第7回 日中経済討論会

イベント概要

  • 日時:2007年10月23日(火)/24日(水)
  • 会場:ホテルニューオータニ大阪
  • 経済産業研究所セッション概要

    「東アジア経済統合の進展に向けた日中の連携~東アジア・ルネサンスによる世界発展への貢献~」

    スピーカー:藤田 昌久 (経済産業研究所 所長)

    モデレータ:佐藤 樹一郎 (経済産業研究所 副所長)

    世界経済のグローバル化と地域統合について――空間経済学の視点から

    経済交流を支えている東アジアの地域経済システムは、各国の先端産業集積地(東京、大阪、名古屋、釜山、ホーチミン、バンコク、クアラルンプール、等々)を中心としたネットワーク型の空間構造となっている。成長が著しい中国でも、成長の核は北京、天津、上海、香港、広州にあり、こうした地域に先端産業が集積する形で経済成長が起きている。そうなれば国内であれ、国と国の間であれ、残された地域との間で格差が生じるのは必然であり、現に、中国では上海(沿海部)と貴州(内陸部)の間に10倍の所得格差が生じ、カンボジアと日本では1人当たり国内総生産(GDP)で100倍以上の差が生じている(2002年)。

    東アジア全体でこうした格差をどう乗り越え、持続可能な成長を達成するのかが大きな課題となっている。

    空間経済学とは簡単にいえば、経済活動・人材の「多様性」と「近接性」の相互作用により生まれる集積力・イノベーション力・創造力を中心に形成される地理的空間に関する経済理論である。地理的空間のさまざまな領域において経済活動の「集積力」と「分散力」がせめぎあっているというのがその基本的な考え方となっている。

    分散力については、たとえば大都市圏にヒトや企業が集まれば、地価が高くなったり、交通混雑が起きたりすることで、分散が自然に起きることは理解できるだろう。一方、集積力が生まれるにはヒト、製品、企業の多様性が重要となる。多様性があれば、それぞれの経済活動が差別化されることで競争が効果的に回避され、補完的になりながらシナジー効果を発揮できるからだ。

    さらに、集積で規模の経済を利用して大量に製造された製品を全国に販売し、世界各地に輸出できるのは輸送費が安くあってのことである。従って、大規模な集積を実現させるには、「多様性」と「規模の経済」に加え、「輸送費の低減」が必須要素となる。

    東アジアにおける地域統合の進展と課題

    従来、アジアでは、民間企業を通じた貿易投資による連携強化で地域統合が進められてきた。今後これをさらに発展させていくには、国際的な制度の構築が必要となる。その1つとして今年夏、アジア16カ国の協力の下、東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)の仮事務所がバンコクに立ち上げられた。ERIAには欧州の発展過程で経済協力開発機構(OECD)が果たしたのと同様な機能・役割をアジアで果たすことが期待されている。東アジアでの地域統合を進めるには、こうした国際的取り組みをさらに推進していくべきである。

    日中連携による東アジアでの知のルネサンスの促進

    既に世界の製造拠点としての地位を手に入れた東アジアが今後、貿易不均衡を解消し、北米や欧州連合(EU)と同じ規模で世界の発展に貢献するには、東アジア自身が世界的な創造拠点へと発展していかなければならない。

    そこで私は「知のルネサンス」により東アジアを知識創造社会(brain power society)へと転換させていく考えを提案する。

    1300~1600年にイタリアの大都市を中心に起きた知の爆発。それが起きた背景には、1つに、十字軍の進行でビザンチン帝国が滅び、地中海を自由に航海できるようになったこと、もう1つに、活版印刷技術が開発され、情報・知識の普及速度が増したことがある。

    この「グローバル化」と「情報革命」は現在の世界でも知の爆発の起爆剤となる。

    製造拠点から私的財が生み出されるが、世界的な創造拠点からは、新しいアイデア・技術・知識といった公共財が生み出される。それに留まらず、知識は雪玉的に成長するという累積効果や、連鎖反応効果も期待でき、大きく世界の発展に貢献する。

    ただし一国の取り組みだけでは東アジアに知識創造社会を構築することはできない。「知のルネサンス」は東アジアの「多様性」、すなわち多様な人材のブレインパワーから生まれる相乗効果を活かしながら推進されなければならない。

    つまりは「三人寄れば文殊の知恵」。

    では、多様な頭脳からどのように相乗効果が生まれるのか。ここでは説明を簡略的にするために「二人の知恵」を例に考える。まずAの知識の総体とBの知識の総体がある。AとBはある程度の知識を共有しないと有効なコミュニケーションができない。また、それぞれがある程度の固有知識を持っていなければ協力する意味がない。従って、知識創造の共同作業においては共通知識とそれぞれの固有知識の適度なバランスが重要である。

    ただ、AとBが二人で長期的に渡り密な協力活動を行っていると、共通知識の割合が増え、それぞれに固有の知識が減少する結果となる。そうなれば「三年寄ればただの知恵」に終わってしまう。この、共通知識の肥大化による多様性の減少が現在の日本の抱える問題であり、これでは大きなイノベーションは期待できない。

    知識創造の分野でフロンティアを開拓するには多様性が必要であり、そこでは、組織、都市、国家を超えた人材の交流と、人材の緩やかな移動が不可欠となる。東アジアでは一部の国や産業を除き、こうした交流が活発に起きているとはいえない。この点でさらに取り組みを強化させることが必要である。

    質疑応答

    Q:

    中国の内陸地域にヒト、財、モノを集積させ、国の発展を遂げるにはどうしたら良いのか。

    A:

    ハイテク型産業、サイエンス型産業では確かに都市を中心としたイノベーションが重要となるが、胡錦濤主席の提唱されている科学的発展観による創造技術立国というのはもっと広い概念であり、そこでは農業や観光といった自然産業でのイノベーションも必要となる。

    中国は現在、急速な高齢化の問題に直面している。ただし、高齢層にイノベーションは期待できないと考えるとすれば、それは思い込みにすぎないかもしれない。また、農業や観光を含めた自然産業でも非常に斬新なイノベーションは現実として起きている。高齢者や、労働力の半数を占める農業従事者が活発にイノベーションを起こせる環境を中央政府が支えていけば、調和型発展にもつながるだろうし、地方の成長にも貢献するだろう。さらに、柔軟性に富む女性、とりわけ高齢に達した女性からもイノベーションは期待できるだろう。