新春特別コラム:2014年の日本経済を読む

科学技術イノベーション政策の新しいフロンティア
-成長戦略第3の矢と「世界で最もイノベーションに適している国」

青木 玲子
ファカルティフェロー

2014年は科学技術イノベーション政策のイノベーション、つまり制度改革が進むことを期待できる。すでにいくつかの兆しがうかがえて、成長戦略の第3の矢の科学技術イノベーション政策版といえそうだ。

革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)は注目の新制度

特に新しい制度として注目するべきなのが、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)である。革新的技術開発で実績を積んできたアメリカ国防省のDefense Advanced Research Project Agency (DARPA)を参考にしているが、日本特有のイノベーション環境に適応した制度になっている。DARPAの特徴である、ハイインパクト・ハイリスクのプロジェクトを行うためのプログラムであることは同じである。しかし、リスクが伴う技術開発への投資を確保する方法としては公的資金の投入以外に、金融市場や金融商品を使ってリスクを分散できるようにするとか、保険機能を提供するという解決方法もある。やはり本プログラムの我が国にとっての新規性は、資金を投じるプロジェクトを選ぶのではなく、まず、プロジェクトを推進するプログラム・マネージャー(PM)を選ぶことだろう。これもDARPAを参考にした制度である。PM希望者に研究開発プログラムの構想、達成目標、実施体制などの提案を求めて、人物と提案を一緒に選定する。もちろん、提案の内容だけでなく、本人の資質・実績等にもとづく提案の実現性も考慮して選定する。

テーマは政策担当官庁が決定するが、テーマに沿って課題を設定して、開発目標を立てるのはPMである。この制度によって、これまで科学技術政策に必要であるといわれながら、なかなか実現のできなかった、課題解決のために必要な技術を開発するディマンドプル型のイノベーション制度が実現される。既存技術の実装を模索・開発するサプライプッシュから離脱する明確な第一歩である。また、PMは特定の技術への理解が深い人物であるが、それがPMの必要でも十分条件でもない。PMに求められているのは、むしろ幅広い技術分野を俯瞰的にとらえていることと、自分が各分野に精通しているよりも、各分野の第一人者を把握していて、個人的に研究者ネットワークにアクセスできることである。課題解決のために必要な技術や知識を持つ研究者や、新技術を開発できる研究者を集めてプロジェクトを計画して管理運営(マネージ)するのがPMなのである。さらに、それぞれの研究者のモチベーションを喚起して、目標に向かってまとめていくリーダーシップ能力もPMは備えていなければならない。

PMはある技術の実装が目標ではなく、既存技術の導入または全く新しい技術を開発することによって、課題を解決するのが任務である。よって、複数の技術のなかから最も優れたものを選ぶことが可能になるのもPM制度の魅力である。また、選ばれるまでは技術間の競争がおき、イノベーションにプラスの効果がある。このように複数の技術に投資することは、競争による技術革新を促進する一方、重複投資のdead-weight lossというマイナスの側面がある。すぐれた情報を有しているPMが現在と将来の市場、技術、経済全体を俯瞰しながらこのトレードオフの最適化をしていくことになる。

トレードオフを課題解決の成功基準に判断するのはプロジェクトと運命をともにしているPMならではの行動である。つまり、PMの評価がプロジェクトの成功に依存していることもPMに課題解決の観点から望ましい行動をとることを保障するのである。既存のイノベーションプラットフォームで技術を選択することは非常に困難である。選択によって得をする人間がいないからである。判断の根拠になる専門知識が同じでも、組織のなかで昇進をしていく行政官の目的関数の中で課題解決と業績評価との関係は低い。むしろ、計画通り物品購入や雇用をしたかといったインプットに基づく評価がされていく。これに対して、PMはアウトプットによって評価される。そのためにはインプットの調整権限がPMにあることは必須で、政策担当者によるマイクロマネージメントは禁物である。

PM制度の課題点

本制度の課題として、課題解決に失敗した場合のPMの評価と、PMのモラルハザードの問題がある。ハイリスクであるので、成功しない確率がかなりあるが、成功しなければPMとしても失敗となる為、PMが安全な課題を選び、委縮した行動しかとらなくなる恐れがある。PMのモニタリング体制がはっきりしていることが重要である。もちろん、あくまでモニターをするだけで、得られた情報を使って即座に軌道修正をPMに求めることは禁物である。これは、PMが課題解決に失敗をした場合のPMにとっての保険の役割もある。つまり、PMの権限外のできごとが原因での失敗であることがはっきりわかるようになっている。PMはプロジェクト単位の雇用なので、ImPACT終了後は別の職に就くことになる。後継の仕事で、現職のパフォーマンスがそれほど重要でない場合は、現職で努力をしなくなる。PMという職種と労働市場が確立していれば、次のPMとしての雇用を有利にするためには現在のプロジェクトで成果をあげることが重要になる。PMの職種と市場が新しい我が国においては、PMが有する立案・管理・運営能力やリーダージップが活用されるほかの職種や職場との情報交換、人物交流が大事である。

最後に日本でPMを活用してハイリスク・ハイインパクトなイノベーションの制度を導入する意味を考えてみよう。それは、グローバルな競争は制度の競争でもあるという認識である。人材が流動的になると、優れた人材にとって魅力のある制度がなければ、人材を獲得できなくなり、当然科学技術イノベーションの質も限られてくるのである。日本特有の環境をプラスに生かした、世界屈指の制度の確立が「世界で最もイノベーションに適した国」である。日本特有の環境を言い訳にしては、制度の競争に負けてしまうだろう。

デュアルユースを視野におくこともDARPAを参考として言及されている。ここで我が国の安全保障政策を議論したくはないが、デュアルユースとは国防用途とそれ以外の民間用途のことであり、ハードウェアに限らないこと、武器に限らないことを指摘したい。実際PC操作に欠かせないマウスの原型や、スマートフォンに搭載されているSIRI音声認識システムはDARPAプロジェクトの産物である。コンピュータが専門でない兵士が簡単かつ正確に操作できる仕組みの開発は重要なのである。歴史的には物資管理のために線形計画法に、暗号のための数学のほかに、公衆衛生、医療や語学教育に国防省が力をいれたことはいうまでもない。

人口増加を前提とした成長経済の制度が変わらなければならないのは明らかであり、終身雇用の非合理性、労働市場の流動化、初等教育から大学院を含めた人材育成制度の見直しの必要性は同意ができている。困難なのは社会全体が納得いく改革である。現実的な解決方法は、できることからやっていくことである。その際注意しなくてはならないのはグランドデザインを見失わないことである。相互に打ち消すような制度改革は取引費用が発生するだけで社会的に無駄になるからである。例えば、温暖化対策をとりながら高速料金を下げるようなことは避けなければならない。デュアルユースをハードウェアに限定しがちなのは、システムやソフトウェアといったソフト面のイノベーションをこれまで見落としがちだった我が国の科学技術イノベーション政策に対応しているところがある。

2014年1月10日

2014年1月10日掲載

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