第4回RIETIハイライトセミナー

成長をもたらす人的資本の形成 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2013年6月11日(火)16:00-18:00
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)

議事概要

講演1「学習内容・科目選択と将来所得」

西村 和雄 (RIETIファカルティフェロー / 京都大学名誉教授 / 神戸大学社会科学系教育研究府特命教授)

1. 調査開始時の問題意識

経済成長における教育の重要性に関して、1983年のアメリカ教育省の報告書「危機に立つ国家(A Nation at Risk)」では、理数科教育の重要性、卒業資格要件の厳格化、コンピュータサイエンスの主要科目化、授業時間の増加などが提言されている。また、経済ジャーナリストのRobert Samuelsonは、労働者の教育水準を1学年分引き上げると生産性は8.4%上昇するとして、あらゆる投資の中で教育が最も効率的であると述べている。

我々は2006年、中小企業向けに、新規社員採用に当たって何を重視するかというアンケート調査を実施した。その結果、学力・論理的思考力を重視すると回答した企業は53%に上った。また、新規採用者に欠けている資質の上位5項目として、創造性(20%)、基礎学力(25%)、問題解決能力(26%)、論理的思考能力(26%)、そして一番欠けていると思うのが礼儀・マナー(36%)だった。

日本の国際競争力は、2012年にIMD(国際経営開発研究所)が発表したランキングでは27位であった。アジア諸国では、1位の香港をはじめ、シンガポール(4位)、台湾(7位)、マレーシア(14位)、韓国(22位)が日本より上位にランキングされている。こうした状況下で、今、日本の教育には何が求められているのだろうか。

2. 理数科教育が将来所得に及ぼす影響

まず、2000年に、大学入試で数学を受験したかどうかと現在の労働所得について、3つの主要私立大学の卒業生を対象に調査を行った。その結果、数学で受験した人と数学で受験したことのない人との間に、年収で約100万円の差があることが明らかになった。

続いて、2008年に文系学部出身者と理系学部出身者のどちらが高所得であるかを調査した結果、文系が583万円、理系が681万円と、理系の方が平均年収が約100万円高いことが分かった(RIETI Discussion Paper Series 11-J-020 )。大学の難易度をA、B、Cに分け、Bランク校の理系とAランク校の受験科目に数学を選択しなかった文系の卒業生で比べても、Bの理系の方が全ての年齢で年収が高くなっていた。同時に、理系学部出身者の方が正規社員の比率が高く、役職者・経営者の比率も高いことが分かっている。

次に、ゆとり教育以前、ゆとり世代、新学力観世代の3世代に分けて、高等学校における理科学習が就業に及ぼす影響を比較した(RIETI Discussion Paper Series 12-J-001 )。英語が得意な人は若い世代ほど多くなり、数学や理科が得意な人は少なくなっている。また、理科系の人の中でも、物理が得意な人が少なくなり、生物が得意な人が増えている。しかし、理系学部出身者の平均所得を比べると、どの世代でも物理が得意な人の所得が高かった。さらに、文系学部出身者の中で数学受験者と未受験者を比べたところ、やはり数学受験者の方の所得が高いという結果が得られた。

3. 大学入試制度の多様化に関する比較分析

近年、大学入試制度が多様化しているが、企業の採用担当者の間では、AO入試や推薦入試など、学力考査を課さない入試で入った学生を避けたがる傾向があるとの記事が「AERA」に掲載されている。さらに、朝日新聞はスポーツ推薦の学生の学力不足を指摘する記事を載せているし、日経新聞には付属校上がりはお断りという記事が見られる。

われわれの調査でも、45歳以下の就業者の現在の平均所得を調べたところ、学力考査のない入試による入学者(19%)は394万円、学力考査がある入試による入学者(81%)は470万円と、約80万円の差があることが分かっている(RIETI Discussion Paper Series 13-J-019 )。

調査の結果、理科系を卒業した方が就職に有利で、特に物理を勉強しておくとつぶしが利く。また、文科系でも数学を勉強しておくと有利で、一般入試で入学することを目標にした方がいいという結論が得られた。こうした情報が子供たちに正しく伝わることで、学業に対する健全なインセンティブになればと考えている。

講演2「心の問題と経済成長」

関沢 洋一 (RIETI上席研究員)

1. 心の問題が経済成長に及ぼす影響

今日は、心の問題が人的資本の質を低下させ、経済成長にマイナスの影響をもたらすことについて、お話ししたい。

心の問題はさまざまな形で経済に影響を及ぼしている。まず、狭義の心の病気(うつ病や不安障害など)が、休職、労働生産性の低下、自殺、医療費の増加という形で経済に損失を与えている。しかし、心の問題が経済に対して及ぼすマイナスの影響はこれにとどまらない。たとえば、うつ的傾向がソーシャルキャピタルを劣化させている可能性がある。ソーシャルキャピタルとは、人的つながりや信頼関係を一種の資本とみなすというもの。ソーシャルキャピタルの欠如が経済成長にマイナスの影響を及ぼすという研究があり、このような研究におけるソーシャルキャピタルの数値化に当たっては、人を信頼するかどうかという質問への回答を用いることが多い。うつ的傾向が強いと人を信じなくなる傾向があるため、うつ的傾向への取り組みを強化することによって、ソーシャルキャピタルの蓄積を通じた経済成長を促すことができるかもしれない。

次に、心の問題の1つとして、不確実性に対する許容度の低さがある。個人ベースで見ると、不安度の高い人々は、不確実性に対する許容度が低い。一方、国レベルで見ると、国民の不確実性に対する許容度が低い国ではIT産業のような新規産業は育ちにくく、経済危機が起きたときに民間投資が急激に落ち込んでしまう傾向があることが研究によって明らかにされている。ちなみに、日本は世界的に見てもギリシャやポルトガルと並んで不確実性に対する許容度が低い国の1つである。不確実性に対する許容度を高めるための心理療法的なアプローチも開発されており、こうしたアプローチを経済に応用できるかもしれない。

次に、不安の程度が高い人は物事を悲観的に見る傾向が高まり、たとえば、リスクのある株式投資よりもリスクの少ない貯蓄を志向するという研究がある。感情が意思決定にも影響を及ぼすということである。

次に、Heckmanらの研究によれば、IQなどで捉えられない非認知能力が、直接的な生産性の上昇や、教育年数の長期化を通じて賃金の高低に影響を及ぼす。この研究では、self-esteem(自尊感情)とlocus of control(自分に起き得る出来事の責任の所在についての認識度)を非認知能力を表す指標として用いている。self-esteemやlocus of controlはうつ的傾向とも関係があり、うつ的傾向が非認知能力の低下と関わっていることを示唆する。

次に、慢性的な心理ストレスが、人間に本来備わっている炎症を制御する能力を妨げて、さまざまな病気を発症させたり、進行させたりする可能性も指摘されている。さらに、ニューヨーク大学のJohn Sarno教授は、肩凝りや腰痛といった体の痛みの多くは心の問題からきていると主張している。実際に、薬を使わず心の問題に取り組む認知行動療法によって、腰痛の症状が軽減したという研究結果も示されている。

2. 心の問題への対応策:認知行動療法とマインドフルネス

ここまでは心の問題がさまざまな形で経済にマイナスの影響をもたらすという話だったが、次に、心の問題にどう向き合ったらいいかについてお話しする。

1つ目の鍵は認知行動療法。認知行動療法とは、認知の歪みと呼ばれる不合理さを伴った思考を人々が抱くことが、憂うつや不安などの感情を生じさせたり、不適切な行動を引き起こしたりするという仮説の下で、思考を検証することによって感情と行動を健全なものにしようとするもの。認知行動療法は、うつ病を始めとする心の病気に対する効果的な治療法として認められている。

2つ目の鍵は、最近アメリカなどで流行しているマインドフルネスと呼ばれるアプローチ。マインドフルネスは仏教で生まれた発想だが、アメリカ人のJon Kabat-Zinnがアメリカに持ち込み、MBSRという瞑想とヨガを中心とした8週間プログラムを開発している。これまでの研究によれば、マインドフルネスを実践することは、狭義の心の病気にとどまらず、心の健康や幸福感の向上、感情に振り回される行動の減少、さまざまな身体の病気の症状緩和や生活の質の向上、がんの患者のストレスの軽減への効果があるという。

3. 日本での選択肢

日本における1つ目の選択肢は、現状維持アプローチ。このアプローチは、薬物療法を中心とした精神医療の枠の範囲内で心の問題に取り組むというもの。但し、このアプローチだと、狭義の心の病気以外の心の問題には向き合わないことになる上に、薬物療法で完全にうつ病が治る人は約70%という研究もあり、心の病気の治療という観点からみても限界がある。

2つ目は、認知行動療法などの心理療法を心の病気の治療法の中心とするアプローチで、経済学者のRichard Layardらの提言に基づき、実際にイギリスで進められている。ただし、日本では認知行動療法の専門家の数が少なく、能力のあるセラピストを短時間で養成するのは難しいという課題がある。

3つ目は、マインドフルネス国家アプローチとでも言うべきもので、アメリカの下院議員のTim Ryanが唱えている。Ryanは、マインドフルネスの幅広い効用を踏まえて、教育現場や病院、軍隊など、さまざまな場にマインドフルネスを導入すべきだと主張している。ただし、日本ではMBSRの正規プログラムを教えるインストラクターがおらず、また、瞑想という習慣が日本人に受け入れられるかという問題もある。

4つ目は補完・代替医療アプローチ。マインドフルネスは、かつては代替医療だったものが正規の医療として認められつつある例だが、これ以外にも、現在は精神医学や臨床心理学で知られていない取り組みで、心の問題を解決するうえで効果的な方法が存在している可能性がある。こうした方法について、効果と安全性の検証をしてみたらどうかと考えている。

ディスカッション

経済成長および個人の経済パフォーマンスの向上に資する教育とは

中島: 理数系教育を受けた人は就業後の経済パフォーマンスがいいということだが、その背景には何があるのだろうか。

西村: 文科系でも数学を学ぶこと、あるいは理科系でもより論理的な物理を学ぶことで、できる仕事の範囲が広がることが大きいと考えている。最初から選択肢を狭めてしまうのではなく、広い選択肢の中から自分の好きなことや有利なことを選ぶことができれば、本人のやる気も高まり、また、適材適所をしたときの達成度も高くなるので、個人の所得だけでなく日本経済にとってもよいことだといえるだろう。

中島: しかし、職種の需給で言えば、理数系が必ずしも大きなウエイトを占めない職種が多い。しかも経済がサービス化し、少子高齢化して、介護などの分野が広がっている現状からすれば、必ずしも理数教育を専門的に受けた学生の向かう職種が増えているわけでもないのではないか。

西村: 誰もが理系に進むべきだというのではなく、文科系でも数学は勉強した方がいいということだ。トップの大学は、AOや推薦の導入に力を注ぐより、思い切って必修科目を多くしてほしい。今、入試科目以外は全く勉強していないという学生が増えているが、トップの大学が必修科目を増やすことで、それに歯止めをかけることができる。

また、到達度テストの導入により、推薦入試やAO入試でもある程度、学力を見ることができるようになっているが、優秀な学生を伸ばすという一般入試が持つ効果を維持できるか分からない。トップの学校は恐らく、それプラス独自の入試を実施することになる。

アメリカの場合は、SAT(大学進学適性試験)もあるし、高校の内申書や運動能力なども見る。ただ、学力テストがないということはなくて、SATの中でもアドバンスドな科目もあり、学力は十分保証されている。

中島: 経済成長に資するマインド形成という場合に、教育という観点からはどのようなことが考えられるか。

関沢: 大胆かもしれないが、認知行動療法を学校教育で教えることも選択肢になるかもしれない。これは日本でも実験的に行われている。また、集中力がないために、物理や数学などに取り組む能力や気力がない生徒には、マインドフルネスのトレーニングが効果的かもしれない。集中力向上のためにマインドフルネスを活用することについては、アメリカを中心に研究が行われている。

中島: そうした教育は、日本人らしさをも矯正してしまうのではないかという危惧を覚えるが、どうか。

関沢: その点については、私もはっきりした結論はない。認知行動療法を経済の活性化のために使うべきだとある場所で私が話したら、それは洗脳だと批判されたこともある。しかし、認知行動療法自体は科学的検証を経たうえで確立された治療法であり、認知行動療法を使ったコーチングなど能力向上に活用する事例も出てきているので、私自身は、教育現場への導入は検討に値すると思っている。この問題は、政治の場などでも議論してほしいと思う。

個人の経済パフォーマンスの向上に資するマインドの改善方法をめぐって

中島: 関沢さんのお話は、マインドをどのように調整するかというお話にウエイトがあったように思う。最近の日本人は、経済成長へのモチベーションが弱いのではないか。それを強める手段の1つに経済金融政策があると思うが、そこについてはどうお考えか。

関沢: 仮に、国民のリスクや不確実性を回避する態度が強すぎて日本の経済成長が妨げられているとすれば、確率や統計学といった数学ベースの学問をきちっと修める人々が増えることが意味を持つ。しかし、そのような知識があっても、メンタルの部分が意思決定に影響を及ぼす部分は依然として残ると思う。たとえばこの瞬間にこの株を買えば絶対にもうかると理屈ではわかっているときでも、不安心理が必要以上に高まってしまうと、感情面でストップをかけることがある。したがって、数学ベースの勉強に加えて、エモーショナルインテリジェンスなどを鍛えていく方が、リスクや不確実性に適切に向き合えるようになると思う。

中島: 欧米でもヒーリングや音楽、香りの療法など、ストレスを解消する方法があるが、日本では瞑想や肩もみなどが日常化している。日本が他の国に比べてストレスが異様に多い国だとは決して思えないし、対応策もあるのではないか。

関沢: 肩もみやヒーリングなどは、私の理解ではリラクセーションという部類で、瞑想とは根本的に異なる。リラクセーションが体を休めるものであるとすれば、瞑想は思考を休ませるというイメージ。瞑想は、もともとは日本の座禅も含めて、東洋で生まれたものだが、今では欧米の方が進んでいる。たとえば、アメリカでは多くの場所でMBSRのプログラムを受けられるようになっているし、UCLAやハーバードのように、脳科学と結び付けてマインドフルネスの効果を積極的に研究しているところもできている。

中島: 経済マインドという意味では、アベノミクスは効果があると思われるか、それとも、やはり失われた10年の背景にある暗さを引きずると思うか。

西村: 私は、あらゆる問題には解決策があると思っているが、解決策を出したくないという勢力や力関係も世の中にはある。少子化の問題も教育の問題も、外国を見て成功したところに学べばいいのである。今のアベノミクスで日本の競争力を高められるという前提で、あとは具体的な解決策を出していけるかどうかが今後の課題なのだと思う。

関沢: 私の理解では、不安感や憂うつという感情と、悲観的な思考が支配しているのが不況であって、その反対に明るい気持ちや楽観的な思考に支配されているのが好況。したがって、景気を良くするためには、とにかく先に感情と思考を前向きなものに変えてしまうことが1つの解としてあり得る。アベノミクスの発想はそれに極めて近いものだと思う。

今後望まれる教育や生活改革

中島: 今後の日本にとっては、多様性ある人材を育てていくことも不可欠だ。そのために、どのような教育や生活変革をしていけばよいだろうか。

西村: 個性や多様性は作るものではない。教育でも市場でも、個性や多様性をつぶしているのは規制やルールである。また、面白いと思うことは達成度が高くなる。教育面での成功も産業の競争力がつくのも、やはり同じことだ。したがって、規制緩和をしてルールを最小限にすることが多様性を生むことになると思う。

関沢: 基礎的な学問として、英語や数学や統計学を習得することはとても重要だと思う。ただ、これらの学問を習得するためには忍耐力や集中力が必要で、そのためには、認知行動療法やマインドフルネスのようなものを並行的に習得していくことが役に立つのではないか。また、上司や顧客から怒られただけでふさぎ込んでしまうような従業員がいると、企業にとっても社会にとっても損失になるので、大学教育において、認知行動療法やマインドフルネスなどを活用したメンタル面での訓練がもう少し行われてもいいのではないか。

中島: 今、企業が求める人材と現実の人材のミスマッチがいわれているが、どう解消していけばいいと思うか。

西村: 日本で今、活用されていない資源は女性と高齢者だと思う。それを使っていくことと、教育をもっと効果的にすることだ。ミスマッチうんぬんでいうと、広く勉強するようなカリキュラムに戻していくことが必要だと思う。

中島: 主要国ではドイツは大学進学率が低い。比較的若いときから職業訓練に入る人たちと、大学教育を受ける人たちを分けてしまうからだが、これには賛否両論がある。

西村: 過去に必ずしも大学卒を必要としていなかった職種や、商業高校や工業高校がもっと見直される必要がある。高専はうまくいっていると思う。

Q&A

Q1: 理系出身者や物理が得意な人は男性に多いと思うが、性別をコントロールしても、理系出身者の方が文系出身者に比べて平均所得が高いのか。

西村: 性別のデータも取っているが、同じ傾向である。

Q2: 心の問題が日本経済低迷の1つの要因だというロジックに若干疑問を感じる。また、それに対する対応策として、認知療法を使うことが政策としてどこまで適切か、費用対効果を考える必要があると思う。むしろ、根本的にリスクを取る教育が不足していると考えるべきだ。

関沢: 心の問題が不況の原因というのはあくまで仮説で、検証する必要がある。ただ、その検証を私ひとりで行うことは不可能なので、この分野に関心を持って取り組む研究者が増えることを期待している。認知療法という心の病気の治療法を経済の活性化に使うという発想に抵抗が強いことは理解しているが、治療法としての認知療法そのものではなく、認知療法の考え方を使ったコーチング手法を普及させると考えれば、もっと受け入れやすくなるのではないか。リスクテイクについては既に述べたとおり、知的能力を高めるだけでは解決できないエモーショナルインテリジェンスのような側面があって、それについては別の取り組みが必要だと思っている。

西村: 各自の違いを認めないと、どこかで線を引いて、ここから病気ということになってしまう。ルールも病気に対する見方も、画一的であってはならないと思う。