RIETI ANEPRシリーズ

Asian Network of Economic Policy Research (ANEPR) 2003-2004 新しい秩序を模索するアジア

ANEPRシンポジウム2003-2004 ディナースピーチ
2004年1月16(東京)

「1997-98年アジア危機の教訓を現在および今後の中国経済運営にどう生かすか」というテーマでお話させていただきます。

奇蹟と危機を結ぶミッシングリンク(失われた環)

世界銀行が「East Asian Miracle (東アジアの奇跡)」という報告書を刊行したのは1993年のことです。そしてそのわずか数年後、アジア金融危機が世界を驚かせました。これほどの短期間にいったい何が起こったのでしょうか。誰にも察知されず失われてしまった奇蹟と危機を結ぶ環はいったい何だったのでしょうか。このミッシングリンクを分析することで、30年にも及ぶ高成長を遂げたアジア経済の強靱さと金融危機で明らかになったアジア経済の脆弱さは何だったのか、その正体を明確に特定することができるでしょう。明らかに矛盾するこの2つの現象を論理的に分析できたときようやく、私たちは、危機後のアジアの枠組みを成功裏に導き出すことができるのです。さらにその論理的分析に基づいて、中国が深刻な金融危機に陥ることなく高成長を持続するために何をすべきか、その方策を考えることができるでしょう。

1960-96年にアジアが経験した奇蹟の基本的な特徴はご存知のように、(1)労働生産性が年率約4%上昇し、(2)その支えとなる物的・人的資本が蓄積され、(3)全要素生産性が年率1%を超える勢いで伸びたことなどが挙げられますが、全要素生産性の上昇率はOECD諸国平均を上回るもので、東アジア諸国・地域が国際的な技術フロンティアに追いつこうとしていたことを示しています。さらにもう1つの特徴として、(4)強固なマクロ経済のファンダメンタルズ(基礎的要因)があります。具体的には、予算はおおむね収支均衡で、インフレ率は5~6%、国内貯蓄率はGDP比で約35%と高い水準にありました。東アジアの奇蹟に見られるこうした特徴は、ラテンアメリカ、アフリカ、南アジア諸国がいまだかつて経験したことのないものです。

アジア危機の直後、アジアのクローニー・キャピタリズム(縁故資本主義)がその原因だったという議論がありました。しかしこうした議論は、その同じ縁故主義がなぜ他の途上国では起こらなかった奇蹟的な成功を可能にしたのか、その理由を解明することなしには説得力を持ち得ません。

ミッシングリンクを解明する2つの視角

ミッシングリンクは2つの角度から分析できると考えています。1つめは国際金融のマクロ経済学とバランスシートアプローチの組み合わせ、2つめは制度進化の観点から見るアプローチです。1つめの視角について、私は、従来型の経常収支危機と区別して、資本収支危機という概念を考え出しました。2つめの視角については、制度的ギャップという概念を提示しました。これは、金融自由化や規制緩和によって生み出される新たなリスクと、その新たなリスクに対応しきれない既存制度インフラとの間に生じるギャップです。制度進化という2つめの視角と制度的ギャップという概念を用いることで、国内的な金融自由化と対外的な資本自由化が進む中で、政府、家族経営企業、銀行の三角関係がいかに機能的な変化を遂げていったかを捉えることができます。

資本収支危機

資本収支危機のきっかけとなった資本流入は、マクロ経済的な特徴とミクロ経済的な特徴という2つの異なる特徴を持っていました。第1にマクロ的な特徴から見るならば、純資本流入は、その額が経常収支赤字額を上回り、その結果、国際収支を黒字化するという意味で「莫大」なものでした。この国際収支黒字はベースマネー、銀行融資、あるいはマネーサプライの増加を通じて、固定相場制においては国内総支出を増大させ、変動相場制のもとでは通貨高をもたらします。したがって、実際の経常収支赤字は、マクロ経済のファンダメンタルズが弱いからではなく、莫大な資本流入によっていくらでも増えるのです。アジア経済の奇蹟を背景にドル金利よりも高い東アジア諸国の国内金利が巨額の資本流入を引き寄せ、そのことがまた市場関係者に固定相場制が維持されるとの確信を持たせたのです。

第2のミクロ経済的な性質の特徴は以下のようなものです。巨額の資本流入の大部分が短期のドル建て銀行融資であったため、国内の借り手は銀行であれ企業であれ、そのバランスシート上に運用・満期期間のミスマッチと通貨のミスマッチを抱え込むことになりました。ひとたび資本が逆流しはじめると、国際収支はいっきに赤字に転じ、外貨準備は減少します。つまり、国際的な流動性の危機だけではなく、国内金融危機をも引き起こすのです。これには2つの理由があります。まず第1に、銀行ローン債権の価格決めや市場での売却は簡単ではありません。各ローン固有の情報について売り手である融資銀行と潜在的な買い手の間に情報の非対称性があるためです。第2に、外貨準備が減少すると通貨の価値が低下し、その結果、ドル建て債務を自国通貨に換算した負債残高が膨張します。こうして双子の危機が引き起こされるのです。

それでは、資本の流れを変える引き金となったのは何だったのでしょうか。一部の経済学者は、経常収支赤字が膨れ上がり、危機前には、もはや維持できない状況になっていたと指摘していますが、これは膨大な資本流入によって引き起こされた現象です。引き金は、資本受入国において資産バブルを伴った従来型の景気循環が、拡大局面から調整局面に転じたことです。この国内景気循環の特異性は、1990年代の拡大局面と資産バブルの大部分が先ほどお話した資本流入によって支えられていたという純然たる事実に示されています。資本受入国の景気がひとたび下降局面にさしかかると、銀行は従来どおり融資を抑制しますが、今回はその中に外国銀行による巨額の融資が含まれていたわけです。このプロセスは投機的な資本移動によってさらに悪化しました。その結果が先ほどお話した双子の危機です。そしてこの危機は、資本受入国の銀行や企業のバランスシートの悪化という下方スパイラルによってさらに深刻化しました。

わずか1年ほどの間に流入から流出に転じた資本移動額は、危機に見舞われたアジア諸国平均で対GDP比約15%に及びました。この間、同諸国の通貨価値は50%以上下落し、双子の危機によって国内総支出が収縮したためにその輸入需要も急激に落ち込みました。同時に、この突然おこった巨額資本の逆流によって、経常収支はわずか1年程度で大幅な赤字からそれを上回る規模の黒字に転じました。

資本収支危機の概略

要するに、資本収支危機は従来の経常収支危機とは180度性格の異なるものだったのです。経常収支危機が劣悪なマクロ経済のファンダメンタルズによって引き起こされるのに対し、資本収支危機の場合は、良好なマクロ経済のファンダメンタルズをはじめとする奇蹟的な経済パフォーマンスに引き寄せられてまず巨額の資本が流入し、その後に起こる急激な資本の逆流がバランスシートの下方スパイラルを引き起こし、その結果、深刻な双子の危機を招くのです。政府予算を含むマクロ経済のファンダメンタルズの脆弱性とはかかわりなく引き起こされる資本収支危機の特徴ゆえ、アジアの資本収支危機は通貨危機の第一世代モデルや第二世代モデルとは対照をなすものであり、近年、ロシア、ブラジル、トルコが経験した第二世代モデルと資本収支危機の複合型ともいうべき通貨危機とも大きく異なります。アジア諸国と近年通貨危機に陥ったその他の国々では危機前の政府予算の状況に重要な違いがあるにもかかわらず、国際通貨基金(IMF)はこれらすべてを資本収支危機と位置づけました。こうした位置づけは、危機の性格を分析する上でのみならず、劣悪なマクロ経済のファンダメンタルズによって引き起こされる従来の経常収支危機に適したものの、アジアの資本収支危機には適さなかった。IMFコンディショナリティがそうであったように、危機への対処法またはIMFの融資条件を考える上でも認識を誤らせるものです。

制度的ギャップ

2つめの視角から奇蹟と危機を結ぶミッシングリンクを分析するとどうなるでしょうか。私の結論は以下の3つです。

独裁国家の経済成長至上主義とその成功

まず第1に、「経済成長至上主義」を標榜するアジアの独裁国家は、家族経営企業による巨額の貯蓄と投資資金を銀行経由で動員することに成功しましたが、同時に、経済離陸の早い段階で輸入代替一辺倒の政策を放棄し、輸出促進政策と外国技術導入政策を推し進めました。

輸出促進政策は、資本財や中間財の輸入に対する高関税と輸入割当について輸出業者を適用除外とすることによって、家族経営企業に輸出製品の生産とそのための投資を行う強いインセンティブを与えただけでなく、こうした企業の輸出向け製品を国際競争にさらすことによってミクロ経済面における規律をもたらしました。その結果、人的資本が形成され、外国技術をよりよく模倣・吸収しようとする努力とあいまって、ミクロ経済レベルの効率性が向上しました。こうして物的資本と人的資本が急速に蓄積しましたが、その結果、資本収益率が低下するということはありませんでした。先ほど述べたように、外国技術の吸収が進み、国際市場への進出によって家族経営企業の経営効率が向上したこともあり、全要素生産性が十分高い成長率を保っていたからです。

国内の救済政策

第2に、巨額の銀行融資による急速な物的資本の蓄積は、時として巨額の不良債権と大規模な家族経営企業の潜在的な破綻リスクを生み出し、国内の景気循環が後退期に入ると、特にその傾向が高まりました。国内投資のほとんどが国内銀行の融資でまかなわれ、輸出促進に支えられた高成長が維持される限り、「Too big to fail(大きすぎて潰せない)」という救済政策は可能であり、その一方でモラルハザードが徐々に経済システムに忍び込んだのです。

金融自由化によってもたらされた新たなリスク

第3に、このように総じて成功した経済発展は、まず国内の金融自由化を促し、続いて資本の自由化をもたらしました。しかし、この奇蹟的な経済成長によって誘発された金融自由化は2つの新たなリスクを生み出しました。そのうち1つは、貸し手と借り手のリスクのとり方の問題で、自由化によってインセンティブが変わったことに起因するものです。金融自由化後に起きたこの現象は、アジア危機特有のものではなく、米国の貯蓄貸付組合(S&L)の崩壊、1990年代はじめ北欧諸国で起きた危機、1980年代から1990年代にかけて起きた日本の資産バブル崩壊においても見られました。この意味において、アジア危機の原因を政府、家族経営企業、銀行の三角関係と結びついたアジア独特の縁故主義に求めることはできません。一般的に、普遍的な現象としての金融危機は、先ほど申し上げたように、金融自由化と規制緩和によって生じる新たなリスクと既存の基本法制度、規制制度および情報開示に関する制度インフラのリスク対応能力のギャップに起因します。たとえば、明確に定義された自己資本比率は危機以前の規制制度においては規定されていませんでした。この分析の枠組みは、先ほどからお話している危機だけではなく、エンロン危機についてもあてはめることができます。

東アジアのもう1つのリスクは、1990年代の資本の自由化によってもたらされました。すでにお話したように、景気循環が好況期にあったときに行われた国内投資の大部分は流入資本によってまかなわれていました。こうした投資は、その時点までに経済システムの中に組み込まれてしまったモラルハザードも手伝って、過剰な状態に陥りました。その結果、ドル建て負債を抱え込んだ国内の銀行や企業に対し従来の救済策を適用することが困難になったのです。自国通貨建てではなく、ドル建ての多額の対外負債だったからです。これは、金融自由化によってもたらされた新たなリスクと、たとえば対外債務に関する健全性(プルーデンシャル)規制を欠いた既存の制度インフラのリスク対応能力との間に生じるもう1つのギャップです。

教訓を中国に生かす

ミッシングリンクに関する分析と教訓をどのように現在の中国経済に生かすことができるでしょうか。中国にとってもっとも重要な教訓は、今後数年間に実施される国内の自由化と事実上の資本自由化によって生み出される新たな金融リスクにうまく対応できるように、制度インフラを可能な限り迅速に構築しなければならないということです。

制度インフラの構築

アジア開発銀行研究所(ADBI)で、私たちは、金融市場がうまく機能するために必要な制度インフラの質の定量化を試みました。市場を支える制度インフラは、基本法制(法の支配、法の執行力担保など)、規制制度(健全性規制、債権者権利など)、および情報開示(会計、監査など)に関する制度を含みます。このような制度インフラの質を定量化して示すことで、10点満点から0点まで各国をランク付けすることができます。危機に見舞われたアジア地域の得点は1998年時点で平均4.6でした。これに対して、中国の得点はわずか1.6、シンガポール、マレーシア、台湾、チリの平均は7.5でした。さらに、制度インフラの質と資本の自由度を定量化して比較してみましたが、この2つの指数の間に相関関係は見られませんでした。このことは、市場を支える制度インフラの発展段階にかかわらず、新興経済諸国にとって資本の自由化は不賢明な選択で、その実施は時期尚早であったことを示しています。

世界貿易機関(WTO)への加盟条件として中国が約束した金融サービスの自由化は、数年のうちに事実上の資本自由化をもたらします。そしてこの間、1990年代の危機以前の東アジア諸国がそうであったように、中国もまた高成長を維持するでしょう。刻々と押し寄せる資本自由化の波に負けないほど迅速に制度インフラの質を向上させない限り、中国が資本収支危機に陥る可能性を排除することはできません。言うまでもなく、最優先課題は今の中国が直面している深刻な問題の解決であり、たとえば国営銀行に資本注入して巨額の不良債権を片付けることです。経営陣に対するインセンティブの弱さとそれゆえの企業統治(コーポレートガバナンス)の脆弱さはすべて、大規模銀行や企業の国有制度に深く根ざす問題です。経営インセンティブや企業統治は、中国が断固たる民営化を推進し、ロシアの民営化にはなかった資本の蓄積や企業化精神の発揚をもたらした実利的なツートラック(漸進主義的)開発戦略の成功を大いに生かすことによって、改善することができます。

新たなグローバル不均衡と人民元

中国の制度改革をより複雑にしているのは、GDPの5%に及ぶ米国の経常赤字とこれに対応する日本を含む東アジア地域の経常黒字という新たなグローバル不均衡の出現です。今回の米国の対外赤字は、日本とその他の東アジア諸国・地域がほぼ同等にその相手先となっており、1980年代に米国がGDPの3.5%にも達する対外赤字を抱えたとき基本的に日本の黒字がその裏側にあったのときわめて対照的です。

したがって、人民元の問題は当然、この汎太平洋という文脈のなかで、また、基本的に市場主導で進みつつあるアジアの経済統合と整合性あるかたちで、議論されなければなりません。人民元の問題には2つの側面があります。まず、1つは「水準」について、人民元が過小評価されているかどうかという問題です。そしてもう1つは、為替の「制度」について、変動相場制に移行すべきか固定相場制を維持するかという問題です。

人民元の調整に関する2つのマクロ経済的基準

1つめの問題について、人民元の価値を高めるかどうか判断する上で、2つのマクロ経済的基準があります。まず、中国の経常黒字の対GDP比率が長期間にわたり上昇している場合は、こうした不均衡の拡大を抑えるために人民元の価値を高めることが必要でしょう。中国は発展途上国だから均衡状態として経常赤字となるべきだというのは別の問題です。中国の投資額と貯蓄額の対GDP比率がきわめて高く、さらに先進国としての米国の経常収支不均衡が均衡状態として存在するという前提にもとづけば、この問題の解決は資本収益率しだいということになります。2つめのマクロ経済的基準は、外貨準備の蓄積がベースマネーの増加を通して国内に高インフレをもたらしているかどうかです。消費者物価指数(CPI)で見た中国のインフレ率は2002年現在でマイナス0.8%、2003年はおそらく1%程度と思われます。

以上のような2つの基準で判断する限り、直ちに人民元の価値を高めるべき理由はみあたりません。中国の外貨準備を押し上げている主な要因は巨額の外国直接投資で、その純流入額はGDPの4%を超え、経常黒字の対GDP比率1.5~2パーセンよりかなり高くなっています。したがって、外国直接投資の一定部分を人民元建て債券の発行でまかなうのが望ましいと思われます。

米国の巨額経常赤字は2003年現在ですでにGDPの5%に達しています。この背景にもとづくと、米国の赤字がやがて支えきれなくなり、2005年あたりにドルの価値を大幅に下げざるを得なくなる可能性が相当高いと思われます。その頃までに先ほど申し上げた2つの基準が人民元の上昇を妥当とする状況になっているかもしれません。したがって、新たなグローバル不均衡は、ドルおよび人民元を含むアジア通貨の調整を同時に行うことによって解決されるでしょう。

適切な為替制度とは何か? どうやってトリレンマを解決するか?

さらに2つの問題が出てきます。まず、1つは、人民元その他のアジア通貨により適した為替制度はどういうものかという問題です。もう1つは、アジア諸国・地域が為替上昇に対する調整の「負担」をどのように分担し、そのインパクトを国内で吸収するためどういう政策を構築すればいいのか、また、その際どういう基準にもとづくべきかという問題です。

私は、為替制度の選択は2つの基本的要因によって決まると考えています。1つは、国際金融経済学で議論されているいわゆるトリレンマをどう解決するかです。(1)為替相場の固定、(2)資本移動の自由化、(3)低インフレと高雇用をめざす金融政策の独立性という3つの政策目標を同時に達成することはできません。言い換えれば、この3つのうちいずれか1つを犠牲にしなければならないということです。たとえば、金本位制やカレンシーボード制においては金融政策の独立性が、ブレトンウッズ体制のもとでは資本移動の自由が、1973年以降の変動相場制においては為替相場の固定がそれぞれ犠牲になりました。しかし、多くの新興市場諸国は変動相場制を恐れています。この恐れは、為替のボラティリティを生み出す国内金融市場の幅と深みのなさを反映しています。即ち、為替の先物やスワップの取引が未発達なため、直物為替相場の変動やリスクを効果的にヘッジすることができないのです。そしてこのことが、日米EUと異なり輸出入総額がGDPの50~100%超にものぼるアジアの新興経済諸国の対外貿易の発展に負の影響を与えています。さらに、継続的な資本流入によって引き起こされる中期的な通貨のミスアラインメント(為替相場が均衡水準から大きく乖離する状況)によって、貿易財と非貿易財の間の資源配分が大きく妨げられます。したがって、アジアの新興経済諸国の為替制度としてはクローリングバンド制が望ましいと思われます。クローリングバンドの幅は、国内の金融市場の発達の程度に応じて広げることができます。

クローリングバンドの上限を維持し、先にお話したダブルミスマッチを軽減するため、チリ型の短期資本流入規制を導入してもいいでしょう。チリは、種類にかかわらずすべての資本流入に対し、一定の無利子預託義務(URR)と最低保有期間(MHP)を適用しました。

さらにクローリングバンドの下限を維持するために、東アジアの各国が蓄積した巨額の外貨準備の一定部分、たとえば外貨準備残高の10%をプールして、地域における最後の貸し手となる機関を設立すべきです。そうすることで、低い利益率で過剰に蓄積された外貨準備を有効利用できるだけでなく、資本収支危機が発生し、域内各国の持分をはるかに超える国際流動性をきわめて俊敏に確保しなければならないような事態が起きた場合でも、クローリングバンドの下限を維持することができます。こうした金融措置は、従来の経常収支危機のための救済措置とは大きく異なります。IMFによる伝統的なスタンドバイ取決めとマクロ経済安定策によって対処できるのは、従来型の危機だけなのです。地政学的理由から、米国、より具体的には米国議会あるいは米国の強い影響下にあるIMFは、国際的な最後の貸し手としての役割を果たすことができません。最後の貸し手から融資を受けた国の債務不履行によって米国の納税者の負担が増える可能性があるような場合はなおさらです。

新たなグローバル不均衡の解決にともなう負担の分担とアジアの経済統合

新たなグローバル不均衡を解決する過程で、これに伴う調整の負担を米国とアジアでどのように分担するかという問題は、それ全体として通貨調整、通貨調整が自由貿易協定(FTA)やFDI主導ですすむアジア域内のグローバルな生産ネットワークに与える影響、基準相場の決定要因を含む適切な為替制度、マクロ経済政策協調などの経済的な関係についてのより徹底的な政策対話を促し、ひいてはアジアの経済統合を促す触媒であると考えるべきです。こうした政策対話を通してはじめて、私たちは、貿易、直接投資、金融統合の枠を超え、アジアの共通通貨と通貨統合への長い道のりを切り開くことができるのです。

参照

  • 吉冨勝「アジア経済の真実―奇蹟、危機、制度の進化」東洋経済新報社2003年9月
  • 吉冨勝、アジア開発銀行研究所スタッフ「Post-Crisis Development Paradigms in Asia(危機後のアジア開発パラダイム)」アジア開発銀行研究所 2003年5月(英文)

ディナースピーチ(和訳)
アジア危機の教訓を中国経済に生かす

吉冨 勝顔写真

吉冨 勝 (国際協力銀行開発金融研究所客員研究員/前アジア開発銀行研究 (ADBI) 所長)