新春特別コラム:2019年の日本経済を読む

2019年の原油価格を占う

藤 和彦
上席研究員

米WTI原油価格は、2017年1月から実施されたOPECとロシアなどの主要産油国による協調減産(日量180万バレル)のおかげで2018年初頭に1バレル=60ドル台となり、その後5月に米国がイランに対する制裁を復活させたことで上昇に弾みがつき、10月前半には同77ドルを記録した。「イラン産原油の減少で世界の原油市場で供給不足が生じる」との思惑から、原油価格は1バレル=100ドルになるとの声が聞かれたが、予想に反し原油価格は下落し始め11月には一時50ドル割れの状態となった(11月の原油価格の下落率(22%超)は10年ぶりの大きさだった)。

5月から10月にかけてイランの原油生産量が日量50万バレル減少したのに対し、米国の要請でOPECが同100万バレル、ロシアが同40万バレル増産したことに加え、原油高の恩恵に浴して米国のシェールオイルも同100万バレル増加したことから、世界の原油市場は同200万バレルの供給過剰となってしまったからである。

供給面に加えて、需要面でも問題が生じている。2018年7月の米国の中国からの輸入品に対する340億ドル規模の追加関税措置発動に端を発する「米中貿易戦争」が長期化することで、「世界の原油需要が冷え込む」との懸念が広がった。

このような事態に慌てたOPECとロシアは12月上旬の会合で日量120万バレル規模の減産を行うことで合意したが、5月から10月までの増産分を相殺する規模に達していないことや原油市場を巡るセンチメントが悪化していることが災いして、原油価格は1バレル=50ドルの水準からあまり上昇しなかった。

2019年のテーマは需要減退

2018年12月に合意された主要産油国の減産合意により供給面の心配は減じたものの、需要面での障害はまったく払拭されていない。2018年末時点まで米中貿易戦争がもたらす原油需要への悪影響は観測されていないが、2019年に入ると金融市場における変調を通じて米中両国の原油需要が減退してしまうのではないだろうか。

中国の景況感を示す11月の製造業購買担当者指数(PMI)は50.0に下落し、景況判断の節目となるラインにまで落ち込んだ。米国との貿易戦争勃発後、自動車販売を始めとする個人消費が低迷する一方、過剰債務に苦しむ企業部門では調達コスト急上昇が顕著になっている(不動産開発会社が発行する社債の利回りは10%を大きく超えている)。 日本のバブル崩壊の原因は日本銀行の利上げと当時の大蔵省の総量規制だったとされているが、中国の場合は米国の利上げとトランプ大統領が仕掛けた貿易戦争がその役目を果たすのではないだろうか。

米国の金融市場も変調をきたし始めており、リスク回避姿勢が強まったことで株式などのリスク資産からの資金引き上げのムードが高まる中で、原油価格が急落したことでジャンク債市場も動揺し始めている。米国の好調な株式市場を支える要因として信用スプレッド(10年物国債とジャンク債の利回り差)が拡大していないことが挙げられていたが、その信用スプレッドが徐々に拡大しつつある。原油市場に比べて堅調に推移している株式市場だが、原油価格の50ドル割れが続けば、株式市場にも悪影響が出る可能性が高いだろう。市場関係者の間では2008年9月のリーマンショックの2カ月前に原油価格が急落した「事実」が囁かれ始めている。

世界の原油需要の3割を占める米中の金融市場で異変が生ずれば、原油価格は1バレル=40ドル以下に下落する可能性がある。

崖っぷちのサウジアラビア経済

原油価格の上昇はガソリンの値上がりなどをもたらすが、日本にとっては原油価格の急落の方がマイナスの影響が大きい。その理由は産油国の政情不安を引き起こすからだが、特に日本の原油輸入の4割を占めるサウジアラビアが「頭痛の種」である。

2018年10月に起きたカショギ氏殺害事件のせいで次期国王と目されるムハンマド皇太子の国際的評判は地に落ちてしまった感が強いが、皇太子が目指す経済改革に不可欠な国内外からの投資が冷え込んでしまってしまったほうがダメージが大きい。2018年のサウジアラビアへの資金流出額は前年比13%増の900億ドルと同国のGDPの10%に達する見込みである(JPモルガン・チェース)。サウジアラビアは2017年世界最大の兵器輸入国となったが、国の台所は火の車のままである。同国の外貨準備は原油価格が上昇したにもかかわらず一向に増加していない(直近のデータでは5040億ドルであり、ピーク時より2400億ドル以上減少しているままである)。イエメンへの軍事介入費に加えドルペッグ制を採用している通貨リヤルの防衛などがその要因である考えられるが、このような状況で原油価格が急落したらサウジアラビア経済は「一巻の終わり」になってしまうかもしれない。

経済危機に乗じてムハンマド皇太子に対する不満を高めている王族らが反旗を翻せば、国が内乱状態になってしまいサウジアラビアの原油輸出がストップする事態にもなりかねない。筆者は2015年1月のサルマン国王就任以降、警告(サウジアラビア発の石油危機)を発してきたが、そのような事態が起きれば、2019年の原油価格は「青天井」で上昇してしまうだろう。

2018年12月26日掲載

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