情報の非対称性」が示唆されることが示された。

討論:「情報の非対称性」の源泉とはどのようなものか、特に外国人投資家の言語圏などの属性に関して調べる必要があるのではないか、また、不動産投資ブームなどの影響を除去する必要があるのではないか、等の指摘がなされた。

"Inefficiency in Rice Production and Land Use: A Panel Study of Japanese Rice Farmers"

発表者:OGAWA Kazuo (Osaka University)

討論者:OHASHI Hiroshi (University of Tokyo)

報告:日本における稲作農家の生産効率を農林水産省「米生産費調査統計」の個票を用いて分析した。「非効率な農家」の特徴として、(1)筆数が多く1筆あたりの規模が小さい、(2)10a当たりの収益性が低い、(3)土地生産性、資本生産性、労働生産性が各々低い、(4)耕地利用率が低い、(5)認定農業者が多いことを示した。さらに、「効率的な農家」と「非効率な農家」に関して動学的な要素需要関数を推定した結果、「非効率的な農家」の賃金に対する労働投入に関した調整は、効率的な農家と比較して、短期的にも長期的にも鈍いことを示した。

討論:(1)生産関数、要素需要関数および稲作に関する耕地利用率の同時決定性、(2)農家の退出や農地規模の変更に関するセレクション・バイアスの可能性、(3)生産要素投入の内生性、 (4)既存研究で計測された需要弾力性を用いた経済厚生評価への拡張可能性の検討などが指摘された。

Luncheon Speech "The Economic Value of Green Building"

YongHeng DENG (NUS)

報告:Green BuildingおよびGreen Labelに焦点を当て、環境への配慮がどの程度不動産経済において観察されるか分析した。東京の不動産市場においては、不動産の他の属性をコントロールした後、Green Labelの有無による賃料が4.39%変化すること、特に、「中規模かつ築古物件」が集中している層では賃料が13.78%高い傾向があるという結果を得た。

第5セッション

座長:SHIMIZU Chihiro (Nihon University)

"Weekly Hedonic House Price Indices and the Rolling Time Dummy Method: An Application to Sydney and Tokyo"

発表者:Robert HILL (University of Graz)

討論者:HIGO Masahiro (Bank of Japan)

報告:不動産価格指数において、回帰係数が可変的なRolling-time-dummy hednic method(RTD法)に着目し、RTD法により週別不動産価格指数を計測する場合、分析対象となる最適な週の幅(window)が重要であることを指摘した。東京とシドニーを分析対象に、四半期別不動産価格指数をベンチマークとし、さまざまな幅に応じた週別不動産価格指数のベンチマークからの乖かい離率(E stat)を算出し、最適な週別不動産価格指数の幅を計測した。その結果、(1)シドニーでは26週が最適であり、(2)東京では18週が最適な幅であることが示された。

討論:(1)幅を固定した場合のRTD法による不動産価格指数と、幅を固定しない場合のRTD法の不動産価格指数のパフォーマンスを比較し検討を加える必要性、(2)予測力という観点から四半期別不動産価格指数と週別不動産価格指数を評価する必要性、(3)東京における週別不動産価格指数の変動要因について議論された。

"Structure Depreciation and the Production of Real Estate Services"

発表者:YOSHIDA Jiro (Pennsylvania State University)

討論者:SUZUKI Michio (University of Tokyo)

報告:不動産の価値を計測する上で、土地と構造物(上物)に分け、後者の減価償却率と土地・構造物の代替性に関する分析を行った日本(東京)および米国(ペンシルバニア州センター郡)における詳細な不動産取引データを用いたヘドニック分析を行い、物件ごとの減価償却率を計測している。その結果、(1)規模の経済に関して日本では一定だが米国では逓減であること、(2)土地と建物は粗代替財であること、(3)建物の減価償却率に関して米国よりも日本が高く、住居用不動産よりも商業用不動産の方が高いという結果を得た。

討論:報告論文における理論モデルと実証モデルの整合性について議論がなされた。また、技術進歩による物件の陳腐化などコーホート効果の処理、鑑定価格上の実務的に設定されている減価償却率との比較の必要性、上物におけるリフォームの有無の影響についても議論された。

"How Inheritance Affects the Real Estate Market in an Aging Economy: Evidence from Transaction and Registry Data"

発表者:UESUGI Iichiro (RIETI and Hitotsubashi University)

討論者:NAOI Michio (Keio University)

報告: 高齢化社会の進展が不動産市場に与える影響を念頭に、相続後3年以内の不動産売却に関して不動産譲渡税から相続税を控除することができる日本の税制に注目し、不動産の相続が不動産価格に与える影響を検証した。具体的には、2002年から2013年における東京23区内の売却不動産を対象に、不動産価格・不動産属性情報に不動産の相続登記情報を丁目レベルで統合し、丁目レベルの相続発生率と新規売却希望率、その物件が立地している丁目の新規売却希望率とその物件の成約価格の関係を操作変数法により調べた。(1)相続発生率が高い丁目ほど売却希望率が高い傾向があること、(2)売却希望率が高い丁目の物件は成約価格が低くなる傾向があることが分かった。さらに、推計結果から土地、一戸建て、区分建物ごとの需要価格弾力性を逆算した結果、不動産の形態ごとに需要価格弾力性が異なることが示された。

討論: ヘドニック・アプローチの理論的な基礎との整合性、家計属性という観点から相続発生率の操作変数としての妥当性に関した議論が行われた。また、不動産の需要弾力性に関して不動産間の代替可能性による影響を受けるとの指摘がなされた。