第7回RIETIハイライトセミナー

グローバル化のもとでの地域経済の発展―「空洞化」を超えて (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2014年2月3日(月)16:00-18:00
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)
  • 議事概要

    講演1 産業空洞化と地域経済

    深尾 京司 (RIETIプログラムディレクター・ファカルティフェロー/一橋大学経済研究所所長)

    1. 問題意識

    日本では、米国に20年遅れるかたちで製造業の空洞化が続いている。私は空洞化を製造業の縮小と捉えている。また、対外直接投資による国内雇用の減少も空洞化といわれる。日本では、付加価値の伸びも雇用の伸びも1990年ごろから急速に鈍化し、雇用に占める製造業のシェアは約16%、付加価値では17%程度まで落ちている。

    本日は、製造業における空洞化や、対外直接投資が日本の地域経済に与える影響について考察してみたい。

    2. 産業空洞化の原因

    近年、先進国では製造業のマクロ経済に占めるシェアが縮小している。これは、製造業における生産性の向上による製品価格の下落を補うほどには、需要が拡大しないことが主因と考えられる(図1)。また、少子高齢化や財政赤字拡大により日本の貯蓄超過が減少し、長期的に均衡経常収支の黒字が縮小すれば、産業空洞化が起こる。現在時点では、民間貯蓄が堅調でマクロの貯蓄率はまったく落ちていないこと、1.5%近いデフレギャップや成長戦略の停滞などといった状況からみて、均衡経常収支が急速に縮小するとは考え難いものの、対外直接投資の収益受取により物を輸出しなくても経常収支の黒字が出せることが円高を招き、これが産業の空洞化に寄与している可能性は高い。

    現在、円安であるにもかかわらず輸出が伸びないのは、生産の海外移転と製造業の生産性向上の停滞という構造的な要因によるものと考えられるが、円安に向かうことでそれが相殺されるという貯蓄投資(IS)バランス論からすれば、貯蓄と投資のバランスが変わって経常収支の黒字がなくならない限りは、円安を理由に日本の製造業がどんどん縮小することは考えにくい。ただし、輸出関数の下方シフトによる円安と交易条件の悪化は、実質賃金や実質所得の停滞を招く可能性が高い。また、生産の海外移転が優良企業を中心に起きていることから、国内に残される製造業の性格が変化し、それが地域経済に影響する可能性がある。

    図1:製造業と非製造業の全要素生産性水準の推移、1970~2008年(1970年=1)
    図1:製造業と非製造業の全要素生産性水準の推移、1970~2008年(1970年=1)
    (注)TFPは付加価値ベースの値。非製造業(市場経済のみ)は、住宅・分類不明を除いた値。
    資料:JIP データベース2011
    3. 製造業による地域間経済格差縮小の終焉

    1970年代以降の製造業の地方移転は、地域間の資本装備率格差縮小や企業の地方進出などによる全要素生産性(TFP)格差の縮小を通じて、地域間の所得格差縮小に寄与したと考えられる。しかし、製造業自体の縮小や、企業の生産移転先の海外への移行を反映し、製造業の地域間格差縮小効果は1990年代以降低下したように思われる。

    4. 高生産性企業の生産海外移転と産業集積効果の縮小

    1995年以降、顕著となった製造業におけるTFP上昇率下落の主な要因には、内部効果(存続工場内でのTFP上昇率)の下落と負の退出効果が挙げられる。

    内部効果低下の背景には、バブル崩壊後の企業のR&D投資の落ち込みと、大企業の生産の海外移転に伴う取引関係の希薄化による中小企業へのスピルオーバーの減少がある。また、R&D集約的な企業の対外直接投資の増加が、特に大都市圏や産業集積地で大きな負の退出効果を生じさせている。

    5. 地方の高齢化と産業構造

    秋田県や島根県では、全国に先駆けて高齢化が進んでいる。貯蓄投資バランスは、東京都は突出して黒字が多いが、他の県は高齢化が進んでいるほど赤字になっている。現在はこれを社会保障費などとして政府が補てんしているが、今の所得移転の水準は恐らく維持不可能であり、今後はより厳しい状況になると考えられる。

    また、介護や医療を含むサービス業を狭義の非貿易財産業ととらえると、65歳人口比率と非貿易財産業の付加価値シェアとの間には有意な正の相関が観察される。

    6. 政策的含意

    地域間所得格差縮小のためには、国内立地誘因の強化などにより、製造業の縮小を少しでも遅れさせなければならない。また、高齢化する地方では、医療・介護産業の労働生産性を高め、高付加価値化を図る必要がある。さらに、製造業に代わる高付加価値産業を地方で育てていかなければならない。

    そして、製造業の生産性の上昇を再生させるためには、大企業の海外移転を減速させ、国内回帰を促すべく、法人税減税や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の締結などにより、国内立地を魅力あるものにする必要があろう。さらには産業集積地への大企業の進出を促し、中小企業のR&D支出の支援や、市場の淘汰メカニズムの促進などについても政策的な後押しが必要と考える。

    講演2 グローバル化と人口減少・高齢化の下で講演すべての『地域』が輝く未来に向けて

    藤田 昌久 (RIETI所長・チーフリサーチオフィサー(CRO)/甲南大学教授/京都大学経済研究所特任教授)

    1. 全員が主役になれる社会を目指して

    日本の人口は、半世紀をかけて4000万人増加し、2005年にピークに達した。今後50年かけて3500万人減少すると推定されている。こうした人口動態の趨勢を念頭に置き、今後の日本の経済社会システムは、常に逆転の発想で考えていかなければならない。

    ハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授は、そろそろ3本の矢は納めて長期戦略に集中してはどうかと言っている。私も今、日本経済社会の革新に向けて、O(Open:世界に開く)、D(Diversity:多様性の促進)、S(Smart Shrinkingand Sharing:「賢い集約」のもとにおける連携)の3つの視点からなる長期戦略を提唱している。これを国土・地域システムをはじめ企業組織・産業構造、貿易・投資・サプライチェーン、科学技術開発・イノベーション・人材育成・教育など、日本の経済社会システムのあらゆるレベルで実現していかなければならない。

    図2:ODS戦略により、多様な「輝く地域」の連合体へ
    図2:ODS戦略により、多様な「輝く地域」の連合体へ
    2. 新たな発展を目指して果断に挑戦しよう

    20世紀末から、情報通信技術の飛躍的な発展を背景に、世界全体はグローバル化とローカル化の同時進行で急速に成長している。その中にあって、どちらも中途半端な状態に甘んじているのが日本の現状である。

    2008年の経済協力開発機構(OECD)の1人当たりGDPランキングでトップ10に入る国は、いずれも北欧に位置する小国であり、NATOに守られながら、固有の言語と文化、独自の産業集積と経済・社会・教育政策を持ち、全体として多様性に富んだ知識創造社会を形成している。

    これにヒントを得て、日本も安全保障を確立し、強い地域力(産業集積・イノベーション力)を持つ多様な地域を育てて、あたかも独立国の連合体のように発展していく道を模索してはどうだろうか。高齢者は潜在的な需要者であり、潜在的な資源を有していると発想を転換すれば、新たな産業として高齢者向けの住宅・消費・サービス、ロボットも含めた医療・介護サービス、リゾート開発などが考えられる。地域を中心とする全員参加のイノベーションにより、世界をリードする高齢化社会を創造することも可能かもしれない。

    3. 「空洞化」議論を超えて:世界は大きく成長、世界は近い

    私は空洞化について議論する際には、世界は大きく成長している、世界は非常に近いという2つのことを念頭に置いている。アジアは今、世界の製造拠点であると同時に、巨大な消費市場として大きく成長している。しかも、東アジアの空間的領域は決して広くはない。1950年には東京-大阪間の移動は最速で6時間半かかっていたが、今は同じ時間で東京からバンコクに行ける。これはニューヨーク-ロサンゼルス間の飛行時間に相当する。少なくともアジアは1つの単位として考えるべきであろう。

    海外に進出した企業は、海外の雇用を増やすと同時に日本の雇用も増やしているとの報告も多い。したがって、私は空洞化にかかる問題設定を、「外国直接投資は国内雇用の減少をもたらすか」という問いから、「世界の成長を取り込み、わが国全体の生産性向上・雇用拡大に結び付けるには、いかなるグローバル・サプライチェーン/バリューチェーンを構築するべきか。その中で、いかに独自の地域力を持つ多様な地域を育成し、国内外で連携を図っていくか」という問いに変えるべきだと言っている。

    私が専門とする空間経済学からみると、現在の世界の変化の背後には、物・人・金・情報の広い意味での輸送費低減の急速な進行がある。ここで問題となるのは、交通・情報通信技術(ICT)の発展により、先進国の産業集積や都市は衰退する運命にあるのかということである。輸送費が無限大のときには地産地消(分散)しかないが、あるところまで輸送費が下がると、どこかで集中的に生産しようとなる。ただ、あまりにも集積が進み過ぎると、今度は高い賃金や地価などの競争を避けて分散していく。これが輸送費低減の逆U字型効果である。

    図3:輸送費低減の集積への逆U 字型の効果
    図3:輸送費低減の集積への逆U 字型の効果

    しかし、これは同一種類の生産活動を前提としていることに注目してほしい。実際には、強い集積力を持つ高次の活動は、かえって先進国や東京などに集中する。そのため、基盤的な研究活動、先端的な技術・製品開発、差異化の進んだ製品・部品・サービス、密なフェース・ツー・フェースを必要とする活動、地域資源型・地域密着型の生産・消費サービス活動など、大きく差異化された活動を、日本全体でも地域でも賢く集約させていくことが重要なのである。

    4. 「廃央創域」により、多様な「輝く地域」を創ろう

    戦略的に海外へ出ると同時に、国内では「輝く地域」を創ってしっかりと根を張らなければならない。そのために、まずは行政システムを改革して、「三人寄れば文殊の智慧」で、多様な頭脳の共同から生まれる知識創造における相乗効果を狙いたい。地方交付金を政府が決め、建設でばらまくやり方も大きく変えなければならない。

    日本では今、知識労働者が東京に一極集中している。これには二律背反の効果があり、短期的にはそのシナジーで日本は成長したのだが、長期的に見ると日本人全員が金太郎飴になってしまいかねない。それを防ぐためにも、多様な地域を育成して、世界に開かれた知の交流と人材の流動化を図る必要がある。

    4. 全員参加のODS戦略により、多様な「輝く地域」を

    「地方の活性化」という言葉自体、中央目線のものであり、「輝く地域」を創るとは、座標軸の中心を自分の地域に置くことである。自然条件などの地域資源を最大限に活用し、新しい血と知(人材と知識)を恒常的に導入して内生的集積力を高めて競争優位を生む。そして、多様なアプローチで全員参加による地域活性化を進め、階層構造を持つ、全体として効率的な都市・地域システムを再構築することで、安倍首相がいうところの「地方が持つ大いなる可能性を開花」させなければならない。

    私はそれこそが、人口減少・高齢化社会の中で地域の活力を維持・促進していくことにつながるに違いないと考えている。

    パネルディスカッション

    モデレータ:中島 厚志 (RIETI理事長)

    グローバル化のもとでの地域経済の現状と見方

    中島: 深尾ファカルティフェロー(FF)の分析によると、現在の日本経済は集積が失われつつあり、生産性上昇の要因を喪失しているとのことであるが、藤田所長の見方はどうか。

    藤田: 私は日本が最も強化すべき集積力は、広い意味でのイノベーション力だと考えている。日本全体のポテンシャルは非常に高く、高いレベルでイノベーションが行われているが、それをビジネス展開に結び付ける経営力のような、新しい集積力を地域でも付けていく必要がある。

    中島: 医療・介護も含めたサービス業の発展で、製造業の縮小を補うことはできるのか。

    深尾: 製造業が縮小し、サービス業のシェアが拡大することは、長期的には避けられないので、介護などの付加価値率を高め、働いている人がもう少し高い賃金を得られるようにならなければいけない。そのためには、生産性を高め、ロボットなどの資本導入をしやすくする、企業のアイデアやイノベーションを適用しやすくするといった状況をつくっていくことが大事になる。

    中島: 日本の経常収支は、このまま少子高齢化が進むといずれ恒常的な赤字に陥るようにも思えるが、今後の地域経済とグローバル化をどう展望するか。

    深尾: 高齢化が進む都道府県では膨大な経常収支の赤字が出ているが、そのかなりの部分は中央政府からの補てんでまかなわれている。しかし、今後さらに高齢化が進むと、貯蓄の取り崩しが起き、その裏返しとして経常収支の赤字国になっていくと思う。しかし、それは20年来苦しんできた需要不足から解放されることでもある。もちろん円は安くなるだろうが、それは仕方がない。財政赤字問題は難しくなっていくだろうが、過去に蓄積した対外資産を使っていけばよいのではないかと私は考えている。

    中島: 新しいバランスの経済構造に向かうということだと思うが、一方で足元の円安はすでに地域の空洞化を阻止するに十分な水準になっている可能性についてはどうか。

    藤田: 中長期的には、特に地方に非常に大きな効果を及ぼすと思う。タイのバンコクには、主要な製造系企業だけで約1500社が進出している。既出の企業は少々の円安では簡単に移動できないが、実際に海外に行くのを止めた企業が出てきているようだ。

    中島: 他方、今の円安では輸入物価が高まり、好循環経済に必要な実質賃金上昇が実現しにくい可能性もあると思えるが。

    深尾: 安倍政権が目指しているのは、デフレ脱却による名目賃金の上昇だと思う。輸入物価の上昇により、おそらく実質賃金はさほど上がらない。いまだに巨大な供給過剰がある状況で、日本の財を割安にして輸出を増やし、国内回帰を進めることを考えると、政策の方向性としてはやむを得ないと思う。実質賃金の上昇は、国内立地の優位性を高めることにより生産性を上昇させるなど長期的な取り組みによって目指すべき。他方で、実質賃金を上げるために円安を止めることを考える必要はないと思う。

    中島: 中小企業のグローバル化を促すことが、むしろ中小企業のR&Dを高めて地域経済の空洞化を阻止することにつながるのではないか。

    深尾: グローバル化して輸出を伸ばすことは大事だと思うが、生産の海外移転を促進することが得策かどうかは怪しいところで、むしろ中小企業のR&Dをもっと振興するような政策をとるべきだと思う。ただ、最近は中小企業も大企業頼みではない米国型の研究開発に移行しつつあり、現在は過渡期なのではないかとの印象を持っている。

    空洞化を超えて、地域経済をどのように発展させるか

    中島: 地域経済の発展には人材と知識が必要だということであれば、教育も重要な位置付けになるのではないか。

    藤田: 地方が育てた良い人材が、最も生産性が高い東京に向かうことには反対しない。問題は、地方がその見返りに公共事業費を得ていることである。しかも、米国の高等教育への公的支援は昨年度17兆円にのぼったが、日本は1兆2000億円にとどまっている。その一方で、離島である島根県海士町では、過疎地域自立促進特別措置法で15集落全部に港を造ったのはよいが、それが財政破綻の元になりかねないという話もある。公的支援を人材育成に回し、地方の高等教育が発展することこそ、地方が求めるものなのではないか。金の流れを大きく変えなければいけない。

    中島: 深尾FFは政策的含意の中で、製造業に代わる高付加価値産業を育てるかたちで地方の活性化を図るべきとされているが、どのような産業を考えられているのか。

    深尾: 輸送コストが低く集積効果が働く産業という意味では、観光や、大学を含めた高等教育機関、高度な医療などが考えられる。ただ、現在の日本の政策は非常に平等主義で各県平等に進められているので、もう少し選択と集中が必要だろう。

    中島: 中国が隣におり、米国も復調してきているという経済状況の中で、日本の、特に地域の位置づけはどのように考えればよいか。

    藤田: 現在は、地方レベルでは中国・韓国との協力体制が非常に密にできているにもかかわらず、それが政治的な問題でうまく動かない状態になっている。政治が地域協力を邪魔しないようなかたちにできないものか。それぞれの地域が異なるかたちで世界中と連携し、特色を出していけるとよいと思う。

    中島: 結論として、地域経済を活性化させるために一番重要な点は何か。

    藤田: やはり地域が独自に、自分の地域を輝くようにしていくことだと思う。たとえば、私は山口県の出身だが、山口県は非常に暖かくて魚もおいしいし、温泉も湧く。そのような資源を活用して、山口県を遊・住・医・知・社会参加が全部そろった、フロリダに相当するような高齢者のリゾート地にしてはどうかと考えている。

    それぞれの地域が独自に地域開発を行い、国はそれをバックアップしていくというのが、今後進むべき方向なのではないだろうか。

    深尾: 3点指摘したい。1つ目は、製造業の空洞化を少しでも遅らせるという意味では、法人税減税、立地政策、TPPの締結などが必要だ。

    第2に、現在は高齢化県のほうがGDP比で公共事業が多く実施され、東京からは膨大なトランスファーが流れている。これは維持不可能であり、やがて東京都も秋田県や島根県のようになるので、地域政策としても社会保障の立て直しが急務である。

    第3に、自動車中心の社会で、皆がバラバラに住んでいる状態がいいのかどうか。市区町村レベルでももっと選択と集中が必要なのではないかと考えている。

    Q&A

    Q: 海外展開している大企業へのヒアリングでは、異口同音に現地調達率の向上が至上命題だという声を聞く。政府は、国内に高付加価値なアクティビティが残る政策を打つべきと考える。RIETIから、日本国内における集積で対応できる部分があることを強調するような研究や政策提言をしていただけるとありがたい。

    藤田: 私は、グローバル化の荒波の中でディフェンシブになっていても仕方がないので、海外にどんどん行って、新たな集積をつくっていくように変わらなければいけないと考えている。同時に、国内ではその地域でしか実現できないような新たな集積をつくるという両方を、補完的にやればよいと思う。

    Q: 国際的な移民の受け入れについてはどうお考えか。

    藤田: たとえば5~10年働いた後、Uターンして日本とのネットワークを強固にしていただくというような、新しいシステムをつくっていけばよいのではないかと思っている。

    深尾: 格差の問題などを考えると、単純労働の移民を増やすよりは、やはり高度な、ある程度技術を持った人を移民として積極的に受け入れていくとよいと思う。ただ、それでも人口減少分は埋まらないだろうし、日本の現在の賃金レベルでは高度な人材は集められないだろう。遅きに失した感がある。