保護主義はなぜなくならないのか

戸堂 康之
ファカルティフェロー

保護主義は経済的利益だけでは説明できない

トランプ米大統領による保護主義的な政策が世界経済を揺るがしている。2017年1月に環太平洋経済連携協定(TPP)から離脱したのを皮切りに、2018年8月には2000億ドル相当の中国製品に対する関税を25%に引き上げると指示したと伝えられている。これに対して、中国も600億ドル相当のアメリカ製品に追加関税を課すという。ヨーロッパでも、イギリスが欧州連合(EU)から離脱し、各国で保護主義を標榜する極右政党が支持を伸ばしている。

このような保護主義が自国の経済を停滞させることは、経済学の実証研究が繰り返し示してきた。筆者も、このような研究成果を基にRIETIコラム(「TPPの成長効果推計」、「日本よ、グローバル化を守る砦たれ」)や日本経済新聞の経済教室(「アジアの成長と日本」)などで、貿易、投資、研究のグローバル化が人々に経済的利益をもたらすことを示し、そのための政策を提言してきた。

しかし、保護主義はなくならない。その1つの理由は、グローバル化による利益が必ずしも国民に均等に行きわたるわけではないことだ。欧米では、グローバル化によって増えた中国からの輸入品と競合する製造業で働く中間層が保護主義を支持している。その点については前回のRIETIコラムで指摘し、グローバル化の利益を再分配するような包摂的な政策が必要であると述べた。

しかし、最近の保護主義の高まりを見ていると、グローバル化によって経済的に損失を被ることだけが保護主義を支持する原因となっているわけではないように感じる。アメリカが中国製品に関税をかければ、アメリカの消費者の多くは中国製品の価格上昇によって金銭的に損をするはずだ。それでも、トランプ米大統領の保護主義政策には、中国と競合する産業以外からも多くの支持が集まっている。

環太平洋経済連携協定(TPP)が2016年に署名される(アメリカ離脱前)までの日本の世論を見ても、直接損失を被るだろう専業農家の人々が反対するのは当然としても、TPPによって利益を得るはずの製造業やサービス業で働く大部分の国民のうち、少なからずの人々も強く反対していた。

1929年の世界恐慌後にも保護主義が高まり、ブロック経済化によって関税の引き上げ競争が起きた。これは恐慌後の経済停滞が長期化する原因ともなったが、保護主義の流れは止まらず、第2次世界大戦を引き起こすこととなった。

人間は本質的に閉鎖的か

経済的な利益を越えて保護主義に支持が集まるのは、人間が本質的に閉鎖的であるからかもしれない。もともと人間は狩猟採集民であり、十何万年前の太古から150人程度の集団を社会的基本単位として、その集団内で強くつながって他の集団と対抗することで、厳しい環境を生きのびてきた。だから、人間はどうしてもよそ者に対して寛容になれない気持ちを本質的に持っていると、進化生物学者のロビン・ダンバーは言う(注1)。

さらに、閉鎖的な集団は他の集団との紛争によってますます内部で結束し、閉鎖性を増幅させていく。このことは、社会心理学や行動経済学の実験や観察で確かめられている。

例えば、社会心理学者の創始者の1人でもあるムザファー・シェリフらは、1960年代に泥棒洞窟実験と呼ばれる有名な実験を行った(注2)。泥棒洞窟とは実験が行われたキャンプ場の名前で、シェリフらは少年たちを2つのグループに分けて3週間のキャンプを実施した。この2つのグループが野球の試合などを通して対抗しあった結果、2週間後には自分のグループに対する仲間意識を深め、相手グループに対する対抗意識を増幅して相手の団旗を燃やすまでになったという。

神戸大学の後藤潤の最近の研究は、南インドの漁民の利他性、つまり他人を思いやる気持ちがどのようにして築かれるかを分析した(注3)。この地域では、19世紀から漁民がグループごとに場所を割り当てられてエビ漁をしていて、グループごとのメンバーやグループ間の紛争の記録が残っている。漁民同士がお互いを思いやる気持ちは、先祖が同じグループにいて別のグループといさかいを起こしたことのある漁民の間で強く、先祖同士がいさかいを起こした漁民の間では弱かった。

つまり、他のグループのメンバーとの紛争によって、同じグループ内のメンバーとの絆や他のグループに対する敵対心は強化され、それは世代をも超えて伝わってしまう。これは、人間の閉鎖性は必ずしも経済的合理性には基づかないことを示している。

経済的な恩恵を求めて、人間は異なる氏族や民族とも交易し、グローバル化を進めてきたが、人間が本質的に閉鎖的である限り、経済的に損をしてでも国を閉じようとする保護主義的な圧力が働いてしまう。

保護主義に対抗するための意識改革

そうだとすれば、世界的な保護主義の高まりに対抗するには、グローバル化の経済的な利益を示すだけではなく、人間の本質的な閉鎖性を変えるような対策も必要だ。それは簡単ではないが、最近の行動経済学的な研究がヒントを与えてくれる。西南学院大学の山村英司らは日本人1万人を対象とした調査を基に、子供の頃に団体スポーツをした人ほどチームワークを重視し、他人を信頼し、さらにはTPPに対する支持が高いことを明らかにした(注4)。つまり、幼少期に集団で活動をし、他の集団とも切磋琢磨することを経験することで、よそ者を許容し、グローバル化に抵抗感が少ないオープンな人間となれるのだ。

だから、子供が広い世界を体験することを支援する政策は、長い目で見れば保護主義を弱体化させ、経済・社会を持続的に発展させる手段となる。山村らの分析が直接示唆しているのは子供の団体スポーツの振興だが、さらには小中高大生の地域を越えた交流活動、国内・海外留学などを支援することも有効だろう。

子供だけではない。大人でも、より多様な経験を積むことでよそ者に対する理解が深まり、非合理的な閉鎖性の回避につながるのではないか。その意味では、異業種交流や地域外との産産・産学連携への政策的支援も保護主義の弱体化に役に立つのかもしれない。

歴史を振り返れば、グローバル化は必ずしも1本調子で進んできたわけではない。近世には日本や中国が鎖国をした。20世紀初頭のブロック経済化によって、世界の貿易額の対GDP比は1917年の17%(1970年代と同レベル)から1930年代には5-8%にまで落ち込んだ(図1)。現在でも保護主義の流れがさらに加速して、グローバル化が後退する危険は十分にある。

だから、人類がグローバル化の利益を享受しつづけるためには、その閉鎖的な本質と向き合い、どうすればそれを軽減できるかを探求していく必要がある。後藤や山村らの研究はその手掛かりを提示してくれているが、まだまだ十分ではない。経済学者はより開放的(分野横断的)な思考でこの問題を研究し、有効な方策を社会に対して提言していくべきであると、自戒を込めて考える次第である。

図1:戦前の世界の輸出額(対GDP比、%)
図1:戦前の世界の輸出額(対GDP比、%)
出所:Klasing, M.J., and Milionis, P., 2014. Quantifying the evolution of world trade, 1870–1949. Journal of International Economics 92, 185-197.
脚注
  1. ^ ロビン・ダンバー著, 鍛原多惠子訳, 2016, 『人類進化の謎を解き明かす』, インターシフト.
  2. ^ Sherif, M., Harvey, O.J., White, J.B., Hood, W.R., and Sherif, C.W., 1961. Intergroup conflict and cooperation: The robbers cave experiment. University Book Exchange Norman, OK.
  3. ^ Goto, J., 2018, On the origins and persistence of parochial altruism: A tenure institution and intergroup conflicts in colonial India, unpublished manuscript.
  4. ^ Yamamura, E., and Tsutsui, Y., 2018. Trade policy preference, childhood sporting experience, and informal school curriculum: An examination of views of the TPP from the viewpoint of behavioral economics." Review of International Economics.

2018年8月28日掲載