新春特別コラム:2019年の日本経済を読む

EBPMがハイジャックされないために

関沢 洋一
上席研究員

EBPM(エビデンスに基づく政策形成)とは、効果がない政策は行わない(やってもやらなくても違いがない政策はやらない)、効果があるかどうかをきちんと検証する、という態度である[1]。ここでは「エビデンス」という横文字は、効果の有無についての証拠を指す。

この一見当たり前な話は日本政府内にまだ根付いていない。とはいえ、政府でもEBPMの重要性は認識されるようになり、推進されようとしている。

私はEBPMの推進を望ましいこととは思っているが、たぶん簡単にはいかないし、望んでいない方向に向かうリスクをはらんでいる。

1.エビデンスに基づく医療のハイジャック問題[2]

EBPMは医療におけるEBM(エビデンスに基づく医療)をモデルとしている。モデルであるが故に、EBMはEBPMが今後直面する問題を先取りしている。その1つが、EBMがハイジャックされているという問題である[3]。EBMがハイジャックされるというのは、さまざまな利益集団がEBMを自分の都合のいいように歪曲させ、その結果として医療の本当の効果が分からなくなってしまう(おそらくは効果が過大評価され副作用が過小評価される方向に歪められる)問題を指している。

例えば、抗うつ薬の効果を検証したいくつもの研究で、効果が乏しい結果になったものは公表されず、効果があるという結果になったものだけが公表されるために、メタ解析と呼ばれる複数の研究の効果を統合するアプローチにおいて公表された研究だけを使った分析が行われる結果、抗うつ薬の効果が本当の効果に比べて過大評価される問題が指摘されている[4]。このような問題は公表バイアスと呼ばれる。

公表バイアス以外にもエビデンスを歪曲させるテクニックはいくつか知られており、EBMが推進されても、もはや医療の本当の効果を知ることはできないと思うほどである。

2.EBPMがハイジャックされる?

世の中には政策に効果がないことが判明することを望まない人がいる。次のような人々だ。

代表的なのはその政策によって利益や仕事を得ている組織や人々であり、ある政策に効果がないとわかり、その政策が廃止されれば、損失を生じたり労働者が失業リスクにさらされたりすることになる。例えば、胸部X線検査が肺がんによる死亡率の減少につながらないということが判明すれば[5]、この検査に従事している人々の雇用問題が生じかねない。

次に、自分がやってきたことが無駄だったと思いたくない人々もまた、自分がやってきた政策に効果がないことが判明するのを望まないだろう。

加えて、ある政策に効果がないことが判明する結果として、無駄なことをしたとか、間違ったことを教えられたとして、国民から非難されるのを恐れる人々がいて、こういう人々は政策に効果がないことが判明するのを望まないだろう。

このように、ある政策に効果がないことが判明すると困る人々がいて、こうした人々がその政策についてのエビデンスの形成(あるいは公表バイアスを生じさせるような不形成)に関与することによって、エビデンスが操作され、世間で流通するエビデンスが政策の本当の効果と乖離してしまう可能性がある。こういう事態が広まると、多くの政策についてのエビデンスが公表され、個々の政策もそのエビデンスに整合的に見えて、EBPMは表面上、大成功をおさめているものの、実際にはEBPMはハイジャックされていて、本当は効果のない政策がまかりとおることになる。

3.EBPMのハイジャックを避けるために

どうしたらEBPMのハイジャックを避けることはできるのか?

第一に、事前評価を徹底することが考えられる。いったん政策を始めてしまうと利害関係者が生まれて簡単にやめられなくなるので、政策を行う前に本当に効果があるのかを徹底的に検証することが考えられる。精緻なロジックモデルを作って、そこには望んでいるロジックの流れと望んでいないがありそうなロジックの流れの両方を書き込んで、先行研究やデータをチェックしながら望んでいるロジックの流れが本当に実現しそうかを検討し、その検討結果を公表することが考えられる。

第二に、中立的にエビデンスを検証するメカニズムの創出、つまり独立委員会のようなものを作って利害関係者の影響が入らないようにすることが考えられる。満場一致にならないようなメンバー構成にしたり、外国人研究者を入れたりするのもいいかもしれない。

第三に、医療の臨床研究で行われている手続をEBPMでも採用することも考えられるかもしれない。医療の臨床研究は研究開始前に事前に登録するようになっていて、公表バイアスを減らすことが目指されている。また、最近は臨床研究を行うのに先立ってプロトコルという形で研究計画を医学雑誌に掲載する場合が多く、そこには、研究の実施方法に加えてどういう分析方法で分析するかも書いてあり、後出しじゃんけん的なことが避けられるようになっている。

第四に、本当のEBPMへのハイレベルのコミットメントがあると良さそうである。地方公共団体の場合には、国と違って、知事や市長が議員とは別に選挙で選ばれているのでリーダーシップが発揮しやすい可能性があり、利害関係者が議員を通じて圧力をかけてきても効果のないものはやらないというコミットメントができるかもしれない。地方公共団体の成功事例が積み重なれば国に波及することも期待できる。

4.おわりに

いくつか案を書いては見たものの、EBPMのハイジャックを表面的な制度作りだけによって防ぐのはなかなか難しい。医療についてのEBMも、政策形成についてのEBPMでも、国民をあざむかないという意味での正直さ・誠実さが求められるところがある。その一方で、政策を行った当初は効果があるかどうかはわからず、何年も経った後で効果がないことが判明することも多いので、国民の側でも、後から振り返ってみると効果のなかったことをさせられたり、間違ったことを教えられたりしても、それを許すような寛容さが必要になってくる。

EBPMは、効果のないものはやらないという政策立案者のメンタリティの問題だと私は考えているが、EBPMを根付かせるためには、正直さや寛容さといった国民全体のメンタリティもまた重要になる。

参考文献
  • [1]. 関沢洋一,「EBPMとは何か?」, EBPM Report. 独立行政法人経済産業所, 2018.
  • [2]. 関沢洋一,「エビデンスに基づく医療(EBM)探訪 第5回『エビデンスに基づく医療がハイジャックされている?』」. 独立行政法人経済産業所, 2017.
  • [3]. Ioannidis, J.P., Evidence-based medicine has been hijacked: a report to David Sackett. Journal of clinical epidemiology, 2016. 73: p. 82-86.
  • [4]. Turner , E.H., et al., Selective publication of antidepressant trials and its influence on apparent efficacy. New England Journal of Medicine, 2008. 358(3): p. 252-260.
  • [5]. Oken, M.M., et al., Screening by chest radiograph and lung cancer mortality: the Prostate, Lung, Colorectal, and Ovarian (PLCO) randomized trial. Jama, 2011. 306(17): p. 1865-1873.

2018年12月28日掲載

この著者の記事