RIETI政策シンポジウム

労働時間改革:日本の働き方をいかに変えるか

イベント概要

  • 日時:2009年4月2日(木) 9:30-18:05
  • 会場:東海大学校友会館 阿蘇の間 (東京都千代田区霞が関3-2-5 霞が関ビル33F)
  • 議事概要

    第1部:労働時間の実証分析(経済学からのアプローチ)

    セッションの概要

    不払い残業問題や長時間労働による精神疾患、雇用維持のためのワークシェアリングなど、労働時間政策は最近の雇用政策の根幹を担っている。しかし、活発な議論が進む一方で、これらの政策の実証効果の検証はあまり重視されてこなかった。本セッションでは、データ分析の観点から以下の疑問に答えていく。

    1. 80年代末の時短政策以降、本当に日本人の労働時間は減ったのか
    2. ホワイトカラー・エグゼンプションは長時間労働を是正するのか助長するのか
    3. ワークシェアリングで雇用を維持することはできるのか

    本セッションの報告や議論を通じて、(1)政策評価を行う前に厳密な統計分析を優先させることの重要性、(2)労使双方のインセンティブを操作することでワークライフバランスを達成することの有効性が強調された。

    報告「日本人の労働時間は以前より短くなっているのか」の概要

    黒田 祥子 (東京大学社会科学研究所准教授)

    黒田氏による報告では、タイムユーズ・データを利用し、時短政策をはさむ過去30年間において日本人1人当たりの労働時間がどのように推移してきたかが明らかにされた。

    1. 労働時間を把握するためのデータ

    • 「毎月勤労統計調査」によれば、80年代前半までの年間平均労働時間は2100時間であったのに対し、90年代末には1840時間まで労働時間が減少した。したがって、この政府統計に基づけば、過去30年間に日本人の平均労働時間は確かに減少したといえる。
    • ただし、こうした政府公式統計が示す数値の解釈には注意が必要であり、労働時間の実態を把握することはそれほど容易ではない。
    • なぜなら、第1に、労働時間にはさまざまな計測誤差が存在するからである。たとえば、事業所統計であれば、いわゆるサービス残業が含まれていないことが多く、世帯統計であれば、前月の労働時間を個人にたずねていることから回答者の認識違いや記憶違いが含まれてしまう。
    • 第2に、平均労働時間を観察する際には、過去30年間の高齢化・晩婚化・少子化・高学歴化・自営業率の低下・就業形態の多様化を考慮する必要がある。例えば、若くて元気なうちは長時間働き、体力が落ちるにしたがって労働時間を少しずつ削減していくというのが一般的なライフスタイルであるとしよう。この場合、高齢化により日本全体の労働人口の中に占める高齢者の割合が増えれば、個々人の労働時間に変化がなくても、平均的な労働時間は減少する。
    • 以上の問題を克服するために、「社会生活基本調査」(総務省)を用いて、人口構成の変化やライフスタイルの変化を調整した分析を行った。「社会生活基本調査」は24時間の生活行動を回答者自身が15分単位で記録する時間に関する日記形式のデータ(time diary data)であり、記憶違いや認識違いによる誤差を最小限にすることができるほか、サービス残業を含む労働時間を把握できるという利点がある。

    2. 日本人の平均週当たり労働時間は統計的に変化していない

    • 分析の結果からは、時短政策導入前の1986年とその20年後の2006年とを比較すると、フルタイム雇用者の週当たり労働時間は統計的にみて有意に変化していないことが分かった。
    • それでは、なぜ最近になって長時間労働が問題視されるようになったのか。
    • 曜日別の労働時間の変化に着目すると、過去30年の間に平日1日当たりの労働時間は趨勢的に増加している一方で、土曜日1日当たりの労働時間は減少傾向にあることが分かった。つまり、週当たりの平均労働時間には変化がなくても、時短前と後では1週間の中で労働時間の配分が顕著に変化してきている。週休2日制の普及によって土曜日の労働時間が減り、その削減分がそのまま月曜日から金曜日に上乗せされている可能性が考えられる。一方、過去30年の間に、週当たり睡眠時間は男性で4時間、女性で3時間減少していることも分かった。この睡眠時間の減少は特に平日に顕著にあらわれており、平日の労働時間の増加が睡眠時間を削ることによって賄われている可能性が示唆される。

    3. 分析から得られる政策含意

    • 仕事量が変わらないにも関わらず、強制的に政府が一律に休みを増やすことは必ずしも人々の厚生を改善しないかもしれない。むしろ、労使が合意したうえで柔軟な働き方や仕事の配分を考えていくことが必要である。
    • 昨今では、1980年代に導入された時短政策の効果が検証されないまま、次の政策について議論されている印象がある。政策を導入した際には、必ず事後的な政策評価を行うことが重要である。

    報告「ホワイトカラー・エグゼンプションは労働者の働き方にどのような影響を与えるのか」の概要

    山本 勲 (慶應義塾大学商学部准教授)

    山本氏による報告では、慶応義塾家計パネル調査を利用した実証分析に基づいて、労働時間規制の効果が議論された。

    1. ホワイトカラー・エグゼンプション導入の是非

    • ホワイトカラー・エグゼンプションの法案化が「残業代ゼロ法案」として見送られたことは記憶に新しい。
    • 制度の導入が見送られたことの背景には、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入によって、長時間労働が是正されるのか、助長されるのかが曖昧であったことが大きいと考えられる。
    • 現行の制度の下でも裁量労働制適用者や管理職など、労働時間規制の適用除外者は存在する。そこで、これらの適用除外者と、適用対象だが適用除外者と非常に似た労働者を比較することにより、両者の労働時間がどの程度異なるかを測定した。

    2. ホワイトカラー・エグゼンプションは労働時間を増やすのか

    • 分析の結果より、卸小売・飲食・宿泊業に属する大卒以外の労働者の場合、ホワイトカラー・エグゼンプションが適用されると、労働時間が増加することもあることが明かにされた。さらに、ホワイトカラー・エグゼンプションが適用されるような立場になると、基本給が上昇し、時間当たり賃金は変化しないことが示された。
    • ホワイトカラー・エグゼンプションの適用によって、労働時間は増えることもあるが、時間当たり賃金は変化しない――この結果は何を意味するのか。卸小売・飲食・宿泊業に属する大卒以外の労働者の適用対象者には「名ばかり店長」や「名ばかり管理職」といわれる人達が含まれると考えられる。これらの労働者の割増賃金率はゼロで残業代は支払われないが、その分、基本給が高くなっている。たとえば、ファーストフード店の店長になり、これまで支払われていなかった残業代が支払われなくなったとしても、店長手当や基本給の増加により、時給自体は変化しない可能性がある。これらの労働者は平均的にみれば、賃金の面で不当な扱いを受けているとは言えない。
    • 一方、大卒労働者の場合、ホワイトカラー・エグゼンプションの適用によって逆に労働時間が減少することが分かった。
    • 管理職に昇進してホワイトカラー・エグゼンプションの適用対象となると、むしろ労働時間が減少する――このことは、内部労働市場において労働者間で競争を行わせ、勝ち抜いたものを昇進・昇給させるという人事戦略を反映している可能性がある。追加的な分析では、前の年に長く働けば働くほど、次の年に管理職に昇進する確率が高いという結果が得られた。つまり、管理職への昇進までは長時間労働を行い、昇進後は労働時間が短くなる傾向がある。労働時間規制の変化というよりは、昇進によるインセンティブの変化が労働時間の長さに影響を与えているのかもしれない。
    • 以上をまとめると、労働時間規制の変更自体が労働者の働き方を大きく変化させるとは考えられない。長時間労働の改善には、ホワイトカラー・エグゼンプションなどの制度変更よりも、抜本的・長期的な取り組みが効果的である。

    報告「ワークシェアリングは機能するのか」の概要

    川口 大司 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学大学院経済学研究科准教授)

    川口氏による報告では、ワークシェアリングの有効性について理論的整理を行った上で、国内外の実証研究に基づいた議論が展開された。

    1. ワークシェアリングが機能するための関門-理論的考察

    • 労働時間を短縮し相応の賃下げを行うことによって、労働を分けあい、雇用を維持しようとする「ワークシェアリング」への期待が高まっている。残業代の削減だけではなく、本格的に所定内給与や賞与を引き下げることで、ワークシェアリングを実現させることは可能か。
    • ワークシェアリングがうまくいかないケースを考えてみよう。このケースでは、企業が1人当たりの労働時間を減少させるが、その減少分に見合った月給の減少(賞与を含む)が起こらなかったとする。この場合、時間当たり賃金率は上昇してしまう。企業にとっての1時間当たりの労働コストは上昇するので、雇用が増加することは考えにくい。
    • ワークシェアリングによって雇用が増加するかもしれないケースを考えてみよう。このケースでは、企業が1人当たりの労働時間を減少させるが、その減少分に見合った月給や賞与の減少が起こったとする。この場合、時間当たり賃金率は一定に保たれるので、ワークシェアリングは機能する可能性がある。
    • ただし、後者のケースでも本当に雇用が増加するかは先見的には分からない。1人当たりの労働時間を短くすることで労働者数が増加する正の効果(代替効果)と、労働者の頭数が増えることで労務コストの固定部分(採用・訓練費用など)が膨らみ、最適な生産規模が縮小によって雇用者数が抑えられる負の効果の両方が考えられるからだ。
    • 以上をまとめると、ワークシェアリングが機能するためには2つの関門がある。
    • 第1の関門は、労働時間の減少と比例的な賃下げに労使が合意できるかという点にある。
    • 第2の関門は、仕事を分割することができるかという技術的な側面と、労務コストに占める固定費がどれほどの大きさであるかという側面がある。開発や設計のように労働時間と労働者数の代替が容易でなかったり、労働の固定費が大きかったりすると、雇用量は減少してしまう可能性が高い。

    2. ワークシェアリングは機能するか―国内外の実証研究より

    • では、ワークシェアリングの効果について、海外の学会ではどのような実証的合意が得られているのか。ドイツ・フランス・カナダにおける法定労働時間の変化を利用した研究によると、法定労働時間が減少しても雇用量は変化せず、ワークシェアリングが雇用創出に貢献したという結果は得られていない。
    • また、日本においても、1988年から1997年にかけての法定労働時間の減少を利用した厳密な実証分析が行われ(川口・内藤・横山 2008)、法定労働時間の減少は実労働時間を減少させたが、月収やボーナスは減少せず、時間当たり賃金が上昇したという結果が得られている。さらに、時間当たり労働コストが上昇した事業所では、新規採用が抑制される傾向も確認された。
    • 民間主導のワークシェアリングが機能する範囲は限定的だと考えられる。雇用調整助成金などの財政的な裏付けのあるワークシェアリングならば有効かもしれないが、その効果についても厳密な検証が必要である。

    山口コメントの概要

    山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学ハンナ・ホルボーン・グレイ記念特別社会学教授)

    山口氏によるコメントでは、黒田氏、山本氏、川口氏の報告内容を踏まえ、包括的な視点から制度設計の合理性が議論され、多様な働き方を認める社会を構築するための必要条件が提示された。

    1. 就業時間規制やホワイトカラー・エグゼンプションの合理性

    • 制度設計を行う際には、企業にとっての合理性だけでなく、雇用者あるいは国民全体の視点からの合理性の判断も重視されるべきだ。
    • 川口氏の報告に関連して、就業時間規制を設計する場合には、(1)正規と非正規労働者の代替性の程度、(2)企業が重視するのは1人当たり生産性と時間当たり生産性のどちらかを判断することが重要である。これは過剰就業の理論によって整理することができる。
    • 山本氏の報告に関連して、なぜ正規雇用者に長時間就業が続いているのかについての原因を究明することで、ホワイトカラー・エグゼンプションと多様な働き方を認める社会を構築するための必要条件との関係を整理することができる。

    2. 多様な働き方を認める社会を構築するために―過剰就業と過剰雇用の理論より(RIETI DP 08-J-051

    • 我が国では、雇用者が自分の希望する労働時間以上に働かざるを得ないケースが多く、このような「過剰労働」が生じている場合、時間当たり労働生産性は減少してしまう。過剰就業は正規男性雇用者一般、特に管理職、にその傾向が強い。
    • それはなぜか。正規雇用者はいったん企業で働き始めると、その企業の内部労働市場において使用者側に労働を専買されるため、企業側が雇用者の労働時間を決定することができ、企業は男性雇用者にそれを適用する傾向がある。労使トップを対象とした調査で「ある程度自由な時間で勤務するのがパートで、24時間・365日企業に雇われるのが正規社員だ」(JILPT調査シリーズNo.52)という見解があったことも、このような買手独占仮説を裏打ちしている。
    • 買手独占の状態でホワイトカラー・エグゼンプションが導入されても、企業にとっては1人当たりの労働時間を下げないことが合理的な判断となり、サービス残業を増加させる。
    • ホワイトカラー・エグゼンプションによって労働時間を下げるためには、オランダやデンマークのように、雇用者がペナルティを受けずに自由に就業時間を決定する法的権利を保障する必要がある。
    • このような権利を認めることは企業にコスト負担をもとめることになるが、企業だけでなく雇用者や国全体にベネフィットをもたらす(資料17ページ [PDF:245KB] )。
    • 買手独占の状態で就業時間規制が導入されても、企業が労働時間当たり生産性ではなく正規雇用者1人当たりの生産性を重視する限り、新規正規雇用の削減や非正規雇用への代替が進む可能性が高い。
    • ただし、就業時間規制の導入によって逆に企業が時間当たり生産性を重視するきっかけが生まれるかもしれない。また就業時間規制は雇用者のワークライフバランスや健康上はベネフィットがある。
    • 川口氏の報告にもあったように、このような状態で企業内ワークシェアリングを日本で進めるのは難しいだろう。企業外の人間に機会を与えないために市場全体における効率的な人材配分も促進されない。
    • 一方、市場内ワークシェアリングについては、企業が1人当たり生産性ではなく時間当たり生産性を重視するようになり、雇用者が自由に就業時間を決定する権利が保障されるのであれば、過剰雇用を取り除き、雇用創出につながる可能性が高い。
    • 雇用者側にも仕事と生活のバランスをとろうとする姿勢が必要だ。雇用が手厚く保障される一方で雇用者の生活の選択が著しく制限される日本社会正規雇用の矛盾に目を向ける必要がある。

    Q&Aの概要

    フロアから黒田氏に対する質疑

    1. そもそも労働時間を短くすることは根本的によいことなのか。

    上記に対する黒田氏の回答

    1. 確かに最近の風潮では労働時間を短くすると盛んにいわれているが、実際に労働時間がどう変化したのかさえも把握されていなかった。一律な労働時間削減を行う前に、短い労働時間あるいは長い労働時間を好む労働者が両方いることを考えるべきだ。

    フロアから山本氏に対する質疑

    1. アメリカで成功したのかも確かでない制度を日本の労働市場に適用してよいのか。
    2. 企業全体の視点で見れば、ホワイトカラー・エグゼンプションを導入した結果、むしろ部下である低所得者層にそのしわ寄せがいって残業時間が増えているのではないか。

    上記に対する山本氏の回答

    1. 国によって労働市場の特徴が異なるので、その国に併せた形で導入するべきだ。日本の労働者の企業内でのバーゲニング・パワーは低く、企業に利用されるリスクがある。アウトサイド・オプションのある労働者に限定するなどの工夫が必要だ。
    2. ホワイトカラー・エグゼンプションが正しく機能すれば、景気変動による労働量の調整は低所得者層ではなく、管理監督者層が負うことができる。

    フロアから川口氏に対する質疑

    1. ワークシェアリングが機能するためには子育て支援も必要ではないか。

    上記に対する川口氏の回答

    1. 確かに子育て支援は重要だが、それが誰の負担になるかを考えることも重要だ。一方的に企業が負担するのであれば、固定費が増加してしまい、ワークシェアリングは機能しにくくなるかもしれない。保育所の整備など、政府が現物でサービスを支給する方向が望ましい。

    フロアから山口氏に対する質疑

    1. 欧米の経験から、日本の労働者のバーゲニング・パワーを高めるために必要なことは何か。
    2. 「正社員は24時間・365日拘束される」という調査結果に驚愕した。どうすればこの状況は変わるか。

    上記に対する山口氏の回答

    1. アメリカの労働者のバーゲニング・パワーの高さには、退出オプションがあることと産業別労働組合が確立していることが寄与している。日本でも退出オプションがある人は徐々に増えるだろうが、中途採用者の労働市場の未発達な日本では課題が多い。
    2. 1人当たりでなく、時間当たりの生産性を重視するという経済学的観点の他に、社会学の観点からは、雇用者のワークライフバランス尊重の規範を企業に確立させることが重要と考える。部下のワークライフバランスの促進度を評価に取り入れるなど、制度的に中間管理職のインセンティブ構造を変えていくことも必要だ。