新春特別コラム:2017年の日本経済を読む

通商協定の役割と展望

佐藤 仁志 コンサルティングフェロー

2016年は通商政策の分野で非常に大きな変化を経験した年であった。言うまでもなく、TPP環太平洋パートナーシップ協定を巡る動向である。TPPは、2016年2月に署名を終え、締約国が批准を進める段階となっていたが、TPPからの離脱を主張するトランプ候補がアメリカ大統領選挙に勝利したことで、当面発効が見通せなくなってしまった。2017年1月はいよいよトランプ新政権の発足を迎える。米国の通商政策の動向からは目が離せない。改めて通商協定の役割と重要性を整理し、日本のFTA政策の重要性を考えてみたい。

通商協定の役割

通商協定は締約国が互恵的な利益を追求する国際協力であり、大きく2つの役割があるとされている。第1に、貿易相手国の損失を前提に自国の利益を追求する保護主義的な貿易政策を抑制することである。貿易制限は自国産業を保護するだけでなく、相手国の(関税を除いた)実質的な輸出価格を下げ、自国に利益を移転する効果を持つ(交易条件の操作を通じた外部効果という)。有名な例は、大恐慌の影響から1930年代に米国がとった保護主義的な貿易政策である(スムート・ホーレイ法)。この近隣窮乏化政策は、相手国からの報復的な保護貿易政策を招き、世界経済停滞の要因となった。第二次大戦後に成立したGATT体制はこの時の反省に立つものである。

第2の役割は、通商協定を通じて政府が貿易自由化にコミットすることによって、保護を求める国内産業からの政治的働きかけを遮断し、国内産業の再編を促すことである。たとえば、TPPにおいてベトナムは国営企業の破綻救済に制限を設ける取り決めを盛り込んだ。貿易歪曲効果を理由に国営企業への政府支援を規制しているようにも見えるが、国営企業改革を進めたい政府が、国際約束を通じて自らの政策の自由度を限定することによって放漫経営を許さないという姿勢を国営企業に信用させる狙いがあるとも考えられる。海外の研究によると、同様の国内改革を促進する効果はメキシコのNAFTA加盟、中国のWTO加盟にも見られたとされている。

政治的な動機に基づく保護主義は解決されにくい

通商協定は上記の2つの役割を通じて締約国に利益をもたらすが、実現される貿易自由化水準という点では限界もある。第1の役割に関しては、通商協定が解決するのは、交易条件を自国に有利化する誘因に基づく保護主義であり、国内の政治的動機に基づく保護貿易政策は解消されない。これが、現実の自由貿易協定(FTA)が実はそれほど自由ではない理由の一つである。逆に、自由化度が高い通商協定を実現させるためには、政府が政治的動機から相当程度自由になっていることが必要である。

通商協定の第2の役割は、保護を求める国内産業からの政治的な働きかけをあらかじめ遮断するので、政府の政治的動機を減らすという意味で有効そうに見える。しかし、これも政府が保護を求める国内産業の利益を重要視し過ぎない場合に有効な議論であり、政府が保護を求める国内産業の利益を優先する傾向が非常に強い場合は、そもそも貿易自由化の利益を重視しないので、通商協定そのものが成立しない。

これまでも経済学者を中心に繰り返し強調されてきたように、貿易の自由化はゼロサムゲームではなく、国同士ではウィン=ウィンの関係をもたらす一方、国内の利益配分では、勝ち組(多くは消費者と輸出産業)と負け組(多くは輸入競合産業と短期的にはその産業で働く人々)が生じる。多くの国が貿易自由化に伴う産業構造転換の円滑化支援策を導入しているものの(たとえば米国ではTrade Adjustment Assistance, TAA)、2016年のTPPを巡る動きは、政治的動機に基づく保護主義は解決されにくいことを改めて実感させられた。

日本の対応

TPP発効が本当に困難なものになってしまったとすると(実際そのように見えるのだが)、日本にとっては、これら両方の通商協定の効果を追求できなくなるという意味でも痛手である。トランプ次期大統領は、広域的なFTAよりも相手国との個別交渉を重視する姿勢を明らかにしている。WTOは一方的措置を禁止しているが、WTOで約束されている貿易利益から逸脱する分野については懸念される。たとえば、どこまで実行に移されるかを予測することは困難だが、北米自由貿易協定の見直しは、これを利用している日本企業にも影響が及ぶ可能性があるだろう。

日本国内における産業構造改革、とりわけ全国農業協同組合連合会の改革を中心とする農政改革の動きもTPPの発効が当面見通せなくなったことで一気にトーンダウンしてしまったように見える。攻めの農業は政府の重要政策の1つであるが、その実現のためにも外国市場の獲得と自国の市場解放を通じた競争力向上が必須であり、TPPによる国際的なコミットメントによる改革のモメンタムは重要だったはずである。

他方、米国が内向き志向の通商政策をとりかねない現状において、日本が広域FTAを追求する意義は一層大きくなっている。経済的な結びつきで言えば中国が参加するRCEPの実現を急ぎたいところであるが、RCEPではTPPで実現したような高い自由化度、国営企業への規律、知的財産権といった面からも質の高さを期待するのは難しいだろう。貿易投資のルールづくりにおける現在の日本の役割の大きさを考えると、質の高い自由化が期待できる日欧EPAに大いに期待したい。この協定では自動車と農業というそれぞれの重要産業が大きなテーマとなっている。この協定がまとまることのTPPを含めた他のこれからの協定に与える影響は決して少なくないと思われる。

2017年1月6日掲載

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