新春特別コラム:2016年の日本経済を読む

世界経済の期待は先進国と日本の知恵と対応

中島 厚志
理事長

世界の経済低迷と政治的・社会的混乱の持続

90年代以降の世界経済は、中国経済の高成長や原油・資源高などにけん引されて新興国が高成長を遂げ、世界は全体的に豊かになる時代が続いた。ところが、昨年来事態は逆転し、大きな変化が生じている。現在、新興国特に資源国の経済は困難に直面しており、とりわけ厳しい国々が中東北アフリカの中低所得国である(図表【世界:主要地域別1人当たり経済成長率】)。

図表:世界:主要地域別1人当たり経済成長率
図表:世界:主要地域別1人当たり経済成長率
(注)PPPベースでトレンド
(出所)世界銀行

新興国を中心とした世界経済の低迷は政治的、社会的混乱も助長する。すでに、中東北アフリカでは多くの難民や移民が発生しているが、当面想定される世界経済情勢の下では、なお多くの人々が難民化しかねず、地域紛争なども収まりにくいように見える。

このような世界の社会的・政治的な混乱増大は避けなければならない。その方途の1つは、言うまでもなく世界経済の成長回復であり、世界経済に構造的な成長の芽を持ち込むことである。

先進国に期待される知恵と対応

世界経済の成長率を高める方途は種々あろう。しかし、原油・資源安の恩恵を受ける無資源国の多くが先進国であり、しかも低金利もあることから、主要先進国がかつてのように世界経済をけん引する局面ともなっている。

先進国に相応しい世界経済をけん引する手段としては、イノベーションの加速がある。ちょうど、インターネットを通じて形成されるネットワーク社会とも相まって、ハードとソフトの技術革新がビッグデータ収集とディープ・ラーニングなどの高度な解析を可能としつつあり、AIが経済産業や社会を大きく変革する入口にも差し掛かっている。

また、主要先進国でおしなべて少子高齢化と経済社会の成熟化が進んできたことも、新たな社会変革を生み、世界経済を支える原動力となり得る。それは、時間がかかるものの、社会保障制度、税制、規制や社会・人々の規範・認識に至るまで総合的に見直すことで、社会の中にある種々の不均衡を是正して人々の一層の豊かさを実現するとともに、いままで非効率なまま放置されてきたヒト、モノ、カネの一層の活用を図って良好な経済成長を遂げる方向である。

その実例は、福祉国家スウェーデンに見ることができる。スウェーデンは社会保障充実と良好な成長を同時に達成する経済社会モデルを導入しており、世界最高の福祉水準を維持するために企業と国民に米国並みの市場競争の下での高いパフォーマンスと負担を求めている。

一方、先進国が率先して各国間の経済国境を低くし、世界経済の成長を促進する手もある。広域で経済国境をなくしたのが欧州連合(EU)であるが、その非関税障壁除去と単一市場形成はまさに80年代日米に比べて低下した欧州の経済競争力挽回のために経済活性化が強く意識されたことに端を発している。

経済国境を低くする例は、メガFTAにも見ることができる。とりわけ、世界の人口の11%、経済規模の36%を占める国々が参加するTPPはその典型である。しかも、TPPでは、米国や日本といった先進国と新興国が同時に参加し、モノの貿易のみならず多くの分野での非関税障壁の撤廃にまで範囲が広がる点でも大きな経済活性化効果が期待できる。

好位置にある日本

さいわいなことに、日本は多くの点で好位置にある。そもそも、無資源国の日本は世界経済の構造変化の中にあって最大の受益国の1つとなっている。実際、15年1-10月の石油・LNG輸入額は14年同期比で6.5兆円近い減少となっており、企業収益は過去最高を記録している。

しかも、日本は、内外の経済活力にも資する新たな経済社会モデルを構築する立場にもある。たとえば、世界最速で進む少子高齢化にあって女性や高齢者の一層の活躍などが急務となっているが、それは規制、労働市場、企業システムから社会規範にまで至る変革を包括的に行うことで完成する。

さらに、TPPが発効すれば、日本の経済グローバル化がさらに進むことになる。特に、日本の貿易や対内直接投資の対GDP比は世界各国と比べて出遅れているだけに、そのグローバル化がもたらす経済活性化効果や家計への恩恵には大きいものがある。

世界経済の構造変化を踏まえると、先進国ならではのイノベーションや経済社会モデル変革などが極めて重要となっている。その中で、日本は、少子高齢化など解決すべき課題も鮮明ならば経済条件にも恵まれており、課題の着実な改善が世界に貢献することになる。

2016年1月6日掲載

2016年1月6日掲載