新春特別コラム:2012年の日本経済を読む

知識を世界に求め、世界で活用する

長岡 貞男
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

世界経済の成長の地理的な源泉の多極化

中国、インドなど新興経済国の成長が著しい。2011年の通商白書の分析によれば、2010年のGDPの増分の大きさで評価すると先進国に新興経済国が比肩するようになった。先進国の対世界GDPシェアは69%であるが、成長率では新興経済国の7.3%であり、先進国の3%を大幅に上回る。新興経済国の成長率は今後とも高く、市場の増分で見た新興経済国の重要性は今後更に高まっていくと予想される。

このように、経済成長が新興経済国などに広がっていくこと、また貿易と投資の拡大によって各国の経済が統合していくことは、イノベーションを拡大し、世界的な経済成長を加速化する効果がある。イノベーションの源泉は「知識」であるが、一度開発された技術は、需要がある限り、費用を増加させることなく利用を拡大することができる。知識を活用することができる市場が拡大した場合、その知識の開発や改良がもたらす収益は高まり、それが更に知識の開発や改良を促すための投資も促すことになるからである。

新興経済国の研究開発能力の向上

新興経済国の経済成長に伴い、こうした国からも研究開発に参画する企業も拡大する。このような新興経済国における研究開発能力の強化も、知識生産を拡大するので、世界の経済成長を高める重要な要因となる。たとえば中国の研究開発投資の水準と科学分野の研究能力は大きく高まっている。2009年の購買力平価で評価した研究開発費で、中国は14.1兆円に到達しており、既に独の水準(9.6兆円)を大幅に上回り、日本の水準(17.2兆)も超えようとする勢いである。2011年度の科学技術要覧によれば、国際的な科学ジャーナルに掲載される科学技術論文数のシェアでもその被引用数のシェアでも近年では、中国からの論文が日本からの論文を上回っている。

他方で、米国特許の登録件数のシェア(出願人の国籍でのシェア)で見ると、中国は1.2%と日本の20.4%や韓国の5.3%と比較して大幅に小さい。また、EU委員会が公表している"The 2010 Industrial R&D Investment Scoreboard"によると、世界における研究開発支出上位1000企業の所属国の頻度において、米国は1位で339社、日本は2位で199社、独が3位で75社、仏と英国がこれに続いてそれぞれ50社存在するが、台湾は35社、8位の韓国が23社、そして11位の中国は16社のみである。したがって中国では政府主導の研究開発や科学への投資が産業の技術開発力の本格的な上昇にはまだつながっていない。しかし韓国や台湾の実績が示すように、今後はそれも大幅に伸びていくと予想される。新興経済国では、市場の拡大、教育水準の大幅な向上、国内企業の能力の向上などがあり、外資企業が研究開発拠点を急速に整備しているからである。

日本産業の課題:知識を世界に求め、世界で活用する

研究開発投資からの企業収益は、研究開発投資の成果を活用できる市場の大きさで規定されるので、新興経済国市場への供給を組み込んだ研究開発と事業戦略を追求する企業が世界的な競争優位に立つ。研究開発のシーズは科学的な研究から生まれることが多いが、それを育てることができるかどうか、またそのスピードは、シーズを活用できる市場の大きさに依存する。日本企業は、技術の新しい用途を見出し、技術を育てることを日本市場で巧みに行ってきた経験があるが、これをグローバルに展開することの重要性が高まっている。世界市場からの撤退は、ガラパゴス島での独自の進化を可能とするというよりは、イノベーションの速度を遅くして、生存競争に負けてしまう危険をもたらす。

研究開発のグローバル化のもう1つの側面として、研究開発において国際的な研究資源を活用していくことが重要である。研究開発に必要な能力は多様であり、海外の研究開発の人材を活用することで、多様な能力や技能の組み合わせが可能となる。これは先端技術の分野ではそれが非常に重要であるとともに、海外市場での新しい用途を発見し、研究開発に取り込む過程でも、当該国の技術者の参加が非常に重要である。日本企業は欧米諸国の企業と比較して、日本企業の国際共同研究の頻度が著しく低い。2000-2005年の3極出願特許によって国際共同発明の割合を調べると、英国が27%、米独仏で10~20%であるのに対して、日本では2%を占めるに過ぎない。知識と人材を世界に求めて行くことが重要である。

政策課題

第1に、英語力を含めて国際的に知識を求め、知識を世界で活用できる人材を育成していくことが重要であろう。第2に、研究開発の成果である知識を世界的に活用できるようにしていくことが重要である。自由な貿易や投資は、研究開発の成果を体化した財やサービスを国際的な市場で販売することを可能とする上でも非常に重要である。第3に、各国間の研究開発の重複が排除され、それぞれが世界的な知識のフロンティアの拡大に貢献するように、世界公知を基準とし、また適切な進歩性を確保する知的財産制度が重要である。第4に、研究開発人材の国際移動が自由であることも重要である。第5に、国際公共財としての性格が強まる基礎研究分野や、環境や資源といった国際的な課題への対応においての国際研究協力を強めていくことが重要であろう。

2012年1月11日

2012年1月11日掲載

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