新春特別コラム:2017年の日本経済を読む

フィンテックを活かすために地域金融機関経営がやるべきこと

家森 信善
ファカルティフェロー

銀行業法改正でフィンテック戦略が柔軟に

2016年5月に、グループ経営の高度化やITの進展に伴う技術革新に対応するために銀行業法が改正された。この改正銀行法では、当局の個別認可を条件にしているが、情報通信技術などを活用して銀行業の高度化や利用者の利便性向上に資すると見込まれる業務を営む会社(以下、フィンテック企業)に対して、銀行が柔軟に出資できるようになる。改正銀行法は、2017年春に施行される予定であり、2017年は、銀行業界のフィンテックへの取り組みが本格化する年になりそうである。

しかし、わが国の地域金融機関の間では、この未知なるフィンテックに対する不安が大きく膨らんでいる。「金融(finance)」と「技術(technology)」から合成されたフィンテックという言葉が、日本でよく使われるようになったのはごく最近のことであるだけに、その不安は自然なことである。

実は、世界の最先端銀行ですら、次に何が起こるのかわからず、新興企業との間合いを模索している状況である。たとえば、JPモルガンチェースのJamie Dimon社長が、シリコンバレーの新興企業を警戒すべき競争者だと指摘したのは、2015年4月の「株主への手紙」であった。しかし、1年後の2016年4月の「株主への手紙」では、敵対するのではなく、たとえば中小企業金融分野では、フィンテック企業と組んで、審査から融資実行までを1日で済ませてしまう融資プログラムの構築に取り組んでいることを説明している。

これまでの地域金融のビジネスの強みが失われる心配

地域金融機関の基本的なビジネスモデルは、預金を受け入れて、それを貸し出して、預貸の利ざやを収益にするというものである。周知のように、日本の家計は金融資産の半分以上を現金・預金で保有している。金融機関側からいえば、低コストで安定的な預金を受け入れることがビジネスの出発点となってきた。そこで、フィンテックの発展が預金を集める銀行の力にどのような影響を与えるのかを考えてみよう。

金融広報中央委員会が毎年実施している「家計の金融行動に関する世論調査」によると、「金融機関の選択理由」として、「近所に店舗やATMがあるから」が他の理由を圧倒しており、2015年調査では選択率は63.7%(単身者調査)であった。そして、顧客が店舗やATMを基準に金融機関を選んでいるという状況に対応して、多くの金融機関はATMの設置を競ってきた。全国銀行協会の調べによると、全国の銀行、信用金庫、信用組合、JA等および郵貯のATM・CDの設置台数は合計で13.7万台(2015年9月末)(『平成27年版 決済統計年報』)である。

しかし、フィンテックの発展によってATMが負の遺産になる可能性がある。実は、先に引用した調査でも、金融機関の選択理由としての「近所に店舗やATMがあるから」は徐々に比率を下げてきている。たとえば、2007年調査では73.8%であったので、わずか8年で10%ポイントも比率が下がっているのである。すなわち、すでに変化は始まっており、この傾向がフィンテック企業の登場で加速化していくことになると予想される。

顧客の視点からいえば、ATMの利用自体が目的ではなく、現金を引き出すためにやむを得ずATMに並んでいるのである。したがって、たとえばインターネット経由でスマホに電子マネーをチャージしたり、スマホをデビットカードとして使うのが普通になれば、ATMで現金を引き出す必要性は小さくなる。また、キャッシュアウトサービスが日本でも普及していけば、スーパー等のレジをATM代わりに利用できるようになる。このように考えると、近い将来、ATMの利用価値が大きく下がっていくことは不可避である。

そこでフィンテックが本格化していく今、金融機関経営者が答えを出さねばならない問題は、これまでATMや店舗網を武器にして預金を集めてきたが、その武器が通用しなくなったときに、どのようにして顧客から選ばれ続けるのかという点である。その答えは、顧客のために自分たちは何ができるのか、あるいは、何をすべきなのかという自社の存在意義から導かれるはずである。そして、その目的を実現するために、必要なテクノロジーを持っている、あるいは開発してくれる企業と連携したり出資したりすることが、フィンテック時代の金融機関経営者の役割であろう。

不確実な世界の中での確実なこと

イノベーションが起こっている分野は、銀行のすべての業務だといっても良いほどである。日本国内でも、多くのフィンテック企業が独自のサービスを提供し始めており、だれと連携すれば良いのかに金融機関経営者は関心を持っている。しかし、残念ながら、誰が勝者になるかはわからない。確実なことは、金融ビジネスのあり方が根本から変わっていくということだけである。地域金融機関は自らフィンテックの開発者になる必要はないが、フィンテックがもたらす変化に柔軟に対応できる態勢を整えておくことが必要である。

柔軟に対応する態勢とは究極的にはフィンテック時代に必要なスキルをもつ人材を育てておくことである。もちろん、求められるスキルはITのプログラムを組むことではない。たとえば、今度は融資分野を考えてみよう。最近、オンラインの会計ソフトを使って、中小企業の情報を収集して融資に活用する仕組みに注目が集まっているが、そのプログラムを銀行員が作れるようになる必要はない。情報が集まっても活用しなければ意味がない。銀行が特化すべきなのは、その会計情報を使って企業を支援する部分である。つまり、得られた情報を活用して中小企業を支援できる人材こそが銀行の存在意義となるはずである。

目先の貸出ボリュームを追い求める経営では、そうした強みのある人材を育成することは不可能である。フィンテックは一見華々しいテーマであるが、先端のフィンテック企業と提携するのがファッションのようになっても意味はない。フィンテックを活かすために地域金融機関経営がやるべきことは、それを使って取引先の課題を解決できる人材を育成することにつきる。そうした方向に進んでいく1年になって欲しいと期待している。

2016年12月28日掲載

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