3回目のワクチン接種の効果をRCTで検証できないか

関沢 洋一
上席研究員

新型コロナウイルスのワクチンについては、当初の高い期待に反して、その効果が時間と共に減少することが明らかになってきており、3回目の接種の必要性を唱える声が強くなっている。ただ、3回目の接種が本当に必要かどうかについてはまだよく分かっておらず、たとえば、WHOは慎重な立場をとっており、不透明な状況になっている。

本稿では、このような不透明な状態に向き合うために、ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)による効果検証を行いながら、日本における3回目の接種を進めていくことを提案したい。

1.RCTについて

RCTは、ある取り組みを行うことに効果があるかどうかを明らかにするために、その取り組みを行う人と行わない人をランダムに振り分け(コイントスの表裏で決めるイメージ)、効果があるかどうかを人間の浅知恵ではなくいわば神様に決めてもらうものである。新型コロナ関係の有名なRCTとして、ファイザーのワクチンが95%の発症予防効果があるとしたRCTがある。このRCTでは、ランダムな割り振りにより、43,448名のうち21,720名が本物のワクチンを接種し(接種群)、21,728名がプラセボを接種した(プラセボ群)。2回目の接種後から7日目以後の新型コロナの発症を比べたところ、接種群は8名で、プラセボ群が162名だった。両群の接種者数はほぼ同じなので、ワクチン接種に95%(≒(162-8) /162)の発症予防効果があったことになる。また、ごく最近、米国の研究者が中心になってマスク着用の効果についての大規模なRCTがバングラデシュで行われ、マスクの配布と着用の推進が新型コロナの蔓延を抑制することを厳密な研究形態で初めて明らかにした

RCTはその信頼度の高さゆえに社会科学でも活用が進んでおり、2019年のノーベル経済学賞を受賞したバナジー氏らは経済学に先駆的にRCTを持ち込んでいる。

2.3回目のワクチン接種をRCT方式で行う案

本稿で考えているRCTは、3回目のワクチン接種の接種案内の送り先を抽選で決めるというもので、(実際の運用は難しいかもしれないが)コンセプトとしては簡単なものである。例えば、65歳以上を対象として、2回目の接種が終わってから半年以上が経過した人々を2つのグループにランダムにわけて(実際は抽選と同じ)、1つを接種勧奨群、もう1つを待機群として、接種勧奨群にのみワクチン接種案内を送り、接種を受けられる期間は短い範囲内(1週間など)にする。待機群はワクチン接種案内の送付を3カ月ほど見送る。実際には接種勧奨群の中でも日程の都合や本人の希望によりワクチンを接種しない場合が出てくるが、そういう場合であっても、最初の時点でランダム化が行われている場合には、操作変数法など計量経済学における分析手法を使うことによって、3回目の接種の効果検証がある程度可能になる。

仮に来年2月頃に3回目の接種を開始する場合、このRCTの開始は2月で、検証の期間は約3か月間になる。ただし、途中段階でも、3回目の接種に明確な効果があると判断されれば、その時点でこのRCTは中断されて、3回目のワクチン接種が全面的に推進されることになる。また、いろいろなバリエーションが考えられ、希望者を募って、3カ月ではなく半年や1年の待機期間を設けることも可能かもしれない。この場合はランダム化の段階で、すぐに接種しても半年以上待ってもいいという人だけをRCTの参加者にすることになる。

効果を検証する上で必要な変数(アウトカム変数)は、全国民における大規模なデータの取得が可能なものとする必要がある。たとえば、新型コロナウイルスの発症をアウトカム変数とすることは、接種勧奨群と待機群の双方の全員に対して定期的にPCR検査を行う必要があるのでほとんど不可能だ。これに対して、重症化、たとえば、新型コロナウイルスの感染者によるICUの利用や人工呼吸器の使用をアウトカム変数とすれば、各都道府県で把握しているので、対応可能なように思われる。新型コロナウイルスによる死亡や、あらゆる原因による死亡もアウトカム変数とすることが可能そうだ。

このRCTを全国一律で行う必要はなく、一部の地方公共団体が行うだけでも、数万人から数十万人の規模で行うことはできると思う。ワクチン接種が始まる頃に経済学者から接種順を抽選で決めるべきとの指摘があったが、抽選とランダム化はほぼ同義なので、経済学者に主要な役割を担ってもらうのも一案である。国や地方公共団体が保有する大規模データを使ったRCTなので、デジタル庁にも参加してもらえるかもしれない。

3.おわりに

RCTのいいところは、素人にもはっきりとわかる形で効果や安全性を示せることにある。

つまり、論より証拠で、どんなに偉い専門家であっても、RCTで示された結果が自分の主張に反していれば、その主張を貫くことは難しくなる。また、RCTは、最近国内で広まりつつあるEBM(根拠に基づく医療)やEBPM(政策に基づく政策形成)の柱でもあり、日本がこれらの流れに乗っていくためにも、また、デジタル庁が目指しているような大規模データを最大限活用した医療を実現するためにも、本稿で取り上げたRCTのようにITを活用した大規模なRCTが実現できることが望まれる。

(補足)健康指導についてのデンマークの大規模なRCTについて

本稿が参考にしたのは健康指導についてのデンマークの大規模なRCT(Inter99)である。デンマークでは日本のマイナンバーの先行例となるような10桁の登録番号が全国民に付与されており、死亡だけでなく重大疾患の経験などさまざまなデータが国によって管理されている。Inter99では、デンマークのいくつかの地方公共団体の特定年に生まれた全住民を対象として、ランダム化によって健康診断・指導プログラムの案内を送った人と送らなかった人に分けて、2つのグループで比較している。健康指導の案内を送られなかった人々は研究に参加していることも知らされていないのだが、アウトカムとなる指標である死亡や重大疾患についてのデータは国が保有しているので、研究実施者はそのデータを自ら計測する必要がなく、健康指導の案内を送った人々と実際の参加者の登録番号だけがわかれば良かった。つまり、デンマークの高度なデータ整備のおかげで、大規模なRCTが行いやすくなったことになる。

日本のワクチン接種については、ワクチンを接種した人々としていない人々のデータは地方公共団体が保有していると思われ、別の部署かもしれないが、新型コロナによって重症化した人々や死亡した人々のデータも地方公共団体が保有していると思われる。この2つのデータを接合し(名寄せ、マージとも呼ばれる)、さらに、ワクチンの先行接種者を抽選で決めてタイムラグを作ることによって高度な分析が可能になる。

余談だが、デンマークは世界電子政府ランキングで2回連続1位(2018年、2020年)だそうである。

2021年9月8日掲載

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