政策シンポジウム他

女性が活躍できる社会の条件を探る

男女雇用機会均等法による法的環境整備や育児・介護休業法や保育所の整備等、均等法成立以前に比べると、外的支援環境整備も一定の前進を見ているにもかかわらず、我が国では女性の登用がなかなか進みません。RIETIでは来る2004年11月9日(火) に港区北青山のTTEPIAホールにて、RIETI政策シンポジウム「女性が活躍できる社会の条件を探る」 を開催し、労働市場や子育ての外的支援環境にまつわる問題点を踏まえつつ、従来、政策論としては十分には議論されてこなかった「教育」の役割や、本人と家族との関わりにおける問題点及び女性の就業形態は男性型のキャリアばかりではなく多様な形態がありうることを踏まえるなど、新たな視点からの議論を行います。本コーナーではシンポジウム開催直前企画として、シンポジウムの論点の見どころ、独自性についてシリーズで紹介していきます。第2回目は女性が志向する就業形態は多様であることに着眼し、「非正規労働の基幹労働化とその処遇改善が女性の就業選択の幅を広げる可能性」を論じている武石恵美子ニッセイ基礎研究所上席主任研究員にお話を伺いました。(RIETI編集部 谷本桐子)

RIETI編集部:
非正規労働の基幹労働力化とはどういう意味なのか教えてください。

武石:
従来は、正規労働者が企業の中の基幹的な業務、すなわち、管理業務や指導業務、あるいは判断業務に就き、非正規労働者は定型的・補助的な仕事に就くという役割分担が一般的でした。しかし、近年、非正規労働者の中で意欲や能力のある人材が、正社員が担ってきたような企業の中の基幹的な業務に就く傾向が強まってきました。正規労働者と非正規労働者の仕事の面での境界が曖昧になり、非正規労働者が正規労働者の担う基幹的な仕事に就く傾向を「基幹労働力化」と呼んでいます。

RIETI編集部:
非正規労働の基幹労働力化は、企業側のどのような理由から進んできたのでしょうか? また、非正規労働の拡大によって企業にはどのような影響があるとお考えでしょうか?

武石:
重要な要因としては、企業の人件費コストの問題があげられます。正社員だけの人員構成は企業にとってコストが大きく、業務の繁閑に合わせた人員管理を行うためにも、サービス業を中心に非正規労働者が急速に増えています。それに伴い非正規労働者が企業の中で高い割合を占め事業展開の主力となり、こうした従業員が意欲をもって働く環境を整備する必要性が高まってきました。そのためには、非正規労働者=補助労働力という考え方を転換し、能力の高い人材の能力発揮を進めることが重要になり、非正規労働者の中から優秀な人材に基幹的な仕事を任せる動きが顕著になっています。量的に増大した非正規労働者について、質的な側面でも能力発揮を図ろうとする動きといえます。たとえば、外食産業で非正規労働者を店長ポストで処遇したり、あるいはクレジット会社で個人の審査業務を任せるなどの事例が増えてきています。

ただし、非正規労働者の拡大を、コストの面からだけ進めていくと、安易に安い人材を活用することになり、働く人のモチベーションが下がり、長期的にみれば企業にとって決してプラスにはなりません。非正規労働者が拡大しても、商品やサービスの質を落とさないことが必要であり、そのためには働く人の意欲や能力を生かすマネジメントを併せて進めていくことが重要だと思います。

RIETI編集部:
非正規労働の基幹労働力化は、女性の就業選択、ひいては男性の就業選択、家族の生活のあり方にどのような影響、効果を与えるとお考えですか。

武石:
企業が非正規労働者を補助労働力と位置付けていると、非正規労働者がより能力を発揮したいと思ってもその機会は制限されます。基幹労働力化に伴い、非正規労働者に対する評価制度の導入やより納得性のある処遇制度への転換など、非正規労働者に対する雇用管理も変化しつつあります。これによって、非正規労働者の働き方のバリエーションが広がりつつあるといえます。

日本の女性の就業の大きな特徴として、女性の労働力率に学歴効果がみられない、という点があげられます。特に、子育て後の再就職者の割合が、高学歴女性は低いという傾向が見られます。再就職の労働市場、多くは非正規労働の労働市場になるわけですが、この労働市場が高学歴女性にとっては魅力がなく、就業ニーズをもちながらそれが潜在化しているという実態がありました。非正規労働者の基幹労働力化は、こうした女性の就業機会を拡大し、女性の多様なニーズの受け皿になりうる可能性があります。

たとえば、正規労働者が担っていた渉外業務の一部をパートタイム労働者に移行したところ、金融業務に関心のある主婦層の応募者が増えたという地方銀行の事例もあります。女性の就業選択のバリエーションの拡大は、夫婦の中での仕事と生活のバランスのあり方を変えることにもつながると思います。

RIETI編集部:
非正規労働の基幹労働力化が女性の就業選択等にプラスの影響を与えるため、政策で考慮すべき点は何ですか?

武石:
非正規労働者の基幹労働力化は、実は正規労働者の処遇にも影響を及ぼしています。たとえば、非正規労働者と正規労働者に同じ資格制度を導入し、昇格試験により昇格を決めている企業もあります。この場合、正規労働者と非正規労働者が同じ土俵の上で評価されることになり、非正規労働者が合格し、正規労働者が合格しないということもあるわけです。そうなると、正規労働者側の意欲・能力が問われることになるわけですが、このように、非正規労働者の処遇の問題は、非正規労働者だけの問題ではなく、正規労働者も含めた従業員全体の働き方や処遇のあり方を問い直すという状況になりつつあります。

これまでは非正規労働者と正規労働者がまったく別の体系で処遇されていたわけですが、非正規労働者の企業内でのポジションの高まりにより、正規労働者の処遇を変えずに非正規労働者の方だけ処遇を見直すということが困難になっています。将来的には、正規-非正規という区分ではなく、働き方、つまり、労働時間や勤務地の選択の自由度、あるいは仕事内容に応じて、適切な処遇が行われるという方向付けを政策的にも推進して行く必要があると思います。現状の正規-非正規、という二極化した働き方を前提に非正規労働者の拡大を評価するとネガティブな評価になりがちですが、非正規労働者の働き方の自由度を非正規労働者自身も享受しているわけですから、そのメリットを生かしつつ、正規労働者との処遇面での格差を是正していくことが重要です。

現在、非正規労働者を巡る政策としては、正規労働者との処遇面での均衡(バランス)の確保が重要なテーマになっていますが、これを担保していく政策が必要になると思います。正規労働者の労働条件を聖域にしてそこに手をつけずに非正規労働者の処遇改善を行うのは難しいのが現状です。労働者の働き方の多様な選択肢を広げつつ、企業にとってもメリットのある方向性を打ち出す必要があると思います。

関連記事:第2回「非正規労働者の基幹労働力化および非正規労働の拡大が女性のキャリアに及ぼす影響とは?」

武石恵美子顔写真

武石 恵美子 (ニッセイ基礎研究所上席主任研究員)