新春特別コラム:2018年の日本経済を読む

中東地域の大混乱に対する備えはあるか

藤 和彦
上席研究員

サウジアラビアの様子がおかしい。筆者は2015年1月の国王交代直後から懸念を有していたが、日本でも最近になってサウジアラビアの行く末を危ぶむ声が高まっている。

サウジアラビアにとっての最大の波乱要素はムハンマド皇太子(32歳)である。

2015年1月に国防大臣や経済開発評議会議長に就任し、軍事や経済制策で実権を得た後、同年4月に副皇太子、2017年6月に皇太子に昇格したムハンマド氏は、高齢のサルマン国王に代わり国の全権を掌握し、「ミスターエブリシング」といわれている。

ムハンマド皇太子は石油依存型経済から脱却するため2016年4月に「ビジョン2030」を発表し、建国以来最大の大改革を実施しようとしているが、内外の不安定要素が急速な勢いで増大している。

改革を急ぎすぎている

「石油の時代」の終わりが現実味を帯びつつある昨今、ムハンマド皇太子が石油依存型経済からの脱却を図るのは正しい方針だが、明治維新にも匹敵するほどの大改革を一挙に進めようとするのはいかがなものだろうか。サウジアラビア流のこれまでの統治は、問題が生ずれば「ラクダの歩み」のように極めて緩慢なペースで対応するというやり方だった。これに対し「時間がない」と焦るムハンマド皇太子は自らに権力を集中させ、性急に改革を進めようとしてきた。だが2017年11月に汚職容疑で大勢の王子などを強権的なやり方で逮捕したことでサウド家全体の王族を敵に回してしまった可能性が高い。ムハンマド皇太子は国民からの人気の高さを武器に中央突破を図ろうとしているようだが、ムハンマド皇太子もけっして清廉潔白ではない(同氏は約4.5億ドルでダヴィンチ作の絵画を2017年11月に購入したとされるが、その資金はどこから出ているのか)。ビジョン2030の柱である3000億ドル規模の民営計画は、ムハンマド皇太子の「宮廷クーデター」が行政組織にもたらした混乱により円滑な実施が困難となり、海外の投資家もサウジアラビア国内の政情不安リスクを理由に参画することに「二の足」を踏む傾向が鮮明になりつつある。

2018年1月から付加価値税(5%)が導入され国内のガソリン価格が90%の値上げになるなど国民への痛みは高まるばかりである。サウジアラビア政府は打撃を受ける中低所得者に対して現金を支給することを決定したが、汚職資金の回収を当てにしているふしがある。しかしチュニジアやエジプトなどの前例が示すとおり、汚職資金の回収は容易ではなく、財政状況がさらに悪化する可能性がある。

トランプ外交で中東地域は大混乱に陥る?

トランプ大統領は2017年12月6日「エルサレムをイスラエルの首都と認める」旨の宣言を行ったが、最も大きな打撃を受けたのはトランプ大統領との親密な関係を梃子に国の改革を進めてきたムハンマド皇太子である。「メッカとメデイナというイスラムの二大聖地の守護者」を統治の正統性の根拠とするサウジアラビアの実質的な国王であるムハンマド皇太子が、この問題に沈黙を守っているのはその証左だろう。ビジョン2030に対する経済協力やイランに対する軍事連携の観点からイスラエルと接近を図ろうとするムハンマド皇太子は、2017年11月パレスチナ自治政府のアッバス議長をリヤドに招いて「パレスチナ側に不利な和平案を受け入れなければ財政的な支援を停止すると迫った」との憶測がある。この憶測が事実でありサウジアラビア国内でも広まれば、「同胞であるパレスチナ人の権利を守ると約束してきたサウド家の裏切り行為だ」として、国民のムハンマド皇太子への「期待」が「激しい怒り」へと転じるのは「火を見る」より明らかである。国内で内乱が生ずる懸念すらある。

大統領宣言の2時間後、ティラーソン国務長官がサウジアラビアの中東戦略(①イエメンの港湾などを封鎖し支援物資の搬入を妨害②断交したカタールに対する経済制裁③レバノン首相に辞任を強要)を全面的に批判した。トランプ政権はこれまでサウジアラビアの外交を全く批判してこなかったが、米国務長官の突然の発言は米大統領宣言に対するサウジアラビア王宮声明(トランプ大統領の宣言は無責任で正当化できない)への意趣返しだったのかもしれない。これによりトランプ政権下での米・サウジアラビア関係の蜜月の「終わりの始まり」になる可能性がある。

サウジアラビア政府はカタールとの断交解除を要請するクウエートなどに反発して、2017年12月5日アラブ首長国連邦(UAE)とともに「湾岸協力会議(GCC)を脱退し新たな安全保障機構を創設する」と発言したが、サウジアラビアがアラブ世界の盟主の座から降りてしまえば、米国のサウジアラビア離れがさらに進むのは間違いない。

「油断」に対する備えは万全か

サウジアラビアを始め中東地域で大混乱が生じても米国での原油供給に与える影響は軽微になりつつある。米国の2018年の原油生産量は日量1000万バレルを超え過去最高となる見込みであるのに対し、日本は原油輸入に占めるサウジアラビア(約36%)とUAE(約24%)のシェアは6割を超える。

両国で一朝事があれば、約40年前に堺屋太一が執筆した「油断」が現実になってしまう。日本政府は1978年から国家備蓄制度を開始し全国各地に点在する基地に輸入量の90日分の原油を備蓄しているが、これまで一度も放出した経験がない。戦後最大の石油危機勃発のリスクが高まる中、官民挙げてその備えを盤石にすべきだろう。

2017年12月27日掲載

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