政策シンポジウム他

グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意

イベント概要

  • 日時:2005年3月18日(金) 9:00-18:00
  • 会場:国際連合大学ウ・タント国際会議場(東京都渋谷区)
  • 開催言語:英語⇔日本語(同時通訳あり)
  • 経済産業研究所(RIETI)は、2005 年3月18日、国際連合大学ウ・タント国際会議場(東京都渋谷区) において政策シンポジウム「グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意-」を開催した。議事概要は以下のとおりである。

    ※文章内の図表へのリンクは配布資料へリンクしています。

    開会挨拶

    吉冨勝RIETI 所長から、本シンポジウムの背景、問題提起、構成およびRIETI の研究活動における本シンポジウムの位置づけについて説明がなされた。

    吉冨勝(RIETI 所長)

    今日の第二次グローバリゼーションにおけるコア(先進国群)とペリフェリ(周辺地域)の関係は、第一次世界大戦前の第一次グローバリゼーションにおけるコアとペリフェリの関係と相当異なるものである。その最大の違いは、日本、韓国、台湾、香港、中国、ASEAN を含む東アジア全体が巨大な生産・流通ネットワークを形成し、産業内垂直分業という新たな分業形態を構築していることであり、これと並行するかたちで、多くの地域で産業クラスターが発展し、大都市の集積が着実に進んでいることである。

    その背景のなかで、本シンポジウムでは、東京圏を含む日本の都市の役割を考える。具体的には、1)日本国内における東京圏の特殊性とその他の中核都市の関係、2)東京圏の活性化と日本経済全体の活性化の関係、3)経済、社会、その他の諸制度を含むインフラストラクチャー(都市基盤)形成の都市集積や産業集積への影響、4)都市集積や産業集積から生じるイノベーションと地域への影響、5)アジアにおける東京圏の位置づけについて議論する。

    RIETI は現在、1)日本経済「停滞の10年」のマクロとミクロ両面における徹底分析、2)新たな世界経済不均衡、3)日本の巨額債務と高齢化の経済学、4)新たな金融構造とコーポレートガバナンスのあり方、5)日本のイノベーション制度とシステムのあり方という5 つの重要政策課題に取り組んでいる。本シンポジウムは、このうち、2)の世界経済不均衡の一角をなすアジアの経済統合を大きな背景にしながら、5)のイノベーション、特に都市集積に焦点をあてたイノベーションシステムの探求というところに対応するものである。

    セッション1:「World Cityの盛衰」

    アレン・J・スコット氏(カリフォルニア大学教授)、サスキア・サッセン教授(シカゴ大学教授/ロンドンスクールオブエコノミクス客員教授)、久武昌人上席研究員より、以下のとおり発表が行われた。

    アレン・J・スコット氏(カリフォルニア大学教授)

    グローバリゼーションを背景にシティリージョン(大都市圏:大都市とそれを中心として広がる後背地を含む広範な地域)の形成という新たな現象が起こり、大都市圏という単位に基づく経済的、政治的属性が生まれ、その結果、数々の社会的、経済的、政治的な問題と政策課題が生じている。グローバリゼーションによって地理的空間という概念が消滅するかのような議論があるが、実際には、グローバリゼーションによって地理的空間が再確認され、その再確認は、大都市圏としての地域の存在を顕在化させるかたちで進んでいる。20世紀の初頭、人口100 万人超の都市はきわめて異例な存在だったが、現在では、先進国・途上国を問わず世界各地に存在する。1950 年代には、大都市の約3 分の2 は先進資本主義国に存在していたが、現在では、大都市の約3分の2は、インドや中国をはじめとするアジアの低所得国に存在している。

    大都市圏は、「ニューエコノミー」の台頭とグローバリゼーションを背景に、特に1980 年代以降、形成されてきた。経済の仕組み、労働市場、創造や変革の構造等における数々の変化によって生み出されたニューエコノミー(ハイテク、ファッション、金融、文化生産等)は、1)高度に特化し、相互補完的な企業群によって形成されるきわめて緊密で付加価値の高いネットワークと、2)多種多様の技能、感性、才能を提供しうる高密度で多面的な労働市場に依存し、3)このような労働市場の存在をも含めたニューエコノミーにおけるさまざまな集積が創造、変革、習得の核を形成している。グローバリゼーションの進展は、ニューエコノミーの(全てではなく)一部の取引形態について輸送、通信、相互交流のコストを大幅に削減し、高度な集合化が最適な業務遂行をもたらすという状況を生み出した。

    大規模な集合体は、「空間によって確定されるリンケージコスト(異なる地点を結ぶために要する取引コスト)」と「局所的な収益逓増効果」によって形成されると考えられるが、現実の世界においては、収益逓増効果が高く、リンケージコストの高いものと低いものが共存するという状況が存在し、その中で大規模な集積と世界規模の市場が生まれ、この集積がグローバル大都市圏(グローバルシティリージョン)を形成する基盤となっている。今日、西欧、北米、日本といった先進資本主義諸国が世界システムのコアとして存在する一方、これまでペリフェリを形成していた他地域では、一部の比較的発展した地域を中心に大都市圏が生まれ、発展・拡大し、グローバル大都市圏モザイクのなかに組み込まれている。

    政治的・経済的実体としてのグローバル大都市圏は、高度に集積化・分極化した空間、および一連の社会的・政治的慣習を有する実体という2つの側面を持つが、貿易効果、シナジー、集積の経済、比較優位等、各大都市圏で生み出されるさまざまな効果が全体として外部経済を形成する一方、グローバリゼーションによって生じるさまざまな問題や政策課題にグローバル大都市圏という単位で対処することが求められている。大都市圏は、経済的・商業的な利益と文化的・社会的利益の対立関係に終止符を打ち、社会生活と文化生活と労働の間に新たな調和をもたらす可能性を秘めているが、同時に、世界中から集まってくる数多くの低賃金・低技能の移民労働者の市民権(働く場所への属性)をどう確立し、社会的統合をはかるのかという問題がある。

    世界の諸問題に対処するモデルとして「ワシントンコンセンサス」がその妥当性を失いつつある今日、国際舞台における新たな経済の原動力、政治的アクターである大都市圏において経済的にも社会的にも機能する政策は何なのか、有益な市場秩序を形成する一方で、経済発展のみならず、人々の生活拠点としての大都市圏に欠かせないコンビビアリティ(共愉)や仲間意識をもたらす政策とはどういうものか、真剣に考えていく必要がある。

    サスキア・サッセン氏(シカゴ大学教授/ロンドンスクールオブエコノミクス客員教授)

    分散と統合を同時に可能にする技術が存在する今日、その技術の恩恵を最も受けている金融サービス等の先端産業で集積と分散が起こっているが、その集積は、鉱工業等、地域資源に密着した産業で見られた従来型の集積とは大きく異なる。グローバリゼーションによって標準化が進むなか、各地域の経済的背景に基づく「専門性の相違」の重要性が高まっており、類似機能を持つ複数の都市は互いに競争しながら、全体として、各都市の異なる専門性や特殊性を結ぶ複雑なネットワークを形成している。

    空間的集積を説明する4つのダイナミズムがある。第1に、技術そのものの性能とユーザー(各産業) がその技術から引き出す性能は同一ではない(技術そのものの論理とその技術を使う論理は別物) ため、集積や都市や大都市圏は、最もデジタル化の進んだ産業にとっても未だ大きな意味を持つ。第2に、グローバル経済は、唯一無二の存在として当然そこにあるものではなく、さまざまな専門的なサービスや知識を結集してつくり出されなければならない。企業が複数の国々で事業展開を行なう場合、原則として、各国の言語や制度に通じた法務、会計、広告その他の専門家集団が必要で、多くの場合、このような専門的機能の一部を外部のネットワークサービスに委ねられるが、このネットワーク化した専門的サービスの機能や質がグローバル都市の経済的生産能力をつくりあげている。第3 に、情報通信技術には、1)異地点間の膨大な距離を消滅させるが、その技術が具体的なかたちで利用される地点においては集積が起こる、2)組織が複雑であればあるほど技術利用のメリットが高いという特徴がある。したがって、最も複雑な組織形態(最も高度に集積した状況)において情報技術の有用性が最大限に発揮される。第4に、情報には標準化しうる情報と標準化できない情報がある。前者は、どんなに複雑であっても専門的知識を駆使して確実につくりだすことができ、標準化・電子化することによって、世界のどこにいようとも入手できるのに対し、後者は、推測、推定、予想、直感といった決して標準化することのできない情報である。このような情報を確実につくりだすことはできないが、その生産を促す環境が求められている。それがグローバル都市である。

    以上4つのダイナミズムを背景に、都市間で競争するという一面はあるものの、その一方で各都市それぞれの経済的な歴史に基づくきわめて特殊な優位性があり、法務、会計、金融といった企業のニーズに対して異なる対応がなされている。都市のネットワークにおいては、異なる専門性が重要で、その存在によってネットワーク全体としてより大きな利益を享受できる。その中にあって東京はどのような役割を果たすべきなのか、ネットワークに属する都市は互いの関係を相互補完的なものという観点から考えてみるべきである。

    久武昌人(RIETI 上席研究員)

    現在、経済活動は地理的に非常に集中している。アメリカでは、ニューヨークやシリコンバレーのように集中的な経済活動が行われている地域が東海岸の一部、西海岸の一部、中西部の一部に固まっているが、同様の現象がヨーロッパでも見られる。日本・アジアにおいては、面積で0.18%、人口で2%にすぎない日本のコア(東京、大阪、名古屋) が東アジアのGDPの4分の1以上のシェアを持っている。

    日本は東京の「一人勝ち」という状況になっている。日本ではここ50 年間、人口移動と産業構造の転換という2 つの意味において、1)高度成長期、2)石油ショック~バブル経済、3)90 年代半ば以降という3 つのサイクルがあった。第1 の時期は、東京圏、大阪圏、名古屋圏という3 大都市集積すべてで人口が増加したが、第2 の時期は東京圏のみ増加、大阪圏は減少、名古屋圏は横ばいだった。

    第3 の時期は、バブル崩壊後一時的に東京人口が流入から流出に転じたが、結局は逆の動きになり、東京圏への人口集中が進んでいる。産業構造については、第1 の時期は工業化の進展で第1 次産業のシェアが下がり、製造業が経済全体の約3 割を占めるようになった時期、第2 の時期は製造業がほぼ横ばいでサービス産業化が急速に進展した時期、第3 の時期はサービス産業化のさらなる進展がみられる時期であるが、単にサービス産業のシェアが増えるというだけでなく、スペシャライズされたグローバルなネットワークの中における東京の位置づけが見えてきた時期でもある。

    2都市間で輸送費が大きく下がると一方が一人勝ちを続けるという可能性がある(図1参照 [PDF:408KB] )。東京と大阪の場合、新幹線の開通が大きな意味を持った。また、東京近郊の木更津は、東京湾を縦断する道路の開通によって購買力が横浜や東京に奪われた。このように集積がひとたび形成されると、その魅力がどんどん増し、ある種の経済不均衡状態をロックインする場合がある。一方、こうしたシステムは相互連関しているため、互いにネットワークをつくり、自己組織化していく面もある。その中で集積間が競争関係にとどまるのか、協調関係が生まれてくるのか、今後とも勉強すべき大きなテーマである。

    東アジアにおいては、日本がコア経済の地位を占め、その他の地域が周辺的な位置にあるという状況が依然として存在するが、最近、その姿は大きく変わりつつある。ある産業について、日本国内におけるコア(東京、大阪、名古屋)への集積度を横軸、アジアにおける日本のシェア(対アジア競争力)を縦軸にとるとグラフは右肩上がりになり、日本のコアにある産業はアジアの中でも強くなっている(図2参照 [PDF:408KB] )。また、これと対照的な関係がアジアについても顕著に見られる。ただ、日本コアの集積度と対アジア競争力の相関を示す係数を見てみると、1986年、1990年の時点では統計的に有意であったのが、その後、徐々に数値が下がり、2000年には統計的に有意でない状況になっている。日本はマクロの数字で見ると未だ経済集積としてアジアにおけるコアとしての地位を占めているものの、日本コアの集積の経済の魅力が薄れつつあることを示唆している。

    歴史的に、都市は新たな時代に適合した新しい制度や仕組みをつくり上げる場としての機能を果たしてきた。都市間のネットワークをつくる21 世紀という時代においてグローバル都市に求められているのもこの要素である。その中で「地方はどうするか」という問題が出てくるが、それは、まさにスペシャライズされた違いというものをそれぞれの都市がどのようにつくっていくかということになる。日本における東京と地方は、ラグビーで言うところの「ワンフォーオール」「オールフォーワン」という関係になり得るのではないか。都市の機能として多様性の受容が注目されている。
    東京においても非合法なかたちで増えてきているかも知れない貧しい移民や低技能労働者の存在、市民権をどういうふうに考えていくかは、今後の大きな課題である。