今後の国際通商制度と投資セミナー(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2016年7月12日(火)9:30-17:40
  • 会場:ジェトロ本部(東京)5階展示場ホール(港区赤坂1-12-32 アーク森ビル)
  • 主催:独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)、世界経済フォーラム(WEF)、貿易と持続可能な開発のための国際センター(ICTSD)

議事概要(午前の部)

我々は、今まさに国際制度の分岐点にいる。WTOは、低迷の中で貿易・投資に関して新たな交渉方式を実験的に試みる段階に移行しており、他方でFTAが台頭しTPPのようなメガリージョナルも生まれている。現実の世界の環境変化に応えるためには、ルール作りを急がねばならないが、現実は混迷を極めており、グローバルな貿易投資ルール作りに向けて真剣な議論を行うべき時期が来ている。

こうしたグローバルな背景に対応して、セッション1では「投資ルールのハーモナイゼーション」、セッション2では「投資実態および21世紀における政策課題」について、内外の産官学の識者による議論が行われた。

セッション1:「投資ルールのハーモナイゼイション」

現在、我々は国際制度の分岐点を迎えている。貿易のルールと投資のルールは相互に作用していても、相互補完はしていない。今後、投資ルールをグローバルに調和させるとともに、通商ルールと投資ルールをよりよく調和させることは可能なのか。

日本政府は、本年6月初めに投資関連協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプランを閣議決定。2020年までに100の国・地域を対象に署名・発効を目指している。「自由化型」を念頭に高いレベルの質を確保しつつ、相手国の事情などを鑑みスピード感を重視して柔軟に交渉を進め、サービスや電子商取引の分野を含めていくことが検討されている。

南アフリカでは、ISDS条項は裕福な外国人あるいは外資企業などに対して利益をもたらす不公平なものであると批判されてきた。たとえば、国内投資家にはない賠償・補償請求手続が外国人投資家には認められている。また、仲裁は閉ざされた部屋で行われ、透明性が確保されていないとの批判を受けISDS条項を破棄する方向での政策決定が行われた。最近行われたG20の議論を見ても、振り子はISDS条項の改革へ向かっている。

ISDS条項については、世界各国で「仲裁人の利益相反の克服」「手続きの透明性確保」「並行手続の抑制」「上訴手続の創設」といった課題が議論され、それぞれ対応が進められている。自由な投資の保障と正当な規制権限の確保とのバランスが重要であり、TPPにおいても整理が行われている。ISDS条項の批判の多くは誤解によるものであるが、十分な説明と正しいパセプション作りが重要である。

ビジネス界から見ると、投資保護は重要な課題であるが、最近の協定に関しては、外国投資の保護範囲の限定や、ISDS条項の利便性の低下などに懸念を持っている。政府の規制権限の確保のみに重点を置くと、外国投資の保護が阻害され、結果的にホスト国の経済にも悪影響が出る。国際機関やG20が次第に外国投資に制約となる方向性を示していることに懸念がある。

投資協定の調和をめぐる動きの中で、EUによる投資裁判所の提案など、ヨーロッパとアジアとの法制のギャップが広がりつつあることに懸念がある。TPP、RCEP、FTAAP、米中BIT、APECなどを通じて、アジア太平洋地域からの投資ルール発信に期待する。

Q:
・既存のFTAとTPPといったメガリージョナルの協定でルールが異なる場合、どのような取り扱いになるのか。
・日本企業のISDS活用事例が少ないのはなぜか。
・ISDSに関する制度の調和はどのような枠組みで行われるべきか。
・投資ルールのハーモナイゼーションは今後進むのか。あるいは更なる分断化が進むのか。

A:
今後、グローバル化に伴い日本の企業の中で、ルールに基づいて解決していくという考え方が広がっていくか否かがポイントになるが、ISDS制度は活用されつつあるところ。提訴に至らなくとも、ホスト国政府に投資保護を求める梃子となっている。
現状として、投資ルールのハーモナイゼーションが即時に進む見込みはないが、長期的に投資ルールのマルチ化を目指すべき。手続き面でのハーモは進められている。
ISDS活用に当たっては、日本の法律家の教育も重要。
ルールを無理にハーモナイズすることよりも、中味が重要。ハーモは慎重に行われるべき。

セッション2:「投資実態および21世紀における政策課題」

デジタル経済、デジタル貿易、デジタル投資がどんどん拡大し変貌する中、従来型の投資分類や投資ルールは時代遅れになっている。必要とする規律は、GVCの実態に沿い多角化し、投資ルールと貿易ルールとの垣根も不分明になってきている。WTOが停滞する中で、TPPの電子商取引章、TISA、TTIPなどの動きに注目している。RCEPはTPPのデジタル分野の規律を基礎に発展することを期待。中国やインドの関心分野、プライバシー保護などに関する考え方も明るみになってくるであろう。デジタルの領域で投資を促していくためには、ネガティブリスト方式が望ましい。

先進国から新興市場国まで多様な国々に対して投資を行っている中で、日本企業にとって、政策・法制面のリスクは頭の痛い問題である。投資協定については、最低限のフレームワークの迅速な整備とトラブル解決方法の確保が必要であり、加えて、相手国側の法制度・運用体制整備のための協力も求められる。

日本の対内直接投資を拡大するには、「日本が投資に値する市場(ビジネスしやすく儲かる市場)となること」「日本のビジネス環境の改善を広く海外投資家に周知すること」「日本への投資に関心のある企業に寄り添って1社1社丁寧にサポートしていくこと」が求められる。

Brexitは、自動車分野を初めとして日本企業の対英投資が大きいだけに大きな影響あり。統括本部を英に置く企業も多く見直しを迫られることは必至。この2年間で、英国がどのような協定をEUあるいはその他の国と結ぶかが鍵となる。ノルウェー型なのかスイス型なのかあるいは他のモデルを目指すのか注視が必要。何もせず、WTOルールに則るならば、英国からEUへの自動車には9.7%の関税がかかることになる。金融機関のEUでの活動ライセンスの問題も大きな問題。何よりもこうした不確実な先行きへの不安こそが投資環境として大きな問題となるため、日本の対英投資はスローダウンが予想される。

Brexitについても、確立されたルールの形成を通じて貿易と投資を促す連鎖が生まれる。

投資と貿易が統一していない状況は、経済成長の大きな妨げとなる。GVCの下では、サービス、デジタル、知財など投資と貿易のルールは一体のものであり、同時に議論されるべきものだ。

2015年にG20でBEPSが採択されるなど、税務は世界的に変化している。投資、貿易規律と税務は一体的に議論されるべきものである。ISDS条項は、税務問題の解決に当たり、企業を守る重要なツールとなりうる。現実に多くのISDS訴訟で税務が対象となっていることに注目すべき。租税協定だけが税務処理の枠組みではない

Q:
・今後、どのように議論して共通の投資ルールを作っていけばいいのか。
・Brexitは投資の観点で何を意味するのか。
・投資家(企業)の利益を保護するISDSの活用とは。

A:
ホスト国と投資家がWin-Winの関係になる方向で解決に進んでいくのが望ましい。経済が成長してマーケットが広がっていかなければ投資機会も制約される。投資ルールと貿易ルールとは本来表裏一体。本来は、二国間の協定を全て排除し、プルリや多国間の協定を設定することが実体経済の課題の対処につながる。
またBrexitについては、ノルウェー型、スイス型、トルコ型の解決いずれも無理があろうし、EUと英国とのFTAか、あるいは何もないかという2つの選択肢しか残らないのではないか。
投資ルールについては、米中BITが進行中だが、中国が変化していくこと、米中EUとの協調が進むことに期待。ホスト国・投資国の双方がWin-Winになる解が必要。
共通の投資ルールに向けて、複数国間のアプローチが進むことに期待する。
アジアの投資ルールの共通化への動き、FTAの投資ルールの共通化、WTOでの投資WGの再開などが必要。

議事概要(午後の部)

WTOの下での通商ルールの形成が進まない間も、世界経済のグローバル化は進んでいる。新しいルール作りが求められ、これに応える形でFTAが登場した。1990年以降、締結されたFTAの件数は急速に増加している。中でも代表的なものがTPPであり、メガFTAの時代が始まろうとしている。TPPは新しい経済課題とGVCのニーズに対応し、また、さまざまな持続的成長の課題に対応しているであろうか。その各国経済に与える経済影響はどの程度のものであろうか。また、TPPやメガFTAは、世界の通商ルールの基礎になるのであろうか。米国をはじめ、各国ともTPPの重要性を説明し、国民からの広い支持を得る必要があるが、その果実はどの程度包括的で社会の隅々まで行き渡るものとなっているか。午後のセッションでは、TPPを初めとしたメガFTAの分析評価と今後の貿易投資体制、世界ルール作りに向けた方向性などについて、内外の識者を交えて幅広い議論が行われた。

セッション1: 「グローバル・バリューチェーン(GVC)と開発問題」

セッション1では、TPPがどの程度世界経済が直面する新たな経済課題に対応したものとなっているか、持続的成長や途上国の課題にどの程度対応しているか議論が行われた。

TPPはゲームチェンジャーなのか。それともたんに1つのFTAに過ぎないのか。国際的な生産は、正に原産地のないmade in the worldに向かっており、GVCは日々形を変えている。FTAの広域化と内容の包括性は、GVCの要請に沿うもの。しかし、途上国をメガFTAに組み込み対応可能にするには、能力支援などが必要となろう。また、TPPなどのFTAは、WTOの代替にはならない。

TPPは、モノやサービスの自由化・ルール作りのみならず、労働、環境、漁業補助金の分野でも多くの新たな規律を導入しており、その正確な理解が必要。

GVCには国籍の概念はない。成都(中国)には、世界の大手メーカーが集まり、米国や欧州の多くの部品が使われた製品が「中国産」として世界に出荷されている。UberやAirbnbなど既存プレイヤーにとっては破壊者といえる企業が進出し、常に変化をもたらしている。ルールの基本は、fast or dead。こうした変化の時代に対応するルール作りは遅れているが、TPPの電子商取引章、ITAやTiSAなどが注目される。電子商取引やテレコミュニケーションだけでなく、経済全体がデジタル化しており、プライバシーやデータ保護などの課題にも今後対応することが不可欠。

企業の国際生産は正に多国化しており、TPPが、デジタルや完全累積などさまざまな分野で企業の課題に対応することを期待。

TPPの完全累積制度導入は、TPP参加国内での柔軟な生産体制組み替えを可能にし、国際生産の在り方を大きく変える可能性あり。また、TPPの流通サービスなど国内規制自由化に期待。

Q:
・市場アクセスはGVCの今後の展開に資するのかどうか。
・完全累積のルールは、RCEPやASEANとのFTAにも広く適用される可能性はあるのか。
・TPPはグローバルなルールのベースになり得るのか。

A:
企業のGVCは既に世界に広がっている。完全累積により更にフレキシブルなGVC構築が期待される反面、利用者の活用支援が求められる。関税については、更なる引き下げを期待。また、GVCは、サービスや情報の流通を必要としており、こうした分野での更なる進展を期待。
持続的成長の課題については、TPPは今後のベンチマークになるが、必ずしもさまざまな現存する協定の内容を大きく超えているものではない。
完全累積は、何もTPPの中だけでとどめる合理性はなく、他のFTAにも広めるべき。
TPPの合意が適用されれば、それがない地域と比較して大きな優位に立つ。
完全累積は、非常に大きな意味を持つので、他のFTAでも導入を期待。TPPは完璧なものではないが、そのルールはバランスがとれている。電子商取引章は重要であり、データの自由な流通は今後の基礎。
TPPは、労働分野を含めて国際レベルのベンチマークになり得るが、中国不在のTPPのルールに競争力があるのかといった疑問は残る。時代の進化に伴って、ルールをどう変えていけるかがポイントである。

セッション2: 「経済影響と地政学」

TPPは、中米とアジアのバリューチェーンをつなぐFTAであり、完全累積の意義は大きい。TPPのメンバーが今後どう拡大していくか、加盟条項がどう活用されるかに大きな関心あり。

経済学の視点からは、農産物の自由化は日本の経済成長に寄与し、消費者の利益も大きい。TPPに参加することでプラスの効果が期待できる一方、参加しなければ被害が発生する。TPPの経済影響については、自由化による生産性上昇をどう見るかで結論が異なるが、生産要素配分の効率化の影響を考える必要がある。中国はFTAAPに前向きのようであるが、他の国も積極的に議論すべきであろう。

EPAをはじめとした構造改革の経済効果は、中期的にみて持続可能な成長に寄与する。TPPとRCEPは、FTAAPの構築に向けて相互補完的な効果が期待される。また、関税撤廃に加えて非関税措置の削減により、より大きな経済的便益が期待される。

宿題は、より高い自由化を目指すこと、FTAの利用率を上げること、TPPの分析を更に深めることである。

TPPが法の支配にどういう貢献をするか。"インクルーシブな経済"は、法の支配に基づかなければ実現できない。TPPが「生きた協定」として進化することで、世界的かつ多角的な条約の基盤になるものと信じている。

Q:
・TPPの影響に関する検証がモデルによってバラつく理由は。
・TPPへの参加の条件如何。
・RCEPへの影響如何。

A:
経済モデルの試算で重視すべきは、異なる点ではなくさまざまな試算に共通している点があること。非関税の分析に各国がチャレンジしており、今後その実績が積み上がっていくことが重要。
RCEP交渉はTPPの力学に大きく影響を受けている。TPP合意が発効し、12カ国以外が参加すれば、相対的にRCEPの存在価値が下がることになるので、TPPとRCEPとが競い合うことが理想。
TPPの潜在的なリスクとして、あまり参加基準を高くすると、まだ参加していない多くの国々が取り残されてしまうことが懸念される。TPPのメンバー国が増えれば、TPPルールのマルチ化の可能性も出てくる。

セッション3: 「グローバル通商システム」

TPPはFTAであり、特恵スキームだが、TPPのソフトなpreferenceを広げていくことが重要。

世界の政治リスクが増大し、保護主義的対応が広まる中で、通商のルールブックの整備は大きく遅れている。これを修正し、世界的な自由貿易体制を再構築するには、多角的貿易体制の強化、質の高いメガFTAの整備、WTOのルール作り機能の強化、世界的な過剰生産能力への対応などが求められている。

TPP合意で、メガFTAは夢から現実の世界に。しかしながら、TPPのルールが世界ルールになりメガFTA間のルールの調和が成功するという保証はない。ルールのスパゲティボウル現象は、世界通商システムの脅威となりつつある。TPPには、今後の世界ルールの基礎となるさまざまな要素が含まれており、それを基礎とした戦略と行動が不可欠である。重要なイシューを選択して参加国を募り、複数国間で交渉して世界ルールを作り上げていくことが重要。最恵国ベースで非参加国にも均てんできるかどうか。また、中国やEUを含めたクリティカルマスを実現できるどうかが鍵といえる。日本こそ「FTAが全て」という潮流を変え、世界ルールに向けて議論を開始する原動力になると思っている。

TPPは、史上初めて本格的に使われるFTAの紛争解決手続になり得る。ただし、引き続きWTOの信頼性の担保が重要であり、WTOの立法機能や交渉の再活性化が不可欠である。

セッション4: 「まとめ-今後の課題」

政府やビジネスの視点で、TPPをどのように発効に導くことができるだろうか。どのような分析が必要か。そしてTPPの枠組みを、いかに最大限活用できるのか。また、どうTPPのルールをマルチ化していくのか。こうした課題に取り組む必要あり。

ガバナンスやバリューチェーンにおいてTPPがグローバルスタンダードになり得るかどうかは現段階では不明だが、労働や持続可能な開発、環境といった分野では前進をみている。途上国の取り込みが今後必要であり、途上国支援が必要。ただしTPPが発効しなければ、理論に過ぎない。

参加国が発効に向けて最大の努力を払うことが基本。中小企業や地方経済を含めてTPPがメリットになることを説明し、国内の理解を求めていくべきである。TPP合意は、それ自体でRCEP、日EUFTA、TTIPなどに好影響が出ている。

産業界にとっては、まず日本が国会で採択し、世界各国をリードして米国にプレッシャーをかけていくことが望ましい。TPPの内容を他のメガFTAに広げることは簡単ではないが、諦めるべきではない。ルール作りの強化については、たとえば著作権の適切な保護とフェアユースの導入など保護と利活用のバランスを含めたルール作りが求められる。

日本では、生産の効率化、女性や高齢者の活用のためのロボット技術など、新たなビジネスチャンスがTPPによって生まれる。企業は、それを巧みに捉えようとしている。

日本政府は、非効率な分野にある労働や資本が効率的な分野へ移転するようなセーフティネットを提供すべき。貿易や投資が自由化されることで一時的に被害を受ける分野があるとしても、中長期的にみて経済成長が促進されるというストーリーをわかりやすく国民に伝え、説得すべきである。TPPとRCEPは補完的な位置関係にあり、並列的に存在することが可能だと思う。

TPPはNAFTAの経験を踏まえ、ビジネス界が声をあげることで過剰に複雑なプロセスを回避できるであろう。各国が協定の発効に向けて国内をどうすべきかを考え、動いていくことが重要である。