第8回 日中経済討論会 (議事概要)

  • 経済産業研究所セッション概要

イベント概要

  • 日時:2008年11月18日(火)
  • 会場:グランキューブ大阪
  • 経済産業研究所セッション概要

    「中国の台頭と周辺諸国の変容」

    スピーカー:白石 隆 (RIETIファカルティフェロー/政策研究大学院大学 副学長・教授/アジア経済研究所 所長)

    モデレータ:佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)

    2つの見方

    中国の台頭の長期的意味については、大きく2つの見方が存在する。

    1. 中国は覇権を求める。
    2. 中国は覇権を求めない。

    この2つの見方は一見、対立的に見える。しかし、中国は力を行使してでも自国中心で構築すると考えるか、それとも力を行使することはないと考えるかの違いはあっても、いずれ中国中心の地域秩序が成立すると考えることでは大きな違いはない。

    しかし、こういう議論にはあまり意味がない。遠い未来を予測することなどだれにもできない。もっと重要なことは中国の台頭によって力と富の分布が変わり、それがだれの意図とも関係なしにアジアの秩序の変化をもたらすことである。日本にとっての問題はそういう中国の台頭にともなう地域秩序の変化をどうマネージするかにある。

    長期的趨勢とその意味合い

    (世界経済長期予測から)
    世界経済長期予測(日本経済研究センター)は、中国とインドが2030年頃までに、米国と欧州連合(EU)に並ぶ経済大国になる可能性を示している。中国が軍事大国になる可能性もある。富と力の分布が変われば地域秩序も当然変わる。

    同時に、中国経済と世界経済・地域経済との相互依存はこれからますます深化する。相互依存が深まれば深まるほど、地域秩序のラディカルな変化は、中国にとっても利益とならなくなる。これは地域秩序の進化 (evolution)にとってはプラスである。

    (都市人口増加予測から)
    2030年頃には日本を除く東アジアの人口の62%は都市部に集中するとの予測がある(世界銀行)。この結果、都市における中産階級層と貧困層の格差が深刻な政治課題となるだろう。また、都市化の進展で台頭する中産階級が政権に不満を持てば、大きな政治的不安定が生まれる。

    これらの課題に対応するには、従来の「経済成長の政治(生産性の政治)」を展開するしかない。これも地域秩序の進化にとってプラスの要因となる。

    東アジア地域秩序

    (欧州との比較)
    冷戦終焉に伴い欧州の社会主義国は崩壊し、北大西洋条約機構(NATO)は東方に拡大した。また、冷戦の終焉と並行して、ドイツとフランスの間で政治的取引が行われ、欧州共同体(EC)がEUに変化した。政治・経済のシステム(=EU)は、安全保障のシステム(=NATO)の中に入れ子のように入っており、両者に緊張関係はない。これが欧州の地域秩序の特徴である。

    (東アジア地域秩序の特徴)
    東アジアでは冷戦終焉後も社会主義国家は1つも崩壊していない。米国を中心とするハブとスポークスの安全保障システムは縮小し、日米同盟の重要性が高まっている。

    経済面ではプラザ合意以降、日韓台といった国・地域の企業がミクロの決定で地域展開をすることで、東アジアの地域統合が進展した。しかし、これは地域化ともいえるもので、そこには欧州と比較して、共通の大きな政治的意思はなかった。

    その結果、現在では地域協力はずいぶん進展し、そうした協力の政治的意思も生まれつつあるけれども、それでも安全保障のシステムと政治・経済のシステムの間には緊張が存在する。アジアと欧州はこの点で大きく異なる。この緊張は中国の台頭によってこれからますます大きくなるだろう。

    (地域秩序の変容に対する東アジアの国々の対応)
    中国の軍事力増強に対抗して自国の軍事力増強を図るハードバランシングの行動をとる国はない。そうした能力の欠如が1つの理由であるが、東アジア諸国の安全保障政策が日米同盟を前提としていることも1つの大きな理由と考えられる。

    東アジアの国々は中国に対してソフトバランシングの行動にでている。中国に過度に依存しないというのがそこでの大きな特徴であり、その方法は国により異なる。ミャンマーのように経済的に孤立している国は、中国をインドといった別の国とバランスさせる行動をとるが、タイのように自国経済が世界経済・地域経済に深く組み込まれている国はそうした行動にでる必要がない。そうした国にとっては対中貿易増が対中依存度増につながることはなく、むしろ他国との貿易増につながる構造になっている。

    中国をどう見るか

    東アジア諸国のこうした行動は2つの大きな前提に支えられている。その1つは日米同盟、あるいは米国のアジアにおけるプレゼンスを与件とすることである。もう1つは中国の対外政策の戦略的合理性であり、簡単にいえば、中国は国益に沿って合理的に行動するだろうという判断である。これは10-15年くらいのスパンで考えれば、おそらく妥当する(ただし、中国のナショナリズムの動向には常に注意を払って置く必要がある)。

    中国の外交政策、資源政策等は、党国家体制の維持という明確な国家目標から演繹される形で設計されている。目標達成には、「経済成長の政治」を維持する必要がある。そのためには周辺の戦略環境を整備し、資源・環境制約をマネージする必要がある。こういう戦略的合理性が維持される限り、中国の行動は予想の範囲内で推移するだろう。

    日本の戦略と課題

    東アジア諸国の安全保障政策が日米同盟を前提とする以上、日米同盟の堅持は地域の安定にとって非常に重要となる。中国にとっても、軍事大国としての日本よりは米国の同盟国としての日本の方が望ましい筈だ。日本にとっても、日米同盟は戦略的合理性をもっている。

    経済統合の進展は、中国の台頭が周辺国にとって脅威となる度合いを低め、地域の安定と繁栄における中国のステークを拡大させるきっかけとなる。従って、東アジアの経済連携強化は日本の外交戦略の大きな柱となる。日本は中国や東南アジア主要国との戦略的なパートナーシップや対話を進めておく必要がある。

    日本の外交戦略が地域的に大きな意味を持つには、ダイナミックな経済が条件となる。これは、日本が今後国として目指すべき姿を国民がどう描くかに関係する。

    安全保障面では議論はかなり整理されており、国民の9割以上は日米同盟堅持、日米グローバル・パートナーシップを支持しているだろう。福田前首相の施政方針演説でも「平和協力国家」、すなわち、世界の紛争地での平和構築に貢献する国家像が打ち出されている。

    問題は経済だ。経済規模が縮小した「世界第2位の経済大国」というアイデンティティは中長期的に説得力を失っていく。ではどういう日本を作るのか。現時点では国民の間に大きなコンセンサスがない。

    質疑応答

    Q:

    中国と日本の戦略的互恵関係、また、地域の統合はどのように制度化できるか。

    A:

    戦略的互恵は現在の日中関係をマネージする大きな枠組みとして適切だ。その枠組内での協力については、たとえば、日中が補完関係にあるといわれている産業分野、環境・エネルギー分野、さらに広域では、鳥インフルエンザ、地域の環境、非伝統的安全保障といった分野での協力深化が考えられる。

    Q:

    中国は自分たちがナンバーワンの地位にあると考えているわけではない。また、経済発展、民間の豊かさ、環境保全の面で、地域・世界への中国の貢献は非常に大きい。こうした点についてどう考えるか。

    A:

    中国の経済規模が2020~2040年に最大になることと、中国が世界の政治・経済でナンバーワンになることとは必ずしも同義ではない。2050年頃までを見通せば、中国は米国、EU、インドと並ぶ世界の4極の1つになるのだろう。

    中国やインドが台頭すれば世界の秩序は変わらざるをえない。そのときに、中国やインドが他の国々と一緒になって秩序をどのように安定的に変えていくのかが、今後約20年の世界政治の最大の課題となろう。