RIETI-IWEP-CESSA Joint-Workshop

RMB Internationalization(報告書)

イベント概要

    • 日時:2015年12月14日(月)
    • 場所:RIETI国際セミナー室(東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)

報告書

吉見太洋(南山大学、RIETI)

RIETI「為替レートと国際通貨」研究会(小川英治ファカルティフェロー)では、中国社会科学院(CASS)の世界経済研究所(IWEP)、横浜国立大学アジア経済社会研究センター(CESSA)とともに、毎年Joint-Workshopを企画・開催してきた。本年は2015年12月14日、RIETIにおいて第4回目のワークショップが開催された。これまでのワークショップでは、RIETIで公表されているAMU乖離指標や産業別の実効為替相場、また中国側で研究されている産業別実効為替相場のデータを用いた研究の成果が報告されてきた。より具体的には、為替相場のパススルーや金融政策の波及、更にはより広い視点に立ち、日本経済や中国経済、日中関係に焦点を置いた研究の成果についても報告が行われてきた。「RMB Internationalization」と銘打った本年のワークショップでは、人民元の国際化に直接、間接の示唆を持つ研究成果が報告され、日中双方の参加者間で活発な意見交換と議論が行われた。

以下、それぞれの報告論文と討論内容について簡潔にまとめる。

1. "Importer Heterogeneity and Exchange Rate Pass-through"

報告者:XU Jianwei (Beijing Normal University)
討論者:NAKAMURA Chikafumi (Chuo University)、IWAISAKO Tokuo (Hitotsubashi University)

本論文は、輸入企業間に存在する異質性が為替相場のパススルー率にもたらす影響に関する理論仮説を提示し、さらには当該仮説について実証的な検証を行うことを目的としている。輸入業者の異質性の源泉としては、生産効率の違いや各財に対する選好の違いが想定されている。本論文では、先ずこうした輸入企業の異質性がパススルー率に対して持つ役割を理論的に検証するため、DMPモデルに基づく輸入企業と輸出企業の間のサーチ・モデルを構築している。その結果、より規模の大きな輸入企業が相対的に高い価格を輸出企業に提示することでパススルー率が低くなり、こうした企業のシェアが大きくなることで集計ベースにおいても低いパススルー率が観察されるのではないかという理論仮説を得た。また、中国の税関データを用いた実証分析により、こうした理論仮説が実証的にも支持されることを示している。

本論文の理論モデルは、Marc Melitzなどによるいわゆる新・新貿易理論に基づいており、企業行動を決める本質的な要因は生産性である。これを前提とし、筆者は生産性の違いとパススルー率の関係を、企業規模とパススルー率の関係に置き換えた理論仮説を導出し、さらに実証分析では企業規模をマーケットシェアに読み替えて分析を行っている。この点と関連して討論者からは、生産性そのものではなくマーケットシェアを実証分析の説明変数とすることの妥当性について指摘がなされた。また、この研究で用いられているデータからは決済通貨の比率が分からないため、規模やシェアの大きさがパススルー率の程度と結びつくのは決済通貨に関する交渉力の違いなのではないかという意見も示された。その他にも、決済通貨のボラティリティと価格改定頻度の間の相関が推定結果に影響を与えている可能性や、輸出国側の変数を追加することによる影響、より丁寧な頑健性確認の必要性などについても議論が交わされた。

2. "Costs of Foreign Currency Invoicing"

報告者:YOSHIMI Taiyo (Nanzan University)
討論者:DAI Mi (Beijing Normal University)、XU Jianwei (Beijing Normal University)

本論文は、2007年から2011年までのタイの貿易データを用いて、外貨建て通貨決済の費用について計測をしている。具体的には、輸入における輸送頻度と決済通貨選択を内生化した理論モデルを構築し、当該理論モデルに基づいて外貨建て通貨決済に関わる為替リスク管理の固定費用を計測している。本論文の分析では、平均的なタイの輸入企業について、外貨建て通貨決済の際に発生する為替リスク管理の固定費用は、輸入の一回輸送額の7.3%(1500USD)から17.1%(3600USD)の範囲で計測される。また、この固定費用は輸出国通貨の外国為替市場における取引シェアが高いとき、あるいは輸出国がタイと自由貿易協定を結んでいるときには小さくなる。さらに本論文では、自国通貨建て決済がされている場合の方が輸入の輸送頻度は高く、一回あたり輸送額は大きいことも実証的に示され、かつ理論モデルに基づく解釈も示されている。

本論文では輸入において自国通貨建て決済を行うと、為替リスク管理の費用を負担する必要がないという便益が得られる一方、将来的な自国通貨高によって中間財の自国通貨建て購入費用が低下するという、潜在的な外国通貨建て決済の便益が失われる、というトレードオフを想定している。これに対して討論者からは、自国通貨の減価局面においても外国通貨建て決済は存在しているため、この理論的想定については慎重に検討し、必要に応じてデータに基づく妥当性の検証を行う必要があるとの指摘があった。また、本論文では為替リスク管理費用を計測する際、誘導型の方程式から推計された係数を理論モデルの構造的な関係に代入するという方法が採用されている。これについて討論者からは、理論分析と実証分析の整合性の観点から、実証分析においても構造型での推計を模索してはどうかという提案が示された。

3. "Pricing to Market in Chinese Foreign Trade"

報告者:AI Hongshan (Hunan University)
討論者:NAKATA Hayato (Meisei University)、KAWASAKI Kentaro (Toyo University)

本論文は、2000年から2010年までの中国のパネルデータ(BACIデータベース)を用いて、5000種類以上の製品(HSの6桁分類)別に、人民元の為替レートが製品の人民元建て輸出価格に与える影響(輸出価格に対する為替相場のパススルー率)を計測している。また、人民元建て輸出価格への為替パススルーが有意である財の割合を「中国企業のPricing-to-market(PTM)の程度」と定義し、企業のPTM行動に関しても一定の示唆を導いている。主要な分析結果は以下のようにまとめることが出来る。第1に、比較優位の有無に関わらず、中国からの輸出において企業のPTM行動の程度は低い。第2に、ほとんどの財では輸出先による価格の異質性は見られない。第3に、中国の輸出企業におけるTotal Factor Productivity(TFP、全要素生産性)の改善は、要素価格の上昇によって相殺されている。したがって、輸出価格における目立った時間効果は見られない。

本論文の分析は直接的にはパススルー率の計測である。討論者からは、パススルー率のすべてが企業のPTM行動によって説明できるわけではないことから、PTM行動の程度に関する議論には一定の注意が必要であるとの指摘がなされた。また、生産ネットワークやサプライチェーン構築の進展と最終消費地向けPTM行動の関係や、企業間・企業内貿易や産業間・産業内貿易による違い、中国独自の仕入増値税の還付が輸出価格に及ぼす影響などについても議論が交わされた。また、上記第2の分析結果に対しては、PTM行動は市場における企業の価格決定力が前提であるため、PTM行動が見られる財については差別的価格決定が観察されるはずではないかとの疑問も提示された。さらに、価格設定における時間効果について、分析結果をインフレ率や為替レートの変動などと比較して解釈するために、時間効果の符号や大きさに関して深く検証を行うことが必要であるとの指摘もなされた。

4. "The International Use of the Renminbi: Evidence from the Japanese Firm-Level Data"

報告者:SATO Kiyotaka (Yokohama National University)
討論者:AI Hongshan (Hunan University)、XU Qiyuan (IWEP, CASS)

本論文は、中間財輸入および生産財輸出における、貿易建値通貨選択に関するアンケート(2010年と2014年に実施)の結果に基づき、人民元国際化の現状を分析したものである。アンケートは生産拠点として活動する日系企業の現地法人向けに行われた。人民元国際化に関する研究において、建値通貨の詳細なデータに基づいたものはほとんど存在しない。分析結果は以下の通りである。第1に、中国で生産拠点として活動する現地法人は、日本との貿易で人民元建て取引シェアを高めている。これは日本の本社企業との取引で顕著である。第2に、日本以外の国との貿易では米ドル建て取引のシェアが非常に高く、円建て・人民元建ての取引は限定的である。これは企業内貿易で顕著である。第3に、中国以外のアジア諸国に所在する現地法人は人民元建て取引をほとんど行っていない。これらの結果は、中国で事業展開する多国籍企業の人民元建て貿易が未だ限定的なものであることを示している。

討論者からはまず、こうした企業レベルの分析の重要性が強調された。とりわけ、通常の分析では排除されがちな企業内貿易における貿易建値通貨の現状を捉えている点で、有益かつ新規性の高い研究であることが強調された。それを踏まえて、今回の結果は日系企業だけでなく中国やその他の国の企業についてどの程度一般化して解釈が出来るものなのか、企業間のバーゲニングがどの程度の重要性を持つものなのかについて、質問と議論が交わされた。また、本研究で得られたデータの独自性を活かした今後の研究に関しても期待が表明された。ここでの結果が示す通り、人民元建て貿易は現状で限定的なものである。ただし、日本の本社企業との取引で人民元建て貿易が伸びているという現実もある。これを踏まえれば、今後マリーやネッティングなどの効率的決済を企業内貿易で行えるような規制緩和などが、人民元建て貿易を後押しする余地があるとも見ることが出来る。

5. "Predicting RMB Exchange Rate Out-of-sample: Can Offshore Markets Beat Random Walk?"

報告者:CHEN Sichong (Zhongnan University of Economics and Law)
討論者:MUTO Makoto (Hitotsubashi University)、MASUJIMA Yuki (Bloomberg)

本論文は、人民元の対ドル為替レートの国内レート(CNY)とオフショアレート(CNH)の価格差を用いて、両レートの標本内と標本外の予測値を推計し、その推計誤差がランダム・ウォークなどの手法と比較して優位な手法かどうかを検証している。CNHとCNYには共和分関係が存在する。つまり、CNHとCNYが乖離すると、長期的には一定の均衡水準まで戻るはずである。このことに基づき、筆者は人民元の予測に対しCNH-CNYスプレッドを用いた誤差修正モデルが有用となる可能性を議論し、実際にランダム・ウォークなどの既存の代表的手法との予測精度の比較を試みている。本論文では、ランダム・ウォークなどの手法よりも価格差による推計値を用いた方法の方が、標本内の予測に関しては推計誤差が低いが、標本外の予測に関しては不測要因やノイズを除かない限り予測精度が低くなることが示されている。

これに対して討論者からは、被説明変数をCNHまたはCNYとした2つの誤差修正モデルを比較すると、回帰係数の絶対値がCNHの場合に大きいことを踏まえ、市場における環境の違いや長期均衡水準に収束する際の調整速度の違いを考慮する必要がある旨の指摘があった。例として、CNY市場における通貨当局の介入とバンドの存在によりCNYは均衡から乖離しにくいため、CNH-CNYスプレッドでの予測はCNYには不向きである可能性が議論された。また、標本期間内で為替政策の変更や規制緩和などによって、価格差に影響を与え得る情報が変化している可能性についても指摘がなされた。さらには、日次の価格差に長期の変動を予測する情報が含まれているかどうかを検討する必要性や、曜日による特殊要因が推計の際に除去できていない可能性があること、CNH-CNYスプレッドではなくNon-deliverable forward(NDF)を用いることの有益性などについても意見が示された。

6. "Paper 6: Local Currency Trade Settlement under the International Monetary System with the US Dollar as a Key Currency"

報告者:OGAWA Eiji (Faculty Fellow, RIETI / Hitotsubashi University)
討論者:CHEN Sichong (Zhongnan University of Economics and Law)、SUN Jie (IWEP, CASS)

2008年に発生した金融危機後の世界的な米ドル流動性不足を教訓として、中国を含むアジア諸国でも米ドルへの過度の依存から脱却する動きが見られている。とりわけ貿易決済通貨を米ドルに過度に依存している現状から脱却するため、現地通貨による貿易決済の可能性が模索されている。これを踏まえ、本論文は米ドル流動性不足による欧州通貨の暴落とそのメカニズムを考察し、アジアへの教訓を議論している。特に、ユーロ圏で発生した米ドル流動性不足の背景として、事実上の基軸通貨ドル国際通貨体制に焦点を当てた。その際に、money-in-the-utility modelに基づいて、ユーロ導入前後における、効用関数上のドルのウェイトを推計し、ユーロ導入後に米ドル実質残高のウェイトが統計的に有意に変化したことは見出されなかったことを明らかにした。このことは、ユーロの導入によって基軸通貨ドル国際通貨体制に変化が見られなかったことを意味し、基軸通貨ドルの慣性が作用していたことを示している。これを前提として、アジア諸国通貨が貿易決済通貨として使用されるための需給両サイドにおける諸条件についても議論している。

これに対して討論者からは、過度のドル決済依存を見直す上での多国間における協調の必要性について問題提起がなされた。決済通貨は輸出企業と輸入企業の間で決定されるものではあるが、どういった通貨が決済通貨として採用されやすいかを決定するのは、広い意味での国際通貨システムである。こうした事実を踏まえ、過度のドル依存からの脱却には、公共財としての国際通貨システムを整備するための国際的な協調が不可欠であるとの議論が交わされた。また、分析面における課題として、決済通貨選択に関する理論モデルを精緻化する必要性についても指摘がされた。また、実証分析においてサンプル期間を分ける際の基準について、より慎重な検討を行う必要があるとの意見も示された。