新春特別コラム:2013年の日本経済を読む

温故知新 技術標準の役割再考:Taylorism and Standardization

田村 傑 上席研究員

2012年の末にPC向けの新たなOS:Windows 8が発売された。新年にあたり、PCの買い替えを検討されている方々も多いと思う。技術標準と聞くと、自身には関係がないと感じる方が多いと思われるが、このOSは、最も普及している技術標準であるといえる。あまり意識することはないが技術標準は日常生活の中に深く関係してきており2013年に新たなビジネスプランや科学技術イノベーション政策を考えるにあたり、必ず考慮する必要がある要因になると思われる。加えて技術標準は、多様な役割を本来有している。本稿では、新春の機会に技術標準の古典的役割を再認識し、新たな政策立案などの一助とするために、ほぼ一世紀前に提唱されたテイラーの科学的管理法を紹介し、考察を加えたい。

序論:

技術標準の歴史は、人類の歴史と共にあると言ってよい。その理由の1つは、個人の創意工夫による結果が、標準化されることによって効率化につながるプロセスが繰り返されてきた歴史的な事実がある。しかし、技術標準が著名な古典的経営学の理論の中で引用されているものはあまり見あたらない。数少ない事例の一つとして、フレデリックW. テイラーによる「科学的管理法」における技術標準の役割に関する記述がある。テイラーによりこの考えが提唱された時期は日本でいえば明治時代の末期であることを併せて考えると、技術標準の役割が歴史的に、いかに古いものであるかが良くわかる。

テイラーイズム(Taylorism):

近代的な経営手法は、テイラーが提唱した科学的管理法(The Principles of Scientific Management)(注1)がもたらしたと言われている。今日、テイラーイズム(Taylorism)と称される科学的管理法は、1903年にアメリカ機械学会で基本的な考えが発表された。テイラーは1856年に米国、フィラデルフィアに生まれ、若いころは法律家を目指すが、鉄鋼企業のベスレヘムスチール等に勤務した。科学的管理法の発想は、鉄鋼業界での経験が素地になっている。テイラーの提唱した科学的管理法は、人間的な要素を否定する側面も有しているが、その意義は高く評価されており、ドラッカーは、テイラーの「科学的管理法」のおかげで、先進国における勤労大衆は、かつて裕福な人が味わったよりも高い生活水準にまで達するようになったと述べている(注2)(注3)。

科学的管理法は、人間は主観に基づき行動するので、工場の生産性を保ち向上させるためには、客観的に作業条件を定めることが重要である点を強調する。この中で技術標準の役割として、工員が利用する工具の標準化などの重要性について以下のように言及している(注1)。

工場内で利用される工具の標準化
'the standardization of all tools and implements used in the trades, and also of the acts or movements of workmen for each class of work'

作業条件の標準化
'the development of the science of bricking, with rigid rules for each motion of every man, and the perfection and standardization of all implements and working conditions'

テイラーの研究と対立的なものとして、1920年ごろにシカゴで行われたメイヨーらによる、ホーソン実験の結果がある。ホーソン実験もテイラーの研究と同様に工場を対象として行われた。ホーソン実験は、職場において人間関係が生産性に大きな影響を与えるとの結論を示した。この研究においては、職場における人的ネットワークの分析を通じて、人間関係の生産性への影響を評価している。人間関係と生産性について考察した点で、テイラーの考察した定量的管理では欠けている点を補ったものといえる。

科学的管理法が標準政策にもたらすインプリケーション:

今日、Windows OSの普及の事例にみられる、社会のデジタル化の進展に伴い技術標準がプロダクトイノベーションの中で果たす役割はますます大きくなってきている。これは、製品がネットワークに接続できることが必須の要件となってきていることに関係する。デジタル化は、情報を1と0に規格化するプロセスであり、2000年代の初頭に始まったデジタル革命の本質は「標準革命」と言い換えることができるであろう。2013年においても、WEBビジネスにおいて新たなビジネスモデルが多数出現すると予測されるが、そのすべては、技術標準に頼ることになるといってよい。

一方、テイラーが着目した技術標準の役割は、工場内でのプロセスの管理のためであり、プロダクトイノベーションと異なり、プロセスイノベーションにつながるものである。今日的に言い換えれば、テイラーは技術標準を用いたプロセスイノベーションの方法を科学的管理法の中で述べている。テイラーが技術標準の重要性に言及したのは、企業内の効率性の向上のために、人的能力の違いによる作業効率への影響を減少させる為であった。少子高齢化の進展、熟練労働者不足が企業の生産性に与える負の影響が懸念される日本の現状を考えれば、テイラーが100年前に科学的管理法の中で提示した、個人の能力によらず生産効率を上げるための考察と問題提起は、今日の日本においても引き続き有意な視点である。

一般に、技術標準のうち、プロダクトイノベーションに関係する標準は、企業間競争が激しい分野であることから、公的標準で定めるまでもなく、PCのOSに見られるようなデファクト標準もしくはコンソーシアム標準として定められることが多い。一方で、プロセスイノベーションに必要となる技術標準は、試験方法など社会基盤的なものが多くある。このような社会公共材的な標準は、公的関与がないと形成が難しい。このことは、公的な標準策定の役割が引き続き重要であることを意味する。現在、日本における公的な技術標準である日本工業標準規格は1万程度の規格があるが、そのうち、長期にわたり利用されている技術標準には、社会基盤的な分野によるものが多い(注4)。

プロダクトイノベーションを促進するための、今日的な情報交換プロトコルを中心とした技術規格の策定は重要であるが、プロセスイノベーションを支える技術標準の整備、拡充も引き続き重要である。またこの分野の技術標準は、公共財的役割が大きいため、公的政策担当部門である日本工業標準調査会、技術標準の形成を担っている産業技術総合研究所(AIST)、情報通信研究機構(NICT)等の公的機関としての関与が引き続き重要である。このためには制度を維持するための人的基盤の整備も重要であろう。

結語:

本稿においては、古典的な技術標準の役割を再考することを通じて、技術標準の持つ今日的な役割と政策的な必要性について考察を行った。併せて、基盤的な技術標準の役割と、その整備体制の重要性について考察を加えた。最後に、新年にあたり今日の社会で必須の役割をはたしている技術標準の重要性を再考するうえで、'The Principle of Scientific Management' を推奨したい。

2012年12月28日
脚注
  1. ^ F.W.Taylor(2006) The Principles of Scientific Management, Cosimo Inc., NY.
  2. ^ フレディック W. テイラー(2010) 科学的管理法 マネジメントの原点, ダイヤモンド社, 東京.
  3. ^ ピーター.F.ドラッガー(2005) マネジメント, ダイヤモンド社, 東京.
  4. ^ 青木 玲子、新井 泰弘、田村 傑(2012) '標準と知的財産マネジメントの戦略と政策' 経済産業研究所(RIETI) POLICY DISCUSSION PAPER SERIES, 12-P-017.

2012年12月28日掲載

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