RIETI政策シンポジウム

世界不況と国際経済~日本の対応

イベント概要

  • 日時:2009年7月16日(木) 10:00-17:30
  • 会場:全社協・灘尾ホール (東京都千代田区霞が関3丁目3番2号 新霞が関ビルLB階)
  • 議事概要

    金融危機後の世界的な景気後退により国際貿易が急減、日本は他国に比して大きな影響を受けている。RIETI政策シンポジウム「世界不況と国際経済」では、日本が直面している現状を企業・産業・国・国際社会それぞれのレベルで分析した研究成果の報告とともに、持続的な経済成長と貿易発展を実現するために解決すべき課題についてマクロ、ミクロの両視点から問題提起し、今後取り組むべき課題や政策、制度のあり方とその実現の方向が議論された。

    開会挨拶

    藤田 昌久 (RIETI所長・CRO/甲南大学教授/京都大学経済研究所特任教授)

    • 2007年夏以降、深刻化したサブプライム問題は世界中の国々を巻き込み、グローバル経済危機として発展した。経済産業研究所では、このグローバル金融経済危機の日本経済への影響や求められる対策について研究と議論を進め、本日のシンポジウム以外にもすでに2回の政策シンポジウムを開催し、積極的な知的貢献を行ってきた。
    • 日本の企業や政策当局にとって最も深刻な問題は、サブプライムローン問題の本源地でもない日本がなぜ先進国の中でも最も大きい影響を受けたのかという点である。その理由の1つに、日本経済の国際経済への一層の統合の結果として、国際貿易の持続的な拡張に大きく依存してきたことが挙げられる。
    • 経済成長をこうした国際貿易の拡大によって実現してきた日本にとって、直面している危機を正しく理解し、世界経済の共存共栄の再構築に向けた新しい役割を担っていくことが求められている。特に保護貿易の台頭を防止し、健全かつ自由な国際貿易体制の実現に向けて、十分なリーダーシップを発揮していかなくてはならない。
    • 本シンポジウムでは、企業・産業・国・国際経済が直面する問題、課題に対して、マクロ経済からの視点、国際的な企業行動、そして国際間での制度のあり方といった多様な視点から問題提起を行い、現下の国際的な経済ショックを克服する上で企業や国、国際社会が直面するさまざまな問題点、取り組むべき政策、制度改革のあり方とその実現の方向について議論する。

    【第1部】

    研究報告1「世界同時不況下での国際貿易の変化と課題―2009年通商白書の焦点」

    伊藤 公二 (RIETI上席研究員)

    国際貿易の変化と収縮の背景

    • 今回の世界同時不況による国際貿易の減少は、ITバブル崩壊時と比べて落ち込み方が大きく、ペースも速い。世界恐慌時と比較しても同様。
    • 特に2008年の秋以降、EUとアメリカの個人消費や設備投資が大きく減退、結果として世界全体の財の輸入が急減している。
    • EUとアメリカの輸入の品目別寄与度を見ると、日本の主要輸出品である一般機械、電気機械、輸送用機械といった資本財あるいは耐久消費財の落ち込みが顕著である。
    • 金融危機の原因は、直接的にはアメリカの住宅市場でのバブル発生だが、その背景を探ると、先進諸国の高齢化による年金・投資信託の増加や、経済発展を続けている新興国の外貨準備高の増加により、世界的に投資資金が膨張し、それが米国の金融市場、特に機関債を通じて住宅市場に流入したことによってバブルが生じたことが分かる。

    世界同時不況とわが国の貿易

    • 日本は、サブプライムローン関連の金融商品の取引が比較的少なく、経営危機に陥った金融機関も少なかったにもかかわらず、経済は深刻な影響を被った。
    • 2002年から2007年にかけて日本は戦後最長の景気回復を経験していたが、過去の景気回復期と比較すると内需、特に消費の回復は明らかに弱く、輸出が景気回復を牽引していた。このため、昨年秋以降の輸出の急減は我が国経済に深刻な影響を及ぼした。
    • また、輸出と設備投資、国内生産は連動して変化する傾向が強まっており、外需の落ち込みは設備投資の減少等を通じて景気をさらに下押ししている。
    • 2008年秋以降の輸出減少の要因を数量、価格、為替の3つに分解すると、基本的には数量減による部分が大きい。仕向け地別の輸出動向を見ると、2008年前半から米国向け輸出は減少していたが、10月以降はすべての国・地域向けの輸出が減少に転じた。
    • 我が国の輸出依存度はドイツや中国ほど高くないが、それにも関わらず輸出急減が経済に深刻な影響をもたらした原因を考えると、2つの理由が考えられる。1つは、アジアの生産ネットワークの中で、日本が欧米への直接輸出に加え、アジアに中間財を輸出し、現地で加工した後で欧米等に輸出するという三角貿易を拡大したこと。三角貿易の最終目的地は主に欧米のため、欧米向け輸出が減少するとアジア向け中間財輸出も大きく減少した(アジアでは欧米向け輸出は減少したが、日本等からの輸入も減少した)。もう1つの要因は、日本の輸出品の高付加価値化。もともと日本の主要輸出品は電気機械製品や自動車等の機械類だが、90年代以降一貫して高付加価値化が進んだ。このため、輸出の減少は日本の付加価値を大きく減らすことになった。

    世界同時不況が示した課題

    • 世界経済の課題としては、まず投資資金の米国一国集中を避け、リスクを分散させることが同じような事態を防ぐ上で必要である。米国以外の先進国は投資資金の運用先としての魅力を増すことが重要。一方、新興国は、現在資金の出し手となっているが、本来ならば国内の資金需要が大きいはずなので、国内の投資環境を整え、資産市場を発展させることが中長期的な課題である。
    • また、保護主義的な動きについては、WTOが存在することで極端な保護貿易的措置は見られない。今後は、WTOルールの範囲内で保護主義的措置を防止することが重要。
    • 日本経済の課題としては、米国の景気後退を踏まえ、輸出仕向け地の多様化を図ることが必要である。特に、中国、インドといった成長著しい新興国市場の開拓が今後の輸出戦略上で重要である。第2に、中国等新興国の産業が成長し輸出品目の競争圧力が強まる中において、我が国の産業は新しい製品やサービスを創出していくことが必要不可欠である。第3に、グローバル化が我が国の経済構造に与える影響を考えていく必要がある。内需拡大は重要だが、戦後最長の景気回復過程においても消費・所得はほとんど伸びず、安価な輸入品の流入によって雇用を増やすことは困難であった。経済がグローバル化する潮流は今後も続くと思われる。我が国としては、グローバル化の一層の進展を踏まえ、国内の産業構造の転換、生産要素の業種間移動の円滑化を考えていく必要がある。

    質疑応答

    Q:大恐慌時との比較があったが、今回の危機は当時と比べても、もっと大きな危機なのではないか。100年に1度の危機というよりも、むしろ数百年に1度くらいの信号が送られているのではないか。

    A(伊藤):
    貿易の減少度合いからすると、2009年第1四半期は世界恐慌時よりも激しい。しかし4月以降数字が少し持ち直し、あるいは下げ止まり感が出てきている。ただ、本当の回復基調とは必ずしも言い切れない面がある。保護主義の監視など、政策のハンドリングが大事である。世界恐慌の時は、徐々に関税引き上げ、ブロック化等保護貿易的措置が講じられ、貿易も縮小に歯止めがかからなかった。ハンドリングを間違えると世界恐慌時のような事態になりかねないことに注意が必要である。

    研究報告2「東アジアの生産ネットワークと金融危機」

    黒岩 郁雄 (日本貿易振興機構アジア経済研究所開発研究センター長)

    • アジア経済研究所で作成している「アジア国際産業連関表」の2008年表を利用して、主に対米輸出減少によるアジア諸国へのインパクトを計測した。この分析により、単に日本の対米輸出が減少することによって直接受ける影響だけでなく、アジア諸国を経由した三角貿易による生産への影響、すなわち国際的な産業ネットワークあるいは生産ネットワークによって波及する部分(空間リンケージ)を計量的に計算できる。
    • 実質GDP成長率の推移を見ると、東アジアの国々の2009年予測値は中国を除いてマイナス成長。輸出依存度の高いシンガポール、タイ、マレーシアなどが大きな影響を受けている。

    経済危機の背景

    • 2000年と2007年の貿易構造を比べると、中国のプレゼンスが東アジアの中で急速に拡大、他方で欧米との貿易不均衡も拡大している。
    • 貿易構造を中間財と最終財に分けて見ると、中間財については日韓とASEANのつながりよりも中国と日韓、それから中国とASEANの関係が相対的に大きく拡大している。消費財については、東アジア域内では中国から日韓への輸出を除いて、中国とASEAN、ASEANと日韓、日韓から中国への消費財の取引は依然として低い水準。対照的に欧米とEUへの消費財の輸出は拡大し、特に中国のシェアが圧倒的に大きい。その背景として東アジアにおける消費財の実効関税率の高さが挙げられる。

    経済危機のインパクト

    • 日本は輸送機械や電気機械の輸出落ち込みが顕著である。そのうち輸送機械は三角貿易による影響は相対的に小さい。これは輸送機械がローカルコンテンツの高い自己完結型の産業であるため、中間財が国境を越えて移動する割合が小さいためと考えられる。一方、電気機械については三角貿易による影響の割合が大きく、これは中間財の輸送コストが低く相対的に集積効果が小さいため、東アジアを中心に生産ネットワークが急速に拡大しているためと考えられる。
    • アジア各国の対米輸出による生産誘発額の空間リンケージが占めるシェアを2000年と2008年について比較すると、中国は2時点ともに相対的に小さく、他方、日本を含む他のアジア諸国はそのシェアが2000年から急速に拡大している。特に、中国を通じた対米輸出(三角貿易)による影響が大きいことが共通した特徴である。
    • 三角貿易による自国以外の国の対米輸出を通じた生産波及効果を受ける貿易構造が非常に顕著になっており、これは電気機械に見られるような生産ネットワークの地理的な拡大と裏表の関係にある。

    質疑応答

    Q:現地にいた印象としては、報告の中で強調されたほど自動車の分業構造が電子に比べて生産ネットワークの稠密性が低くないのではないか。

    A(黒岩):
    自動車産業はASEANの域内でも非常に保護主義的に産業政策がなされていた経緯がある。部品についてはローカルコンテンツ規制を課して、サプライヤーがアッセンブラーのところに集まるように政策的に誘導していた。他方で、ASEAN域内で各国の生産拠点で特定のパーツに特化し、域内でそれを融通し合うという形で生産ネットワークが確かに広がっている面もある。ただ、電気機械と比較すると自動車のローカルコンテンツは高くなる傾向にあり、このことには集積の効果が大きいことが影響しているものと考える。

    研究報告3「世界金融危機後の保護主義とWTO-多国間通商協定によるガバナンスの役割、実効性および課題-」

    川瀬 剛志 (RIETIファカルティフェロー/上智大学法学部教授)

    1929年と2009年 ―国際ガバナンスの不在と存在―

    • 今回の世界同時不況は、雇用保障、内需囲い込み等を目的として、各国を貿易歪曲的な措置の導入に至らしめている。しかし1929年の大恐慌時と異なり、WTOを中心とした国際ガバナンスがある現在では、早くも昨年11月のG20ワシントンサミットで主要各国が保護主義の拒否を鮮明にした。
    • WTOはG20等国際社会の請託に応え、各国の保護主義的動向をとりまとめ、四半期ごとに報告書を公表する試みを開始した。

    保護主義的措置の種類と法的検討

    • 関税・課徴金の引き上げは、概ね関税譲許の範囲内で実行税率を引き上げているに過ぎない。非関税障壁では、法的根拠が不確かな輸入制限・輸入許可、資源囲い込みのための輸出制限が導入されている。鉄鋼・IT製品など規格・基準による制限、また豚インフルエンザ対応など衛生検疫目的の制限も目立つ。
    • 国産品優遇措置については公共調達での優遇が顕著。特に米国は政府調達協定(GPA)で政府調達の内外無差別を約束しているにもかかわらず、復興再投資法のバイアメリカン条項で公共建設事業における国産品優先使用を規定した。公共部門以外でも、一部のエコカー購入補助措置に内国民待遇に適合しない国産品優遇が疑われる措置がある。
    • 国内金融機関支援策は、現行のGATSに規律はないので補助金として規制されない。しかし、各国の金融サービス自由化約束次第では、内国民待遇違反になりうる。
    • 輸入救済措置では、まずダンピング防止税は昨年の調査開始の約6割が金融危機後の下半期に集中し、WTOは今年末までに400件の調査開始を予測した。セーフガード調査開始も本年上半期だけで近年と比較して格段に増加したが、不況下では因果関係や輸入増加等の認定が困難になろう。相殺関税については、顕著な傾向は認められないが、産業再生・景気刺激策との関係で今後の動向を観察する必要がある。
    • 我が国産活法や「経済危機対策」、あるいは米国・復興再投資法など、景気刺激策は包括的なパッケージだが、受益者が特定され、補助金協定の規律対象になりうるプログラムも一部見られる。自動車産業には米国・ビッグ3救済をはじめ各国で多くの公的資金が注入され、相殺関税や補助金協定の規律に服することになる。
    • 輸出振興策については、途上国の貿易能力の低下を受けて、マルチ、各地域、そして各加盟国の貿易金融拡大が評価される一方、これらが輸出補助金を構成する可能性がある。その他、輸出に対する内国税の還付や農業輸出補助金の再開等が報告されている。

    WTOの対応への評価と今後の課題

    • 現段階でWTO加盟国が制限的・歪曲的な通商政策を指向していることは事実。しかしWTOによる監視は極端な保護主義への傾斜を十分に抑止することに成功し、国際社会もこれを高く評価している。また、監視と併せ、実効的な紛争解決手続の活用によってルールの遵守を確保できることも肝要である。
    • 今回の保護主義措置の多くはWTO協定の「遊び」に収まるものであり、依然として各国は協定を規範的制約として認識している。今回の事態やラウンド停滞を以てWTOの限界と論じるのは尚早である。
    • 今後の課題として、第1にWTO事務局は非常に小規模で監視リソースに限界がある。第2に特に自動車や鉄鋼などの分野では各国とも同様に保護主義的措置を導入しており、紛争解決手続利用の相互回避が懸念される。第3に、特に関税が高い途上国やロシアのようなWTO未加盟の大規模新興経済の貿易自由化には、やはりドーハラウンドの推進が国際貿易の拡大に不可欠である。

    質疑応答

    Q:貿易制限措置に対する監視機能は、WTO以外にもたとえば世界銀行やOECD、UNCTADなどの国際機関も機能する場合がある。どこがそれをやっていくのが適切なのかという問題が生じると思われるが、どのように考えているのか。

    A(川瀬):
    世銀やUNCTADにも担当セクションがあるが、全体的に国際通商政策を主体的にモニタリングするのはやはりWTO、特にTPRMが担うべきであろう。ただしリソースの面では限界があるので、他の関係機関との連携をしながら情報収集していく必要がある。

    Q:発展途上国は、厳格な保護主義的な政策により国内市場を保護することが不可避的であると考えるのが現実的と思われるが、どのように考えたらよいか。

    A(川瀬):
    現実については指摘の通りだが、WTOルールは危機的な状況に対して柔軟に対応ができるようなつくりになっている。たとえば、国際収支を保護するための途上国に認められた例外適用や、先進国に比べて緩和された補助金の規律などがある。急激な輸入増加に対しては、セーフガード発動によって対応可能である。したがって、WTOはルールの中で途上国に対して十分なアドバンテージを与えていると理解している。他方で途上国の中には現在のWTOが十分に途上国の利益になっていないという不満があるのは承知している。今のラウンドの中で途上国に対してどこまで魅力のあるWTOに変わっていけるかが重要である。