RIETI政策シンポジウム

労働時間改革:日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2009年4月2日(木) 9:30-18:05
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル33F)
  • 議事概要

    第2部:労働時間法制の再構築(法学からのアプローチ)

    セッションの概要

    本セッションでは、法学の視点から、現行の労働時間規制の問題点がまとめられ、現状を踏まえて今後の労働時間法制のあり方が議論された。具体的には以下について報告がなされた。

    1. 包括的な視点による現在の労働時間法制の課題と改革の方向性
    2. ホワイトカラー労働者の労働時間規制に焦点を当てた具体的な立法案

    本セッションの報告と議論を通じて、労働者の健康管理を重視した改革が必要であることや、労使の自主管理を尊重した労働時間規制システムを構築することが強調された。一方、労使自治を活用する場合、国による規制との適切な住み分けを具体的にどのようにして行うのかが、1つの大きな課題となるとの指摘もなされた。

    報告「労働時間法制の課題と改革の方向性」の概要

    水町 勇一郎 (東京大学社会科学研究所准教授)

    水町氏による報告では、現在の労働時間法制が抱える課題と、それらを踏まえた改革の方向性が包括的な視点から整理された。

    1. 労働時間法制の背景と課題

    • 日本の労働時間法制は2つの課題を抱える。
    • 第1に、労働法が実態と乖離している。これは世界の労働法が構造的に持つ問題で、脱工業化やサービス産業化が進み、複雑で多様な就業形態が主流の現在では、定型的な働き方をする工場労働者をモデルにした旧来の法制度は適合しなくなった。
    • 第2の課題は、日本に固有の深刻な長時間労働にある。過労死や過労自殺が社会問題となっているのは日本の大きな特徴である。また、休暇の取得率や取得日数が低い点も問題である。
    • 日本で長時間労働が深刻となった背景には、長期雇用システムを基盤とした残業による雇用調整や、非正規と正規社員の壁が解消されていないこと等が考えられる。
    • 2006年に厚労省の研究会が労働時間法制の改革を提言したが、「残業代ゼロ法案」等との批判の下、ほとんどが法改正に盛り込まれなかった。

    2. 今後の改革の方向性

    • 長時間労働を解消するためには、まず最長労働時間の設定が必要だ。現行では健康確保のための上限が設定されていない。また、休息時間を確保する。1日11時間の休息時間があれば、深夜12時に退社すると次の日は朝11時まで仕事ができない。さらに、週休1日を徹底させるほか、労働者ではなく使用者が年休を指定する制度にすることで年休の完全付与を実現する。
    • 労働者の多様化を受けて、どのように法制度を再編すべきか。現行の労働時間規制の適用除外について、管理監督者は法律上の定義が簡略すぎて実態に即しておらず、裁量労働制は制度が複雑で利用しにくいという問題点がある。そこで、両者を再編し、職務責任や時間管理などの実体的要件を具体化する。また、適用除外となるのは割増賃金規制のみであり、休息・休暇規制等については適用除外としない。
    • 健康問題については、自主的な組織的対応や予防を促することも重要だ。労使協定の下でPDCAサイクルに従った取り組みを目指すほか、その取り組み内容を公表して労災保険料率へ反映させるなどの法的インセンティブを与えることも考えられる。

    3. 改革にあたって重要な視点

    • 労働時間規制改革を進めるべきだが、労働時間法制という枠組みをこえた広い視点で改革を行うことが重要だ。
    • 第1に、労働安全衛生法上の安全衛生委員会、均等法上の女性活用など、労働時間法制は他の制度と有機的に結びついている。これらを視野に入れ、総合的に問題を解決していくという視点が必要である。
    • 第2に、日本的雇用システム全体を見据えた上で、労働法制改革を検討する視点を持つことが重要だ。長期雇用制度を溶解させるのか、それとも長期雇用を維持して他の方法で柔軟性を確保するのか。また、正規と非正規のワークシェアリングを促すとしたら、整理解雇法理の解雇回避努力のあり方をどう捉えるのか。
    • 最後に、新たな社会のあり方との適合した実効的な法システムを構築するという視点が必要である。多様な社会の中では、国による一律の規制では実効性の確保は難しい。多様な利益を調整する集団的システムのあり方も検討するべきだ。

    報告「ホワイトカラーの労働時間法制の立法的課題」の概要

    島田 陽一 (早稲田大学大学院法務研究科教授)

    島田氏による報告では、ホワイトカラーの労働時間規制に焦点をあて、具体的な立法案が示された。

    1. これまでの労働時間規制とホワイトカラーが抱えてきた問題

    • 現行の労働基準法では、法定時間外労働や法定休日手当によって、労働時間規制と賃金制度がリンクされている点に問題がある。ホワイトカラーには、労働時間管理と賃金制度を分離することのできる労働時間制度が必要である。
    • 現状のホワイトカラーの労働時間規制は、事実と規範が乖離しており、36協定も保険化している。サービス残業が常態化しており、「名ばかり管理職」と言われるように、最近の判例からも、労働基準法上の管理監督者よりも実務における管理監督者の範囲は広いことは明らかである。
    • 労働基準法が想定する時間外労働は、一時的・臨時的な場合に例外的に36協定によって認める、というものであり、36協定の期間に応じて業務計画がある。しかし、実際の時間外労働は恒常化しており、36協定と業務計画が遊離している。36協定とは無関係に自己申告制で時間外労働が行われている。
    • ホワイトカラーが行う仕事は厳密な標準作業時間を設定することができず、各自の能力に応じて労働時間量は変化する。その一方で、労働安全衛生という視点から、時間をある程度規制していく必要もある。
    • 日本の労働者にとって労働時間は第二次的な問題であり、労働時間に厳格な契約意識が定着していない。建前と本音からの決別が必要だ。この現状を踏まえて、ホワイトカラーに適合的な労働時間制度を構想していく。

    2. ホワイトカラーのための労働時間制度―その立法的提案

    • 労働時間規制と賃金制度を分離し、労働者の健康管理と生活時間の確保を行う。一見、相反するこれらの要請をいかにして統一的制度として実現していくのか。ここでは、集団的な労使コミュニケーションに制度設計と履行確保の基本部分を委ねることを提案する。具体的な立法案としては以下を挙げたい。
    • 工場労働に対する規制をモデルに作られた労基法41条2号を改正または廃止する。その上で、判例に従い、部次長クラスを含めたトータルな適用除外規定を創設する。
    • 水町氏の提案と少し異なるが、労働時間・休日・休憩・深夜業を法的にはすべて適用除外とし、詳細な取り決めは労使自治に委ねる。
    • 適用除外の手続き要件については、労使協定の締結と届け出に加えて、その内容を社会に公表し、ステイクホルダーにモニタリングさせる。
    • 適用除外の実体要件については、国が職務責任要件や処遇要件などのガイドラインを設定し、残りは企業レベルの労使の合意に任せる。
    • ただし、職務責任要件としては、経験年数・職種・仕事の裁量性の高さなどを具体的に含めたり、単純な執行業務や企画補佐業務を省いたりするなど、職務範囲の記述を行うことが望ましい。
    • また、賃金制度・人事制度の透明性や公正性を確保や、年収が一般社員と逆転しないなどの配慮が必要だ。
    • 年間104日の各月ごとに労働者が指定できる休日を設ける等、1年を通すとバランスのとれた健康的な生活を確保できるようにするべきだ。
    • 実効性を保つために労働者代表によって制度運用を監視したり、大幅な改革なので試行期間を設けたりする必要もある。

    荒木コメントの概要

    荒木 尚志 (東京大学大学院法学政治学研究科教授)

    荒木氏による報告では、水町氏と島田氏の提案が包括的に整理され、追加的な論点が述べられた。

    1. 労働時間規制の2つのアプローチ

    • 現在の労働時間規制を変えていくには、実労働時間の規制と労働解放時間の規制の2つのアプローチがある。
    • 実労働時間を規制するアプローチには最長労働時間を規制する方法があるが、現行では最長労働時間規制と割増賃金規制がセットになっており、管理監督者は両方ともに適用除外となっている。そこで、適用除外を考えるに当たり、両者を切り離そうという考え方がある。
    • 労働解放時間を規制するアプローチには、休憩・休日・年休・休息時間などに関する規制がある。労働解放時間規制は裏から実労働時間を規制する機能も持っている。ワークライフバランスの達成を重視するならば、労働開放時間を規制する重要性が高まる。

    2. 適用除外制度と最長時間規制―水町氏の提案より

    • 水町氏の提案は、最長労働時間規制はホワイトカラーにも適用し、割増賃金規制は適用除外とする、というものだった。
    • この場合、割増賃金規制を除外した後に最長労働時間規制をどう実施するのかが焦点となる。
    • 労働時間ではなく、労働解放時間を規制するアプローチも考えられる。しかし、1日の休息を11時間とする休息時間規制は、週60時間の実労働時間規制よりも厳しい規制となる。むしろ週休2日は厳格に確保はするが、平日の労働時間規制はしないという組合せも検討してはどうか。年休の完全消化を適用除外の要件とする方法もある。

    3. 労働時間規制と適用除外における実体規制と手続規制―島田氏の提案より

    • 島田氏の提案の特徴は、労働時間の長さで名はなく仕事の完成に対して報酬が払われるというホワイトカラーの特性に応じた制度を正面から考えるべきというもの。そのために、適用除外制度の内容は労使協定に委ねることが強調された。
    • ただし、大幅に手続き規制に委ねるアプローチを採るには、手続き規制の担い手に信頼性があることが前提となる。そのための従業員代表制度等の構築には相当のコストがかかる。
    • 手続き規制にすべてを委ねる前に、何を規制の対象とするのか(最長労働時間か、割増賃金か、労働解放時間か)、適用除外はすべてを除外するのか、その一部を除外するのか、適用除外には種々の組合せがあることを踏まえて、明確にする必要がある。その上で、国による直接的規制が適切な部分と労使の手続規制に委ねるべき部分(例えば、除外対象業務や除外対象者は後者か)-その適切な組み合わせを見極めることが重要だ。

    Q&Aの概要

    フロアから水町氏に対する質疑

    1. ヨーロッパでは年休の買取制度がある。日本でも買い上げを行うべきではないか。
    2. 休息時間規制を適用し、割増賃金規制を適用除外することを実現するための障壁は何か。

    上記に対する水町氏の回答

    1. 年休買取は原則禁止されているが、退職時の買取制度については議論がある。ただし、ヨーロッパとの一番の違いは年休の時季の決定権が労働者にありそのため年休の消化率が低くなっている点にある。
    2. 健康確保という視点が十分でなかったことと、年収要件の数値が実体に合わない形で一人歩きしたことだ。

    フロアから島田氏に対する質疑

    1. 労働者代表制をどのように考えるか。
    2. 長時間労働をある程度解決してから適用除外の議論をするべきではないか。

    上記に対する島田氏の回答

    1. 労働者代表制は非常にコストがかかり、幅広い議論が必要だ。当面は過半数組合で試行的に実施する方がよいだろう。
    2. 適用除外問題と長時間労働問題は同時並行で考えるべきだ。ホワイトカラーの問題には長時間労働だけでなく、1年を通じて休日など生活とのバランスを取ることも含まれる。

    フロアから荒木氏に対する質疑

    1. 労働法がなかなか守られないのはなぜか。
    2. 時間外労働をした時に割増賃金を支払うのではなく、労働時間を貯蓄する制度は日本でも適用可能か。

    上記に対する荒木氏の回答

    1. 現在の管理監督者の適用除外が守られていない理由として、制度自体がうまく作られていないこと、紛争処理システムが整備されていなかったこと、現場の労使が責任を持って履行確保するための仕組みが未熟であること、の3点が考えられる。
    2. 割増賃金では長時間労働のインセンティブになる可能性がある。日本でも、ドイツのように労働時間口座などを作り、時間外労働は労働解放時間で返すという制度を考えるべきだ。2008年労基法改正で、割増率50%のうち25%が労働解放時間として利用できるようになったことはその第一歩として評価できる。