第2回RIETIハイライトセミナー

新春セミナー ~ 今後の経済政策 (議事概要)

イベント概要

  • 日時:2013年1月24日(木)16:00-18:00
  • 会場:RIETI国際セミナー室 (東京都千代田区霞が関1丁目3番1号 経済産業省別館11階1121)

議事概要

講演1「安倍新内閣の政策運営と日本経済の展望」

深尾 光洋 (RIETIプログラムディレクター/ファカルティフェロー/慶應義塾大学商学部教授)

1. デフレ脱却には何が必要か

安倍政権は「アベノミクス」政策の中で2%の物価上昇目標を掲げているが、1985年以降、日本の物価上昇率が2%を上回ったのは2回しかない。1つは1990~1993年のバブルのピークで、日経平均が4万円に近づいた時期だ。前年の1989年はバブル末期の景気過熱期そのもので、さらに同年には消費税3%が導入され、これが物価を1%押し上げた。もう1つは2008年のリーマンショック直前で、世界的な原油価格と食料品の値上がりを受けての物価上昇である。

それ以外の時期を見ると、物価変動の程度を表すGDPデフレーターは1994年をピークに現在まで約20%下がっており、年に-1%の変動率となる。消費者物価とGDPデフレーターの上昇率格差を考慮すると、消費者物価を2%上昇させるためには、GDPデフレーターを+1%程度に引き上げなければならない。

2. 経済成長か円安誘導か

では、そのためにはどんな方策が考えられるだろうか。現在、日本の名目GDPは1991年から20年以上横ばいだが、この間、物価が下がっているために実質GDPは上昇している。しかし1985年以降、実質GDPが目標の消費者物価インフレ率を1%と置いた場合に必要なGDPの水準を上回ったのは、1997年の金融危機の直前と2008年のリーマンショック直前の最も景気が良かった時期だけなのだ。

現在では、実質GDPはインフレ率1%目標のGDPを4%ほど下回っている。経済を良くして物価を押し上げていくという正攻法で2%の消費者物価インフレ率を達成するためには、4%プラス2%、つまり現在のGDPに6%ほど上乗せし、数年間その水準を守る必要がある。それができれば、2%のインフレ率が期待できるということになるが、3年程度の期限を設けるとなると、取り得る手段は恐らく円安誘導しかない。

しかし、円安誘導に対しては既にヨーロッパやアメリカから多くの牽制球が飛んできている。日本は2003年頃に一度円安誘導に成功したが、これには当時、アメリカとヨーロッパの景気が非常に加熱していたことに加え、安全保障問題も絡んでいたのではないかと推測している。30数兆円もの円売りドル買いに対し、アメリカから一言の批判も聞かれなかった裏には、日本がサモアに自衛隊を送ったという事象との関連があると見ている。しかし今は、アメリカもヨーロッパも景気が悪い。さらに尖閣の領有問題で日中関係が懸念される中、円安誘導を強行すれば安全保障にも悪影響をおよぼしかねない。

したがって、向こう3年以内に日銀が2%のターゲットを達成することはほぼ不可能だと考えている。

3. 税制による景気刺激策

では、政策体系としてどうすればよいかというと、まず、金融政策による景気刺激は困難である。量的緩和の効果はそもそもアナウンスメント効果中心のいわば偽薬効果であり、限定的なものだからだ。他方、消費税の段階的引き上げは、ある程度の景気刺激効果を持つと思われるが、増税が一段落すると消費の反動が来る。したがって、より長期にわたって消費税を徐々に上げていき、その歳入のうち3分の1程度を雇用拡大や投資刺激に充てていく必要がある。同様に、炭素税を導入して徐々に引き上げながら、その税収を使って法人税の引き下げや投資補助金の導入をする、あるいは家庭の断熱対策に対して補助金を出すことも景気刺激になり得る。さらに、資産課税の強化も考えられる。また、固定資産税を引き上げつつ、実際の課税は相続まで延納を認めるということもあり得ると思うが、これはなかなか難しいだろう。

講演2「今後の経済政策~雇用・労働を中心に」

鶴 光太郎 (RIETIプログラムディレクター/ファカルティフェロー/慶應義塾大学大学院商学研究科教授)

1. デフレを招く労働市場の問題

2%の物価上昇目標は、金融政策だけではほぼ達成不可能で、根本的な原因となっている問題を解決していく必要がある。私は、デフレには労働市場の問題が大きく影響していると考えている。1970年代の日本はインフレで苦しんだが、当時はインフレと賃金上昇のスパイラルが起こり、それをどう断ち切るかが焦点となった。この教訓を基に第2次石油危機のときは労使が賃金の上昇を抑え、実質賃金を低下させることで80年代最初の不況を乗り切った。ここから考えると、逆に賃金の上昇期待がないことと、デフレが継続していることとの間には密接な関係があると分かる。しかし、インフレ期待を形成するために賃金を無理やり上げればいいということではない。

2. 雇用システムの変化と賃金上昇期待

賃金の動きは、基本的にはマクロ経済の名目成長率と連関しているが、昨今の賃金上昇期待の低下の背景には、雇用システムの変化がある。90年代以降、従来の年功序列・職能給の賃金体系から、職務給や役割給、成果主義が導入されたことで、継続年数と賃金の関係を示す賃金プロファイルの傾きはどんどん緩やかになってきている。そうなると、将来的に賃金が上昇するという期待を持つこと自体が非常に難しくなってくる。

一方、日本の名目賃金は国際的にも非常に低下していると指摘されているが、ここには非正規雇用の増大が影響している。かつては春闘での主力産業の賃金の上昇が、他のさまざまな分野の産業・企業に波及するというメカニズムがあったが、春闘という言葉自体が完全に形骸化してしまい、雇用システム全体の仕組みとして、賃金の上昇を期待することが困難な状況に陥っている。企業への定着を前提に、個人が能力を高め、それに合せて賃金が増えていくという共通認識がなくなったことは、人的資本や能力を着実に高めていく仕組み自体が弱まっていることを意味している。

民主党政権時代も含めて、日本の経済政策の議論は犯人探しや他力本願に終始しがちだが、そもそも経済成長というのは、それぞれの人が努力して生産性を高めることでしか達成できないものだ。地に足の着いた政策を考えていくべきではないだろうか。

3. 解雇補償金の制度導入

日本は過去20年ほどの間に、雇用を守るために賃金が底抜けになってしまったという感がある。名目賃金の硬直性というマクロ経済学の原則は90年代末に捨て去られ、非正規雇用が非常に増えてしまい、そこへのしわ寄せが大きくなり過ぎている。そこで、もう少し人が動く社会をつくっていく必要がある。

私が主張しているのは、ヨーロッパの解雇補償金制度の導入である。これは、裁判で不当解雇の判決が下った場合に、企業側から勤続年数に応じた額の補償金を支払うというものだ。こうした法制度が整備されれば、目安の金額ができるため、裁判を起こさなくても話し合いで金銭的に解決できるようにもなる。

日本の労働政策は今まで、あまりにも非正規の活用に偏り過ぎていた。人的資源を含むさまざまな資源が自由に移動し、それによって生産が高まり経済成長するという政策を考えなければ、成長戦略はうまく回っていかないだろう。

ディスカッション

アベノミクスをどう見るか―政府・日銀の政策連携

中島: ディスカッションの前段として、まずアベノミクスを点検してみたい。デフレ脱却を急ぎ、無理をしてでもインフレ率2%を達成しようとすれば、国民の所得が上がる前に、輸入物価の上昇やエネルギーコストの増大といった悪いインフレが出てくることが懸念される。また、貿易赤字の現在、円安が進むことは経済に対してプラスの面だけではなく、輸入額の増大というマイナス面も大きいのではないだろうか。

深尾: 2%の消費者物価の上昇は、原油価格の高騰を除けば、賃金が上がらない限りあり得ないと私は見ている。実際に今、国債金利はむしろ下落し、10年ものの国債金利が0.8%を切っている。つまり、マーケットも2%のインフレ目標は全く達成できないと判断しているのだ。ディーラーも国債を全く売りに出していない。一方、為替相場と株価には強い相関が出ており、株価が上がっているのは政府が円安誘導には成功すると思われているからだろう。

鶴: 円高はデメリットばかりが強調されるが、メリットもある。急激な円高が進めば輸出を中心に短期的に悪影響が出るが、その後は輸入品の価格が下がり、実質購買力が上がる。消費者はもちろん、日本企業の中でもその恩恵を受けている企業は多い。にもかかわらず、円高の交易条件改善効果を無視した議論ばかりがなされているのは理解しがたい。

また、リーマンショック以降、どの国も通貨を安くして輸出を伸ばすための政策を続けている。今、日本の置かれている外交的な状況は小泉政権のときよりも非常に厳しいものであり、口先介入は、日本の国益を損なうものではないだろうか。

深尾: 私は、国会が法律で通貨発行と金融調節の権限を日本銀行に与えている以上、その目標は、最終的には政治的に決めるべきだと考えている。しかし、そのための方法や時期まで政府が細かく口出しすることは、選挙を意識して無理な要求をすることになるため、避けなければならない。なぜならば、政府目標の達成如何が法律改正や人事にまで影響する可能性がほのめかされると、目標達成のためには大きな副作用を生む政策であっても採用してしまう可能性があるからだ。たとえば、日銀が特定のセクターや企業の株や債権を買うのは補助金をばらまいているのと同じで、中央銀行の財政化を招いてしまう。あるいは、何十兆円もの外貨を買って円安誘導すれば、対外関係を決定的に悪化させるリスクがある。それは、企業が、売上や利益を3年で倍増するために大きな副作用を伴うような行動をとった場合に、会社そのものをつぶす可能性があるのと同様の危険性だといえる。

鶴: 確かに、大胆な金融政策をやればやるほど財政政策に近づいていく。しかし、その線引きはそもそも非常に難しい。だから、日銀に対してプレッシャーをかければかけるほど、政府の方に責任が返ってくることを両者が認識するということが、大きなポイントになる。

緊急経済対策について

中島: 今回、緊急経済対策も出てきている。建設国債を出すということで、財政赤字が膨らむデメリットもあるが、どのように考えるか。

深尾: 海外では、次に危機が起こるとしたら日本国債の暴落危機だといわれている。ただ、国内的には長期金利は非常に安定していて、国債は順調に償還されている。それは、デフレが続いて日銀がゼロ金利を維持すると思われているからだ。仮に国債の売り投機で一時的に長期金利が高騰しても、長期国債の発行を止めて短期国債にすればしのぐことができる。その間に、国債を空売りしている方は品借り料がたまってパンクしてしまう。そうすると、一番財政が破綻するリスクが高まるのは、アベノミクスが成功するときだ。つまり、物価上昇率が2%になって長短金利が大幅に上昇すると、国の利払い費が急激に増大すると同時に国債価格も暴落する。すると、長期国債を多く所有している地銀が一番苦しくなるだろう。

それを防ぐには、財政の健全化を急速に進める必要があり、増税か歳出削減しかないが、歳出削減といっても高齢化に伴う歳出増加を止めるのが精一杯だろう。所得テストを行って医療費も年金も一定以上の所得がある人には支払わず、大きな病気のときだけカバーするとした上で、消費税を最低25%ぐらいまで段階的に上げるということだ。ただ、それだけでは景気が悪くなるだけなので、何らかの形で景気刺激が必要となる。その一案が増税による歳入の一部を使った投資補助金の導入だ。消費税や炭素税を徐々に引き上げながら法人税を減税したり、投資の補助金を出したりするのである。また、消費税と炭素税を徐々に引き上げていくと、物価上昇により金融資産を持っている方が不利になるので、支出が増えて景気が上向いていくはずだ。

鶴: アベノミクスは、日銀のあり方を含めた金融政策の見直しと伝統的な公共事業拡大による新重商主義とケインズ主義という異なる2つの考え方を組み合わせたものである。そこには、早く結果を出そうという狙いがある。問題は、先にスタートダッシュで財政政策をやり始めると、あとの経済政策には困難な課題ばかりが残されることだ。成長戦略についても、いかに規制改革をやるかという話に集約されているが、これにも多くの困難がつきまとう。そうなると、最初は聞こえのいい話ができたとしても、その持続性が最大の問題になってくるだろう。

今後のあるべき経済政策

中島: 今後の経済政策において、財政健全化も意識しつつ成長していくとなると、企業や個人が保有する金融資産なり余剰資金をいかに経済活力に回すかを考えなくてはならない。そこで、どのような政策が必要となるだろうか。

深尾: 日本の税収はGDPの30%程度でほぼ横ばいだが、支出は上昇を続け、現在ではGDPの約40%となっている。したがって、これ以上税金を下げる余地はない。増税しながら景気を良くするにはどうすればよいかということに知恵を絞らなければならない。たとえばエコカー減税ではなく、燃費の悪い車に増税するというように、発想を変えていく必要がある。

鶴: 労働力人口が減少していく中では、労働の質を高めることが鍵となる。人的資本については、私はRIETIでもプロジェクトを立ち上げて、経済学のみならず法律や教育など多くの分野の研究者や、経営者など実務の方々にも参画いただき長年にわたって議論を続けてきているが、人材力を高めるためには、一生かけて人的資本をどこまで高めることができるのかといった視点で、トータルに考えていかないと駄目なところまで来ているのだろうと思っている。同時に、新たな分野や生産性の高い産業に人が自由に移動していく、労働の再分配を実現することで、生産性を高め、成長を高めていかなくてはならない。日本では、正社員のコストが非常に高くなっており、働き方、待遇、解雇規制を3点セットで改革していくことが求められる。

深尾: 低成長の原因となっているのは出生率の低下であり、その背景には男性の働き過ぎがある。現在、時間外労働はボーナスを除く総賃金の1.25倍の割増を支払うことになっているが、これでは人を増やすよりも長時間働かせた方が得だ。それに加え、日本では使わなかった年休を企業が没収することができる。欧米では、使い残した分は時間外ぐらいのレートで買い上げなければいけない。この点を改善すれば労働時間が短くなり、出生率も上がり、女性が働きやすい環境を実現できる。

鶴: 労働問題については、自民党政権が生活保護水準を10%程度引き下げるということで選挙を戦ったわけだが、実は生活保護水準は最低賃金と密接にかかわっている。2007年からワーキングプアの問題が取り上げられるようになり、生活保護よりも低い賃金で働いている人がいるという逆転関係を是正すべく、最低賃金が引き上げられた。しかし、その基準となった生活保護が高過ぎたということになると、問題が出てくる可能性がある。日本全体が貧しくなり、貧困対策の重みが大きくなってきている中で、こうした問題はきちんとエビデンスに基づいて分析し、政策を決めていく必要がある。

Q&A

Q1: 米国が金融政策と称してドル安政策を採り、ユーロはマーケットの信任を失い、人民元はドルにペッグされている中で、円が世界の過剰流動性のゴミ捨て場のようになり、その結果どんどん円高が進んだと考えている。日本も対外的には国内の金融政策だとして、とりあえず極端な円高を是正する政策を採り、できるだけマーケットの気を惹きながら、本来あるべき労働政策なり規制改革なりの根本治療をやっていくべきではないか。

深尾: 円の実質実効為替相場でみると、過去最悪だったのは1994年の超円高だが、ゼロ金利、量的緩和に介入までやり、2004~08年にかけて円はすごく安かった。このときはゼロ金利は日本だけで、キャリートレードが大量に行われて非常に円安になったが、リーマンショック、欧州財政危機の後は世界的にゼロ金利になり、量的緩和が行われるようになってしまった。他の国が量的緩和をやっているのだから日本ももっとやればいいではないかというのはあり得ると思うが、ゼロ金利の国債をいくら買っても同じものを交換しているだけだから、効果はほとんど無い状態になっている。

鶴: 日本の場合は潜在成長率が非常に低くなっているので、自然金利も非常に低くなっている。この状態を脱するには、小手先の金融政策・財政政策では駄目で、本当に実力を付けて自然金利が上がっていくような状況に持っていかなければならない。

Q2: 現在の超緩和的な競争的金融政策は、グローバルエコノミーにどのようなリスクとなり得るか。

深尾: 現在の量的緩和とゼロ金利は、アメリカから解除されていくだろう。日本の成長率は潜在成長力を若干上回っていて、失業率は4%に留まっている。ただ、人の調整をしないことで失業率を抑えているという側面がある。現状の日銀のバランスシートの内容であれば、まだ巻き戻せる範囲内だと思うが、万一物価が上がり始めるようなときは、資産を売ることによって徐々に引き締めに走ると思う。ところが、比較的高い値段で株式を大量に買い、売るときの値段の方が低いなどということになると、全部の資金を回収できず債務超過になる可能性がある。