欧州経済危機の構造
2011年の日本経済は、当初、世界経済危機の影響からの回復が継続すると予想されており、政府経済見通しは年度ベースで実質成長率1.5%だった。しかし、東日本大震災という想定外の国内発経済危機、日系企業が多数立地するタイでの洪水災害、ギリシア問題に端を発する欧州経済危機といった海外発のショックなど、振り返ると非常に厳しい一年になった。2012年は復興需要もあって比較的高めの経済成長率が予想されており、OECD「エコノミック・アウトルック」は2.0%の実質成長率を見込んでいる。ただし、欧州経済情勢という大きな不確実性があり、その動向次第では大きく下振れするリスクがある。
ユーロ危機については既に多くの分析が行われており繰り返すまでもないが、ユーロという単一通貨の下で金融政策が統合されている一方で財政統合が行われていないこと、したがって各国経済・財政パフォーマンスの違いが通貨変動によって自動的に調整されるメカニズムが働かないことが構造的要因である。「安定成長協定(SGP)」による財政赤字対GDP3%以内、政府債務残高対GDP60%以内という財政規律が遵守されていれば問題を抑止できたかも知れないが、リーマン・ショック後の世界経済危機の影響もあって歯止めとして機能しなかった。
地域間で景気が同じような動きをする場合、インフレ・リスクが高まった時には金融引き締め、不況期には金融緩和という形での中央集中的な金融政策運営が、各地域の景気を安定化する効果を持つ。しかし、地域間の景気の同調性が低い場合には、ある地域にとって好ましい政策が他の地域にとってはネガティブな影響を持つことになる。「最適通貨圏」には財・サービス市場および労働市場の統合をはじめさまざまな条件があるが、その1つは景気変動の相関の高さである。もともと、欧州諸国間では米国の各州間に比べて景気の同調性が低いとの指摘があった(Clark and Wincoop, 2001)。米国ですら国全体の景気との相関が低く最適通貨圏の条件を満たさない州がかなり存在し、金融政策がこれらの州の景気の振幅を増幅しているとの実証分析がある(Beckworth, 2010)。世界経済危機以降、ギリシア、ポルトガル、スペイン等の低成長、ドイツの景気拡大という形でユーロ圏内の景気動向に大きな違いが生じていたことも、今回の危機の背景である。
通貨統合に伴いユーロ圏各国は貿易・投資の拡大というメリットを享受したが、今回は制度上の弊害が表面化している。
財政の地方分権化と景気変動
周知の通り、日本の財政は政府債務残高対GDP比約200%と先進国の中で最も高く、ギリシアやイタリアよりも厳しい状況にある。しかし、日本の場合には通貨圏と財政政策の地理的範囲が一致しているため、ユーロ危機と同じような事態は考えにくい。仮に財政への信任が大きく低下した場合には、為替レートの急激な円安が生じるだろう。無論それが望ましいわけではないが、為替レート変動は一定の調整機能を果たすはずである。
それでは、ユーロ危機は日本の経済・財政政策と無縁かというと決してそうではない。この10年ほど「国から地方へ」という形で地方分権化が進められてきた。理論的にも、公共財・サービスを住民のニーズに沿った形で供給するという点で、分権化は望ましい性質を持っている。ただし、主要国の経験によれば、歳入よりも歳出権限の地方分権化が速く進む傾向があり、この結果、分権化は財政赤字を増大させる傾向を持つ(Eyraud and Lusinyan, 2011)。
円という単一通貨の下で、都道府県あるいは道州が強い歳出・歳入権限を持ち、特に地方債発行の自由度が高い場合、構造的には現在のユーロ圏と類似の問題が生じうる。日本では都道府県レベルでの景気循環は総じて高い相関を持っている(Artis and Okubo, 2011)ため、日銀の金融政策が一部の地域で景気の振幅を増幅するといった問題は今のところ生じていない。しかし、今後、少子高齢化の進行に伴う地域間人口移動率の一層の低下、産業構造のサービス化、海外経済とのリンケージ進展の地域差等に伴い、地域による景気変動の乖離が拡大する可能性もある。
日本への教訓:地方財政規律の重要性
Bordo et al.(2011)は、連邦国家の財政制度に関する歴史的な経験を概観し、インフレや政府債務といった経済パフォーマンスから見たとき、地方政府に対する厳格な財政規律を持っていた米国、カナダ、ドイツは「良い連邦制」だったのに対して、規律が弱かったアルゼンチン、ブラジルは「悪い連邦制」であったと論じている。そして、通貨同盟の解体を回避する上で、地方政府への財政規律として非救済条項(no-bail-out clauses)が存在したことが重要だったと指摘している。Feldstein(2011)も、米国は中央集中的な財政制度を持っていること、州政府に対する憲法上の財政均衡ルールという強い規律が存在する点がユーロ圏と大きく異なると述べている。
日本では、「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」に基づく「早期健全化基準」、「財政健全化計画」といった制度が存在する。しかし、今後、道州制を含め一層の地方分権化を推進していこうとするならば、同時に地方政府に対する財政規律を強化するとともに、中央政府の財政調整機能を確保する必要がある。ことに、日本は自然災害の多い国であり、今後も首都直下地震、東海地震等特定の地域に大きな被害が起きるリスクがあるため、中央政府による保険機能の重要性が高い。制度的な視点から見た、ユーロ危機の日本に対する1つの教訓ではないだろうか。