新春特別コラム:2012年の日本経済を読む

科学技術イノベーションと世代間問題

青木 玲子 ファカルティフェロー

震災復興と少子高齢化が日本の重要課題であることは、国民の共通認識であるといえる。震災に端を発した数々の問題を克服し、少子高齢化先進国である我が国が世界屈指の生活水準を維持するためには、先端的な科学・技術およびイノベーションに支えられた経済が不可欠である。

注目の年金改革は世代間の資源分配問題としてとらえられているが、科学技術イノベーションも同様に世代間の資源分配の問題である。将来への投資であることは勿論であるが、どのように技術の世代交代を行っていくかが、重要な課題である。国家の政策のうち、公教育や子育て支援も将来への投資にあたるが、必ずしも年金や高齢者医療と一緒に世代間の資源分配としてとらえて、対策が組める体制があるとはいえない。それに対して、科学技術イノベーション政策は、科学や技術の世代交代の問題としてとらえることがきわめて自然である。

さらに、科学技術イノベーションの成果として認識されるのは、スマートフォンやロケットであるが、もとは人間の思考に基づいており、知識と技術は人間に体化されている。イノベーションには、生産設備や実験施設を新しくすることと同時に、人材のアップデートが必要である。人材のアップデートは、既存の人間の考え方を切り替えることと、人間を入れ替える2つの方法しかない。つまり、知識と人間の世代交代である。

第4期科学技術基本計画

ここでは、第4期基本計画のうち、筆者が関心のあるポイントだけを紹介するので、全体像を把握するためには、http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index4.html で第4期基本計画の骨子、概要と本文のいずれかをアクセスしていただきたい。第4期科学技術基本計画は2011年度から5年間が対象であるので、当初の基本計画は3月初旬にできあがっていた。しかし、その後震災によって生じた数々の課題に対応するため、再検討が行われ、8月に最終的な計画が完成した。

第3期科学技術基本計画は「ナノテク・材料」や「ものづくり技術」といった重点推進4分野および推進4分野を定め、集中投資を行った。世界的に先端的もしくは、日本が卓越した技術を開発して、社会・経済を発展させようという、サプライ・プッシュの考え方であった。これに対して、第4期は国民生活の向上と経済の活性化のための課題を中心に政策を推進していくディマンド・プルになっている。重点課題には当初の「グリーンイノベーション」、「ライフイノベーション」と「科学技術イノベーションシステム改革」に「震災復興」が3月以後に加えられた。

科学技術イノベーション」という表現で、イノベーションも明示的に政策の対象にしているのも、第4期の特徴である。また、計画策定段階では、学術会議の提言を受けて、人文社会科学を除外する日本独自の「科学技術」(science based technology)という言葉ではなく、科学・技術(science and technology)という表現を使うことも検討された。システム改革が重要課題であるのは、科学の知識や技術を社会に生かす(社会厚生を上昇させる)イノベーションの実現にとって、最先端であることや、独自の技術であることは、必要条件でも十分条件でもないからであるが、人文社会科学の貢献が期待される。

世代交代のためのシステム・制度

科学技術イノベーションに必要なのは、新しい人材とアイデアを輩出して、世代交代を促すシステムや制度である。システム改革として、まず、科学技術イノベーション戦略協議会(仮称)を設けて、意見の集約と意思決定の改革を行うことが計画されている。新しい協議会の最大の課題は我が国が維持する科学と技術の選択をすることである。人口の減少による人材の減少と、エネルギー政策をふくむ震災復興が必要とする資源の規模から、これまでのように、すべての科学・技術(水平)を川上から川下(垂直)まで維持するのは合理的でない。資源を集中する分野の選択を行わないと、全分野が資源不足になるのは目にみえている。少子高齢先進国、未曽有の震災からの復興に立ち向かうためには、他国のまねをするシステム改革ではだめで、人類初の制度を設計し、導入する勇気が必要である。

計画では、従来の情報通信分野のほかに次世代交通システムやスマートグリッドなどの分野でも、標準化戦略の推進があげられている。我々が行った、ファイル圧縮技術のMPEG標準に関するヒヤリングであきらかになったのは、同標準は実はdecoding技術だけが対象で、encoding技術の仕様は各社に任せていることである。当然encoding技術での技術開発競争がおこったのである。つまり、MPEGはdecoding技術の標準にもとづく、プラットフォームで、技術の世代交代を促すシステムとなっている。競争と特化の余地を残すことによって、標準化による製品のコモディティー化も防いでいる。標準化戦略には、標準のためのコアリッション形成の前に、標準化の範囲と知財などの所有権の関係をふくむ戦略設計が重要なのである。

大学・研究機関でのテニュア・トラック制の充実は、長期的にみた若手の研究者の安定雇用確保にとって不可欠である。現在は、次世代を担う若手は終身雇用組と任期付雇用を繰り返す(一種のフリーター)組に分かれつつあるといえる。これは、終身雇用が原則である制度下で調整しているからである。需要が供給にくらべて相対的に拡大していた時代には、終身雇用の維持が可能で、人的投資などの面から有利なシステムであった。しかし、需給関係が変わってしまった今は、終身雇用と任期付の2重構造の導入によって需給調整が行われている。終身雇用が開始される時期を全体的に遅らすという選択肢が検討されていない。一方、研究歴がまだ浅い段階で研究環境を限定するのは非効率である。また、文学のように、日本語が必須の分野は別として、日本の研究者市場を世界と別のシステムにしておく利点が不明である。世代交代の観点からは、次世代の雇用形態による分断によって、団結が困難で、自己主張ができず、結果として資源が投入されない世代になっているのではないだろうか? これは我が国の将来にとって、最大の懸念である。

2011年12月28日

2011年12月28日掲載

この著者の記事