新春特別コラム:2017年の日本経済を読む

働き方改革のために「不便の共有」を

上野 透
コンサルティングフェロー

便利すぎる日本〜働き方改革の足かせでは

私もそうであるがほとんどの欧米駐在経験者は、日本ほど便利で住みやすい国はないと思っているのではないか。欧米では日曜は休業が普通だが、日本は、コンビニ24時間営業はじめ、日曜日はもちろん元日まで営業する店舗も少なくない。デパートでの店員の多さ、接客の丁寧さに訪日外国人は驚く。先般出張したロンドンでは地下鉄の駅が工事のため一定期間閉鎖され近くに家を借りた駐在員も戸惑っているのに驚いたが、日本では深夜や週末に工事を行い乗客への影響を避け、訪日外国人は分刻みで正確に来る電車に感動する。海外で業者に修理など依頼しても約束の時間に来ず、フラストレーションがたまった人も多いだろう。「おもてなし」を売り文句にする日本のサービスの丁寧さは世界最高水準でないかと思われ、それに慣れた者にとっては海外での生活は不便に感じる。

   

日本経済は、少子高齢化のなかで成長をするためには産業の生産性、特に低いとされるサービス産業の生産性の向上が必要不可欠であり、女性の活躍も推進し生産性向上に寄与する働き方改革が積極的に議論されている。便利で住みやすいことは、日本人として大変誇らしいことではあるが、便利すぎることが、なかなか働き方が変わらない1つの要因となっているのではないか。先般開催された日本学術会議・RIETIシンポジウム「ダイバーシティ経営とワーク・ライフ・バランス」(2016年3月)では、女性活躍を妨げる要因として、元日のデパート開店を例に、便利すぎることが問題で、消費者が不便を共有することが重要だという議論がされた。この「不便の共有」こそが、働き方改革の成功の鍵を握っていると思われる。

残業は増加〜企業外の要因が多い

労働市場で、子育て世代の女性をはじめその持てる力を最大限発揮させるためには、残業を極力なくし、休暇取得を容易にすることが必要である。しかし、この5年をみると、一般労働者の所定内労働時間は横ばいで推移するものの、所定外労働時間は増加傾向で推移している(2011年→2015年: 月間所定内労働時間154.2時間→154.3時間 月間所定外労働時間13.0時間→14.5時間(平成28年版労働経済の分析))。有給休暇取得率は47.6%(平成27年度就労条件総合調査)で世界でも最低水準で低迷を続け、2020年の目標の70%にはほど遠い。

企業への所定外労働時間が発生する理由の調査(平成27年版労働経済の分析)によると、回答割合の高いのは、上位から「業務の繁閑が激しいから、突発的な業務が生じやすいから」(67.5%)、「人員が不足しているから」(53.0%)、「仕事の性質や顧客の都合上、所定外でないとできない仕事があるから」(49.0%)である。人員不足をはじめ、業務配分のムラ、仕事の進め方のムラ等、企業側のマネージメント不足を指摘する回答も相当程度あるものの、当該企業では対応することができない要因が上位を占めている。

最近日本を代表する企業での労災認定の報道が相次いだ。問題となった企業では再発防止策として22時消灯を決めたが、「取引先の理解を得られなければ職場は変われない」と戸惑う社員のコメントがあった(2016年11月1日日本経済新聞)。霞が関でも国会議員の国会質問通告が遅れ答弁案作成のため深夜待機する官庁職員のために多くのタクシーを待たせ議論をよんだとの報道がされた。国会質問通告の遅れによる官庁職員の深夜残業はかねてより指摘され改善はされてきているようだが、それでも、内閣官房内閣人事局調査(平成28年6月16日)によると、平成28年4〜5月の平均で質問通告が出揃うのは20:41、それらの担当課室の割振りが確定するのが22:40である。

お客様ファースト

日本語では「サービス」に無料という意味が付け加えられ、「お客様は神様だ」というフレーズが流行したこともあったが、サービス提供者よりも消費者が優越的にみられる風習があるように思われる。欧米では、スーパーのレジやレストラン、ホテルなどでサービスを受けた場合、客がお礼の言葉をいう習慣があるように思われるが、日本では、無言で、お金を払っているからサービスを受けるのは当たり前といわんばかりの人も少なくない。

小売業事業所における営業時間をみると、終日営業の事業所、従業者数の構成比が高まっており(それぞれ、1991年1.1%→2007年4.2%、1991年2.5%→2007年11.0%(平成27年労働経済の分析))、コンビニ等の増加によるものと思われる。コンビニは日本で進化を遂げ日常生活に必要不可欠な存在となったが、消費者の便利さをとことん追求した産物であり、深夜労働者の不足などの課題もでてきている。

デパートの元日開店も消費者の便利さ重視の賜物であるが、ある有名デパートが2016年元日の休業を決めた際、テナントの老舗店がSNS上で売上増よりも社員の労働環境を重視していただいて感謝すると投稿すると、評価するコメントが多く投稿され、同業者からも羨まれたという。

「不便の共有」により生産性向上へ

働き方改革のためには、各種制度改革や、各組織のトップによる組織内マネージメントの強化がまず必要だが、それでは不十分で、組織、国民全員が、自身の便利さ、都合だけでなく、仕事や生活で関わる者に対して、労働時間をはじめ配慮することのできる社会システムを作ることが必要になってきていると思われる。

部下や取引先に仕事を依頼するときも、自身が少しだけ依頼内容を整理、工夫する、時間を調整する、あるいは計画的に仕事をしたりすれば、相手の負担を減らせることもあるのではないか。小売、サービス業にしても、深夜や元日に本当に必要なサービスなのか、消費者が少し不便でも我慢する、あるいは計画的に通常の時間帯に利用すれば対応できるのではないか。「おもてなし」は大事だが、本当に客に必要なサービスで、店の利益に結びついているのか。これらを改めて考えていくことも必要である。

特に、上位者や優越的な地位にある者が率先して少しずつ不便を共有するようになれば、社会全体としての効率性は向上し、産業の生産性も向上すると思われる。女性の活躍を支える男性の家事参加についても考えは同じである。不便を少しずつ皆で共有する習慣がついてくれば、これまで不便と思っていたことが日常にとけこみ不便と感じないようになることもあるように思われ、それが働き方改革の総仕上げである。

2017年1月6日掲載

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