RIETI政策シンポジウム

労働時間改革:日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2009年4月2日(木) 9:30-18:05
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル33F)
  • 議事概要

    第3部:パネル・ディスカッション「世界経済危機の下での雇用・労働政策のあり方」

    セッションの概要

    本セッションでは、今回の雇用危機の特徴を踏まえた労働政策の方向性や取り組みの実態について、政府・研究者・労働者・企業のそれぞれの立場から報告があった後、ワークシェアリングの有効性や労働市場の二極化を解消するための施策について議論が展開された。

    本セッションの議論により、深刻な不況の下で歩調を合わせようとする動きがある一方、今後の雇用法制のあり方に対する考え方に違いがあることも浮き彫りとなった。

    樋口報告の概要

    樋口 美雄 (慶應義塾大学商学部教授)

    各パネリストの報告を前に、モデレータの樋口氏より統計データが図示され、現在の雇用情勢が解説された。

    • 2008年2月の完全失業率は4.4%であり、過去最高となった2002年の5.4%と比べれば低い水準にある。
    • ただし、失業者全体に占める非自発的な離職による失業者の割合は急増している。
    • 雇用者全体の数自体はアメリカのように減少しておらず、昨年の同時期と同水準である。これは、夫の失業や給与低下にともなって働こうとする女性が増えていたり、残業などの労働時間数による調整が進んでいるためと考えられる。
    • また、今回の雇用調整の特徴として、非正規労働者の雇い止めを中心とした雇用調整が進んでいることが挙げられる。

    大竹報告の概要

    大竹 文雄 (大阪大学社会経済研究所教授)

    大竹氏による報告では、経済学者の立場から今回の雇用調整の特徴を踏まえた政策提言がなされた。

    • 90年代の不況期では生産性の低下が、今回の不況では需要の低迷が景気悪化の原因といわれることが多いが、現在でも構造改革が必要であることも忘れてはならない。
    • 今回の景気悪化は大規模であり、非正社員比率が高くなっていたために急激な雇用調整が行われている。
    • ただし、企業も労働組合も正社員を採用すると不況時に大変であると考えて非正社員を雇っていたはずであり、非正社員中心の雇用調整はある程度は「予定されていた」。
    • 非正社員が増えたことに問題もある。第1に、雇用期間が短いために労使双方に訓練を行うインセンティブがない。第2に、過去10年ほどで20代・30代の男性の非正社員が急激に増えた。これらの人々は世帯主や単身世帯を構成することが多く、非正社員中心の雇用調整が世帯の貧困問題を生む可能性が高くなってしまった。
    • では、非正社員をなくせばよいのか。需要量の不確実性や産業構造の転換を考えると、現実的な解決策ではない。
    • そこで、雇用保障の程度が低い非正社員と高い正社員の間の雇用形態を増やすことを提案する。5年や10年という任期付きの正社員という枠組みであれば、訓練インセンティブも上昇する。
    • 現在のような不況期では訓練の機会費用が低下するため、公的な訓練投資を増やす絶好の機会であることも強調しておきたい。

    輪島報告の概要

    輪島 忍 (社団法人日本経済団体連合会労政第二本部労働基準グループ長)

    輪島氏による報告では、企業の視点からの雇用問題の認識や直面する課題、その課題への取り組みが述べられた。

    • 企業は経営資源(ヒト・モノ・カネ)を活用して付加価値を生産し、その付加価値をヒト・モノ・カネに分配するという観点から経営を行う。
    • 総額人件費には所定内給与だけでなく、退職金や法定福利費なども含まれており、賃金は長期的な構造を持つ。
    • 女性や若者の活用だけでなく、2012年以降に65歳で労働市場から退出する労働者の技能伝承をどれだけ進めることができるかが今後の課題である。
    • 統計を見ると、確かに正規社員が減って非正規社員が増加しているが、企業の実感としては「正規社員数はあまり変化していない」。
    • 日本経団連と連合が合同で発表した「雇用安定・創出に向けた共同提言」(資料11ページ [PDF:326KB] )の仕組みを築くことも重要だ。

    長谷川報告の概要

    長谷川 裕子 (日本労働組合総連合会 (連合) 総合労働局長)

    長谷川氏による報告では、労働組合・労働者の視点からみた現在の雇用情勢の実態について言及され、国が行うべき施策が提示された。

    • 今回の雇用調整が急激なことに驚いている。直下型地震のように、前触れもなくあっという間に非正規労働者が解雇されたという印象だ。また、新規学卒者の内定取り消し問題に非常に心を痛めている。
    • 雇用調整助成金の活用による雇用維持の効果は大きい。
    • 過去10年間の労働法の規制緩和は厳しかった。労働組合は当初から有期労働契約や労働者派遣法の緩和には懐疑的だった。
    • 「2009年問題」の解決の準備として、有期契約労働者や派遣労働者の正社員等への転換を労使間で進めていたので、急激な経済状況の悪化を残念に感じている。
    • 今後、国はどのような雇用政策を進めるべきか(資料5ページ [PDF:321KB] )。今回の経済危機で、非正規労働者を対象とした雇用保険などセーフティネットが脆弱であることが露呈した。社会政策としての住宅政策が遅れていることも問題だ。非正規雇用者を対象にした職業訓練の拡充や処遇格差についても国を挙げた政策が行われるべきである。また、労働者代表制は自然発生的に整うわけではない。労組を活用した取り組みが有効と考える。

    小川報告の概要

    小川 誠 (厚生労働省職業安定局雇用政策課長)

    小川氏による報告では、最近の雇用情勢悪化に対する政府の認識と、雇用対策への政府の取り組みについて説明がなされた。

    • 確かに景気は後退しており、有効求人倍率もオイルショック以来の低水準だ。まだ底を打っていないため、今後も一段の雇用情勢の悪化が進むと認識している。
    • そのような状況の中で、政府もさまざまな取り組みを行っている。特に、住宅生活の支援に大きく踏み込んだ点に過去の対策との違いがある。
    • たとえば、住宅については雇用促進住宅の入居あっせんや入居資金の貸付支援などを積極的に行っている。雇用調整助成金についても、条件が緩和されたこともあり、届け出件数は大幅に増加している。
    • さらに、与党の「さらなる緊急雇用対策に関する提言」を受け、再就職支援・能力開発として、雇用保険を受給していない者に対する職業訓練の抜本拡充と訓練期間中の生活保障を支給すること等を検討中である。
    • 他にも、ワークシェアリングを促すような雇用調整助成金の導入や離職者の訓練の拡充も進められており、政府も労使の要請を受けて細やかな対応を行っている。

    パネル・ディスカッション

    今回の経済危機のキーワードは?

    (大竹氏) 男の非正規。
    (輪島氏) 全産業、全地域で急ブレーキ。
    (長谷川氏) すべての働く者の不安。
    (小川氏) 前例なく急激かつ広範な景気と雇用の変化。

    ワークシェアリングは有効に機能するか

    (大竹氏) 川口氏と同様に、ワークシェアリングに効果があるとは考えていない。ただ、(1)デフレが続く中で名目賃金を下げることの負の効果が小さくなっていること、(2)非効率な長時間労働を是正するなど企業の文化や働き方を是正するチャンスであることを考えると、ワークシェアリングを行う価値はあるかもしれない。

    (輪島氏) 「雇用安定・創出に向けた共同提言」(輪島氏資料11ページ [PDF:326KB] )が日本型のワークシェアリングをイメージしている。企業が雇用維持をはかる一方で政府が支援を行い、雇用調整を行ってもセーフティネットで受け止める。個別の企業内の賃金調整よりも、労働市場全体を介した雇用の出入りを重視したワークシェアリングを行うべきだ。

    (長谷川氏) 雇用調整助成金制度を用いた雇用の維持には効果がある。ただ一方で、非正規労働者にも雇調金を使うことができたならば、昨年末、非正規労働者の雇用を維持できたなのではないかと感じる。また、労使の信頼関係があってこそ、いわゆる「日本型ワークシェアリング」が可能なことも忘れてはならない。個別企業だけでは耐えられないので、政府によるセーフティネットを活用しつついわゆる「日本型ワークシェアリング」を行うという認識は経団連と同じだ。

    (小川氏) 個人的には、どの範囲で仕事をシェアするかがワークシェアリングの機能を左右すると考えている。正社員の中だけか、非正規社員も含めるのか。今回の雇調金制度の拡充で非正規社員を維持した場合にも奨励金が支払われるようになり、制度的枠組みは整った。

    非正規雇用者のセーフティネット

    (大竹氏) 確かに雇用保険の加入対象条件を緩めることは大事だが、短期の就業と休み(失業)を繰り返すなどのモラル・ハザードの問題があるので慎重に拡大するべきだ。正規か非正規かというよりも貧困かどうかという基準を重視した上で、給付つき税額控除を利用した生活保護制度を整える方が望ましい。

    (長谷川氏) 雇用保険に入っていなかった非正規労働者は生活や就労のための資金が必要だが、貸し付けではなく給付の方が有効だ。大竹氏より、生活保護を第2のセーフティネットと位置づけるべきとの話があったが、制度設計上うまくマッチしないと感じる。就労支援として有効なのは、雇用保険からもれても働く意思がある人を支援するようなセーフティネットではないか。

    (樋口氏) 先週のILOの発表によると、日本の失業者のうち失業給付を受けている人の割合は欧米と比べて低く、3割に満たなかった。1つの理由として、日本には失業扶助制度がないことが挙げられる。雇用保険の失業給付がきれた後でも、扶助を行う制度を作るべきか。

    (輪島氏) 雇用保険制度とは別に、さらに一般財源をもとに扶助を設けることになり、慎重な議論が必要になる。

    (樋口氏) 大竹氏の表現では、今回の雇用調整は「予定されていた」。セーフティネットの面でも、ある程度は予期されていたことではないか。

    (小川氏) 我々が調査をした限りでは、製造業を中心とした非正規労働者のほとんどは雇用保険に加入しており、雇用保険のカバレッジは低くない。ヨーロッパのように、第2のセーフティネットとして失業扶助制度を導入すれば失業期間が長くなる可能性もある。

    (樋口氏) 雇用保険を受給している人たちが、納付期間が過ぎた途端に就職するという研究結果もある。モラル・ハザードを防ぐためにも、給付期間が延びていくに従って給付額を徐々に減らす仕組みなど、制度の再設計が必要かもしれない。

    労働市場の二極化を解消するための雇用ルール

    (大竹氏) 二極化を防ぐには、正規と非正規労働者の雇用保障の程度を均等化することが必要だ。また、訓練を促すためにも5年や10年の中間的な雇用形態を作るべきだ。

    (輪島氏) 均等待遇・均衡待遇では、何と何を比較するのかという議論が曖昧になっている。また、130万円での就業調整や年金支給開始を契機とした労働市場からの退出など、労働法制よりも税制や社会保障制度が労働市場に中立的ではない。

    (長谷川氏) 経済学者と違い、私は日本の解雇規制が厳しすぎるとは思わない。現行の労働契約法の解雇権濫用法理で十分対応できる。また、正規労働者の残業が削られて賃金が下がっており、景気回復期に均衡処遇やワークライフバランスを達成しやすい環境にある。有期雇用の活用は臨時的・一時的な場合に限るべきだ。企業が苦しい時は労使の信頼関係の中で調整すればよく、労働者派遣法の改正を繰り返す必要はなかった。

    (小川氏) 景気変動の中で雇用のバッファーをどこに求めるのかは、政府よりも労使の交渉が重要だろう。個人的な意見では、企業の株主責任が重くなっており、会社法制の影響もあると感じる。

    派遣の均衡・均等処遇

    (大竹氏) 派遣は直接雇用よりもマッチング能力の高いときに行われる性質がある。非常にマッチングがよい場合に正社員として登用しやすい環境が必要だ。紹介予定派遣の拡張だけでは十分ではなく、厳しすぎる正社員の雇用保障を抑えたり、5年や10年任期の中間的雇用契約を導入することをあわせて検討するべきだ。

    (輪島氏) 派遣を含めた均衡処遇でも、派遣元や派遣先など誰と誰を比較するかを明確にするべきだ。均等や均衡待遇についての慎重な議論をするべきだ。

    (長谷川氏) 労働者派遣のような間接雇用において均衡均等処遇を実現するには、雇用能力開発機構の職務評価を活用した横断的な取り組みが必要だ。

    (小川氏) 職務給が一般化して横断的な市場賃金が形成されれば、非正規から正規への移行も進むかもしれない。かつて昭和40年代に政府でも議論されていたことがあった。

    フロアからの質問と回答

    (フロア) 資料11ページ [PDF:388KB] にある職場レベルの意識改革とはどのようなものか。
    (大竹氏) たとえば行動経済学の考え方を応用すると、残業がデフォルトではなくオプションとなるように残業を行う手続きを煩雑にする、などの方法を考えることもできる。

    (フロア) 中間的な雇用形態が有効な職種や産業とは?
    (大竹氏) 特定の業種に限定されるとは考えていない。雇用契約の期間だけでなく、雇い止め制限など有期雇用に関する他の制度も変更することで、どの業種でも効果があるのではないか。

    (フロア) 労働組合の立場から見て、大竹氏の中間的な雇用契約をどう考えるか。
    (長谷川氏) 3年契約でも5年契約でも、期間が切れる半年前には労働者は不安で仕事に集中できない。契約期間は長くても、期限はいつか切れる。期間の定めのない雇用でなぜ駄目なのか。

    (フロア) 雇用創出をするべきだが、職業のミスマッチにどう対応するか。
    (長谷川氏) 介護の職場に労働者が行きたがらないのは賃金の安さと労働環境の悪さにある。これらを改善するべきだ。

    (フロア) 労働者派遣は必要な雇用形態ではないか。
    (長谷川氏) 労働者派遣が悪だとは考えていない。労働者派遣の問題点を冷静に分析する必要があると考えている。よい派遣事業者を育成することも必要だ。

    (フロア) 雇用調整助成金は単なる延命措置ともなり得る。いつまで続ければよいか判断が難しい状態では効果的でないのでは。
    (小川氏) 今回の不況に関しては全治3年といわれるので、この期間の助成は必要な範囲と考えられる。

    (フロア) 政府の立場からみて、行政ができないけれど民間やNPOにできることは何か。
    (小川氏) 長期失業者や住宅喪失・就職活動費が不足する者への支援や具体的な訓練の実施など、民間の事業者にお願いできることはお願いする。我々はフレームワークを作る立場だ。