新春特別コラム:2016年の日本経済を読む

対日直接投資の現状と課題

清田 耕造
リサーチアソシエイト

「日本を貿易・投資拠点に 外資誘致 18年度までに470社」
政府は25日、環太平洋経済連携協定(TPP)の国内対策を盛り込んだ政策大綱を決定した。...18年度までに470社以上の海外企業の誘致を実現する。日本貿易振興機構(ジェトロ)を中心にグローバル企業の研究開発部門の誘致を進める。

『日本経済新聞』(2015年11月26日付朝刊、第1面)より抜粋

政府が対日直接投資の拡大に向けて動き出した。冒頭の『日本経済新聞』で報じられているように、政府は2018年度までに470社の海外企業の誘致を目標に掲げた。2015年11月30日に発表された『平成26年経済センサス基礎調査』によれば、2014年時点で外資比率33.4%以上の企業数は6650社である。470社はその7.1%に相当しており、大きな目標だと言える。本コラムでは、対日直接投資の現状と目標達成に向けての課題について考察する。

1. 対日直接投資の現状

まず対日直接投資の現状について確認してみよう。他の先進国と比べると、日本の対内直接投資の水準は極めて低い。そしてこの状況は実に30年以上続いている。たとえば、国際経済研究所のエドワード・グラハム氏の研究では、1980年代に日本の国内総生産(GDP)が世界の10分の1を占めていたにも関わらず、対内直接投資は世界の1.5%にも届かなかったことが指摘されている(Graham, 1996)。

この対日直接投資の水準の低さは近年もしばしばメディアの注目の的になっている。たとえば『日本経済新聞』(2013年5月6日付朝刊、第3面)では、対内直接投資のGDP比率が米国では23.2%、ドイツでは20.0%であるのに対し、日本はわずか3.9%に過ぎないこと、そして韓国(11.8%)や中国(10.1%)にも水をあけられていることが報じられている。

2. なぜ対日直接投資は増えないのか

それでは、何が対日直接投資を阻害する要因になっているのだろうか。結論から述べると、はっきりとはわかってはいない。対日直接投資の要因についてはこれまでにもさまざまな研究が行われてきたが、何が阻害要因になっているのかを突き止めるまでには至っていない。たとえば、直接投資に影響を与える要因として為替レートや労働コストが考えられるが、対日直接投資の場合はこれらの要因が働いていないことがアストン大学のキミノ・サトミ氏らの研究で明らかにされている(Kimino, Saal, and Driffield, 2007)。

ここで、阻害要因として言語の違いを指摘する方もいるかもしれない。事実、2015年10月に発表された経済産業省の『外資系企業動向調査』によれば、「英語でのビジネスコミュニケーションの困難性」を阻害要因として挙げる外資系企業の割合が52.9%に上っている。しかし、アジア経済研究所の佐藤仁志氏らの研究では、言語の違いを考慮しても、米国の対日直接投資が他の地域への投資と比べて極端に低いことが確認されている(佐藤・大木, 2012)。言い換えれば、日本人の英語能力の向上は対日直接投資を拡大していく上で必要かもしれないが、それだけで十分とは考えにくい。

この他に考えられる要因として、日本の税負担の重さが挙げられる。税負担については、最近までデータの整備が進んでいなかったこともあり、これまでの研究では十分に考慮されていなかった要因である。表1は世界銀行の発表する「ビジネスのやりやすさ」ランキングをまとめたものである。2015年時点で、日本の総合順位は世界189カ国中34位である。中国(84位)よりは上位に位置しているが、韓国(4位)、英国(6位)、米国(7位)、ドイツ(15位)には遠く及ばない。

表1:ビジネスのやりやすさ:国際比較
日本韓国中国米国英国ドイツシンガポール
総合順位3448476151
会社設立8123136491710710
建設許可68281763323131
電力アクセス14192441536
不動産登記48404334456217
金融アクセス7942792192819
投資家保護368134354491
税負担121291325315725
納税回数1412911896
時間33018826117511021884
総税率(対利益、%)51.333.267.843.932.048.818.4
国際取引52272133121
契約履行51319634383541
破産処理2455513327
注:数値は調査対象は189カ国の中の順位。ただし、納税回数、時間、総税率は実数。
出所:World Bank (2015)より抜粋。筆者による日本語訳。

ここで各項目を見ていくと、日本の税負担の順位が際立って低いことがわかる。この税負担の内訳を詳しく見てみると、納税回数、時間(書類の準備に要する時間)、総税率のいずれの指標でも、他国と比べて日本は高い値になっている。また表2は同じ日本のランキングの時系列の推移をまとめたものである。興味深いのは、2010年から2011年にかけて税負担の時間が355時間から330時間へと減少しているにも関わらず、税負担のランキングは112位から120位へと低下している点である。この結果は何を意味しているのだろうか。

表2:日本のビジネスのやりやすさの推移
2009201020112012201320142015
総合順位15182024272934
会社設立91981071141208381
建設許可45446372918368
電力アクセス項目なし項目なし2627262814
不動産登記54595864667348
金融アクセス15152423287179
投資家保護16161719163536
税負担123112120127140122121
納税回数13141414141414
時間355355330330330330330
総税率(対利益、%)55.748.649.150.049.751.351.3
国際取引17241619235152
契約履行20193435365151
破産処理1111122
注:数値は調査対象は189カ国の中の順位。ただし、納税回数、時間、総税率は実数。なお、2010年はこれ以外に人材獲得の項目が記載されている(順位は40位)。
出所:World Bank (various years)より抜粋。筆者による日本語訳。

その詳細はランキングの計算方法を精査する必要があるが、調査方法に変更がないとすれば、日本だけでなく各国の環境も変化していることが考えられる。日本の総合順位が2009年の15位から2015年の34位へと低下していることは、日本と比べて諸外国の投資環境が大きく改善していることを示唆している。

『日本経済新聞』(2015年12月3日付朝刊、第1面)で、法人実効税率が現在の32.11%から2016年度は29.97%に引き下げられるという与党の方針が報じられた。この方針は企業の投資環境を改善するという意味で高く評価できる。しかし、各国が投資環境を改善していることを踏まえると、日本の過去と比較して改善していたとしても、世界全体の中で不十分なものであれば、大きな効果は期待できない。このため、法人税率の低下により堰を切ったように対日直接投資が拡大するかは予断を許さない状況といえる。

3. 対日直接投資を拡大するために

もちろん、世界銀行の発表する「ビジネスのやりやすさ」ランキングが日本の投資環境の全てを表しているとはいえない。また、税負担以外のさまざまな要因を考慮するためにも、より厳密な定量的分析が必要である。しかし、日本の税負担のランキングが一貫して低い点は無視できない。税率を引き下げるだけでなく、納税のための書類・手続きを簡素化・短期化していくことは、対日直接投資を拡大する上で一考に値する。

また、政府は海外企業の新規参入を目標に掲げているが、既存の外資系企業が日本に根付くかどうか、事業を拡大できるかどうかも重要な視点である。これに関連して、たとえば地方自治体が企業を誘致する場合、日本企業だけでなく、日本に進出している外資系企業や海外企業へと目を向けていくことも検討の余地がある(注1)。そのためには、対日直接投資の窓口となっているジェトロとの連携が有効だろう。もちろん、中長期的には、日本人の英語の能力を高めていくことも必要である。

海外企業にとって魅力的な投資環境を整備することは、日本企業にとって魅力的な投資環境を整備することにも通じる部分がある。言い換えれば、対日直接投資の拡大に向けた取り組みは、日本企業の国内投資の拡大にもつながるかもしれない。いずれにしても、冒頭に掲げられた政府の目標を達成していく上で、2016年は重要な年となるだろう。2016年の対日直接投資の動向に注目したい。

2015年12月21日掲載
脚注
  1. ^ 『日本経済新聞』(2015年12月3日付朝刊、第31面、地方経済面・神奈川)では、川崎市の研究開発拠点が7割増加(2007年比)したこと、県と市の誘致策が効果を発揮していること、そして外資系企業が多いことが報じられている。なお、ジョンソン・エンド・ジョンソン東京サイエンスセンターの誘致に成功した川崎市の殿町キングスカイフロントは国際戦略総合特区の1つであり、特区の制度を活用して外資系企業を誘致するという手も考えられるだろう。
文献
  • 佐藤仁志・大木博巳 (2012) 「直接投資と経済の国際化」, 岡崎哲二編著『通商産業政策史3 産業政策1980-2000』, 経済産業研究所, pp. 473-566.
  • Graham, Edward M. (1996) "What can the theory of foreign direct investment tell us about the low level of foreign firm participation in the economy of Japan?" in Masaru Yoshitomi and Edward M. Graham (eds.), Foreign Direct Investment in Japan, Cheltenham, UK: Edward Elgar, pp. 64-93.
  • Kimino, Satomi, David S. Saal, and Nigel Driffield (2007) "Macro determinants of FDI inflows to Japan: An analysis of source country characteristics," The World Economy, 30(3), pp. 446-469.
  • World Bank (various years) Doing Business, Washington, D.C.: World Bank.

2015年12月21日掲載

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