第15回RIETIハイライトセミナー

エネルギー価格、為替、そして国際経済秩序(議事概要)

イベント概要

  • 日時:2016年6月2日(木)14:00-16:00(受付開始13:30)
  • 会場:RIETI国際セミナー室(100-8901 東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)

議事概要

エネルギー価格と為替には密接な関係がある。近年においても原油価格の大幅下落とドル高が進む中、新興国経済は勢いを失い、市場は混乱している。今回のセミナーはエネルギー情勢と国際通貨の専門家を招き、大きく変化しつつある国際経済秩序の行く末について議論を深めた。藤和彦上席研究員は、原油価格が乱高下する現状を踏まえ、サウジアラビアを中心とした地政学的影響をひもときながら、日本ならびに国際経済が直面する変化の潮流を解説した。小川英治ファカルティフェローは、円相場と原油価格の動向の因果関係や米国金利がアジア通貨にもたらす影響などを分析しながら、国際経済秩序を回復するための方策について提言した。

理事長挨拶

中島 厚志 (RIETI理事長)

昨年から今年にかけて原油価格は大きく下落し、ドル高が大幅に進展している。足元ではやや安定してきたが、新興国経済が勢いを失い、市場に混乱が生じてもおかしくない状況が続いている。一方、本来は原油安の恩恵を受けるはずの先進国の多くが構造問題を抱えて経済活性化には至っておらず、世界経済の牽引役を欠く状況になっている。

本日は、その大きな背景になっているエネルギー価格、ドル高、為替の枠組みについて見ていきたい。流れとしては、まず藤上席研究員に、原油価格が乱高下する現状の見方について示して頂いた上で、地政学的影響や日本の対応などについてお話しいただく。続いて、小川FFから、円相場が大きく動いている背景にある国際金融的要因、米国の売り上げがとくに東アジア諸国の金利や為替動向、資金フローに及ぼす影響、円・ユーロを見据えた国際経済秩序回復に向けた考え方などについてお話しいただく。

その後、通貨、エネルギー供給の国際経済秩序は大きく変化しつつあるのか、あるとすればどのような新秩序に向かっているのかについて議論を深めたい。

講演1「原油暴落で変わる世界」

藤 和彦 (RIETI上席研究員)

原油価格が乱高下する時代

私は昨年3月、日本経済新聞出版社から『原油暴落で変わる世界』という本を出版した。当時は、原油安は先進国にとって恩恵が大きいといわれていたが、私はむしろマイナスの影響が大きいと思っていた。シェール企業のジャンク債が大量に破綻すれば市場が混乱するので、もしかしたら金融危機が再び起こるかもしれないし、供給途絶への懸念でサウジアラビアに「アラブの春」が来るかもしれないと懸念していたからだ。

原油価格は非常に乱高下する時代に入った。なぜなら、原油先物が国際金融商品になってしまい、現物市場の事情をほとんど反映しない値決めが行われているからだ。

原油先物が国際金融商品になったのは、リーマンショック後のことである。リーマンショック後、原油価格は147ドルから33ドルまで下がり、2008年12月、サウジアラビアが中心となってOPECは400万バレル減産した。それによって市場が少し引き締まってきたところに、米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和を始め、原油価格は一気に上がった。

2011〜2014年は、実体経済とはほとんど関係のない原油高だった。各国の中央銀行がものすごい勢いでフリーマネーを市場に投入したため、株や債券だけでは運用しきれなかったので、株や債券と同様に困ったらすぐにお金を引き出せる市場として原油先物市場が注目された。そこで、原油価格が上がれば株価が上がり、株価が下がれば原油価格が下がるという連立関係ができてしまった。

2014年半ばごろ、量的金融緩和が終わるという観測が広まると、原油価格は下がり始めた。昨年12月には、FRBの利上げで国際金融商品としての原油先物がうまみを失い、1バレル=26〜27ドルまで落ちた。

今後10〜20年は、原油価格は1バレル=20〜50ドルの範囲で動くと思う。ただ、非常に振れが激しくなっているため、10万〜20万バレルの増減で価格が乱高下する。中東などの地政学的リスクが高まれば、1バレル=80〜100ドルまで急騰する可能性もある。

今年の2〜3月ごろから、ロシアが中心となってOPEC・非OPEC諸国の協調減産が行われ、1月時点の原油生産レベルで凍結している。それにより一番割を食っているのは、生産余剰能力が最も大きいサウジアラビアである。一方、米国のシェールオイル生産量も落ちている。しかし、シェール企業はごく短期間で増産できるので、少しでも価格が上がればうまみの大半を享受するのではないかという疑心暗鬼の状態が続いているが、米国政府がシェール企業間の生産調整を行う可能性は極めて低い。中国も含めて原油需要が減少する可能性が大きいため、生産量は増えていない。

その中で、4月のドーハ会合の決裂により暴落すると思われた原油価格は、今も高止まりしている。その理由は、突然の供給途絶である。4月中旬にはクウェートが石油産業労働者の大規模ストライキで減産し、5月初めにはカナダが山火事のため、5月上旬からはナイジェリアが武装集団による石油施設襲撃のため減産を余儀なくされた。ベネズエラも5月下旬に非常事態宣言を出し、減産が予想される。このような産油国のいろいろな問題が、少しずつ原油価格に影響を与えている。中でも心配なのは、日本の原油輸入の3割を占めるサウジアラビアである。

サウジアラビアの何が心配か

サウジアラビアが心配な理由の1つは、昨年1月からのサルマン国王新体制が、20年続いたアブドラ前国王の路線を全面転換したことである。王位継承順位2位のムハンマド副皇太子が政府の中枢に入って改革を進めているが、「民族主義的な傾向を警戒して欧米メディアが批判的である」との指摘がある。

ドーハ会合決裂の主役もムハンマド副皇太子だった。弱冠31歳で石油政策も外交政策も実権を握っており、うまく国をマネージできるか不安が残る。その中で、20年以上にわたってサウジアラビアの石油政策を担ってきたヌアイミ前石油相がOPEC総会直前に退任したことは意味深い。

サウジアラビアはOPEC総会前の理事会で、目標価格帯を放棄すると宣言した。目標価格帯とは、原油価格を安定させるためにOPECが総会で非公式に取り決めた合意事項であり、サウジアラビアはこれまで一貫して擁護してきた。それを、過去数年で事態が大きく変わったとして、目標価格帯の設定は無益になったと唱えたのである。

原油が稀少財と見なされていた時代には、少々減産しても長期的な収入が得られたが、原油が汎用化した現状では、低価格でも増産した方がシェアを奪われるよりもましだとの理屈からである。サウジアラビアが価格を下支えしないとなると、いよいよサウジアラビア抜きのOPECという事態になるかもしれない。

ムハンマド副皇太子が描くビジョンは、歳入の9割を石油収入が占める「原油立国」から、国全体がヘッジファンドになる「投資立国」への変革である。このビジョンを達成するには、サウジアラムコの株式公開が不可欠である。ただ、サウジアラムコは史上最大規模の約1000億ドル分の株式を公開しようとしているが、市場関係者の間では原油価格が持続的に上がらなければ成功しないとみられている。

サウジアラビアが世界最大の政府系ファンドを円滑に運用して「投資立国」になるには、世界の金融市場の安定が不可欠である。米国のシェール企業つぶしが、サウジアラビアにブーメラン効果をもたらすことも懸念される。

サウジアラビアの原油生産コストは非常に低いが、「アラブの春」以降のばらまき予算で、1バレル=100ドルなければ財政が均衡しなくなっている。加えて、昨年の軍事費が対GDP比12.5%と世界一であることも懸念材料である。昨年3月に開始したイエメン空爆もいつまで続くか分からない。

原油安によるサウジアラビア経済へのダメージは深刻で、昨年時点の見通しで3.2%だった今年の成長率は1.2%にとどまる見通しである。豊富な外貨準備があるから大丈夫だといわれるが、私は張り子の虎だと思う。そうでなければ補助金を削減してガソリン価格の値上げを招くようなことはしない。原油価格が下がったのにガソリン価格が上がった国は、サウジアラビアとUAEだけである。

さらに、2年以内に消費税を導入する。これまで政治的な権利を国民に全く与えず、フリンジベネフィットで何とか持たせてきた国が、国民に痛みを持たせて本当に大丈夫かという問題がある。また、ドルペッグ制(1ドル=3.75リヤル)が非常に危うくなっていて、外貨準備高もピーク時の約7600億ドルから、今は5800億ドルに減っている。

サウジアラビアは生活品のほとんどを輸入しているため、ドルペッグ制を廃止すると輸入インフレが起こり、金融市場における「ブラックスワン」になりかねない。しかし、投資立国を目指す政策下で、通貨高が原因で輸出できなくなるのなら、通貨高を是正すればいいという議論が出てくるかもしれない。ムハンマド副皇太子は非常に新しい改革を試みており、ドルペッグ制にまで手をつけると何が起こるか分からない。

また、5月中旬、サウジアラビア政府が政府借用証書(IOU)の発行を検討しているとの報道が出た。これが本当だとすれば、相当な流動性の危機に陥っているのではないか。政府は若者の雇用対策としてインフラ事業に力を入れているが、建設業者にものすごくしわ寄せがいっている。

このような状況下、米国議会上院は9.11の被害者や遺族がサウジアラビア政府に賠償を請求できる法案を可決した。成立はしないと思うが、これを奇貨としてサウジアラビア政府は相当数の米国資産を売ると言っている。国際市場に与える影響はそれほど大きくないと思うが、ただでさえ冷え込んでいる米国とサウジアラビアの関係が懸念される。

原油価格は今年後半に暴落するか

昨年後半以降に倒産した米国のシェール企業の負債総額は3兆円に上り、年内に3分の1が経営破綻するともいわれる。その最大の理由は、先物売りによる資金確保ができなくなったことである。倒産の波を止めるには、原油価格1バレル=80ドルを維持しなければならない。

シェール企業が発行しているジャンク債は約5000億ドルで、上場投資信託(ETF)が大量に保有している可能性が大きいことから、金融市場の混乱の要因になると懸念している。

ジャンク債バブルの崩壊によって金融市場に混乱が起きれば、金融危機に至らなくても国際金融商品である原油価格は下がると思う。6月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の利上げによってシェール企業はさらに倒産するといわれているが、各国政府や中央銀行は救済手段を有していないためデフレとなり、原油先物価格はますます下落する。

原油価格が暴落すれば、ただでさえサウジアラビアの財政は悲鳴を上げている中で、何かが起こるかもしれない。前国王アブドラの息子は非常に不満を持っているし、ISやアルカイダも政治的な混乱に乗じて勢力を拡大しようと虎視眈々と狙っている。サウジアラビア東部の大油田地帯はシーア派が多数を占めているため、減産観測が出ただけでも原油価格は高騰し、日本経済は大混乱するだろう。

エネルギー分野の戦後レジームの転換

今の原油価格の暴落は、エネルギー分野の戦後レジームの転換を迫っているといってもよい。「アラブの春」が来ても、原油の中東依存度が低い欧米諸国は困らない。とくに米国は、シェール企業がつぶれても、原油価格が上がればシェール企業の資産を大手メジャーが買い取って増産するため、ほとんど困らない。シェール革命によって、米国でエネルギー・モンロー主義が起こると予想されているのである。

米国は中東地域のシーレーンも守ってくれなくなるだろう。中国は原油生産減産で輸入依存度がますます高まり、シーレーン防衛の要は南シナ海となって、日本はますますマイナスの影響を受ける。さらに、インドの今年の石油需要は日本を抜いて世界第3位となっている。

日本が採るべき対応

日本は短期的な対応として、約3億バレルある国家石油備蓄制度の活用を考えるべきである。中長期的には、エネルギー安全保障は多様化しかない。中東依存度8割はどう考えても危ない。可能性のある選択肢はロシアしかなく、原油から天然ガスへのシフトが世界的潮流であることから、私はパイプラインを選択肢に加えればよいのではないかと考えている。

講演2「非対称的金融政策と為替相場不安定性」

小川 英治 (RIETIファカルティフェロー / 一橋大学大学院商学研究科教授)

世界金融危機後、日米欧はともに量的緩和政策を採用してきた。しかし、ここへきて米国が金利を引き上げようとしている一方で日欧は依然マイナス金利を導入し、まさに非対称的な金融政策を採っている。この出口戦略のタイミングのずれは、日米欧間および日米欧と新興市場諸国間の金利差の変動を呼び、資本フローに大きな影響を及ぼす可能性がある。「国際経済秩序」を回復するには、どうすべきなのだろうか。

円相場・原油価格の動向

世界金融危機以降、対ドル、対ユーロ、対人民元の円相場は上がる傾向にあったが、2012年9月以降は下がる局面に入り、2015年6月以降は円高に転換した。実効為替相場も同様の動きを見せている。

原油を輸入に頼っている日本では、以前は原油価格が上がると貿易収支が悪化して円安になるのが常識だったが、最近は原油価格が上がると石油輸出国の輸出収入が増加し、経常収支の黒字が拡大して日本への証券投資が行われ、円高になっている。また、世界的な資金余剰の中、原油価格も投資の対象になって上昇すると同時に、日本への証券投資が行われて円高になっている。

一方、原油価格とドルの関係は、最近は原油安とドル高が同時に起こっており、日本円と逆のパターンになっている。恐らく、米国では量的緩和政策の終了を受けて資金が戻ってきていることから、ドル高になっていると思われる。

最近までは米国が経常赤字の代表国で、石油輸出国は黒字の代表国だったが、2015年から石油輸出国は赤字国に入ってしまっている。これは、原油価格が下がったことで輸出収入が減ってしまったためである。

FRBの金融政策のアジアへの影響

FRBは、2008年にFF金利の目標値を0〜0.25%に設定し、3次にわたる量的金融緩和政策を採用してマネタリーベースを増加させ、2014年10月にこれを終了した。

2014年3月のFOMCのステートメントでは、量的緩和政策終了後も相当の期間はFF金利を維持するとしていた。FRBは、雇用統計による労働市場の状況を踏まえて金利引き上げ決定を見送っていたが、2015年12月に金利引き上げを実施した。

世界金融危機のとき、ドルが大暴落するのではないかといわれていたが、意外なことにドルは上がり、ユーロが暴落した。欧州の金融機関がサブプライムローンの証券や商品に投資していたためである。また、アジアの通貨が非常に乱高下し、為替相場が大きく変動した。

私がRIETIで公表しているアジア通貨単位(AMU)の乖離指標を使って通貨価値を見てみると、韓国ウォンは世界金融危機のときに大暴落し、基準値より20%ほど過小評価されていた。一方、円は10%以上過大評価されており、3〜4割の円高・ウォン安が続いたことになる。

世界金融危機は米国で起こり、欧州の金融機関も絡んでユーロが暴落したが、それと関係のない日韓でもこのようなことが起きている。欧米の投資銀行が金利の安い円で資金を調達し、金利の高いウォンで運用したからである。リーマンショックでは、逆に投資銀行が資金を引き揚げたため逆の動きが生じた。

米国で金利を上げると、資本規制をしていないアジアの国でもそれに追随するような形で金利が上がり、通貨安になる傾向がある。米国がこれから利上げをしていく中で、東アジア諸国の金利上昇が押さえ込まれたり、後れを取ったりすると、米国に有利な金利差が発生して東アジア諸国の為替相場を下落させるのみならず、予想収益率格差によって東アジア諸国からの資金逆流や資本流出が予想される。

ユーロ圏危機のその後

ユーロの対ドル・対円為替相場は、ギリシャやポルトガルの財政危機に端を発したユーロ危機により、2010年から数年間にわたり下落基調にあったが、欧州安定メカニズム(ESM)の設立やギリシャ議会が財政改革案を可決するなどして、直近の財政赤字はおおむねユーロ導入の条件であるGDP比3%まで戻ってきている。

ただ、一般政府債務残高をGDP比でみると、若干下がってきている国と、ギリシャのように高いままの国がある。長期金利(10年物国債利回り)は、財政危機になるリスクが高まると、リスクプレミアム分が上乗せされて上がる。非常に大きく上昇しているのはギリシャで、ギリシャ危機のときには約30%上がっている。直近では下がってきているが、まだ元の状態まで戻っておらず、他の国と比較しても10%ほどの開きがある。マーケットはまだ、ギリシャに対して警戒しているのだと思う。

円安は近隣窮乏化をもたらすか

通貨の話をすると必ず議論になるのが通貨安競争である。通貨安競争で問題なのは、自国通貨の価値が下がると外国財に対して自国財の相対価格が安くなり、外国の輸出縮小を犠牲にして自国の輸出を拡大するという近隣窮乏化をもたらすことである。

しかし、日本は賃金・為替など価格に敏感に反応するものが率先して中国や東南アジアに進出しており、そこから直接欧米に輸出しているので、円安になっても日本からの輸出量は増えない。ただ、ドル建てで決済や契約をしているので、円安・ドル高になると輸出額は膨らむ。さらに、海外に工場を移しているため対外資産が多く、その円建て評価額が増大するため、日本企業の株価は上がる。円安で株価が上がったり、円建ての輸出額が増えたりしているのはそのためで、決して近隣窮乏化をもたらしてはいない。

「国際経済秩序」回復のために

「国際金融のトリレンマ」という概念がある。為替相場の安定化と金融政策の自律性、国際資本移動の自由は、同時には達成できないという意味である。日本や米国は為替相場の安定を捨てて、金融政策の自律性と自由な国際資本移動を選んでいる。このことを前提にして、為替の安定を図る必要がある。

製造業にとって、輸出する場合や、工場を海外に移す場合などに、為替が安定していることは重要である。しかし、米国が金利を上げたとき、日本のような先進国が自国の景気に関係なく金利を上げることはできない。日米欧間で金融政策の出口戦略のタイミングのずれを発生させないためには国際政策協調が必要だが、なかなか難しい。

国際経済秩序回復のためには、国際政策協調に至らずとも、国際的な政策対話は欠かせない。何を目標としているか、どのような経済状況になっているかを互いに議論することが重要で、今回のG7も重要なプロセスだったと思われる。

発展途上国は資本管理、外国為替管理をしたがる面があるが、危機時の資本が流出しているときに行うとかえって資金を逃がすことになり、さらに悲惨な状態になってしまう。また、資本を入れるだけ入れて出るときに止めるのは投資家にとっては好ましいことではないので、二度と投資されなくなる。資本管理を入れるのであれば、平時における資本流入に対して規制をかけるべきである。

また、資金の移動は、金利差が発生したときに生じる。それにより為替が乱高下するのでモニターする必要がある。東アジアでは、サーベイランス機関としてASEAN+日中韓の13カ国でAMRO(ASEAN+3 Macroeconomic Research Office)をつくった。人材的にそのキャパシティがまだ十分に大きくないのでうまく活用されていないが、今後はここでモニターしていくことになる。

パネルディスカッション

中島: OPECが力を失い、盟主たるサウジアラビアが大きなリスクを抱え、米国もシェール企業が大量倒産しているとなると、世界の原油市場に支配力を持つのは誰なのか。メジャーはどのような役割を果たしているのか。

藤: メジャーの役割はない。石油埋蔵量の9割以上を産油国の国営企業が持っているので、メジャーという言葉は死語になっている。支配力を持っているのは先物市場のプレーヤーである。

中島: サウジアラビアの王政自体に大きな変化があり得るとすれば、世界経済にとって大きなリスクだと思う。エネルギー分野の戦後レジームの転換の可能性は、かなりあると思われるか。

藤: 原油価格次第だと思う。年末に向けて80ドルほどに上がっていけば事なきを得ると思うが、下がっていけばますます社会のストレスが高まる。また、次の国王を決める王位継承ルールがあまり定まっていないようである。王位継承順位ではナーイフ氏だが、飛ばされるのではないかと心配している人もいる。国民の不満も高まってくるため、どうなるか予想がつかない。いずれにしても原油価格次第である。サウジアラビアが混乱すれば、湾岸産油国も軒並み混乱する可能性が高い。

中島: 各国の金融政策はその通貨を対ドルで変動させることにもなる。どのような為替政策と金融政策のバランスが国際金融市場の安定に結びつくのか。

小川: 「国際金融のトリレンマ」から、日本は為替相場の安定を捨てざるを得ない状況だと思う。したがって、金融政策の引き締めや緩和の結果として円安または円高になることは、問題ではないと考えている。

中島: 国際経済秩序が大きく揺らいでいるように思うが、当面はドルの一人勝ちで、ドルの基軸通貨の立場は万全という見方でよいのか。

小川: 基軸通貨には、みんなが使っているものを使うのが便利だという、ネットワーク外部性の側面がある。欧州も、ユーロが導入されて以降もドル建てで契約や決済をしている。米国発の世界金融危機のもとでもドル高であったことを考えると、いかにドルが重視されているかが分かる。量的緩和が終わって金利を引き上げているのは、恐らく世界で唯一、経済の調子が良いことを反映していると思う。米国の金利が上がっていく中でドルに頼らざるを得ないのは、悪くない状況である。

中島: 米国のエネルギー覇権は強まっているのか。

藤: むしろ逆で、内向き化している。私は3〜4年前からエネルギー・モンロー主義という言い方をしているが、南北米国だけでもエネルギーが自給できるので、中東に行く必要は全くない。したがって、米国の中東のエネルギーに対する関心は大きく下がっていることは間違いない。

中島: 米国共和党の大統領候補であるトランプ氏がやや内向きの話をしており、エネルギーでもモンロー主義的ということになると、新しい国際経済秩序は市場原理だとも捉えられるのだが、そう言えるのか。

小川: マーケットメカニズムをきちんと働かせることが重要だと思う。市場にスペキュレーター(投機家)も入ることで価格がならされるという利点がある一方、バブルを引き起こすようなスペキュレーションもあるので、資金のレバレッジに規制をかけるなどの対処が必要になると思う。

世界でそのような動きに対してモニターをしている機関は国際通貨基金(IMF)だが、IMFだけではサーベイランスをし切れていないところがあるので、アジア金融危機以降、アジアであればAMROを作ってやっている。世界的には十分でない地域もあると認識している。

中島: 原油市場は市場原理に任せる方向か。

藤: 原油価格は1980年代から一物一価になったが、その時代が終わると思う。輸送する際の地政学リスクが高くなると、日本は欧米に比べて中東への依存が高いので問題が出てくる。日本も欧米のように、中東だけでなく、どこか近隣地域から調達することになれば、今の天然ガスのようにエリアごとの値決めになっていくのではないかと思う。

ロシアから輸入することも、政治的に決してあり得ない選択肢ではない。ロシアの石油は、このままいけば完全に中国に買い叩かれる手段になってしまうため、日本のカードがものすごく大きくなっていることを考えると、石油も天然ガスもシェアをもう少し上げていって、国策として積極的に供給源の多様化を図るべきだと思う。

中島: 結果として、「地域ブロック」という方向性も出るのではないか。

藤: いいかどうかは別にして、最初に多国籍企業といわれたのは石油企業である。今は米国も中東から退き、欧州もロシアなどでやっている。最初の多国籍企業がエリア中心的な活動になっていけば、エネルギーの世界で一番早く、近隣で需給関係を見ていく動きが広がってくると思う。

中島: かつてアジア中心にアジア共通通貨という話が脚光を浴びたこともあったが、地域ごとに為替の安定を図る仕組みが今後あり得るか。

小川: 経常収支に関係した危機は輸出入の差が重要だが、資本フローに関係した危機は、資本収支の差であるネットではなく、資産サイド・負債再度のグロスで、危機に陥る。非常に大きな額になることから、IMFの資金力だけでは救済できなくなる。1997年のアジア通貨危機のときも、IMFと世界銀行が金融支援として提供した資金は必要額全体の約半分で、残りの半分は日本を含めた近隣諸国で救済した。それ以降、とくに資本フロー絡みの危機のときは、IMFだけでは太刀打ちできなくなっている。

また、IMFの人員だけでは対応し切れないので、現地でモニターする必要もある。IMFと地域の金融協力が、補完的か、代替的かは議論が残るが、現時点ではIMFと補完し合いながらやっていくことになる。今回のユーロ圏危機ではIMF、ECB、欧州委員会の3者がトロイカ体制を組んだ。経済・通貨統合が相当進むEUでも、IMFが入って補完し合いながらやっている。

中島: 望ましい経済国際秩序とは、どのような状態か。

小川: 「望ましい」と「実現可能」を区別しなければならないが、実現可能な中で望まれるのは、国際的な政策対話をしていくことである。それから、危機になる前に予防することが重要だと思うので、危機を予防するためのサーベイランス機関をつくることである。アジアではAMROがその役割を果たそうとしているが、キャパシティが小さくて機能していない。今後、本格的に大きくする必要がある。

藤: 金融と違いエネルギーは実体なので、日本は供給源の多様化、近隣化、さらに再生可能エネルギーを含めて安定的なエネルギー供給体制をどうつくっていくかを考えるべきだと思う。

Q&A

Q: 小川ファカルティフェローの話に、リーマンショック以降、原油価格が上がると従来とは逆に円高になるとあった。藤上席研究員からは、原油価格は先物市場で決まり、国際金融商品になったという話があった。国際金融商品となった原油価格と、原油価格が上がると円高になる関係性を、藤上席研究員はどのように説明されるのか。

藤: 原油価格が資産価格の1つになってしまったため、下がれば軒並みリスクマネーが減ってリスク・オフになり、株も債券も下がる。そうなるとお金持ちも貧乏になってしまい、下にいるわれわれはもっとひどい目に遭うことになる。

もともと原油高とドル安の動きは逆相関なので、今が通常である。それも最近、非常にイレギュラーになっているので、法則性について精緻な議論をすることにはあまり意味がないと思う。

Q: 日本が中長期的に取るべき対応として、ロシア原油の輸入を挙げられたが、エネルギー輸入の問題だけでなく、地政学的に欧米がどう見るのかというインテリジェンスの話にもなると思う。日本としてどのような対応をするのかを教えていただきたい。

藤: おっしゃるように地政学的な問題があると思う。オバマ政権は経済制裁を課しており、安倍首相がロシアに接近しないように圧力をかけているという話も聞く。しかし、米国の地政学者の中でも、東アジアのパワーバランスを保つためには日本とロシアがくっつくべきだというのが正論になっている。

エネルギー面のメリットは大きい。なぜなら、中東から日本に輸送するには20日以上かかるが、ロシアからであれば3日で到着するからである。オホーツク海、日本海はロシアの内海といってもいいので、困ったときはロシア艦隊に守ってもらえばいい。そういう意味でもロシアから入れた方がいいだろう。

Q: 他のセミナーで、資源価格が徐々に上がっていくという意見が多い中で、30〜50ドルで推移するという意見はとても新鮮だった。水素などCO2の出ないエネルギーもこれから出てくると思うが、価格は漸増ではなく、このままマックス50ドルで推移すると考えていいか。

藤: 私は50ドルがいいと言っているわけではない。この10年間、中国の経済成長が続けばそうなるという話だが、インドが第2の中国になるかどうかも、かなり効いてくるのではないかと思う。

2点目の水素の関係では、今の水素は天然ガス(LNG)から改質しているが、日本のようにLNGから取り出すと水素のコストが非常に高くなる。一方、生ガスから水素を取るのは非常に低コストであるため、そうなれば、水素社会にとっても非常にバラ色である。ロシアとの付き合いは難しいという話はそのとおりだと思うが、そういう面でも選択肢を増やす方がいいのではないかと思っている。