新国富指標の現実政策への応用可能性―社会・経済政策の指標としての活用の拡大

馬奈木 俊介
ファカルティフェロー

田中 健太
武蔵大学准教授

新経済指標

「経済」の指標化といえば、GDP(国内総生産)が最たる例であるといえる。経済的な豊かさを国同士や地域同士を比較するとともに、各国の経済政策上の目標としてこれまで、広く利用されてきた。しかし物的な豊かさのみに焦点を当ててきたこれまでの多くの経済指標が、本当にわれわれの望む豊かで持続可能な社会を、反映できているかは疑問を持っている人は少なくないであろう。健康・教育問題、気候変動問題やさまざまな資源問題、そして未だに十分に解決ができていない貧困や格差の問題など、本当にわれわれが目指すべき豊かな社会を考えた場合に解決すべき問題は多様であり、そうした問題を解決し、持続可能な社会を実現するための目標として利用できる指標が必要であるといえる。こうした疑問は学術的にも広く議論がされてきており、その整備は実は着実に進んでいる。

これまでRIETIのコラムでも筆者が紹介してきた新国富指標が現在、その代表的な指標として挙げられる。新国富指標はこれまで提唱されてきた社会の持続可能性を評価する指標を包括的にとらえた総合的な持続可能性の評価指標といえる。これまでの指標の事例としては、人間の豊かさに焦点を当て、個人の選択肢・自由を広げることを発展の目的とし、各国の保健、教育、所得における3つのみの達成度(当時、国際的に利用できるデータが不十分なため)で評価を行う人間開発指数や、環境的側面により焦点を当てた環境パフォーマンス指数、エコロジカルフットプリントなども挙げられる。しかし、こうした指標は持続可能性を経済、環境、人それぞれの要素のうち、特定のモノに焦点を当てており、包括的な持続可能性を示すことができる指標とは言えなかった。

新国富指標はわれわれの豊かな社会・経済を生み出す資本全体を貨幣価値ベースで推計した指標であり、ノーベル賞受賞者である故ケネス・アロー氏(スタンフォード大学)、パーサ・ダスグプタ氏(ケンブリッジ大学)といった現代経済学の権威である面々が参画し、推進された国連「富の計測プロジェクト」を起点とした新たな経済・社会をとらえる指標として発展してきた指標である。

何を計測しているか

新国富指標は主にこれまでの議論されてきた人の豊かさをとらえる人的資本、経済的(物的)な豊かさをとらえる人工資本、持続的に利用や管理が必要となる資源や自然などをとらえる自然資本の3つの資本の合計から計算される。もちろんこうした指標を正確に推計することは難しい。しかし近年のさまざまな科学的な計測手法や、それぞれの資本推計のための経済学的な手法の発展に伴い、それが実現可能となった。

例えば、教育や健康の人的資本とは、より高い教育を受けて生涯賃金を上げることができる、またそれを担保する寿命の長さを現在の価値で表したものであり、教育経済学のストック推計手法の発展に基づく。なお、人的資本は健康面と教育面とで分けた資本計算もしており、健康面での人的資本ストックに対する貢献分を健康資本、教育面での貢献分を教育資本と分けている。

また自然資本に関しては、資源としてわれわれの生活に直接的に利用する価値は市場価格と、その賦存量から導出することができる。しかし自然資本がわれわれに間接的に与える効果の推定は困難である。例えば、森林資源は自然災害が緩和される効果や、レクリエーションの価値として、文化的な我々の営みに貢献をしてくれる価値など、多面的な価値が内包されている。こうした価値の測定は難しいとされてきたが、近年の環境経済学分野における価値評価測定の方法が発達し、実際に多種多様な森林を対象とした多くの先行研究による価値推定結果が存在する。こうした先行研究をメタ分析することで、森林面積当たりの妥当性のある価値を示すことが可能である。このようにこれまでのさまざまな分野における分析結果を統合することによって、いままで指標化が難しかった資本の測定も可能となってきた。

国連「新国富レポート」2018の発表

新国富指標がなぜ持続可能性を担保しうる指標であるかという点については、その国や地域、対象のストックを示している点に特徴がある。つまり、いかに将来世代の経済・社会活動の基盤となる富(資本)を現在の世代と比較して、十分に担保できているか示すことができる指標である。そのため新国富指標が減少せずに将来世代に、引き継がれていけば、将来世代の持続可能性が担保されることとなり、これまでの持続可能性の議論を総括することができるような指標化を実現できる。現在までに、筆者が代表として、すでに各国の新国富指標の推計結果、およびその分析結果を取りまとめた国連「新国富レポート」(Inclusive Wealth Report:包括的な豊かさに関する報告書)が発表されており、2018年にも、2014年に引き続き、レポートが公刊されており、その有用性は高まっているといえる(最新版である2018年版の報告書はManagi and Kumar, 2018参照)。

ここで、2030年までの国連目標である持続可能な開発目標(SDGs)との関係を考えよう。SDGsの重要なキーワードは、「包括的な成長(Inclusive Growth)」である。しかし、SDGs以前は包括的な成長と言っても、なにをどう計測して進めるか不明であった。今回の新国富レポート発表により、各国・各地域において新国富及び各要素である資本を上げていることで包括的な成長が達成されることが分かった。そのため、SDGsにおける包括的な成長とは、新国富の成長であると言い換えることができる。

新国富レポートでは、これまで相互比較が困難であった自然環境や教育・健康面などの側面まで経済価値として各国ごとに経年にて計測している。各資本が世界全体の富におけるシェアは、健康資本は26%、教育資本は33%、自然資本は20%と、インフラ開発である人工資本の21%と同等またはそれ以上の価値があることが分かった。

なお自然資本の内訳は、自然資本の内訳で再生可能資源が53%、非再生可能資源が47%である。更に具体的には、石油(22%)、石炭(17%)、ガス(7%)と資源は重要な割合を占めている。エネルギー資源等の資本の価値が上がるということは、ストックとしての価値が上がることを意味している。元の資源が少ない日本においても適切な利用を促進することで、インフラや人的資本を活用し社会への貢献を高めることが出来る。石油、石炭、ガスといった既存のエネルギーだけでなく、再生可能資源を現在推進されている対象の両面の進捗度合いが分かる。

地域への活用成果も

そして、このような持続可能性指標の策定は、国単位だけでなくより広範囲な貢献ができる可能性もある。例えば地方自治体の制度設計である。日本の地方自治体では少子高齢化に伴う人口減少問題により、将来的な存続が危ぶまれる自治体も少なくない。このような状況において、将来的な持続可能性の指標となる新国富指標を用いることで、どのような施策によって、自治体の存続や活性化を行うべきか、議論する有用な材料となりえると考えられる。

現在、筆者がセンター長を務める九州大学都市研究センターでは、日本全国での市町村単位での新国富の値を公表している(http://www.managi-lab.com/)。こうした新国富の推計をもとに福岡県久山町、宮若市、福井県、山口県防府市などの実際の街づくりの指標としても議論に使われ始めている。とくに九州大学都市研究センターと連携協定を結んだ久山町では、実際に推計を行った新国富指標をもとに、2018年度予算を編成し、持続可能な町づくりを推進している。こうした総合的な指標により、政策的な優先課題をより丁寧に拾い上げることができ、客観的指標による継続的な評価を行うことができる。そのため、各地方自治体において、自身の自治体の特色が何であるか、より容易に比較することが可能となるだけでなく、持続可能な社会構築のための指針を持つことが可能となる。

もちろん新国富指標はあくまで将来の持続可能な社会に必要となる基盤を担保するための指標であるために、現在の世代の満足度である幸福度や、これまでも重要視してきたGDPなどの経済指標も考慮すべき必要がある。新国富指標と既存の指標とを組み合わせることで、より各国の特性を生かした政策が展開可能となるであろう。国レベルだけでなく、自治体レベルと包括的にさまざまな経済主体の持続可能性を評価することが可能な指標概念であり、今後、社会経済政策の重要な指針となる指標化を実現できると考えられる。

参考文献
  • Managi, S. and Kumar, P. (2018) "Inclusive Wealth Report 2018: Measuring Progress Towards Sustainability", Routledge.
    https://www.taylorfrancis.com/books/e/9781351002073より無料公開)日本語での紹介は、馬奈木俊介(編著)『豊かさの価値評価―新国富指標の構築』中央経済社,2017年 を参照。

2018年12月13日掲載