新春特別コラム:2012年の日本経済を読む

2012年の世界経済とその課題

中島 厚志
理事長

新興国が支える世界経済

深刻な欧州債務問題や新興国の景気減速などがあり、2012年の世界経済はあまり楽観的にはなれない。しかし、主要国・地域によっては底入れ感があり、アジア経済を中心とする新興国経済の堅調な成長が世界経済を引き続き支えていくこととなろう。

米国経済は、高失業率と所得の低位な伸びもあって、足元の堅調な個人消費がこのまま続くと見ることは難しい。一方、サブプライムローンに代表される金融バブルの調整は進みつつある。米国家計の持ち家比率は歴史的に64%台であったものが一時70%に達したが近年では再び64%に向けて回帰しつつあり、家計の可処分所得に対する債務比率も同様の動きにある。当然、家計は所得のより多くを返済に向けており、その分個人消費は抑制される。2001年以降2007年まで米国経済の成長を主導した個人消費の伸びは2008年以降弱いものとなっており、この傾向は2012年も続いて米国経済の成長率は相対的に低めとなろう。このことは米国経済の構造調整が進んでいる中で生じている低成長であり、経済健全化に向けた着実な動きと見ることができる。

中国経済も、高成長持続の足かせとなってきた6%台の消費者物価上昇率が4%台前半にまで鈍化し、高成長を持続させる条件が整ってきた。さっそく、2011年12月に行われた中国共産党・政府が翌年の経済政策を決める全国経済工作会議では、物価抑制から成長優先へと方針が転換された。土地公有制の下で土地使用権の売却が財政を支えてきた経緯や、国有企業の設備投資を差配できる強力な政策遂行力からすれば、中国経済は2012年も高成長を持続させることとなろう。

相応の成長が期待できるのは東アジア主要国も同様である。インフレが高まり、インドでは金融引き締めなどによる景気減速が明確となっている。しかし、所得増を背景とする個人消費の堅調な伸びと外資流入なども踏まえた設備投資の伸びは東アジア主要国の経済成長を支えている。また、金融財政政策の余地が大きいことも景気の下支え材料である。さらに、アジア経済の中で存在感を一段と高めている中国の東アジア諸国からの輸入が2000年前後から急増しており、2000年台に入って年率17.9%と世界貿易の伸びを大きく凌いでいるが、引き続き増加して東アジア諸国の成長に貢献することとなろう(図1)。

図1:東アジア域内貿易の伸びと世界貿易に占める割合
図1:東アジア域内貿易の伸びと世界貿易に占める割合

日本経済も復興需要顕現化で堅調な成長が見込まれる。東日本大震災からの復興は最優先の課題であり、なすべきことはまだ山積している。一方、大震災で毀損されたサプライチェーンは着実に復旧しており、18兆円余りにわたる3次の補正予算も2012年度にかけて景気を2%近く押し上げることになる。世界経済の減速による輸出の伸び悩みはあっても、日本経済の成長率は主要先進国では相対的に良好なものとなる公算である。

欧州債務問題の一段の深刻化は抑止へ

2012年の世界経済における懸念材料は欧州債務問題である。財政健全化に向けた緊縮政策は経済の下押し圧力であり、ギリシャなど債務危機国の経済調整の必要度合いも大きい。ちなみにギリシャの貯蓄投資バランスを見ると、政府部門ばかりではなく、家計部門も一貫して大きな投資超過となってきた。たとえば、2000年から2009年にかけてギリシャの住宅ローン残高は6.1倍に膨れ上がり、住宅バブルが崩壊したスペインの3.7倍を大きく上回っている。ギリシャでは、財政のみならず家計においても厳しい調整が不可避となっている。

もっとも、2012年の欧州経済の成長が鈍く、欧州債務問題の抜本的改善にはほど遠いとしても、事態の悪化は食い止められつつある。その一つには、イタリア、スペイン両政府の資金調達が完全に滞る事態に陥らなければ、ユーロ圏域内の流動性が十分確保されていることがあげられる。EFSF(欧州金融安定化基金)、IMF(国際通貨基金)、EUなどによる危機国への資金支援と、ECB(欧州中央銀行)、主要6カ国中銀によるユーロ・ドル供給でギリシャ等債務危機国および欧州系金融機関の資金繰りはついている。また、ストレステストを行った上で、金融機関の資本不足を補う枠組みも出来上がりつつある。流動性が確保されるかぎり、債務危機国や金融機関の破綻は起こりにくい。

さらに、12月のEU首脳会議で示されたように、EU各国の財政規律強化も進みつつある。ECBによる域内債務危機国国債購入の拡大などもっと大胆な支援を期待する向きもあるが、ECBに課せられた主任務が物価安定であり、財政制約に関与しないとの制約を踏まえれば、役割分担の中でECBが域内流動性供給責任を果たし、各国政府が金融システム維持と財政規律強化に努める姿はかなり強力なセーフティネットとなる。

2012年夏には欧州版IMFであるESM(欧州安定メカニズム)が創設される予定にもなっており、これらの措置は欧州経済の成長低迷や欧州債務問題の抜本的解決にはならないとしても、債務問題の一段の深刻化を抑える効果が期待される。

先進国成長の鍵はイノベーションと対新興国関係深化

IMF見通しでは、2012年の世界経済成長率は4.0%となっている(2011年9月時点見通し)(図2)。この成長率は1980年以降で見れば低くなく(1980年-2010年の年平均成長率3.4%)、近年では中国を始めとする新興国の高成長がけん引している。したがって、現在の世界経済の構造的課題は、世界経済全体が経済危機や低成長にあることではなく、先進国の成長が乏しいことにある。G7主要国の世界GDPに占める割合を見ても、1980年代後半の70%近い水準が、特に2000年以降中国を中心とした東アジア諸国の高成長によって2010年には44%にまで縮小している。日本経済は言うに及ばず、米国の金融バブルと欧州の政府債務問題で明らかになったことは、少子高齢化が進み、新興国が工業化を図って先進国にキャッチアップする中で、日米欧主要国とも望ましい成長モデルが見いだせなくなっていることにある。

図2:世界経済成長率とG7が世界GDPに占める割合
図2:世界経済成長率とG7が世界GDPに占める割合

現在、主要先進国では過大な財政赤字や金融バブルを清算する経済調整に注力している。しかし、この調整は不可欠としても新たな高成長を自動的に約束するものではない。経済不均衡に頼らずに新たな成長を図るには企業活力を生かす以外にはなく、先進国が長期に良好な経済成長を実現するには90年代の米国IT革命に匹敵する大きなイノベーションが求められていると言える。

一方、新興国が高成長を続けて世界経済をけん引するグローバル経済にあっては、先進国が新興国の高成長を取り込むことも従来に増して重要となっている。それは、先進国が新興国と貿易・投資関係をさらに深化させることに他ならない。しかも、貿易・投資関係の深化は双方向でなければならない。発展途上国にとっては、先進国に輸出し、先進国企業の投資を受け入れることが経済成長の大きな手段となってきた。今や、その逆の構図も成り立ちつつあり、新興国に輸出し、活力ある新興国企業の直接投資を受け入れることも先進国経済成長の大きな手段となりつつある。

2011年に続いて2012年も世界経済の課題は先進国経済の回復にある。しかも、世界経済が構造変化している中、先進国経済の抜本的立直りには大きな変革が必要とされている。2012年が、日本を含む主要先進国にとって経済産業の大きな構造変化が生じる年となることを願うばかりである。

2011年12月28日

2011年12月28日掲載