新春特別コラム:2010年の日本経済を読む

オープン化とグローバル化:イノベーションによる成長戦略のキーワード

元橋 一之
ファカルティフェロー

経済成長の源泉といえるイノベーションをめぐる環境に暗雲が立ち込めている。企業は収益環境がなかなか改善せず、研究開発費についても抑制する動きが続いている。また、政権交代による「企業」から「個人」の政策シフトの中で、科学技術予算の縮減措置が取られた。2010年の日本経済は経済的に最悪の時期を脱し、ゆるやかに回復していくとみられているが、科学技術に対する投資が抑制され、中長期的な日本経済の活力に対して懸念する声が広まっている。このような厳しい状況の中で、企業はイノベーション活動に対してどのようはスタンスで臨むべきか? 私はそのキーワードとして、「オープン化」と「グローバル化」の2つを挙げたい。

求められるオープンイノベーション戦略の再構築

まず「オープン化」であるが、オープンイノベーションの動きは着実に進んでいる。日本のイノベーションシステムは大企業が中心の自前主義が特徴といわれているが、2000年ごろから日本においても研究開発に関する外部連携の動きが活発化している。ただし、その動きは主に中小企業によるもので、大企業についてはまだまだ自社・グループ内のイノベーション活動が中心であることも分かっている(Motohashi,2005)。オープンイノベーションの背景としては、技術革新スピードの上昇、イノベーションにおけるサイエンス(科学的知見)の重要性の高まり、新興国を中心とした技術キャッチアップによる研究開発競争の激化などが挙げられる。エレクトロニクスや製薬などのハイテク産業を中心に、オープンイノベーションモデルへのシフトは日本企業によっても喫緊の課題となっている。

このオープン化であるが、研究開発に関する環境が厳しくなる中でその重要性は更に高まっている。厳しい予算制約の中で将来の成長ポテンシャルを損なわないためには、外部のリソースも有効に活用して研究開発の効率を上げていくことが必要だからである。2003年に経済産業研究所が行った調査結果(経済産業研究所、2004)によると、外部連携による研究開発の内容は、新規の技術領域や中長期的な研究内容が中心となっている。一方、自社においては主に、商品開発などの短期的なプロジェクトやコア技術の強化を行っている。現行の経済環境の下で、研究開発についても自社開発が必要なものを更に絞り込んでいかざるを得ない企業が多いと考えられるが、短期的な視点を優先して、将来の成長の芽を摘むようなことがあってはならない。研究開発プロジェクトの見直しを進める中で外部連携を有効に活用しながら、中長期的な視点から重要なものを存続させる努力が必要である。

ただし、これまで大企業におけるオープンイノベーションは外部の研究資源の取り込みが中心であり、自社のプロジェクトを外部に出すことはあまり行われてこなかった。このInside-Out Processを効果的に行うために、UCバークレーのチェスボロー教授は、以下の5つのポイントを挙げている(Chesbrough and Garman, 2009)。
(1)外部化したプロジェクトの顧客かサプライヤーとなること。
(2)外部投資家も入れたスピンアウトビジネスとすること。
(3)遊休知財の効率的な活用を図ること。
(4)自社を中心としたエコシステムを育てること。
(5)オープンドメイン化による開発コストの低減を行うこと。
いずれも自社のプロジェクトに対する投資額を下げながら、ある程度のコントロールを維持するための方策である。このバランスをうまくとらないと、研究開発コストの削減につながらないか、あるいはプロジェクトを廃止したのと同じことになってしまう。

オープンイノベーションをどのように進めるかは業種や技術特性によって異なる。著者らのグループは、これまでバイオテクノロジーの進展が医薬品イノベーションに与える影響について研究を行ってきた(元橋、2009)。遺伝子組み換えやゲノミクスなどの新技術によって、新薬の研究開発プロセスにおいて外部連携の重要性が急激に高まった。これに対して、日本のイノベーションシステムが十分に対応できていないことが分かった。特に産学連携やバイオベンチャーなどの創薬プロセスの上流において、産学のそれぞれにおいて課題が見られる。ベンチャー企業に対するファイナンスの問題や人材の流動性の低さがイノベーションクラスター形成の阻害要因となり、研究開発効率の低下が懸念される。日本の製薬企業においても、改めてオープンイノベーション戦略を再構築することが求められている。

厳しい中でも長期的なビジョンに基づく投資が不可欠

次に「グローバル化」について簡単に述べたい。日本を含めた先進諸国は今後高い経済成長が望めないことから、新興国市場に対する期待が高まっている。中国やインドなどの新興国は市場の魅力だけでなく、研究開発人材の供給源としても重要性が高まっている。欧米のグローバル企業は中国やインドにおける研究資源を活用するために現地における研究開発活動を活発化している。このような動きに対して日本企業はやや遅れているように見受けられる。今後成長が見込まれる地域における研究開発は、現地の市場向けの商品開発を行う上でも有効である。また、最近では、新興国における開発品を先進国向けの製品としても活用するリバースイノベーションを行う企業もでてきている。ダートマス大学のゴビンダラヤン教授らは、GEが中国において開発した超音波検査装置のケースを取り上げ、もともと中国市場向けに開発した低価格な製品が米国においても新たな顧客獲得につながったことを示している(Immelt et. al, 2009)。

このように新興国に対する研究開発活動のリーチを伸ばすためには、政府や大学、地元企業などとの協力関係を構築することが重要である。「オープン化」をグローバルに進めることによって、低コストによって将来に向かっての成長の芽を摘むことなく、一定の開発活動を維持することが可能となる。このような長期的なスパンでみた企業競争力や新たな市場開拓は、厳しい財政状況の中でどうしても後回しにされることが多い。しかし、厳しい中でも長期的なビジョンに基づく投資を続けることによって、将来的に競合他社に対して大きな差をつけることが可能となる。世界がフラット化する中で欧米企業とヘッドオンヘッドの競争を行いながら、新興国企業の追い上げにも対応するという状況の中で、短期的な視野で研究開発戦略の見直しを行うと、結果として企業の存続そのものが危ぶまれることもありうる。「オープン化」と「グローバル化」に対する取り組みはもう待ったなしの状況にあるといっても過言ではなかろう。

2010年1月5日
文献

2010年1月5日掲載

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